EXbreaker開設一周年記念SSそのいち。
まずはなのは×フェイト。
劇中では語られていませんが、フェイトの誕生日は本当の意味でフェイトを始めた日=名前を呼んだ日、ということにしています。
「小麦粉、無塩バター、砂糖、生クリーム……」
私はさっき買ってきた食材を、ひとつひとつ丹念にチェックする。お店に材料を買いに行く前から入念に計画して、何度も確認したから不備なんてあるハズもないとは思うんだけど、万が一の可能性も捨てきれない。後で足りないものが出てきたら、これからの予定が狂っちゃうし。
それに、こういうのはどちらかといえば気持ちの問題だ。
「……うん。大丈夫」
今確認した限りでは、足りないものはなかった。それでも何か問題があるかもしれないけど、それを言い出したらきりがない。
問題がないことを確認して、私は微笑んだ。
「そんなにチェックするようなことでもないでしょうに」
「アリサちゃん。こういうのは、気持ちが大切なんだよ」
「……ふーん。まぁ、なのはだし、ね」
「それは、褒められてるのかな?」
その時、お店のカウンターの方から、よく聞きなれた声が聞こえてきた。
私に突っ込みを入れるのは、ブロンドの髪に翠の瞳が魅力的な、まるでモデルさんのように可愛らしいなのはの幼馴染。日系アメリカ人のアリサ・バニングスちゃん。今はカウンターに座って、厨房にいる私に声をかけていた。
頬杖をついてボーっとしているのに、なんだか絵になる女の子。
「…………褒めてるのよ」
「……あんまり、信じられないなぁ」
とある平日の夕方。
私、高町なのはの実家は、この界隈では有名なお店である喫茶『翠屋』を経営している。
そして、今の私は、その翠屋の厨房に立っている。いつもならばまだお店をやっている時間で、私が厨房に立つことはありえない。だけど、少なくても今日は、お客さんが翠屋にやってくることはない。
「……あの、本当にいいんですか? 私達のために、貸し切りにしてくれて。しかも、無料なんて……」
「あら。気にすることはないわよ。借りたのはなのはなんだし」
「可愛い娘の頼みとあっては、断る理由なんてないさ」
私から視線を外して、アリサちゃんはカウンター越しの目の前にいた一組の男女に、少しばかり心配そう……というより、遠慮気味に尋ねた。
その人達は、翠屋のパティシエであり私のお母さんの高町桃子と、翠屋のマスターであり私のお父さんである高町士朗。お店を切り盛りする二人は、結婚してから十年以上過ぎた今でも新婚気分を忘れないおしどり夫婦だ。
「そう、ですか」
「そうそう。なのはの大切なお友達のためなんですもの」
「それも、フェイトちゃんの……だしな。私達も、できる限りのことをするさ」
「ありがとうございます。私達のために、そんな……」
「はははは。そう思うなら、これからもウチを贔屓にしてくれよ?」
「はい。それはもう、いつも懇意にさせていただいてます」
相変わらず、アリサちゃんは目上の人には礼儀正しい。本人曰く、上流階級の嗜み、らしいんだけど、同世代の子達と比べても、格段にアリサちゃんは大人びている。そしてお父さんお母さんも、そんなアリサちゃんに怯むことなく普通に会話している。
だけど、私は三人の会話に入らず、それを尻目に道具とレシピを確認する。邪魔にならないように髪はまとめた。手もちゃんと洗ったし、エプロンも着用済み。道具も食材もバッチリだ。レシピだって、この日のために幾度となく研究して、本物のお菓子職人であるお母さんにも特訓してもらった。
だから、大丈夫だ。
「…………よし」
準備完了。
すべての工程を確認し、私はまずボールと篩を手に取った。
まずは薄力粉を篩にかけて、均一な粉にするところから始める。
「…………頑張るぞ」
自然と、口から意気込みが漏れる。
ありったけの想いをこめた、全力全開のお菓子作り。
すべては、大切な人のために。
「こんにちは」
カラカランと、入口のベルが鳴る。
今日は貸し切りの札が入口にかけてあるからもうお客さんが来ることはないのに……、と思ったけど、それは余計な心配だった。
なぜなら、どこか遠慮がちに店のドアを開いたのは、良く見知った人物だったからだ。
「こんにちは、すずか」
「おお、すずかちゃんか。いらっしゃい」
「あら、すずかちゃん。こんにちは」
「こんにちは。桃子さん、士朗さん」
すずかはペコリと頭を下げてから、私が座っているカウンター席に近づいてくる。
「すずか。用事はもういいの?」
「うん。だって、今日は大事な日だもん。すぐに終わらせてきたよ」
言い、とっても素敵な笑顔を私に向けながら、すずかもカウンター、それも私の隣の席に座る。
月村すずか。
高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、月村すずか、そして私アリサ・バニングスで構成される仲良し五人組の一人で、私となのはの幼馴染。物腰の柔らかそうな表情と、白いカチューシャでまとめた深紫色の長髪が特徴的な女の子。五人組の良心的存在で、私の大切な人でもあるのだが……それはまた、別の話。
「すずかちゃん。何か飲みたいものはあるかい?」
「え……? そんな、悪いですよ。今日はお客さん、というわけでもないのに」
「子供がそんなこと気にしないの。遊びに来た娘の友達に飲み物を振る舞うなんて、普通のことじゃない」
「…………でも…………」
助けを求めるように、すずかが私に視線を送ってくる。
ここは助け舟を送ってあげたいんだけど、悲しいかな。私では、すずかを助けることができないのだ。
「私も、同じこと言ったんだけどね。結局押し切られちゃった」
肩をすくめながら、私は目の前にある飲みかけのカフェオレを示す。
今はまだ暇を持て余している私は、すずかが来るまでずっと、このお店のマスターの士朗さん特製のカフェオレを飲みながら高町夫妻と雑談をしていたのだ。
私も初めはタダで奢ってもらうことを遠慮したんだけど……結局、こうしてご馳走になっている。
見た感じは雰囲気も良くて、とても優しそうな印象を向ける高町夫妻だが、ここぞというところでは驚くほどに頑固なのだ。ニコニコ笑顔で、頑として自分達の意見を曲げようとしない。
さすがは、なのはの御両親といったところか。
きっとそういうところが娘のなのはに遺伝してるんだろうな、と関係者全員が思っている。
「まぁ、新商品の実験台になると思ってくれ」
「…………分かりました。それなら、紅茶でお願いします」
「ホットとアイスはどっちにする?」
「そうですね……ホットでお願いします」
「分かったわ。ちょっと待っててね」
結局、すずかも折れてしまったらしい。
注文を受けて、桃子さんが紅茶を淹れるためにカウンターの後ろに下がる。それに士朗さんが着いて行ったから、後には私達が残される。
「……なのはちゃん、どんな感じ?」
「ここから見てる分には、ずいぶんと手慣れたものよ。一体どこに不安になる要素があるのか、分からないくらい」
この企画が決まった時から、なのははすごく張り切っていた。
なのはは料理もできるんだし、誰も失敗するなんて思っていないのに、何故だかなのは本人は上手くいくかどうか心配していた。
だけど、その心配は杞憂に終わりそうだ。
「……私は、なのはちゃんの気持ちが分かるかな?」
「そうなの?」
「だって、好きな人に初めて自分の手料理を食べてもらうんだよ? ……緊張もするし、不安にもなるよ。だけどそれ以上に、好きな人に、料理を食べてもらいたい人を喜ばせたいから、ああやって慎重に丁寧に、料理をするんだよ」
「……それは、実体験者が語る意見なのかしら?」
「さて。どうでしょう?」
軽く探りを入れてみたけど、珍しく軽い口調ではぐらかされてしまった。
しかし、その実体験者の心のこもった料理を食べたことのある私としては、分かっているつもりだ。その料理にこめられた想いと愛情を。
好きな人に喜んでほしい。
好きな人には笑顔でいてほしい。
その気持ちは、私だって持っている。
きっとその願いは普遍的なもので、だけど、その手段はまちまちで。
料理というものは、ハードルが高いように見えて、案外身近で確実な方法なのかもしれない。
「はい、おまたせ、すずかちゃん」
そんな会話をしているうちに、紅茶を淹れた桃子さんと士朗さんが戻ってきた。
すずかの前に置かれたティーカップに、琥珀色の液体が注がれる。
途端、辺り一体が、紅茶の香りで満たされる。
「…………ラプサンスーチョン、ですか?」
「お、分かるかい? 通だねぇ」
「……香りが独特ですから」
「嫌いかい?」
「いえ。あんまり飲んだことがないので、興味深いです」
「それは良かった」
微笑む高町夫妻。
その笑顔につられて、私もすずかも自然と笑顔になる。
「……さて、すずか。それ飲んだら、そろそろ準備しましょうか」
「うん、そうだね」
「なのはが頑張ってるんだもん。私達も、頑張らないと」
※
薄力粉や砂糖を篩にかけた後は、各材料を混ぜ合わせないといけない。
まず最初に混ぜ合わせるのは、卵と砂糖。人肌よりも少し温かい湯煎にかけながら、砂糖を数回に分けて加えて、メレンゲみたいにふわっとなるまでひたすらかき混ぜる。本当は湯煎にかける必要はないし、砂糖も二,三回に分けて加えればいい。一応するべきことではあるんだけど、ここは手を抜いてもいいところで、普通は誰もしない工程だ。
それなのに、あまりする必要のないことをするのは、私がどうしても手を抜きたくないから。
大切な人に自分が作ったものを食べてもらうのだ。
全力全開の想いをこめないと、駄目だと思う。
もちろん、ハンドミキサーなんて使わない。
あれは確かに手早く楽にできるんだけど、混ぜ終わったときの仕上がりがどうしても違ってくる。前に自分で試してみて分かったんだけど、ハンドミキサーではどうしても気泡が大きくなって、手混ぜほどの滑らかさが出ない。泡立て器でじっくりと混ぜれば、時間と労力はかかるけど、きめ細かい気泡ができる。
湯煎にかければ、砂糖がより溶けやすく。
泡立て器を使えば、より滑らかに。
普通なら手を抜くたったそれだけのことに、手を抜かない。
何故なら、大切な人には、いつも笑顔であってほしいから。
私が作った料理で、笑顔になってほしいから。
「よし」
卵を泡立て続けて三〇分。それだけの時間と労力をかけて、ようやく泡だてが終わる。
それから手早く薄力粉を加え、良く混ぜ合わせる。せっかく作った卵の泡が潰れてしまわないように。混ぜ合わせると言うよりは、ヘラでサクサクと薄力粉を切るように、素早く、丁寧に。
よく混ぜ合わせてから、更に溶かしバターを加えて、これも手早く混ぜ合わせる。
そうして、材料を混ぜ合わせながら心に思い浮かぶのは、大切な人の姿。
私が作ったお菓子を食べて、あの人はどういう表情をするのだろう。喜んでくれるかな? 笑顔になってくれるかな? また食べたいって、思ってくれるかな?
もしかしたら、失敗してしまうかもしれない。あの人のお気に召さなくて、それでもあの人はとっても優しいから、無理させてしまうかもしれない。
そんなことがないようにできることはしてきたつもりだけど……不安がないと言えば嘘になる。
だけどそれ以上に、あの人が喜んでくれる姿を想像して、期待してしまう。
あの人が笑ってくれるところを想像して、ついつい私も笑顔になってしまう。
あの人に喜んでもらうために、あの人の笑顔を想像して、自然と材料を混ぜる腕に力がこもる。なるべくダマにならないように、混ぜムラができないように、丁寧にヘラを動かす。たかだか材料を混ぜ合わせるだけの工程。だけど、たったそれだけの工程を丁寧に丁寧に、たっぷりの想いをこめて混ぜ合わせる。沢山の手間をかけて、愛情を注いで。
そういうことが、全然苦にならない。
むしろ、こうやって作ることを嬉しく感じてしまう。
だって、私が作ったもので、好きな人が笑ってくれるのだ。
これほど嬉しいこと、他にそうそうあるものではない。
「フェイトちゃん」
つい口から洩れるのは、大好きな人の名前。
この場にいないのに、その名前を口にしただけで、なんだか心が弾んでくる。
いつもいつでも大切な人。
いつもいつまでも一緒にいたい大好きな人。
どんな手間も、どんな労力も、あの人のためなら苦にならない。
だって、私はそれだけ、フェイトちゃんのことが大好きなんだから。
「……こんな感じかな?」
やがて、ボールの中にあったものはクリーム色のドロドロした液体になっていた。
それをケーキ型に流し込んで、あらかじめ温めていたオーブンの中へ。
「二五〇度で二〇分、と」
タイマーをセットしてから、オーブンのスイッチを入れ、焼成に入る。
これで後は待つだけで……だけど、私の仕事はまだ終わっていない。
むしろ、神経を使うのはここからだ。
大好きな人に喜んでもらうために。
私の仕事は、これからが本番だ。
※
「みんな、今日の主役を連れてきたでー」
「こ、こんにちは……」
カランカランと、入口のベルが鳴る。
それから扉を開けて中に入って来たのは、人懐っこそうな笑みを浮かべる関西弁の女の子。
私達仲良し五人組に一番最後に入った八神はやてちゃん。少し前までは車椅子生活だったんだけど、今ではすっかり回復して、自分の足で歩けるまでに回復している。
それから少し間を開けて、おずおずと、翠屋に入って来た……のを確認してから、私達は一斉に手にしていたクラッカーの紐を引いた。
『フェイトちゃん、お誕生日おめでとう!』
翠屋にいるみんなの祝福の声と、クラッカーが破裂するパンパンという音がお店の中に響き渡る。紙吹雪が辺り一面に舞い散って、クラッカーから飛び出た紙テープがフェイトちゃんに向かって飛んでいく。
「あ…………」
その光景を見て……フェイトちゃんは口をポカンと開けて、その場から動かなくなる。結構前から、今日はフェイトちゃんのお誕生日会を翠屋でするって教えてたのに、フェイトちゃんはまるで今日初めて知らされた、とでも言いそうなくらい、とても驚いた顔をしている。
そういう純真なところもフェイトちゃんの魅力なんだけど、そうやって驚くフェイトちゃんの表情はすっごく可愛いんだけど、今日はフェイトちゃんを驚かせるのが目的なんじゃない。
そんな……お店の入口で動こうとしないフェイトちゃんを、私は迎えに行く。
「ほら、フェイトちゃん。主役がそんな所でボーっとしてたらダメだよ」
立ち尽くすフェイトちゃんの手を握って、私はお店の真ん中まで引っ張っていく。
「わ、ちょっと、なのは」
フェイトちゃんの手はすごくすべすべしていて、なんだか温かい。フェイトちゃんの体温と、それとはまた違う温もりが伝わってくるような、そんな感じ。
その感触が嬉しくて、私の心はますます弾む。
不思議だよね。
こういう日常の何気ない行動で、フェイトちゃんと少し触れあえるだけで、嬉しいなんて。
「そ、そんなに引っ張らないで……」
「フェイトちゃんがそんなところでボーっとしてるのがいけないんだよ?」
私は未だおずおずしている……というか、遠慮しているようなフェイトちゃんを無理矢理引っ張って翠屋の客席、その真ん中あたりに連れていく。
そこにいるのは、アリサちゃん、すずかちゃん、はやてちゃん、ユーノ君。お父さんにお母さん、お姉ちゃん。フェイトちゃんの家族のリンディさんに、エイミイさんに、クロノ君に、子供形態のアルフさん。それから、ヴィータちゃんに、シグナムさんに、シャマルさんとザフィーラさん、そしてリインちゃん。
フェイトちゃんが仲良くしている、フェイトちゃんのことが大好きな人達が、そこには全員集まっている。
「フェイトちゃん、おめでとう!」
「おめでとう!」
みんなの口から、次々にお祝いの言葉が放たれていく。その声は当然心からの祝福で、みんながみんな、すごくいい笑顔をしている。そうやってみんなでフェイトちゃんのことを祝えるのが嬉しくて、みんながフェイトちゃんを祝ってくれることが嬉しくて、私の頬も緩んでしまう。
だけど、恥ずかしがり屋さんで遠慮屋さんのフェイトちゃんは、未だに戸惑ったような、遠慮しているような、驚いているような、複雑な表情をしている。多分、色んな感情がごちゃごちゃになっているんだろうけど……少なくても、笑顔じゃない。
きっと、すぐに笑顔になってくれると思うけどね。
「さぁさぁ、主賓は主賓席にね。フェイト、こっちよ」
客席の真ん中あたりまで連れてきたところで、そこに待機していたリンディさんが笑顔でフェイトちゃんを主賓席へ誘導する。フェイトちゃんは抵抗する素振りも見せず、その主賓席に腰かけて、
「わぁ…………!」
それから、驚きの声を上げる。
なぜなら、テーブルの上には、所狭しとご馳走が並べられていたから。お店のテーブルをいくつか繋げて、それでも置き切れない料理がカウンターの上に並べられているくらいに、沢山のご馳走が用意されている。私も翠屋のお客さんが翠屋を貸し切りにしてパーティーをするときには手伝うことがあるけど、これほどのご馳走は見たことがない。
この企画を……フェイトちゃんの誕生日会をすると決めて、お母さんとリンディさんに協力をお願いしたら、二人ともノリノリでこれだけのご馳走を用意してくれた。
もちろん二人だけでなく、はやてちゃんも、アリサちゃんも、すずかちゃんも、それぞれで沢山のご馳走を用意してくれて。
結果として、お店の動かすことのできるテーブルを全部並べても置き切れないほどのご馳走が用意されていた。……正直、これだけの料理をここにいる人達だけで食べきれるかどうか、不安なんですけど。
とにかく、それだけの料理が、フェイトちゃんのために用意された。
みんながそれだけフェイトちゃんのことを祝福してくれるということなんだけど……だからこそ、私は少しだけ……ううん、結構、不安になる。
これだけのご馳走が用意されて……みんな料理も上手くて、間違いなく美味しいから、私が作ったものが、霞んでしまいそうで。
フェイトちゃんを祝うために作ったんだけど……フェイトちゃんが喜んでくれないと、意味がない。せっかく大切な人のために作ったんだから、大切な人には良く覚えていてほしいと、どうしても思ってしまう。
この感情が、どうしようもない想いだというのは分かっている。
それはいくらなんでも、おしつけがましくて、不純だから。
駄目だよね、こんなことを考えてちゃ。
今日は、フェイトちゃんに喜んでもらうことを第一に考えないと。
「オホン。それでは、主賓も到着したことですし。ここはやはり、主賓のフェイトちゃんから一言いただきましょうか」
「ひゃ、ひゃい!?」
咳払いをして、はやてちゃんが司会を始める。
その声に過敏に反応して、変な声と共に立ち上がるフェイトちゃん。戸惑っているというか、緊張している。本人は至って真面目なんだろうけど、その姿がなんだか可笑しくて、みんなの間から笑い声が漏れる。
ただでさえ赤い顔のフェイトちゃんは更に顔を真っ赤にさせて、俯いてしまう。
だけど少しして、意を決したのか、勢いよく顔を上げて、少しづつ言葉を紡いでいく。
自分の想いを、みんなに伝えるために。
「あ、あの、その、みなさま。ほ、本日は私のためにこんなにしていただき、あ、ありがとうございます!!」
お礼を言いながら、フェイトちゃんは今度は勢いよく頭を下げる。それはもう、テーブルに頭をぶつけてしまいそうなくらいの勢いで。
「あの、上手く言えないんですけど、こんなに……準備してもらって、色んなものを用意してもらって、すごく、嬉しいです」
それから、フェイトちゃんの言葉が続く。
フェイトちゃんはたどたどしくゆっくりと、だけど確実に、自分の想いを言葉に変えていく。フェイトちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、こうしてみんなに注目されている中で話すことは得意じゃない。だからこそ、その表情から、言葉から、フェイトちゃんが必死に頑張っていることが伝わってくる。
やがてフェイトちゃんの話が終わった時、辺りが拍手に包まれた。
その拍手の嵐に押されて、フェイトちゃんは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまう。
だけど、その口元が緩んでいることを、私は見逃さなかった。
「さぁ、それでは次に、本日の二人目の主役である、高町なのはちゃんからフェイトちゃんへのお祝いの言葉をもらいましょう!」
「え!?」
予想外のはやてちゃんの言葉に、私は驚きの声を上げる。
予定では、そんなことをするなんて言っていなかったのに。
私ははやてちゃんに視線を送る……と、そこには、してやったり、といった表情のはやてちゃんがいた。はやてちゃんだけじゃなくて、アリサちゃんも、そんな顔をしている。すずかちゃんだけは、なんだか困ったような表情、というか、苦笑い。
これは、もしかして、はめられたのかな?
「さーさー、なのはちゃん。なのはちゃんがお話してくれんと、先に進めへんよ」
はやてちゃんに急かされて、みんなの視線が私に集まるのを感じる。うう、どうしよう。こんなこと予想もしてなかったから、気の利いた言葉なんて考えてないよ。でも、私が話さないと、先に進まないような雰囲気だし……。
……はやてちゃん。後でゆっくりお話だからね!
私は半ば自棄になって、フェイトちゃんに視線を向ける。
フェイトちゃんも私のことを、そのルビーみたいな紅の双眸で、私のことをじっと見つめていた。頬を紅く染めて、まるで、プレゼントを待つ子供みたいに、その視線は無垢で、綺麗だった。
「――――」
その視線に射竦められ、私は一瞬だけ、我を忘れる。
私の言葉を無邪気に待つフェイトちゃんがすごく可愛くて、綺麗で、一瞬、完全に見とれてしまったからだ。心臓を射抜かれたような感覚すら覚える。フェイトちゃんと視線が合うだけで、私の胸が高鳴った。
だけど、それと同時に、混乱していた私の頭の中が、不思議なくらいにすっきりした。
フェイトちゃんの視線が、私の心の中にあった余計なものを追い出してくれて。
私は本当に自然と、言葉を紡いでいた。
「フェイトちゃん。お誕生日、おめでとう」
言葉になったのは、たったの一言。
お祝いの言葉としてはありきたりで、つまらない、短いたったそれだけの言葉。
「…………ありがとう、なのは」
私はその一言に、ありったけの想いをこめた。……こめられたと思う。
お話しないと、言葉にしないと、伝わらないことがある。
そして、お話しなくても、言葉にしなくても、伝わることがある。
「…………」
いいや、違うね。
きっとそれは、体の良い言い訳で、私の我儘。
私のフェイトちゃんへの想いは、フェイトちゃんだけに伝えたいんだ。
他の人に聞いてほしくないと言うより、私の想いを、他でもないフェイトちゃんだけのものにしてほしいから。
「……おや。なのはちゃん、もっとフェイトちゃんへの愛を伝えんでええの?」
「うん。これで充分だよ」
だって、私の気持ちは、二人だけの時間で、恋人同士の時間で、伝えたいんだ。
「…………なるほど。なのはちゃんの気持ちは、恋人同士の時間で、二人っきりでラブラブしながら交換しあいたいということですな。お熱いことで」
「ちょ、はやてちゃん!?」
「はやて、どうしてそれが分かったの!?」
「フェイトちゃん!」
フェイトちゃん、分かっててもそれを口にしないでよ!
ほら、案の定、みんながニヤニヤしたり、苦笑いしたりしてるじゃないの!
て言うか、どうしてはやてちゃんは私達の心の中が分かったの!?
「そりゃー、そんなん分かり切ったことやしなー」
「…………」
はやてちゃんの言葉に、私もフェイトちゃんも、顔を真っ赤にして言葉を失う。
私達、そんなに分かりやすい?
「では、お二人の愛の語らいは二人だけの時間にしてもらうとして」
もう突っ込む気にもなれなかった。
ここで下手に否定したら、火に油を注ぐことになるのはもう分かり切ってるし。
「本日のメインイベント、バースデーケーキの登場です!」
はやてちゃんのノリノリの司会に、さっきのとはまた別の意味で、私の心臓が跳ね上がる。
その司会の声に合わせてお母さんがお店の奥から持ってきたのは、大きめに作られたワンホールの苺のケーキ。そのケーキには、フェイトちゃんの歳の数だけ、火の着いたロウソクが立てられていた。
そのケーキのことを、私は良く知っている。
「このバースデーケーキは、本日の主賓であるフェイトちゃんの最愛の人、なのはちゃんがたっぷりの愛情をこめて作った至高にして究極の逸品です! 正に愛の結晶やね」
「え、なのはが……?」
「はやて、一言多いわよ」
「んー、まぁ、事実やし」
「……それもそうね」
「あはは……」
「それではみなさん、なのはちゃんに拍手を!」
はやてちゃんに先導されて、みんなが拍手をする。今日の主役はフェイトちゃんであって、私じゃないのに。その拍手の発生源にはフェイトちゃんも含まれていて、しかもフェイトちゃんが一番大きな拍手をしている。
こうして持ち上げられることが恥ずかしくて、だけど、なんだか少しだけ誇らしい。
「ロウソクが消えない内に、ケーキ入刀ならぬロウソク消灯をフェイトちゃんにしてもらいましょう」
はやてちゃんがそう言って、フェイトちゃんの前にケーキが置かれた瞬間に、店内の照明が消される。外はもう結構暗くなっているから、お店の中も真っ暗になる。だから、周囲を照らすのは、フェイトちゃんの歳の数だけ立てられたロウソクの淡い光だけ。
橙色のロウソクの灯りに照らされたフェイトちゃんは、何だか綺麗だった。
「じゃあ、フェイトちゃん」
司会の言葉に、フェイトちゃんが頷く。
ロウソクの灯りに照らされるフェイトちゃんのことを、みんなが見つめる。
やがて、フェイトちゃんは大きく息を吸って、ロウソクの灯りを一気に吹き消した。
その後すぐに照明が着けられて……直後、お店の中が拍手の音に包まれた。
拍手の中心にいるのは、もちろんフェイトちゃん。少しだけ恥ずかしそうな、はにかんだ笑顔を浮かべている。
「……んじゃ、これが最後の企画やね」
企画。
私達が考えた、フェイトちゃんの誕生日を祝う会。
こうして企画を立てて、予想外に協力してくれる人達が多くて、こんなに盛り上がって。
すごいや。
それだけ、フェイトちゃんがみんなから好かれてるってことなんだね。
「なのはちゃんの愛情の結晶を、誰よりも先に、フェイトちゃんに食べてもらいましょう!」
「!」
分かってても、これはドキッとする。
今日、はやてちゃんがこうやって司会をする上での、最後のイベント。
それが、フェイトちゃんに真っ先に私が作ったケーキを食べてもらうこと。
その予定は初めからあったのに、分かっていたのに、私の心臓は、まるで早鐘のように鼓動する。
私は一体、この十分にも満たない時間で、何回ドキドキしてるのかな。
「…………」
お母さんの手によって、ケーキが均等に八等分される。全員分はないけど、このケーキはフェイトちゃんに食べてもらうために作ったのだから、そこはあまり重要ではない。
なんだか、緊張する。
材料もきちんと選んで買った。作り方だって、なるべく慎重に丁寧に作ったし、お母さんに特訓もしてもらった。だから、あのケーキが美味しくないということはない……ハズなのに、なんだか不安な気持ちがある。
もし、美味しくなかったらどうしよう。
もし、フェイトちゃんの口に合わなかったらどうしよう。
あれだけやったんだから大丈夫、という自身と、もしかしたら、という不安が私の中でごちゃまぜになって、私の心臓の鼓動がますます速くなる。ケーキを食べようとするフェイトちゃんから目が離せない。
大丈夫、大丈夫。
そう自分に言い聞かせてもあまり意味はない。
お母さんがケーキを切り分けて、取り分けて、フェイトちゃんがそのケーキを口に運ぶまで、一分とかからない。たったそれだけの短い時間が、とても長く感じてしまう。しかも、みんなもフェイトちゃんに注目して何も喋らないから、お店の中は静かだ。だからこそ、私は気を紛らわすことができなくて、自分の心臓の音がすごく大きく聞こえてしまう。
背伸びなんて、するんじゃなかったかな。
そんな、ケーキを作ってみたことを後悔するような考えすら生まれてしまう。
確かに、お母さんは本物のパティシエだから、私がどう頑張ってもお母さん以上のケーキを作ることはできない。フェイトちゃんは翠屋を良く利用するから、ケーキの味の基準と言えば、必然的にお母さんの味になってしまう。比べるまでもない差がそこにはあって、だから、余計に不安になる。
こういう時だけは、お菓子作りが上手いお母さんが恨めしい。
もし、フェイトちゃんが気に入らなかったら、どうしよう。
「…………」
時間だけでなく、周りの景色までもが、ゆっくり動いているように感じられる。
ケーキをフォークで刺して、口に運ぶ。
たったそれだけの動きが、やけにゆっくり進んでいるように見えて。
「――――――――!」
やがて。
フェイトちゃんの口の中に、私が作ったケーキが飛び込んだ。
「…………」
モグモグと、フェイトちゃんがケーキを咀嚼する。
その姿を、私はただ見守るしかない。
次にフェイトちゃんの口から飛び出すのは、どんな言葉なのかな。
私のケーキを、美味しいって言ってくれるかな?
それとも、美味しくなくてフェイトちゃんのことを困らせちゃうかな?
後者だったら、そんなの、絶対に嫌だ。
だって私は、フェイトちゃんに喜んでもらうために、ケーキを作ったんだから。
「……………………美味しい」
やがて、フェイトちゃんの口から零れた言葉を、私は数秒間認識することができなかった。
美味しい?
フェイトちゃんが、私の作ったケーキを、美味しいって言ってくれたの?
「…………美味しいよ、なのは…………」
そう呟いてから――突然、フェイトちゃんは泣きだした。
ポロポロと、フェイトちゃんの綺麗な瞳から、雫が零れ落ちる。
「フェイトちゃん、どないしたんや!?」
はやてちゃんの慌てた声が、妙に遠くに聞こえる。
そんなに、美味しくなかったのかな?
泣くほど、私のケーキは美味しくなかったの?
私が、フェイトちゃんを泣かせちゃったの?
「……ごめん、ごめんね、フェイトちゃん……」
そう思ったら、なんだか私まで泣けてきた。
内側から溢れてくるものを、止めることができない。
我慢できなくて、私の瞳からも、涙が零れ落ちた。
ごめんね、フェイトちゃん。
私が、ケーキもまともに作れない女の子で。
「違う、違うよ、なのは」
オロオロと、フェイトちゃんが私のことを宥めてくれる。
でも、いいんだよフェイトちゃん。そんな無理しなくても。
フェイトちゃんは優しいから、そうして慰めてくれるけど、そんな気を使わなくても――
「……違うの、なのは。なのはの作ってくれたケーキは、本当に美味しかったんだよ」
「…………なら、どうして」
「…………すごく、嬉しかったんだ」
「うれ、しかった?」
「うん。だって、私のために、みんなが集まってくれて、こんなに良くしてくれて。お店の飾りつけだってすごく手が込んでるし、料理だって、こんなご馳走は見たことないよ。それで、なのはがケーキを作ってくれて…………あのね。私、知ってたんだ。なのはがケーキを作るために、どれだけ頑張ってくれたか」
「…………え?」
フェイトちゃんの言葉に、私は驚く。
だって、こうやってフェイトちゃんの誕生日会を開くことはフェイトちゃんにも教えてたけど、私がケーキを作るのは、フェイトちゃんには秘密だったハズだよ?
それなのに、どうして?
「あー、ごめん、なのは。私が、つい口を滑らしちゃったのよ」
「なのはちゃん、ごめんね。私も、つい……」
「なんや、アリサちゃんにすずかちゃんもか。実は、私もなー」
「…………」
なにそれ。
フェイトちゃんを驚かせるぞー、と意気込んだ私の気持ちは、どこに持っていけばいいの?
「……ごめんなさい、なのはちゃん」
「謝るから、そんなに睨まんといてほしいなー」
「ほら、あんたが本気で怒ると、本当に怖いからね。……ごめん」
「そんなに怒らないで、なのは。それでも、私は本当に嬉しかったんだから」
「……本当に?」
「本当だよ、なのは」
そう言ってから、目を細めて、優しく微笑むフェイトちゃん。
その微笑みを見て、すぅっと、私の心の中から嫌な気持ちが洗い流されていく。
ああ――まったく、私も単純だね。
「だから、ケーキを食べたら、なのはの想いが伝わってきたような、そんな気がして、すごく嬉しくて、私は泣いちゃったんだよ」
フェイトちゃんの微笑みひとつで。
フェイトちゃんの言葉ひとつで。
こんなにも、幸せな気持ちになるんだから。
「フェイトちゃん…………」
「なのは」
私の名前を呟いて、フェイトちゃんは主賓席から立ち上がる。
それから、すぐ傍にいた私の前に立って、私の流した涙を拭ってから、私のことを優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう、なのは。なのはの気持ち、確かに受け取ったよ」
「フェイトちゃん……!」
私のことを心まで包み込むように、フェイトちゃんが優しく抱きしめてくれる。
私は感極まって、フェイトちゃんのことをギュッと抱き締めた。
フェイトちゃんのことを離してしまわないように、強くギュッと。
その力に合わせてか、フェイトちゃんも、私のことを抱きしめる腕に力を込めた。
「フェイトちゃん、フェイトちゃん、フェイトちゃん…………!」
「泣かないで、なのは。……その、なのはの笑顔が、私への最高のプレゼントなんだから」
そんな言葉が、私の耳元で囁かれる。すごくロマンチックなことを言ってるのに、少し慌てた声だから、ドラマみたいに余裕のある感じはしない。むしろフェイトちゃんの方も一杯一杯、という感じがする。
だけど、その方がまたフェイトちゃんらしくて、私は好き。
きっと、フェイトちゃん自身には、そんな素敵なことを言ったという自覚はない。
だからこそのフェイトちゃんで……私は、そんなフェイトちゃんが大好きなんだ。
「……にゃはは。駄目だね、泣いてたら」
「そうだね。私もやっぱり、その、なのはには、いつも笑顔でいてほしいから」
「うん。分かったよ、フェイトちゃん」
そう言ってから、私はフェイトちゃんに笑いかける。
さっきまで泣いてたから、私の顔はきっとぐちゃぐちゃで、あんまり見れたものじゃないと思う。
でもね。
フェイトちゃんは、そんな笑顔でも良いって言ってくれたんだ。
ちゃんと笑えたかどうか心配だったけど、泣き笑いの私に、フェイトちゃんも笑いかけてくれた。
抱き合ったまま、私達は笑い合う。
フェイトちゃんの顔がすごく近い位置にある。フェイトちゃんの瞳に映る私の顔が見えるくらい、フェイトちゃんの吐息が分かるくらいに、近い距離。触れようと思えばすぐに触れられるくらいに、私達は近い位置にいた。
身体だけじゃなくて、きっと心も、私達は近い場所にいる。
「…………ねぇ、フェイトちゃん」
「なに、なのは?」
「……………………あのね。後で、二人っきりになれないかな?」
誰にも聞こえないように小さな声で、私はフェイトちゃんに話しかける。
これから言おうとしていることは勇気がいることだけど……高鳴る私の心は、そんな言葉を自然と口にしていた。
「もちろんだよ、なのは」
「良かった。……ケーキとは別に、二人っきりで渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。それはね――――」
「はいはい! 二人とも、いつまでも二人だけの世界に入らないの!」
不意に、パンパンと手を叩く音と、アリサちゃんの聞きなれた声が聞こえる。
その声に我に帰った私達は、ようやく自分達のしていることを客観的に見ることができた。
慌てて離れるけど、もう遅い。
ここにいる全員が、なんだかすごく微妙な笑顔で、私とフェイトちゃんのことを見ていたのだから。
「イチャつくのは結構なことだけど、そういうことは後で、二人っきりの時にしなさい!」
「イチャつくって……」
アリサちゃんに怒られてしまった。
もちろん本気で怒ってるわけじゃないけど、アリサちゃんに怒られると、なんだか申し訳ない気持ちになる。
でも、それと同時に、残念な気持ちもある。
「……お父さんは、娘の恋愛を、応援するべきなのか? 喜ぶべきなのか?」
「あら。お母さんは祝福するわよ」
その後ろでは、頭を抱えて考え込むお父さんと、微笑むお母さんの姿があった。
お父さんのことは……後でフォローすればいいや。
「仲善きことは美しきかな。本日の主役二人の仲睦まじい姿が見れたところで、私の役割は終わりです。今日はこんなにご馳走があって、桃子さんの美味しいケーキも、なのはちゃんの愛情の結晶もあります。せやから今日は、みなさん、楽しんでいきましょー!」
はやてちゃんの言葉を皮切りに、お店の中が一気に騒がしくなる。
わいわいと、みんなで楽しくパーティーが始まる。
美味しい食事を食べたり、談笑したり、笑い合ったり。
こういうのも楽しいけど……やっぱり、フェイトちゃんと二人でいたいという気持ちもあるわけで。
だけど、それはあんまり良くないよね。
だって、ここにいるみんなが、フェイトちゃんのことが大好きなんだもん。
私が一人占めしちゃ駄目なんだ。
「…………」
でもね。
たまには――フェイトちゃんのこと、一人占めにさせてほしいな。
「そういえば、なのは」
「ん? なーに、フェイトちゃん」
「さっき言いかけた、渡したいものって」
「…………秘密だよ」
それは、後でのお楽しみ。
「ほら、フェイト。なのはさんばかりと話してないで」
「フェイトー。こっちこっちー」
「あ、はーい。……じゃあ、二人きりの時間を楽しみに待ってるね」
「うん。待っててね、フェイトちゃん」
私が二人っきりで、フェイトちゃんに渡したいもの。
それは、私がフェイトちゃんのことが大好きだって証。
私が、どうしようもないくらい、フェイトちゃんのことを愛してるってこと。
……うん、そうだね。
二人っきりの時間なんて、これからいくらでも、作っていけばいいんだ。
きっと、ケーキを作るよりも簡単だよね。
二人の気持ちが一緒なら、いつでも私達は繋がり合っている。
だから。
「なのはちゃん、このケーキ食べてええ?」
「はやて、少しは遠慮しなさいよ」
「いやでも、気になるやん?」
「まぁ、そうだけど」
「なのはちゃん。こっちにきて、ケーキの作り方教えてくれないかな?」
「あ、はーい――」
今はみんなで笑って、楽しんで。
みんなで一緒に、フェイトちゃんをお祝いしよう。
みんなが楽しければ、私も、フェイトちゃんも、笑い合っていられるから。
フェイトちゃんと一緒に笑っていられることは、こんなに嬉しくて、楽しいことなんだから。
だから、いま。
フェイトちゃんと一緒に、今日のこの日を、楽しまなきゃね。