10000Hitを踏んだ武蔵さんのリクエストSS『5人娘のほのぼの話』です。
ほのぼの、と言うよりは百合百合になったような気がしますが、仕様です。
もし期待に添えていなかったら、ごめんなさいとしか言いようがありません。






  こたつ。
  漢字で炬燵、あるいは火燵と書くそれは、日本固有の暖房器具の一種である。その起源は室町時代まで遡ることができ、エアコンやファンヒータ、電気カーペット、床暖房など、技術の進歩による暖房用の電化製品やガス器具が数多く登場した現代でも、根強く愛され使用され続けるものである。 元々は日本的な、足の短い机などがこたつになるのだが、最近では足の長い洋机と椅子ですらもこたつになるというのだから驚きである。
  日本人ならば、誰もが冬と言えばこたつとみかんを思い浮かべる。猫だってこたつで丸くなるし、こたつで寝たら風邪を引くと親に叱られたことのない日本人の方が少数派だろう。もっとも、その親がこたつで眠りこけることもまた、よくあることなのだが。
  こたつの誘惑は、寒さの厳しい冬ではなんとも抗いがたいものがある。暖房のよく利いた部屋を出るよりも、こたつを抜け出すことに抵抗を覚える人も多いだろう。お金のない一人暮らしの学生ですら、こたつはまず常備している。寒さが厳しくなれば、誰だってこたつを机に装着する時期の議論を繰り広げることだろう。
  こたつの魅力は老若男女どころか、国籍や人種、種族すらも問わない。こたつを売っているホームセンターなどで、展示品のこたつに潜り込んで満面の笑みを浮かべている外国人が目撃された例もある。こたつが好きな動物と言えば猫が有名だが、最近では室内犬などもその恩恵に与っているのではないだろうか。
  とにかくそれだけ、日本人はこたつが大好きなのである。
  このお話は、そのこたつの魅力を堪能する、五人のちょっと特別な女子中学生のお話である。




  一二月。古い日本の言葉では師走と呼ばれていた時期。年末年始の準備や決算など、師ですら走りまわるほど忙しい時期。だがそんな季節も、女子中学生にはあまり関係がない。進路が決まり、後は残った授業をただ消化するだけの優秀な学生ならば、なおさら。
  彼女達、仲良し五人組はすでに卒業後の進路が確定しているので、受験勉強などで時間を潰す必要もない。故に彼女達は、久しぶりに五人集まることができたので、彼女達の内の一人、フェイト・T・ハラオウンの家でのんびりと放課後を過ごすことにしたのである。
 「うは〜、寒い。もうすっかり冬ねー」
  フェイトの自宅であるマンションの共有玄関の扉を開けて早々、仲良し五人組の一人、癖のないセミロングのブロンドをなびかせる少女、アリサ・バニングスが若干震えた声をあげる。
 「そうやねー。来週には雪が降るって天気予報でも言っとったし。これはもう、日本は氷河期に突入やね」
  そのアリサに相槌を打つ関西弁の少女は、茶色のショートヘアの髪をバッテン型のピンで止めた、八神はやて。この五人組の中では一番最後に知り合ったのだが、今では違和感なく完全に溶け込んでいる。
 「……なによ、それ?」
  しかしアリサは、はやての相槌に首を傾げた。
 「なにって……関西人的なボケをしてみたんや。アリサちゃんなら突っ込んでくれると思ってな」
  さも当然、とばかりに真顔で返すはやて。
  そんなはやてに、アリサは苦笑いで苦言を返す。
 「……二五点」
 「うぉ。キビシーなぁ、アリサちゃん」
  はやてがボケて(?)、アリサが突っ込む。この六年間で培われた、ある意味お約束の光景である。
 「あはは。アリサちゃんとはやてちゃんは相変わらずだね」
  そんな二人だけでも姦しい少女達の後ろで、愉快なやり取りを見てニコニコと微笑んでいるのは、月村すずか。この五人の中では、一番落ち着きがあり、最もまともな良識を持つ、いわゆる良心的存在である。ちなみに、特殊技能を除いた身体能力でも一番である。
 「ん? すずか、そりゃあ当然でしょ」
 「そうやで、すずかちゃん。アリサちゃんは、関西人の私から見てもええ突っ込みの才能を持っとる。これなら、突っ込みで天下取れるでー」
 「……って、人を勝手に突っ込みキャラにしてんじゃないわよ!」
  ガオー、と吠えるアリサ。
  それを軽くいなすはやて。
  二人のやり取りを見ながら微笑むすずか。
  いつも通りの、平和な光景である。
  そして、彼女達三人の後ろに、ある意味アリサ・はやてコンビよりも圧倒的な存在感を放つ二人の少女。
  一人は、腰まで伸びる、流れるようにしなやかな金髪の先端を黒いリボンで止め、凛とした佇まいをした、フェイト・T・ハラオウン。
  もう一人は、長い鳶色の髪の毛を右側でサイドポニーに編み、五人組が集まるきっかけを作った、五人組の中心人物。高町なのは。
  二人がこうしてゆっくりと出会うのは、実は一か月ぶりだったりする。久しぶりにこうして二人でゆっくりできることがよほど嬉しいのか。二人は学校からフェイトの家に来るまで、ずっと手を繋いだまま、ニコニコと微笑みあっていた。ただそれだけなのに、二人の周りには絶対に侵すことのできない固有空間が形成されているように、近寄りがたかった。完全なる二人の世界。早い話が、ラブラブオーラ全開なので、誰も近付くことができないだけなのであるが。昔から、他人の恋路を邪魔する人は馬に蹴られて死んでしまえと言うし。
  エレベーターで上の階に昇り、共有廊下を進み、フェイトの家の扉の前に来るまで、なのはとフェイトはずっと手を繋いでニコニコ微笑んでラブラブオーラ全開だった。もうラブラブでなくてラヴラヴでもいいかもしれない。見ているだけで、体感温度が五度くらい上がりそうである。
  今は冬でとても寒いので、それも望むところ、なのかもしれないが。
 「……この二人は、どのくらいイチャイチャすれば気が済むのかしら」
  家の前に着いたのに鍵を取り出そうともしない家主と、その親友(恋人?)を呆れ半分ならぬ呆れ全部の視線で見つめながら、アリサがポツリと呟いた。
 「多分、一生イチャイチャしてても、満足はせーへんと思うで?」
 「あはは……」
  アリサと同じように二人を見つめながら、さすがのはやても苦笑い。
  良識派のすずかですら、なのは・フェイト両名が作り出す固有結界は突破できない。
 「……確かに今は寒いけどさ。こう、年がら年中イチャイチャベタベタラヴラヴされたら、いい加減暑苦しいっての」
  どうでもいいが、アリサはハーフであり、とても成績が良いパーフェクトバイリンガルなので、ラヴの発音が良かったりする。(本当にどうでもいい)
 「ほら、フェイト! 家に着いたから、鍵を開けなさい。ここ、フェイトの家でしょ!」
  このままでは埒が明かないので、アリサが内心嫌々ながら二人の空間に割り込んだ。
  しかし。
 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はっ!? こ、ここは私の家の前!? い、いつの間に!?」
  そのフェイト本人は、たっぷり数秒間反応が遅れた挙句、自分が家の前まで歩いて来たことにすら気づいていなかったようだ。
 「…………」
  もはや、呆れを通り越して何も思わない。それが、アリサの正直な感想だった。
 「もうフェイトちゃん、しっかりしてよー☆」
  驚くフェイトに、優しく話しかけるなのは。それはもう、語尾に☆マークが付きそうなくらい陽気な声だった。
 「あーもう、いいからとっとと家の鍵開けなさいよ。寒いんだし……」
  ぐったりと項垂れるアリサ。
  そんなアリサの肩に、はやてが手をかけた。
 「はやて……」
 「アリサちゃん。いい加減慣れんと、身体もたんで」
  何かを諦めたかのように、首を横に振るはやて。それが、全てを物語っていた。
 「仲が良いことは、とってもいいこと、なんだよ?」
  フォローしたつもりなのだろうが、語尾が疑問符なあたり、すずかもはやてやアリサと同じことを思っているのだろう。
 「何事にも、限度ってものがあるわよねぇ……」
  アリサの嘆息に、三人揃って苦笑することしかできなかった。
  なぜなら、それも含めて、いつも通りの光景なのだから。




  ぶっちゃけた話、この五人組は全員、最高クラスの美人揃いである。その上、それぞれの個性はあるものの、性格も成績も良い。故に、私立聖祥大学付属中学校は女子校であるにも関わらず、彼女達は人気が高かった。男子中学校を併設してはいるのだが、貰ったラブレターの数は女性からの方が多い。まぁ、最近の男子生徒はラブレターなんて古風なものを書かないだろうが。電子情報社会に突入した現代でも、乙女折りなどといった手紙の手法があるあたりが、男女の差なのだろう。
  それに合わせて、当然と言うべきか、五人はしょっちゅう告白を受ける。何かの行事や時期の節目などは、その数が倍増する。それら一件一件に真面目に返答する辺りにも、彼女達の人柄が滲み出ている。
  だが、彼女達は連日の告白などにOKを出したことは一度もない。そのため、彼女達にはすでに心に秘めた人がいる、というのが大半の意見なのだが。
  その真相は、彼女達にしか分からない。
  ……いや。
  なのはとフェイトの本命なんて、少なくても二人のことを知っている人達から見れば、何をどう見ても火を見るまでもなく明らかなのだが。
 「フェイトちゃんの家、私久しぶりに来たよ」
 「そうだね。学校や管理局では会ったりしてたけど、こうして家に来るのは、しばらくぶりだよね」
 「……ずっと、寂しかったんだよ」
 「なのは?」
 「だって、こうして二人でゆっくりできるのだって、久しぶりなんだよ? 私は、もっとフェイトちゃんと触れあいたいのに。こうして、二人で繋がりあっていたいのに。目の前にフェイトちゃんがいるのに、こうして触れることもできなかった。だから私は、すごく、寂しかった」
 「なのは……」
 「だからフェイトちゃん。今日、私は、今まで触れられなかった分、フェイトちゃん分を補充しないといけないんだ」
 「なに、それ?」
 「私の元気の源。その力は、フェイトちゃんにこうして触れることで補充できます。ずっと補充できないと私の元気はなくなるけど、一たび補充すれば、時空を飛び越えられるくらい元気になるんだよ?」
 「……じゃあ、私も今日は、なのは分を沢山補充しようかな」
 「うん。私の分、いっぱい補充してね」
  フェイトの腕に抱きつくように手を繋ぎ、フェイトに甘えるなのは。
 「…………」
  そして、そんな二人の世界の前で、げんなりとした表情を浮かべるアリサ。
  玄関を開けて、家の中に入っても、指を絡めあったまま離そうとしない二人。
  先にも述べたが、ここにいる五人が最上級の美人揃いであることは間違いない。故に、なのはとフェイトのこのような(いささかやり過ぎなくらい)仲睦まじく、非常に甘い光景でも、まるでドラマのワンシーンのように絵になるのだが。アリサ達にとっては、常に見慣れた光景であり、正直なことを言うまでもなく、もう完全に食傷気味だった。
 「……はぁ〜」
  もう、突っ込む気にすらなれない。 
  アリサはフェイトとなのはのことを半ば無視して、フェイトの部屋の扉を開けた。なにせ、もう六年の付き合いになる。昔はしょっちゅうお互いの家に遊びに行ったものだし、どこになにがあるかも大体把握しているのだ。
  そういえば、フェイトの部屋に来るのはいつ以来かしら。そんなことを考えながら。
 「……こたつ?」
  フェイトの部屋の扉を最初に開けたアリサの視界に飛び込んできたものは、意外なものだった。
  それは、日本の冬を代表する伝統的な暖房器具。日本人の魂のひとかけらとも言えるほどに洗錬された匠の技。愛すべき存在。
 「あれ、こたつがある?」
  アリサに続いて部屋に入るはやても、アリサと同様に疑問の声をあげた。
 「こんなの、前に来た時にあったっけ?」
 「あ、それはこの前買ったんだ」
  一番最後に、なのはと一緒に部屋に入ってきたフェイトが説明する。
  アリサ達から見れば、フェイトがちゃんと自分達の会話を聞いていたことに若干驚いた。
 「買った、の?」
 「うん。ほら、こたつって、自分の部屋にあったらいいなって思ったことない? 私の家にも、リビングにはあるんだけど、自分の部屋にも欲しいなって思ったの。だから、この前管理局からのお給料で買っちゃった」
 「なるほどね」
  フェイトは、こちらの世界ではまだ中学生の身でありながら、あちらの世界ではすでに大人顔負けに働いているのだ。当然お給料を貰っているし、普段は忙しくてそのお金を使うこともないので、こたつを一式揃えるくらい、気が向いたらいつでもできるのだろう。
  かく言うアリサも、自分の部屋にこたつを置こうかと思ったことがある。しかし、フェイトの部屋と違って、完全に洋風建築な自分の部屋にこたつは似合わないので、断念したのだ。そのため、自室にこたつを置けるフェイトが少しばかり羨ましかった。
 「フェイトちゃん、いいなー。自分の部屋にこたつなんて」
  とても羨ましそうな声をあげるすずか。すずかも自分の部屋にこたつを置こうとして、しかしこちらも西洋建築にまったくこたつが合わなくて断念したことがある。
 「まぁ、確かに、羨ましいわね」
 「なんや、アリサちゃんもすずかちゃんも、そんなにこたつが好きなんか?」
 「そういうあんたはどうなのよ、はやて?」
 「ふふん。そんなの、大好きに決まっとるやろ」
  何故か胸を張って答えるはやて。
 「こたつ。それは日本人の心や。冬になったら絶対に日本中すべての家庭に登場する。まさに暖房器具の決定版。日本人だけやない。本当ならハーフであり、純日本人でないアリサちゃんも、地球出身ですらないフェイトちゃんも、こたつをこんなにも愛しとる。これこそ、こたつがすべての人類に愛されとるからや。オールハイルこたつや」
 「……いや、意味分かんないから」
  はやての良く分からない演説に、アリサは微妙な反応しかできなかった。特に最後の言葉。こたつに従って、一体何をするというのか。こたつは愛されている、という点についてだけは、全力で同意するのだが。
 「下らないこと言ってないで、早くこたつに入るわよ」
 「ああん、アリサちゃんのいけず」
  胸を張るはやてを半ば無視して、アリサはこたつに入った。それに続くように、すずかとはやてもこたつに入る。目の前にあると、入らなくてもいいのに無意識の内に入ってしまう。これも、こたつの魔力である。若干無遠慮な行為ではあるが、アリサ達はもう六年も一緒に学校生活を過ごしてきた仲なのだ。そんなことでいちいち目くじらを立てるほど、彼女達の心は狭くない。
 「フェイト、勝手にスイッチ入れるわよ」
  一応部屋の主であるフェイトに確認を取る。しかし、なのはに夢中なフェイトからまともな答えが返ってくることを、ここにいるアリサとすずかとはやては期待していない。よって、フェイトの返事がくる前に、アリサはこたつにスイッチを入れた。すると、最初は外気と対して変わらない冷たさだったこたつが、段々と暖かくなってきた。冬は足先が冷えがちだが、こたつは足から入るものなので、その冷えも簡単に解消されてしまう。これも、他の暖房器具には真似のできない芸当である。
 「はー、暖かいわねー」
 「そうだねー」
 「たまらんなー」
  こたつに入り、至福の笑顔を浮かべる三人。それでなくても外は寒いのだ。身体の芯から冷え切っている人達にとって、こたつの暖かさはそれだけで顔が緩んでしまうくらいの魅力がある。
 「……あれ?」
 「どうしたの、すずか?」
 「うん……なのはちゃんとフェイトちゃんが、いないんだけど……」
 「え?」
  アリサとはやては、部屋の中を確認した。すずかの言葉通り、確かになのはとフェイトは部屋の中にはいなかった。正直な話、あまりにも二人がイチャラブしているので半ば無視していたので、二人がいなくなったことに今まで気付かなかったのだ。
 「あれ?」
 「どこに行ったんやろうな、二人共?」
 「気付いた時には、もういなかったよ」
  キョロキョロと部屋中を見渡す三人。フェイトの部屋はそれほど広いわけではなく、一回見渡せば二人がここにいないことは一目瞭然なのだが、誰もこたつから出て二人を探そうとはしなかった。寒いからこたつの外に出たくないというのが半分と、あの二人なら放っておいても大丈夫だろう、というのが半分である
 「……まぁ、すぐに戻ってくるやろ」
 「本当かしらね……」
  すぐに戻ってくるだろう、と適当なことを言うはやてと、それとは対照的な意見を述べるアリサ。実際、なのはとフェイトに限っては二人だけの世界に突入して、いつの間にかいなくなったと思ったら三十分くらいしてから戻ってきたことも一度や二度ではない。明らかに事後だったこともある。そこにはあえて触れないのが、三人の優しさでもあった。
 「さて、今回は何分くらいかかるかしらね」
 「あはは……」
  しかし、三人の予想に反して、なのはとフェイトはすぐに戻ってきた。相変わらずなのはとベタベタくっついているが、なのはと手を繋いでいない方の手には、小さめの籠に入ったみかんが握られていた。
 「あ、みかんや」
 「なるほど、こたつにみかんね。フェイト、分かってるじゃないの」
  こたつと言えばみかん。それは絶対に切り離すことのできない関係である。果物を持った皿をテーブルの上などに置いておくことはよくあることだが、こたつの上に置くのは籠に入ったみかんだと昔から相場は決まっている。ここで例えば、こたつの上に桃を置こうという発想など日本人ならありえないと思うだろう。そもそも桃は冬にはない。とにかく、こたつの上にはみかんが置かれるべきであり、みかんと言えばこたつなのである。そこは誰がなんといおうと譲れない。
 「うん。せっかくこたつを買ったんだから、それならみかんがあった方がいいかなと思って。それに、みんなで食べるのにも丁度いいし」
 「さっすが私のフェイトちゃん。すごく気が効くんだから」
 「ありがとう、なのは」
 「はいはい、もういいから」
  バカップルっぷりはスルーして、二人にこたつに入るようにアリサは促した。
 「今日は、どんなに甘いみかんもすっぱく感じそうやな」
  はやてのそんな呟きと、苦笑いしたすずかの表情に、なのはとフェイトははたして気付いているのだろうか。


          ※


  こたつに入っていると、身体がポカポカしてとても気持ちがいい。身体の芯から温まっていって、ずっと入っているとなんだか眠くなってしまう。ずっと入っていたいと思うけど、そうしてはいけないと理性が告げる。幸せなことはずっと続かないんだな、と、こんなところで感じてしまう。
  でも、きっと。
  私の目の前にいる二人は、こたつがあってもなくても関係なく、ずっと幸せなんじゃないかな。
  すずかは、身体の温もりに自然と頬を緩ませながら、そう思った。
 「はい、フェイトちゃん。あーん」
 「な、なのは。それは、ちょっと恥ずかしい……」
 「フェイトちゃん、私のみかんは、嫌?」
 「そ、そんなことないよ! なのはがくれたもので、私が嬉しくないわけがないよ」
 「だったら、あーん」
 「…………あ……あーん……」
  と、このように、すずかの眼前ではとてつもないラブ空間が広がっていた。
  フェイトの部屋に置いてあるこたつは四角形なのに対して、ここにいるのは仲良し五人組。みんなで仲良くこたつに入ろうとしても、どうしても一人あぶれてしまうか、一か所だけ二人で入らないといけないのだが、なのはとフェイトは何も言わずに、さもそれが当然であるかのように、寄り添ってこたつに入った。何もそこまでくっつかなくてもいいんじゃないの? とすずかですら思ってしまうくらいに、二人はぴったりと寄り添っている。今このこたつの配置としては、すずかの正面になのはとフェイト、右隣にアリサ、左隣にはやて、といった具合だ。
 「どう? おいしい、フェイトちゃん?」
 「……うん、おいしいよ、なのは」
 「にゃは、良かった」
  もちろん、なのはとフェイトは本当に、すずか達がいないかのようにふるまっているわけではない。ちゃんと雑談には混じるし、今までも、五人仲良く談笑していたのだ。ただ、要所要所で、こうして過剰なくらいにいちゃつくのだ。すずかはアリサほど二人のいちゃつきっぷりに拒絶反応を起こさないが、それでも、こんなにしょっちゅう目の前でベタベタされて、平常心でいられるわけがなかった。
  ちなみに、アリサはなのはとフェイトのこの有様に対して、完全スルーを決め込んでいた。曰く『もう、いちいち突っ込むのもバカらしい』。はやても似たようなものだが、アリサと違うのは、時折二人に茶々を入れ、からかうついでにむしろ煽っているというところだ。
  故に、唯一のストッパーが機能していないために、二人のラブを止めるものはここには誰もいなかった。
  そんな二人を、すずかは少し辟易しながら――ほんの少しだけ、羨ましくも思っていた。
 (私も、あんな風に甘えられたらなぁ……)
  目の前の二人をぼんやりと見つめながら、そんなことを考えた。
  ここにいる五人が、他人からの告白を断り続けている理由。なのはとフェイトだけでなく、すずかにも、断り続ける理由があった。
 「…………」
  すずかの理由は、今、すずかの右側にいる女の子。
 (私も、あんな風に素直になれたら、もっと幸せなのかな……?)
  ふと、自分がなのはのように甘える様子を想像して――すずかは、首を振った。
 (無理だよ。そんなこと)
  いくらなんでも、あれは恥ずかしすぎる。反面教師、とまで言う気はないが、なのはのように甘える自分をすずかは想像できないし、ありえないとも思った。それに。
 (アリサちゃんにあそこまで甘えたら、アリサちゃんが嫌がるだろうし……)
  すずかはとても優しく、聡い。そのため、ここにいる全員にも言えることなのだが、彼女達はまず他人のことを考えて行動する。人の嫌がることはしない。少なくても、自分が自覚できる範囲内では。その中でもすずかは特に心優しく穏やかなので、その傾向が顕著だった。
  だからすずかは、理性をかなぐり捨てて、思うようにアリサに甘えることをしない。人が、アリサが嫌がることをしたくないし、何より、自分の欲望のままに甘えて、拒絶されることが怖かった。
  好きな人から嫌われることは、誰だって嫌だ。好きな人には自分のことも好いて欲しい。それはどんな人でも抱く共通の理念であり、誰しもが持つ共通の欲求である。
 (だから、私は……)
  私は……どうするのだろう。
  アリサには嫌われたくない。だけど、だからと言って何もせず、純粋にお互いを好き続けるなのはとフェイトのことを指を咥えて見守り続ける。それで、私は幸せになれるのだろうか。
 「すずか?」
  突然呼びかけられて、一瞬ビクッとする。
 「ど、どうしたの、アリサちゃん?」
  アリサに不審がられないように、なるべく平静を装って返事をした。
 「? いや、すずかがボーっとしてたから、どうしたのかなって思って」
  少し心配そうな顔で、すずかのことを見つめるアリサ。
  そんなアリサの行動が、自分のことをちゃんと見ていてくれたことが、すずかにはたまらなく嬉しかった。いつもそうだ。アリサはすずかのちょっとした表情や気持ちの変化を察知してくれる。なにか嫌なことがあったらさりげなくフォローしてくれるし、嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれる。
  そんなアリサのことが、すずかはたまらなく大好きだった。
 「おや。なのはちゃんとフェイトちゃんだけでなく、アリサちゃんとすずかちゃんもラブラブなんやな」
 「……なによ、はやて」
 「なにって、言葉のまんまやんか。アリサちゃんとすずかちゃんも仲が良うて、結構なことやと思うで」
 「なぁ!?」
  一瞬で、アリサの顔が赤くなった。
 「はぁ。私はどうすればいいんや。私の傍には年中ラブラブ光線を放出するなのはちゃんとフェイトちゃんがおるし、唯一の良心やと思っとったすずかちゃんまで、アリサちゃんにゾッコンや。私は、一体なにを信じて生きていけばいいん?」
  わざとらしくため息をつくはやて。呆れた風に言っているが、口元は笑っている。明らかに、アリサとすずかをからかっている。そのことは分かるのだが、自分の心が見透かされていることが恥ずかしくて、すずかの顔も赤くなってしまう。
 「は、はやてちゃん……」
  慌てて、はやての名前を呼ぶ。こうして分かりやすい反応をしてしまうことが、すでにはやての術中にハマっていることは傍から見ていれば一目瞭然なのに、こうして自分がかけられてしまうと、中々気付けない。結果、はやての望んだ答えを出してしまう。
 「おやおや。すずかちゃんも満更じゃなさそうやし。アリサちゃん。こうなったら、私にも可愛い女の子を惚れさせる方法を教えてくれん?」
 「な……なにを言ってるのよアンタは!?」
  真っ赤になって、アリサがはやてに噛みつく。しかし、すでにいつもの迫力はない。そもそも、はやての言を否定することができない時点で、はやての勝利は決定事項なのだ。反抗するだけ、はやての思うつぼなのに。
 「なにって、事実やんか。はぁ〜、私もアリサちゃんみたいに、可愛い女の子とイチャイチャしたいもんやなー」
 「い、い、一体いつ、私が可愛い女の子とイチャイチャしたって言うのよ!」
 「いつって……いつも、すずかちゃんとよろしくしとるやんか。まさか、あれを無かったことにするって言うんか?」
 「う……」
  はやての言葉に、アリサは言い返せない。何故ならば、身に覚えがあるからだ。
  まさか、あのこと……バレてないよね、と、なんだかすずかまで心配になってきた。あの場にはやてはいなかったのだから、絶対に知っているハズはないのだが、はやてならもしかしたら、と思えてしまうのが恐ろしいところだ。
 「…………うー」
  勝負は決した。
  最早アリサに残された手段は、無言で唸りながらはやてのことを睨みつけるだけだった。その視線を涼しい顔で受け流しているあたりが、勝者と敗者の違いなのだろう。
 「アリサちゃん……」
  敗北者となったアリサを慰めようとしたが、すずかには言葉が見つからなかった。からかいの対象に自分も入っていたし、何よりすずかもはやての言葉に反論できないので、フォローのしようがなかった。
 「…………」
  どうすれば、アリサを慰めることができるのか。
  すずかは少し考えて……そして、結論を出した。
  考えれば簡単なことだった。アリサはこんなにも自分の近くにいる。少し手を伸ばせば触れることができる。だから、たまには自惚れても――私ならアリサちゃんを元気付けられると思っても――いいと思う。だから、後はほんの少し、勇気を出すだけだ。
 「大丈夫やで、すずかちゃん」
  不意に、はやてが話しかけてきた。それも、アリサ達に聞こえないような、すずかだけに聞こえる声で。
 「アリサちゃんは、そんなに器の小さい子やない。すずかちゃんが思い切って甘えたって、ちゃんと受け止めてくれる、とっても素敵な女の子や。それは、すずかちゃんが一番良く知っとるやろ?」
  はやての言葉が、後押しになった。
 「ありがとう、すずかちゃん」
 「ええて。私は、可愛い女の子が仲良うしとるんを見るのが好きなんや。それと、アリサちゃんをからかうこともな」
 「ひどいね、はやてちゃん」
 「アリサちゃんが可愛いからいかんのや。あれは、からかって下さいって言っとるように見えるしな」
  はやての言葉に、すずかは苦笑するしかなかった。なんとなく、はやての手の中で踊らされているような気もした。でも、はやての言うことにも納得できた。喜怒哀楽の激しいアリサ。そんなアリサが、すずかにはたまらなく可愛らしくて、そしてそんなアリサが大好きなのだから。
  だから。こうしてからかわれるのも、悪くない。
  すずかははやてから視線を外して、こたつの中で手を伸ばした。
  その先にあるのは、アリサの手。いつも自分のことを導いてくれる温かい手のひらに、今日はすずかから触れた。
 「――――」
  それに気づいて一瞬だけ身体を強張らせるアリサ。だけど、それを拒絶しようとはしない。
 「あっ……」
  むしろ、より強く、自分の手を握ってくれた。だからすずかは、その手に自分の指をからめる。絡み合った指と指は、しっかりと結びついて離れない。いつもとちょっと違う、二人の手のつなぎかた。こたつの中で手を繋いでいるのだから、私達以外には、このことを認識することはできない。私達だけが知っている、私達だけの世界。
  あえてすずかと視線を合わせようとせず、少しだけ拗ねたようにそっぽを向くアリサ。そんなアリサの様子が、なんだか可愛らしかった。思わず、じっと見つめてしまうくらいに。
 「……なによ、すずか」
 「……ううん、なんでも」
 「……そう」
  こたつの中で、私達は繋がりあっている。いつも優しいアリサちゃんの手は、なんだかいつもよりも暖かかった。 


         ※


 「神は我らの天にあり。なべてこの世はこともなし、か」
  仲の良いアリサとすずかを見て、なんとなく、はやては呟いた。
 「今日も平和やな〜」
  誰に言うでもなく、一人ごちる。
  はやての左側には、年中無休のラブラブっぷりを発揮するなのはとフェイト。右側には、初々しくてついからかいたくなるくらいに魅力的な、アリサとすずか。そんな四人にいつも囲まれていて……しかし、はやては彼女達を羨ましいとはあまり思わない。
 「今日も眼福や〜」
  それが、はやてが並み居る告白の数々を断り続ける理由。
  はやてにとっては、自分がラブラブ空間に入るよりは、ラブラブ空間にいる、可愛らしい親友達を見ていることの方が興味があった。故に、自分の恋愛事には今は興味がない。ただ、それだけだった。
 「なのはちゃんもフェイトちゃんも、アリサちゃんもすずかちゃんも、どうしてこんなに可愛らしいんやろなー。こんなん、からかうなって言う方が無理な話やで」
  ……もしくは、ただのエロオヤジなのかもしれない。
 「寒い冬に、こたつに入って、みかんを食べながらゆっくりと温まって。目の前には、可愛い女の子が四人もおって、良い感じにいちゃついてくれる。ああ、幸せやな〜」
  幸せのカタチは人それぞれ。
  はやてははやてなりに、幸せを噛み締めているのだった。