1000HITのキリ番を踏んだハットリ様のリクエスト『甘いアリすずのSS。できれば中学生』に応えたお話です。
実は天海澄もアリすずが大好物なので、気合入れて書きました。
ノリノリで勢いで書いてたらいつのまにか空が若干明るくなっていたのは、まぁそれだけアリすずが好きということです。







  本日最後の授業の終了を告げる鐘が、中等部校舎に鳴り響いた。
  授業が終わってから、あたし――アリサ・バニングスは帰り支度を整え、まっすぐ六組の教室に向かった。いつもならここでなのはとフェイトも一緒に向かうのだけれど、今日は二人とも管理局の仕事でお休み。だから、今日はあたし一人で向かう。
  それに……今日は、一人で行きたいし。
  …………思い出すと、今でも恥ずかしくなる。頭を抱えて頭から布団をかぶりたくなる。
  だけど、思いださないことなんて、あたしにはできなかった。アレはそれだけの意味を持っていることだし、それに。それに……。
  あたしはため息をついて、頭を振った。
  考えても仕方ないし、今更だ。
  あたしはなるべく平静を装いながら、六組に向かった。
  と言っても、六組の教室とあたしのいた二組の教室なんて、同じ階にあるし、歩いて一分もかからない。ほどなくして、あたしは六組の教室の扉の前に到着した。扉は開け放たれていて、中の様子を伺うことができた。あたしはこっそりと覗いてみる。……うん、いた。
  深呼吸をして、勝手に高鳴る心臓の鼓動を落ち着かせる。
  ……うん、よし。あたしは、大丈夫。
  あたしは意を決して六組の教室に入り、それから、その  のところに向かった。
  その娘は教室に入ったあたしの姿にすぐに気付いたようで、あたしのことを見た途端、ぱぁっと笑顔になった。その笑顔はまるで恋人に会うことを待ち焦がれていた女の子そのもので、思わず見とれてしまいそうになる。けど、本当に見とれてしまったら、なんだか負けた気分になる。あたしは駆け寄って抱きしめたい衝動をぐっと堪えて、なるべくいつも通りを装って、その娘の傍に向かう。
 「アリサちゃん!」
  その娘が、心の底から嬉しそうにあたしのことを呼んだ。
  ……どうしてこの娘は、こんなにあたしの心を乱すのか。
  どうしてこの娘は、こんなにもあたしの心を捕らえて離さないのか。
  …………いや、離されたくないし、離したくもないんだけどさ。
  その娘の名前は、月村すずか。
  あたしの小さい頃からの幼馴染で、十年来の親友。
  そして。
 「ほら、帰るわよ、すずか」
 「うん!」


  あたしの、この世の中の誰よりも大好きな、恋人でもある。




 「……ホンマに、アリサちゃんとすずかちゃんはラブラブさんやなぁ〜」
  帰ろうとしたあたしのことをからかうような声がひとつ。
  その声の主は、すずかと同じく幼馴染で、大事な親友の一人。
 「……はやて、言い方がエロオヤジみたいよ?」
  あたしはなるべく嫌味に聞こえるように、はやてにそう言った。
  けれどはやてはあたしの嫌味をまったく意に介した様子もなく、むしろすがすがしいくらいの屈託ない笑顔をあたしたちに向けていた。
 「なんや、本当のことやないの。すずかちゃんはアリサちゃんが来るのをソワソワと待っとったし、それに、アリサちゃんもいつも通りを装ってるようで、その実、すずかちゃんに会うことを楽しみにしとったこと、モロバレやで?」
 「な、なぁ!?」
 「は、はやてちゃん!」
  痛いところを突かれた。
  確かにあたしは、すずかに会うことが楽しみで仕方無かった。特に今日は。
  でも、それをやすやすと認めるほど、あたしは安いプライドを持っていない。
 「べ、べべ別に、あたしは、そ、そんな、すずかと会うことをそんなに楽しみに、なんて、思って、なかったんだ、から」
  ヤバい。声が震える。
  はやてはどうしてこう、痛いところを突くのが上手いのか。
  この子、本当は少女の皮を被ったオヤジなんじゃないでしょうね?
 「アリサちゃん……」
 「へ?」
  どういうわけか、あたしを呼ぶすずかの声は今にも泣き出しそうなもので。
  あたしは反射的に、すずかの顔を見た。
  そこには、本当に泣きそうな表情のすずかがいて。
 「アリサちゃんは、私と会うこと、楽しくないの?」
 「そ、そんなことない!」
  すずかが悲しい顔をしていると、あたしも悲しくなる。この娘にはいつも笑顔であって欲しいと、心の底から思う。
  だから、あたしは反射的にすずかの肩を掴んで、そう言っていた。
  それから、続きの言葉を紡ごうとして……。
 「あ……」
  あたしは、ここにきてようやく気付いた。
  あたしはキッと、はやてのことを睨んだ。
  はやてはあたしの視線にまったく怯む様子もなく、それどころかあたしのことをニヤニヤと見つめていた。
  くっ、このエロダヌキめ……!
  あたしははやてにまんまとはめられたことを悔しく思いながら、せめて心の中で悪態をつきつつ、すずかの瞳を覗きこんだ。
  すずかは私に肩を掴まれたまま、続きの言葉を待っているのか、じっとあたしのことを見つめている。ヤバい。可愛い。
  これは、逃げられない。
  あたしは、意を決した。
 「あ、あたしも、すずかと会うことが、すごく、楽しみだった……」
  恥ずかしい。
  恥ずかしくてたまらない。
  こんなこと、ふたりっきりのときに言うのも恥ずかしいのに、まさかこんな教室のど真ん中で言わないといけないなんて。火がでそうなくらい、顔が熱かった。
 「アリサちゃん……」
  なのにすずかは、あたしの気を知ってか知らずか、涙で潤んだ瞳であたしのことを見つめながら、心からの笑顔を見せる。その笑顔で、あたしの顔はまた熱くなった。この笑顔を見れたからいいかも、とか少しでも考えてしまった自分がまた、恥ずかしい。この可愛さは、反則すぎる。
  思わず抱きしめたくなる衝動を理性で抑え込み、あたしは再びはやてを睨んだ。
  はやては、相変わらずニヤニヤニヤニヤしていた。
  くっ、この策士め……!
 「いやぁ、仲良きことは美しきことかな」
 「黙れエロダヌキ」
 「そないに睨まんでもええやないか、アリサちゃん。私かて、二人がラブラブしているのは嬉しいんよ?」
 「あ、あははは……」
 「それじゃ、あたしは放課後は管理局の仕事やし、お邪魔虫は退散しますか」
  はやては自分の鞄を持って、あたし達に背を向けて歩き出した。
 「それじゃすずかちゃん、アリサちゃん。今夜はがんばってな〜」
  最後に、そんな言葉を残して。
 「はやて!」
 「はやてちゃん!?」
  はやては、すたこらと退散してしまった。
  後には、あたしとすずかだけが残された。
 「まったくもう……」
  はやてときたら、いつもあんな調子だ。
  前々からイチャラブしていたなのはとフェイトだけじゃ飽き足らず、最近はあたしとすずかのことまでからかいだした。……でも、あたしもなのはやフェイトのことをたまにからかったりしてたから、あまり人のことは言えなかったりする。
  今ならば、あの頃のなのはとフェイトの気持ちが良くわかる。
  ごめん。なのは、フェイト。
  今更謝ってもどうしようもないんだけど。まぁ、なんとなく。
 「……すずか」
 「な、なに、アリサちゃん?」
 「とりあえず、帰ろ?」
 「え、……うん、そうだね」
  あたしはそう言ってから、すずかに右手を差し伸べた。すずかはおずおずと左手を出し、それから、あたしの手をゆっくりと握る。あたしはそんなすずかの手を少し強引に引っ張り、強く握り直す。すると、すずかもぎゅっと、手に力を入れてくれる。
  いつも通りの、あたしたちの手のつなぎかた。二人の性格を表しているなと、自分でも思う。
  それからあたしたちは、二人一緒に家路につく。でも、今日はいつもとは少し違う。
  なぜなら、今日は金曜日。明日は学校はお休み。
  そして、あたしのパパとママは、しばらく家に帰って来ない。だから今日は、あたしとすずかが恋人同士になってから、初めてのお泊りの日。すずかがあたしの家に泊まりに来る。と言っても、あたしたちが恋人同士になる前からちょくちょくお互いの家に泊まりっこはしていたから、それほど特別な意味を持つわけでもないのだけれど。
  こういうのって、理屈じゃないし。
  その……まぁ、あれよ。
  好きな人とは、いつでも一緒にいたいと思うのが、人間として当たり前だと思うのよ、うん。
 「アリサちゃん、ちょっといいかな」
 「ん?」
 「私、アリサちゃんの家に行く前に、ちょっと寄りたいところがあるんだけど……」
  それからすずかは、自分が行きたいところの説明をあたしにしてくれた。
  あたしは特に断る理由もないし、すずかの目的に乗ることにした。
  というわけで、目的地変更。
  あたし達は手をつないだまま、海鳴市商店街へ。


  ……それにしてもこれって、放課後デートよねぇ……。




  海鳴市商店街は、あたしたちの住む海鳴市の中心街にある。
  学校からもそれほど遠くないし、いろいろなお店があるから、全国各地の商店街が次々と寂れていく今でも割と繁盛している。特に、夕方のこの時間はあたしたちみたいな学校帰りの学生や主婦のみなさまで賑わう。
  かくいうあたしたちも、放課後に商店街に立ち寄る学生なわけで。
 「……で、すずかの目的のお店って、どこにあるの?」
 「ええと、はやてちゃんに聞いた話だと、確かあっちの方なんだけど……」
  すずかはキョロキョロと目的のお店を探しながら、あたしの手を引っ張るように進む。いつもはあたしがすずかを引っ張るように進むから、なんだか新鮮。あたしはどちらかと言えば我が強くて、すずかはどちらかといえば大人しいから、自然とそういう風になるのだけど。たまには、リードされる、というのも悪くないと思う。
  そうやって五分くらい歩いて、目的のお店はようやく見つかった。
 「『 main dans la main avec cheri』……フランス語?」
 「みたい、だね」
 「なんて意味なのかしら?」
 「『愛しい人と手を繋ぐ』……って、訳せばいいのかな?」
 「ふぅん……」
  あたしはすずかと手を繋いだまま、お店を一瞥した。ぱっと見た感じ、オシャレなブティック、といった感じだ。店頭に置いてある洋服の系統からして、婦人服や、女の子向けの服飾専門店なのかもしれない。
 「……とりあえず、入りましょ」
 「うん、そうだね、アリサちゃん」
  あたしはすずかの手を握ったまま、お店の中に入る。
  いつの間にか、あたしがすずかの手を引いていた。
  中に入ると、お店の外観通り、女の子受けの良さそうなレイアウトが施してあった。
 「へぇ……」
  置いてある服のセンスは中々良い。どちらかと言えば、年頃の女の子向けの服が多いかな。普段着も余所行きのお洒落した服も、両方が揃えてあるようだ。
  どうやら服以外に小物雑貨も扱っているみたいで、あたしたちの他にも学生服をきた女の子が何人か服や小物を眺めていた。いわゆる、カップルで入ると彼女の方は長居したがるけど彼氏の方は居心地が悪いから早く出たがる類のお店だ。
  これは、当たりかもしれない。
  でも、あたしも商店街には何回も通ったけど、こんなお店あったかしら?
 「このお店、最近できたらしいよ」
  すずかが、まるであたしの心を読んでいるかのようなことを言った。
 「そうなの?」
 「うん。この前、はやてちゃんが偶然見つけたんだって」
  あたしたち親友五人組の中で、商店街に一番詳しいのは間違いなくはやてだ。
  あの子は昔から一家の家事全般を担っているから、良いお店を探すのが自然と上手くなってしまったそうな。
  ただのエロオヤジのようで、こういうところは、意外と女の子らしい。
 「あ……アリサちゃん、見て見て」
  今度は、すずかがあたしの手を引っ張って、店の奥の方に進んだ。
  あたしはすずかにあわせて、幾分ゆっくりと進む。
  すずかがみつけたそれは、女の子の普段着でも、お洒落着でも、小物雑貨でもなかった。
  いや、ある意味小物なのかもしれない。
 「ほらほら、アリサちゃん」
  すずかはあたしと繋いでいた手を離して、それを手に取った。
 「なんでまた……」
  それは、猫耳と肉球手袋だった。
  猫好きのすずかだからこそ、それに反応したのかもしれない。
  しかし、なんでまた猫耳と肉球手袋を置いているのかしら、この店は?
  そう思ってよくよく猫耳が置いてあった場所の周囲を見てみれば、そこには普段はつけないような大きなリボンや、犬耳、猫しっぽ、眼鏡(多分伊達)、メイド服、巫女服、ナース服、スクール水着etc……。
 「……」
  ……なんのお店なのよ、ここは?
 「うわぁ、見て見てアリサちゃん。変わった服が置いてあるよ」
  そりゃ変わった服でしょうよ。それ、明らかにコスプレグッズじゃないの。そんなの着て喜ぶ女の子なんて、はやてくらいのものよ。
  これはどちらかと言うと自分で着て喜ぶ服じゃなくて、相手に着せて自分が喜ぶ服か、それか自分で着て相手を喜ばせてあげる類の服で……。
  ……ああそうか、そういう服なんだ、これは。
  成程、ある意味、女の子向けの服ね。
  妙に納得してしまった。
  でも、今のあたしにはこの手の服は必要ない。
 「ほら、すずか……」
  あたしは他の棚の服が見たかったから、すずかの手を再び握ろうと、すずかを見た、
  ところで、思わず伸ばした手を止めた。
 「す、すずか……」
  そこには、猫耳と肉球手袋を装備したすずかの姿があった。
 「えへ、アリサちゃん、似合うかな?」
 「……………………」
  突然のことに、あたしは言葉も出なかった。
  きっと今のあたしは、周りからみたらすごく間抜けな顔をしているかもしれない。
  それくらい、すずかの姿は衝撃的だった。
  ヤバい。すごく可愛い。あんまりにも可愛すぎて、直視することもできない。あたしの心の平静のために。落ち着け、アリサバニングス。素数を数えるのよ。『素数』は一と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……あたしに勇気を与えてくれる。……………………よし、大丈夫。
  あたしはすずかを見て、心を落ち着かせながら、言う。
 「なんでまた、そんなの付けてるのよ?」
  どうやらすずかも少し恥ずかしいらしく、もじもじしながら少し頬を赤らめている。その仕草がまた、すずかの可愛らしさを引き立てていた。
 「えーと、はやてちゃんがね、こうすればアリサちゃんが喜ぶって言ってたから……」
 「あ、あんのエロダヌキ……!」
  またはやての差し金か。
  あのタヌキ娘、どこまですれば気がすむの?
  そもそも、自分で見えないところでこんなことさせて、なにが楽しいのかしら?
 「……アリサちゃん……」
 「ん? 今度はなに?」
 「……に……」
 「に?」


 「……………………にゃん♪」


 「――――――――!!?」
  あたしは思わず、口元を押さえて全力ですずかから顔を逸らした。
  ヤバい。ヤバい。今のはヤバい。一瞬本気で理性が吹き飛びかけた。ここが家の自分の部屋だったら、一気に押し倒していたかもしれない。
  思考回路はショート寸前どころか臨界メルトダウン直前。
  今のすずかは、あまりにも危険すぎる。子供に核弾頭の発射スイッチを持たせてるようなものだ。
  落ち着け、落ち着くのよ、アリサバニングス。深呼吸。深く息を吸って、吐く。自分の煩悩を吐き出すように、息を深く吸い込んで、吐き出す。今あたしの目の前にいるのは、ただの猫耳と肉球手袋をつけたすずか。いつものすずかに、猫耳と肉球がついてなんか猫っぽくなっただけだ。そんなの、髪を結んだくらいの違いよ。そうよアリサバニングス。いつものすずかと、そこまで変わらないじゃない。
  オーケーオーケー。
  大丈夫大丈夫。
  あたしは、平気だ。
  あたしはなるべくいつも通りを装って、すずかの方を再び向く。
  すずかはやっぱり猫耳と肉球手袋を着けていて、自分でも恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして、潤んだ瞳であたしのことを見つめていた。しかも、上目使いで。
 (うぁぁ…………)
  なんなのだろう、この恐ろしくも可愛い生き物は。
  どうしてこう、あたしの理性を全力全開で吹き飛ばしにかかるのか。
  こういうことは、せめて二人きりのときにして欲しい。
  もし、本当に理性が吹き飛んでしまっても、大丈夫なように。
  あたしはごちゃごちゃになった気持ちを必死に全力で抑えて、すずかの頭から猫耳を剥ぎ取るように奪い去った。
 「あ……」
  すずか、どうして少し残念そうな声をあげるの?
 「没収よ、没収! こんなもの、危険すぎるわ!」
  あたしは猫耳を投げつけるように棚に戻した。
  こんなものを着けられてたら、あたしの心が保てない。
 「……危険?」
  すずかは小首を傾げた。
 「な、なんでもないわよ!」
  あんまり詮索されてしまうと、いろいろとマズい。その、あたしのプライドというものが。
  だからあたしは話題を逸らそうとしたのだけど、こういうときに限ってなかなか言葉がでてこない。いつもなら、話したいことが次から次へとでてきて、時間が足りないというのに。
 「…………あ」
 「どうしたの、アリサちゃん」
 「いやね、このお店の名前なんだけど」
 「え?」
 「多分さ、『愛しい人と手を繋ぐ』って額面通りに訳すのが正しいんじゃなくて」
 「うん」
 「『あなたと恋人つなぎ』って、訳すんじゃないかしら」
 「……素敵だね、その言葉」
 「そうね」
  良かった。
  なんとか、話題を逸らすことができた。
  私は、ホッと胸を撫で下ろした。


  それからあたしたちは、そのお店で普通の服を見てから。
  本来の目的地である、あたしの家に向かった。




          ※




  すずかと楽しくおしゃべりをしていたら、いつの間にか日付が変わっていた。
  いつもそうだ。
  二人で楽しくおしゃべりをすると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
  もっとゆっくり時間が過ぎればいいのに、と思うけど、世の中都合よくはいかないらしい。
 「はぁ……」
  今、あたしは自分の部屋のベッドに腰かけている。
  あたしの隣には、今は誰もいない。さっきまではすずかがいたけど、今はお風呂に入っている。あたしは先に入ったから、もうパジャマ姿だ。
  すずかのいないあたしの部屋は、いつもよりもずっと広い気がした。毎日ここで過ごしているんだからそんなことはないはずなのに。
  今この部屋には、すずかがいない。
  理由は、それだけで十分だった。
  あたしはベッドに寝転んで、枕を抱きしめた。
 「……すずか……」
  あたしはほとんど無意識に、すずかの名前を呼んでいた。
  すずかがお風呂に入っている、時間にしてほんの二〇分かそこらのことなのに、すごく寂しかった。すずかに会えば会うほど、あたしはすずかのことが好きになっていった。すずかと話せば話すほど、すずかのことを愛おしく感じていた。すずかと触れあえば触れ合うほど、あたしはすずかを求めていた。
 「すずか……!」
  あたしは枕を抱きしめる力を強めた。
  あの娘は、私の心のほとんどを占めていた。
  だって、すずかは、あたしの恋人、なんだから……。
 「……ぁぅ……」
  そう思うだけで、思わず顔がニヤけてしまう。
  ……あたしも、おかしくなったものだと思う。
  まさか、すずかのことを考えるだけで、こんなになってしまうなんて。
 「アリサちゃん、入るね?」
  突然、コンコンと扉をノックする音と、すずかの声。
  あたしは慌てて、跳ね上がるように身体を起こし、再びベッドに腰掛けるのと、すずかが扉を開いて部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。
  ……こんなかっこ悪い姿、すずかに見せられるわけがないじゃない。
 「いいお湯でした、アリサちゃん」
 「……それは、どういたしまして」
  あたしは平静を装おうとすると、どうしてもぶっきらぼうになってしまう癖がある。
  すずかはそんなあたしの様子が可笑しかったのか、クスリと笑って、あたしの横に腰かけた。途端、あたしの鼻孔を微かに甘い香りがくすぐった。どういうわけか、すずかはいい匂いがする。この匂いがまた、あたしの理性もくすぐるわけで。
 「……さて、これからどうしましょうか?」
  自分の心を保つために、あたしは話を切り出した。
  時計を見ると、すでに午前二時を回っている。お泊り会なんだし、このまま夜更かししてもいいんだけど、明日もすずかと遊ぶ約束をしている。夜更かししすぎて、一緒に遊ぶのに支障がでたら、あたしとしても困るわけだ。
 「そうだね……」
  すずかは少し考え込むような素振りを見せて、結論をだした。
 「明日眠くて遊べないのも嫌だし、もう寝よっか」
 「……それがいいわね」
  おしゃべりしたいことはまだまだ山のようにあるけど、やっぱり、明日遊ぶことを優先するべきだろう。
 「じゃあ、おやすみ、すずか」
  あたしはすずかにそう言ってから、すずかに背を向けた。
 「え? アリサちゃん、どこに行くの?」
  う。
  やっぱり、引き留められてしまった。誤魔化せるかも、と思ったのに。
 「いや、やっぱりその、ほら、年頃の女の子が一緒に寝るのは、マズくない?」
 「今まで、一緒に寝てたのに?」
 「う」
  正直に白状しよう。
  今のあたしが、すずかと一緒のベッドで寝てしまったら、きっとまともではいられない。
  少なくとも、あたしは眠れないだろう。パジャマ姿で、お風呂上がりのすずかが傍で寝ているのに、手を出さないでいられる自身は、あたしには無い。
 「と、とにかく、あたしは違う部屋で寝るの!」
  あたしは再びすずかに背を向けて、部屋からでようとした――けれど、できなかった。パジャマの裾を引っ張られている感触に、あたしの足が留められたのだ。首だけで振り向くと、すずかが上目使いで、あたしのパジャマの裾をちょこんと手で掴んでいて、それから、
 「アリサちゃん、一緒に、寝よ?」
 「ッ!?」
  そんな仕草で。
  そんな言葉をかけられて。
  断れるほど、あたしの意思は強くはできていないのだった。


  結局すずかの望み通り、あたしとすずかはひとつのベッドで、一緒に寝ることとなった。
  部屋を照らすのは、明かりの弱い赤色灯だけ。
  あたしのすぐ隣にいるすずかの顔を見ることはほとんどできないけれど、すずかがすぐそばにいることを、あたしはしっかりと感じていた。
 「アリサちゃん」
 「……なによ」
 「……手、繋ご?」
 「……今日は、いやに甘えてくるわね」
 「あ、分かった?」
 「あたしが、すずかのことで分からないことがあるとでも?」
 「……そっか」
 「誰かの差し金?」
 「……はやてちゃんと、なのはちゃんと、フェイトちゃん」
 「……全員じゃないの」
 「あたしたちがいないときなんだから、たまには我儘なくらい、甘えておいで、って」
 「…………まったく、あの子たちは」
  大切な親友たちは、どこまでもおせっかいなようだ。
 「アリサちゃん……嫌だった?」
 「……そんなわけ、ないでしょ?」
  普段、すずかはあたしと違って我を通すということをしない。
  いつも誰かのことを考えて行動する、すごく優しい娘なのだ。
  だから、あたしだけには我儘を言って、甘えてくれるのは、すごく嬉しかったりする。
  それは間違いなく、あたしだけが知っているすずかで、あたしだけのすずかなんだから。
 「ほら、すずか」
  あたしはベッドの中で右手を伸ばした。
  すずかはおずおずと左手を出し、それから、あたしの手をゆっくりと握る。あたしはそんなすずかの手を少し強引に引っ張り、強く握り直す。すると、すずかもぎゅっと、手に力を入れてくれる。それが、いつものあたしたちの、手のつなぎかた。
  でも、今夜はいつもと違った。
  すずかは、手に力を入れる前に、あたしの手に自分の手の指をからめてから、力を入れた。あたしの指とすずかの指が組み合わさって、いつもよりもしっかりと握られる。
  この握り方は、いわゆる、恋人つなぎ、というやつ。
  それどころか、すずかは手を繋いだまま、あたしの腕にギュッと抱きついた。
  右腕から、すずかの体温が伝わってくる。柔らかい感触が、温もりが、伝わってくる。
  そんなことをされて、あたしが平静でいられるわけがない。心臓は早鐘のように激しい鼓動を始める。頭がグラグラする。もう、どうにかなってしまいそうなくらい。
 「すずか……」
 「今日くらいは、恥ずかしいけど、思いっきり甘えてみようかな、と思って」
  部屋の明かりは赤色灯だけだから、あたしからはすずかの顔色は見えない。でもきっと、今のすずかは恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染めているだろう。あたしも、きっとそうだ。
 「すずか」
 「なぁに、アリサちゃん?」
 「甘えてくれるのは嬉しいんだけど、これ以上甘えられると、あたし、すずかのこと、襲っちゃうかもよ?」
  それは、まぎれもない事実。
  ただでさえ、今日は何回もすずかに理性を吹き飛ばされかけたのだ。これ以上心を揺さぶられたら、きっとあたしはもう、我慢できなくなる。
  それを、すずかに分かって欲しかったのに。
 「……………………いいよ」
 「……………………え?」
 「アリサちゃんにだったら、私、襲われても、いい、よ……」
  今にも消え入りそうな、小さな声で、すずかは確かにそう言った。
  はい、理性崩壊。
  ここまで言われて我慢できるほど、あたしは人間できていない。
  気が付くと、あたしはすずかに覆いかぶさるように、まるで押し倒した後のような姿勢をしていた。それでも恋人つなぎをしたままの右手を離してないのは、名残惜しいから。いつまでも、すずかと繋がっていたいから。
 「すずか……」
 「アリサちゃん……」
  あたしの眼が、ようやく暗闇になれてきた。わずかな明かりで見えるのは、潤んだ瞳のすずか。とろんとした瞳であたしを見つめていて、頬は上気して、紅色に染まっている。すずかの甘い香りに混じって、微かにシャンプーの匂いがする。お互いの吐息すら感じてしまうほど、あたしたちの距離は近かった。
 「……アリサちゃんの、好きにしていいよ……」
  そういうすずかの声はか細くて。


 「だから、…………優しくして、ね……」


 「ッ!」
  もう、我慢の限界だった。
  恋人に、愛する人にここまで言われて、もう耐えられるハズもない。
    あたしは半ば強引に、すずかの唇を塞いだ。
 「……ん……」
  すずかは瞳を閉じて、あたしと唇を重ねる。
  すずかの唇は柔らかくて、暖かい。すずかとキスをするまで、この世にこれほど柔らかいものがあるなんて、知らなかった。
  十秒くらい唇を重ね合わせてから、あたしたちはようやく唇を離した。
  いつも、思っていた。
  すずかと何回キスを重ねても、足りない。まだ足りない。あたしは、もっとすずかを感じていたかった。もっとすずかと繋がっていたかった。もっと、先のことを求めていた。
  もっと、もっと。
  そしてそれは、すずかも同じようで。
  すずかは瞳を閉じて、あたしに唇を向けていた。押し倒されているというのに、まるで抵抗する様子もない。それどころか、もっと襲ってくれ、とでも言わんばかりの態度。
  あたしは躊躇わず、再びすずかと唇を重ねた。
  それから、力なく開いた唇の隙間から、舌を滑り込ませた。
 「――んむ!?」
  すずかの身体は一瞬強張ったけど、すぐに力が抜けて、あたしの舌を受け入れた。それどころか、おずおずと、あたしの舌に、自分のそれをからめてきた。あたしが軽く舌を引っ込めると、あたしの口の中に、今度はすずかの舌が入り込んできた。あたしはそれを受け止めて、自分の舌をからめる。口の中に広がるのは、暖かくて、不思議な感触。気持ちいいのかどうかも分からない。でも、もっとこうしていたいと思う。
  唇が離れたとき、舌と舌の間に、つ、と銀色のが伝っていた。
 「ふぁ……」
  すずかの口から漏れたのは、熱っぽい吐息。
 「アリサちゃん……」
  熱っぽい瞳で、あたしのことを見つめている。
  あたしは左手をすずかの背中に回してから、言った。
 「本当に、いいの?」
 「うん。今夜は、私のことを、好きにしてください」
 「――――」
  あたしは、そういうすずかの唇を、再び塞いで。


  それから、あたしたちは、一晩中、お互いを感じあったのだった。