20000HITキリ番で適当に受けたリクエストそのいち。
ハットリさんより『アリすずの甘いの。フェイなのに比べて少ないから』
確かに。アリすずは少ない。実はEXBreakerを作った理由の一つが、アリすずの良さを広めるため、だったりする。
いや、他にもいくつか理由はありますけど。百合の良さを伝える、とかさ。







  アタシの実家であるバニングス家は、世界的な資産家の家系だったりする。パパもママもそれぞれにいくつかの会社を経営しているし、アタシもいずれはパパとママの会社を、早ければ数年後には継ぐことが決まっている。アタシ自身もそのことに異論はないし、むしろアタシの手で今まで以上の会社に成長させることを目標にしている。パパとママの会社は規模も大きくて、財政会でも一目置かれている。経済や産業に関わる人間なら、バニングス家を知らない者はいないといってもいいくらいだ。
  だけど実際には、財政会で名を馳せる家系はそれこそ無数に存在する。そりゃ、世間一般、で見ればかなりの上流階級に属するわけだけど、そういう目で見れば、アタシも所詮はお金持ちの家の一人娘、に過ぎない。
  で、そういう、いわゆる上流階級の人達は同じ上流階級の人同士で集まってパーティや何かを開くことを好む。例えば、お金持ちの人達が高級ホテルの大広場を貸し切って立食パーティーをしながら談笑とか。そういう光景は、多分どんな人でもイメージできるだろう。そういうイメージ通りの出来事が、実際に毎月のように行われている。最も、仲良さそうに談笑しているのは見た目だけで、実際には八割位はお互いの腹の内の探り合いだ。ハッキリ言って気が滅入る。パパもママも、そういうことはあまり好きじゃないみたいだから、私がおかしいと言うわけじゃない。て言うか、外面だけニコニコして、お互いに腹の探り合いをするのが好きな人がいるのだろうか。……いるんだろうなぁ。沢山いるから、その手の親睦会みたいなパーティーがしょっちゅう行われるわけなんだし。
  できることなら、アタシはそういうパーティーには参加したくない。何が悲しくて、そんな神経を擦り減らすような会合に毎月のように出席しないといけないんだか。でも、バニングス家の一人娘、という立場が、それを許さない。そういうパーティーを毎回毎回ぶっちぎれるほど、バニングス家の地位は低くない。実際、アタシの社交界デビューは早かった。何と七歳の頃には、そういう黒い大人の世界に放り込まれてしまった。もちろん、そういう世界に私を放り込んだパパとママを恨んだりはしない。アタシがアタシの夢を叶えるためには……パパとママの会社を継ぐためには、そのくらいの年の頃から大人の社会で揉まれて、そういうことを経験して、政財界の大物達と顔見知りくらいにはなって、なるべく多くのコネを作らないといけないからだ。ああ、ヤダヤダ。
  ちなみに、社交界デビュー早々、アタシに取り入ろうとした馬鹿はかなりいた。いくら親の命令とはいえ、小学二年生に色目使うのはどうなのよ、中学一年生。他も似たようなものだった。世間を知らない七歳の女の子、いくら頭が良くても経験が絶対的に足りない。普通なら、そういうのにコロッと騙されるのかもしれない。だけど、アタシは運が良かったのか、昔から感受性が鋭くて、そういう下心満載でアタシに近づいてくるような輩には敏感だった。
  親の威光ばかり見ているような輩は、アタシ自身のことを見ていない。アタシじゃなくて、アタシの持つ肩書きが目当てでアタシに近づいてくる。そんな輩に、アタシが心を開くわけがない。アタシが社交界デビューして八年が過ぎた今でもそんなことが未だに分からない馬鹿もいるから、世の中不思議なものだ。それとも、そういう自覚がないのかしら。人を肩書や地位で見るなんて最低な行為を、自分がしていることに。
  幸いなことに、社交界に出席するような人達は、そんなゲス野郎ばかりではない。純粋にアタシとお友達になりたくて、アタシに近づいてくる子もいるし、アタシの威光とは別の意味で下心を持った輩がたまにいたりする。前者は今でも付き合いがある社交界友達になったけど、後者は丁寧にお断りした。
  確かに社交界は面倒で退屈だけど、何も楽しいことがないわけではない。
  そして、そんな社交界の中で、アタシが一目置く人物が一人。
  たまたま同じ小学校の同じクラスになって、ちょっとしたトラブルから親友となり……そして、今では親友以上の関係になった、アタシの大切な大切な、この世の中の誰よりも愛している女の子。
  月村すずか。
  月村家もそれなりの資産家であり、社交界にも頻繁に参加する。だから、アタシとすずかはそういう場でよく出会う。最初に出会った時は、お互いに驚いたものだった。どうしてこんなところにいるの、って。今では、社交界ですずかの姿を見かけるのは当たり前のことになっているんだけど。
  そんなわけで、煩わしかった社交界も、最近はすずかと出会う、という楽しみがあって、満更でもないかな、と思ってしまう、アリサ・バニングスだったりする。




 「…………」
  しかし、だ。
  そうは思っていても、いざ社交界に出席すると、不快な気持ちがアタシを支配することはよくある。アタシに取り入るために脂ぎった中年のオッサンがアタシに近づいてくることや、アタシに色目を使ってキザで寒いセリフを投げ掛けてくる良家の御曹司は、まだいい。もう慣れた。
  それ以上に問題なのは、今アタシの目の前で繰り広げられている光景。
  アタシから少し離れた場所で談笑しているすずかと、どこの馬の骨とも知れない男の人。いや、その男の人がとある財閥の次男坊だということはアタシだって知っている。身元不明の胡散臭い男でないことは分かる。だけど、不快だ。あの男は、すずかに興味があるからすずかに近づいているのではなくて、すずかの家柄に魅かれてすずかに近づいて来ている。そういう下心が見え見えで、気持ち悪い。だから、アタシの気分が悪い。
  すずかは、こういう世界に関わる人間としては有り得ないくらいに綺麗に澄んでいる。基本的に人を疑うということをしないし、誰かを拒絶することもない。その全てを包み込むような底なしの優しさと暖かさで、どんなことでも受け入れる。その聖母のような慈愛故に……そうやって、悪意に近い下心を持って自分に近付くような輩を、アタシのように正面から拒否することができない。相手を頭から拒絶するということをしない。
  だから、イライラする。
  そういうすずかの優しさにつけこんで、拒絶されないことをいいことに、すずかに近付こうとする輩が、許せない。自分のことでもないのに、自分にそういうのが近づいてくること以上にムカムカする。まるで、すずかの優しさを穢されているような気になる。だから、そういうのを見ると、アタシの心も平静ではいられない。
  これが、例えばすずかと本当にお友達になりたいから、だとか、あるいはすずかのことが男女の関係で好きになってしまったから、というのなら、アタシだってこんなにイラついたりはしない。前者ならアタシまで嬉しくなるし、後者は、まぁ、別の意味でイラつくんだけど、すずかの家柄目当てで近づいてくるのよりはよっぽどいい。
  あんた達に、すずかの何が分かるの。
  すずかは、あんた達みたいな輩が易々と近づいていい存在じゃないんだ。
  アタシのすずかを、あんた達みたいな輩が穢さないで。
  そう、叫びたくなったこともある。無論、そんなことは叫べない。アタシにだって、立場がある。そんなことはできないし、何より、そんなことをすれば、事態は余計に悪くなる。アタシではなく、すずかの立場が悪くなるし、それに、そういうのは、すずかに近づいてくるゲス共にすずかの弱みを握らせるに等しい。だから、何よりもすずかのために、そういう解決法は許されない。
  だから、アタシにできる、すずかの救出方法は。
 「すずか、ちょっといいかしら」
  こうしてさりげなく、すずかとそういう輩を離すこと。何もすずかの前に立ちはだかって、相手を威嚇することだけがすずかのことを護る方法じゃない。事実、いつもなら、この方法ですずかを助けることができる。相手が多少突っかかって来ることもあるけど、アタシもすずかも女の子だし、体裁もあるので、強く出られることはない。だからあんた達はダメなのよ。本当にすずかが欲しいのなら、時にはアタシを振り切ってでもすずかを求めるべきなのに。
  だけど、今日だけは、なぜだか様子がおかしかった。
  いつもならここで、笑顔で振り向くハズのすずかが、まるで無反応だということ。
 「……すずか?」
  すずかもそういう輩に絡まれるのは嫌らしく、アタシがこうして声をかけると、逃げる口実ができた、といった様子でアタシの話に喰いついてくるのに。
  アタシは不審に思って、すずかにもう一度声をかけた。
 「……アリサちゃん?」
  二度目の呼びかけで、すずかはようやく反応を見せた。しかし、すずかの様子は明らかにおかしかった。運動したわけでもないのに、頬が赤く上気している。息使いもどこか荒く、アタシを見つめる瞳の焦点も合っていないように見える。足元もおぼつかないし、なにより、すずかの存在そのものが、いつもよりもふわふわしている。
 「まさか……」
  そのまさかの可能性に、アタシは思い至って、
 「アリサちゃーん!」
  いつものすずかなら有り得ない、まるで獲物に飛びかかる猫のような動きでアタシに抱き着いてきたすずかに、アタシの思考は一瞬停止する。
 「ちょ、すずか!?」
 「えへへー、アリサちゃんだ〜」
  戸惑うアタシを余所に、すずかはゆるみきった声でアタシの名前を呼び、強く抱きついたままアタシに頬擦りをしてきた。普段なら絶対にありえないすずかの甘え方に、頭の中がとろけそうになる。思わず、すずかの背中に手を伸ばしかける。ああ、こういう甘えられ方もいいかな、すずかって柔らかくって暖かいし…………って、違う! そうじゃなくって!
  き、危険だ。今のすずかは、アタシにとって最上級の至福の存在であり、そして最大級に危険な存在だ。少しでも気を抜いたら、あっという間に骨抜きにされてしまう。このまますずかになされるがままにされたいという気持ちをグッと堪えて、アタシはすずかを観察する。相変わらず、アタシに頬擦りをするすずか。すずかの早鐘のような心臓の音すら感じることのできる密着具合。すずかの乱れた吐息が聞こえる距離で、アタシは、アルコールの匂いをキャッチした。その発信源は当然、すずかしかいないわけで。
 「すずか、あんたまさか……」
  社交界にアルコールは付き物とはいえ、アタシもすずかもまだ未成年だ。お酒を飲むことは法律的に許されない……のだが、良くも悪くもこういう社交界に出席するようなおじ様達はそういうことに寛容らしく……あるいは何か下心があるのかもしれないが……未成年がお酒を飲んでいても咎めることはないし、時にはむしろ勧めてくることすらある。
  だけど、アタシは知っている。
  すずかはお酒にすごく弱い。身体能力やなんかは人間離れしているのに、どういうわけかアルコールへの耐性が全くない。結果として、例えグラス一杯のお酒でも酔っ払ってしまう。だから、どれだけ勧められようと、すずかはお酒を絶対に口にしない。
  それなのに、すずかはこうして完全に酔っ払っている。
  その原因として考えられるのは、ひとつしかない。
  アタシはとびっきりの敵意を込めて、それまですずかと談笑していたとある財閥の次男坊を睨めつける。流石は甘やかされて育った世間知らずのボンボンだ。こんな女の子に睨まれただけで、足を竦ませている。その程度の覚悟で、すずかに手をだすな、と言いたい。
  きっとあのゲス野郎は、すずかにジュースか何かと偽ってお酒を渡したんだ。君のために取ってきたんだけど、どうだい? とか、キザったらしいセリフと共に。すずかは基本的に人を疑うということをしないから、その言葉を信じてそれを飲んでしまったのだろう。すずかにお酒を飲ませて、それからどうするつもりだったのか。そんなの、考えなくたってある程度の予測はつく。いくつかのパターンが考えられるけど、そのどれもが、碌なことじゃない。いかなる目的があろうとも、どのような手段を取ろうとも、それは全て、すずかを穢す行為であり、すずかの純情を、優しさを踏みにじる、最低最悪の行為だ。
  だからアタシは、誰かに敵意を向けるということをしないすずかの代わりに、その男のことを睨みつける。こういう社交界で、女性は淑やかにあるべきだ。相手のことを敵意を持って睨みつけるなんてもっての外。厳格に決められたルール以前の、社会人としてのマナー。
  それが、どうした。
  この男は今、すずかのことを穢した。傷つけようとした。すずかの良さを碌に知らないくせに、すずかを自分のものにしようとした。そんな人間を、アタシが許せるわけがない。
  だからアタシは、怯んで動けないその情けない男に敵意を向ける。怒りを込めて、その男に言葉をぶつけようと、口を開く。
 「あんた……」
 「ア〜リサ、ちゃん〜」
  しかし、アタシの黒くなった心は、一瞬にして溶かされた。
  とろけそうな、甘い声で、すずかがアタシの耳元でアタシの名前を囁く。それだけならまだしも、
 「ん、はむ」
 「――――!?」
  すずかは何と、アタシの耳たぶを甘噛みしたのだ。その生温かい感触に、耳たぶに感じるすずかの歯の感覚に、アタシの思考は完全にショートする。アルコール混じりのすずかの甘い匂い、密着する身体の柔らかさと暖かさ、耳に拭きかかる生温かい吐息に、腰が抜けそうになる。しかし、こんなところで腰を抜かしてしまっては、アルコールにより暴走状態のすずかに、今この場でいいようにされてしまう。それはいくらなんでも、マズイ。アタシは歯を食い縛ってガクガクと震える足に力を込めて、床にへたり込まないように踏ん張る。
  それから、アタシから色んなものを吹き飛ばそうとするすずかを離そうと試みる。
 「す、すずか、こんなところで、止めてってば……」
 「えー? ダメだよ、アリサちゃん」
  しかし、腕に思ったように力が入らない。そもそも、元からすずかはその華奢な身体からは想像もつかないくらいに力が強い。その気になれば、全力のアタシですらも軽く抑え込んで手ごめにできるだろう。今は元の力に加えて、アルコールのせいですずかのリミッターが完全に外れてしまっている。普段のすずかなら……と言うか、まともな恥じらいを持つ人間ならば、いくら恋人とは言え、人前で耳たぶを甘噛みするなんて、絶対にありえない。そういう理性のタガが外れた人間というのは、何を仕出かすか分からない。
 「んー、アリサちゃんー……ちゅっ」
 「うひゃああ!?」
  背筋を駆け巡る、ゾクリとした衝撃。まるで電流が走ったみたいな感覚。甘噛みだけに飽き足らず、すずかがアタシの耳たぶをその柔らかい舌でペロリと舐めたことによる結果だ。耳たぶを舐めた、ただそれだけなのに、その感触が何倍にも増幅されて、アタシの全身に伝わる。
 「ん……ちゅっ……ん、はぁ、アリサちゃん……」
 「あ、ちょっと、すずか、やめ……ひゃっ」
  マズイマズイマズイ。
  耳元で聞こえるすずかの吐息が、アルコールによる酩酊とは別の意味で熱いものになってきている。囁くような声にも、艶っぽさというか、色っぽさというか、人の本能に働きかける熱を帯びている。そして何より、アタシの身体が、心が、そんなすずかに過敏に反応するようになっている。すずかの吐息が耳にかかるたびに、その舌で舐められるたびに、その唇が触れるたびに、アタシの身体に電流が流れるような衝撃が走る。足が震えて、腰が抜けそうになる。アタシを踏み止まらせている最後の砦、理性も、すでに破壊寸前。後一押しで、最終防衛ラインが突破されてしまう。すずかのたったそれだけの行動で、仕草で、アタシの理性はこんなに簡単に瓦解してしまいそうになる。
 「んー……ちゅっ」
 「は……ぁ」
  アタシの声すら、何だか熱を帯びてしまっている。身体が、心が、すずかを求めている。
  これはヤバいとかもう、そういう次元の話じゃない。
  アタシの意識はすでに、すずかがもたらす、多大な快楽を含んだ感触に支配され始めている。
  このままでは、碌なことにならない。今すぐ、すずかの奇行を止めないといけない。そういうことを考え、実行する意思すら、ただひたすらにすずかを求めるアタシ自身の欲望に、押され始めている。
  なんとか、しないと。
  ただすずかを求めること、それだけを考えてしまいそうな思考を必死に制御し、残った理性を総動員して、アタシはおそらく、最善策であろう答えを導き出し、実行する。
 「な、何だかすずかの具合が悪いみたいだから、部屋で休んでくるわ。それじゃ!」
  それだけをアタシ達のことを呆然と見つめていた次男坊に伝え、アタシはすずかを抱えると、ぐるりと背を向け、逃げるように駆け出した。ドレスのスカートが乱れる? そんなこと気にする余裕なんて、もう残されていない。一歩一歩足を踏み出すごとに、足から力が抜けそうになる。そこを、アタシの自慢の強固な意志の力でカバーする。すずかを抱き上げたとき、知っているとはいえその軽さに少し驚いただとか、ひゃん、なんてそれだけで心奪われてしまいそうな可愛らしい悲鳴を上げたこととか、今アタシはすずかのことをお姫様だっこしているだとか、アタシの腕の中のすずかが情熱的にアタシの顔を見つめているだとか、そんなこと、気にしている場合じゃない。アタシは、必死に走り、会場を後にする。
  基本的に、社交界というものは誰かのお屋敷か、ホテルの大広間を貸し切って行われる。そしてそれの参加者は当然お金持ちだから、どちらの場合であっても参加者が自由に使うことのできる部屋が用意されている。アタシの目当てはそれだ。
    走ること一分弱、走った距離百メートル弱。たったそれだけの距離で体力のほとんどを使い果たし、アタシは用意されていた部屋に駆け込んだ。








  誰もいない部屋に飛び込んだ後、部屋に備え付けられているベッドに、アタシはすずかを抱きかかえたままダイブした。少し危ない行為だけど、ここは良いホテルだからベッドも最上のもので、女の子二人分の衝撃程度なら余裕でクッションするから問題はない。
  なにより、ギリギリだったアタシに、抱きかかえたすずかを優しくベッドに下ろす余裕が、残されているわけがない。
  そんな体勢で飛び込んだもんだから、ホテルのベッドの上で、アタシは、すずかを押し倒した格好になる。アタシの視線のすぐ前には、潤んだ瞳でアタシのことを見つめるすずかの姿。熱に浮かされたような、色っぽい表情。赤く染まった頬。間近で見える、白い肌と柔らかい唇。そういうのが、アタシの残った理性を根こそぎ刈り取ってしまう。そんなすずかに当てられたアタシが、すずかとの距離を詰めようとする前に、すずかが覆いかぶさるアタシの首の後ろに両手を回して、抱きよせるようにして、
  アタシの唇は、すずかによって強引に奪われた。
 「ん――――」
  頭の中が真っ白になる。ありえないくらいに柔らかくて、暖かい。その感触に、アタシの意識の全てが持っていかれる。身体から力が抜け、完全に、すずかの上に覆いかぶさる。布地と布地を通してでも分かる、すずかの身体の柔らかいところと、心臓の鼓動。拒絶なんてしない。するわけがない。アタシも、すずかを求めるように、すずかにより強く、唇を合わせる。
 「ふぁ……アリサ、ちゃん…………」
  一旦唇を離すと、すずかの口からアタシの名前が零れる。
  その言葉に、声に、仕草に……ゾクゾクする。このまますずかを滅茶苦茶にしたくなる、強い衝動に駆られる。それはよくない、ちゃんと相手のことを考えないと、って思い、いつもならここでギリギリ踏み止まる。
    だけど、今回は、
  いつの間にか、アタシではなく、すずかが上になっていた。
 「…………え?」
  いつもとは違う事態に、アタシは驚く。
  いつもなら、アタシが上で、すずかのことを愛するのに。
  気付けばいつの間にか、すずかが上になっているなんて。
 「すず――」
  その疑問を口にしようとする前に、再び、アタシの唇はすずかによって奪われる。今日のすずかは、いつになく積極的だ。それはアルコールのせいなのか、それとも別の要因なのか。そして、いつもとは違うすずかに迫られることを、アタシは嫌だとは思わない。……ううん、違う。いつもとは違うすずかに襲われて、すずかのものになってしまうことを、アタシは望んでいる。
 「あ……はぁ、すずか……」
  一旦離れた唇から洩れるのは、愛おしい人の名前。何度求めても足りない、何度愛されても足りない、いつまでも愛していたい、誰よりも大切な女の子。
 「アリサちゃん……」
  三度、すずかに唇を塞がれる。回を重ねるごとに、触れ合っている時間が長くなる。そして今度は、薄く開いたアタシの口から、中に、暖かくてぬるりとしたものが差し込まれる。
 「ん……! っ、ふ……う……」
  唇と同じくらい柔らかいそれは、何かを求めるように、アタシの口腔内を動きまわり、蹂躙する。どことなく、アルコールの味がする。いつもは、立場が逆なのに。身体から力が抜けてしまって、今日のアタシは、すずかに為されるがままだ。
  身体がそういう状態でも、すずかのことを求めるのは、アタシの心なのか、それとも本能なのか。
  すずかの舌がアタシの口の中から出ていったのと同時に、今度はアタシが、すずかに舌を差し入れる。それだけでなく、すずかがさっきしたみたいに、すずかの首の後ろに両手を伸ばして、より強く、すずかを抱き寄せる、繋がり合う。
 「んむ……ん、は……ぁ……」
  お互いに求め合い、貪り合い。
  触れる唇の感触と、絡みあう舌の感覚と、布越しに伝わるすずかの体温と、部屋に響き渡る水の音。それだけが、アタシ達の感覚を支配する。
  やがて、すずかが唇を離すと、つ、と、アタシ達の間を、銀色の糸が繋ぐ。
 「アリサちゃん……いい、かな…………」
 「…………誰に、聞いてるのよ」
  断る理由なんてない。
  だってアタシは、こんなにも、すずかのことを求めている。
  すずかのものにされることを、強く願っている。
  ああ……今日はアタシ、すずかに襲われちゃうんだな。
  でも、それも悪くないかな。
  だってアタシは、すずかのものなんだから。
 「アリサちゃん……」
  熱に浮かされた声。いつもの穏やかなそれとは一線を画した、アタシの心を揺さぶる声。
  すずかはアタシの上に覆いかぶさり、首筋に吸い付く。
  アタシは、敏感な首筋に来るであろう感覚に備えて、少しだけ、身体を強張らせる。
 「――――」
  だけど、数秒待っても、一向にその感覚が襲って来ない。
 「……すずか?」
  アタシは不審に思って、すずかを呼びかける。どういうわけか、返事がない。
 「すずか――」
  そこまで来て、アタシはようやく気付く。
  アタシの上に覆いかぶさったすずかが、アタシの耳元で、規則的な寝息を立てていることに。
 「…………」
  あー、これが、アルコールの力で積極的になったすずかの結末か。
  弱いのは知ってたけど、まさか、あんな場所で理性を失った挙句、行為の最中に潰れてしまうとは。いくらアタシでも、これは流石に予想外だ。
  アタシはため息をついてから、アタシの上に覆いかぶさるすずかを押しのけて、完全に眠ってしまったすずかをちゃんとベッドに寝かしてから、その枕もとに腰掛ける。
  怒ろうにも、穏やかな寝息を立てるすずかの顔を見ていると、そういう気も失せてしまうから不思議だ。きっとすずか本人は、目が覚めてことの顛末を思い出したら、面白いくらいに謝り倒してくるんだろうけど。
  しかし、よ。
 「アタシは、どうすればいいのよ……」
  この、モヤモヤした不完全燃焼な気持ちを、何にぶつけろと?
  こういうのを、生殺しって言うんじゃないかしら?
  考えるアタシに、自家発電、という単語が思い浮かぶ。
 「……バカバカしい」
  それはない。
  こんなところで、寝ているすずかの横でそんなことをしても、虚しいだけだ。
  そりゃ、すずかのことが恋しくて、一人でするときもあるけど、すずかが傍にいるのにするのは、その、なんて言うか、あまり良い気分がしない。
 「まったく……」
  だけど、アタシをそんな目に合わせるすずかのことを、不思議と憎らしいとは思えない。
  しょうがないお姫様ね。その一言で済ませてしまう。
  だってアタシは、すずかのものだから。
  眠ってしまった愛しい人に、自然と、言葉が漏れる。
 「愛してるわよ、すずか」
  アタシは、あまりすずかに面と向かってこういうことを言わない。
  照れくさいし、そういうことは、態度で示したいと思うから。
  すずかは、そういうことをもっと口に出して言って欲しいみたいだけど、こればっかりはどうしようもない。
  だからアタシは、眠っている愛しいお姫様に向かって、アタシの気持ちを呟く。ついでに、眠っているすずかの頬に顔を近づけ、ふわふわしたすずかの頬に、優しくキスをする。
  起きてから、どうして寝てるときに言うの、どうして寝てるときにするの、って文句を言われても仕方ない。
  だってこれは、アタシのことを置いてけぼりで眠ってしまった、すずかへの罰なんだから。
 「アタシを置いてけぼりにしたら、許さないんだからね」
  それは、アタシがすずかのものであり、そしてすずかがアタシのものだから、許される行為。
  その関係はきっと、永遠に変わることはない。
  アタシはすずかを求め続け、愛し続ける。
  すずかはアタシを求め続け、愛し続ける。
  そういう未来を夢見て、望んで、確信して。
 「……ずっと、一緒だからね」
  小さな子供みたいに、幸せそうに眠るすずかの頭を撫でながら、アタシはそう、呟いた。
  心からの気持ちを込めて。
  だってそれが、すずかと一緒にいることが、アタシの最高の幸せなんだから。