冷たい潮風が、サイドポニーに結われた髪と白いジャケットを揺らす。

 周囲に在るのは、海に沈んだ廃都市を模した、レイヤー建造物の数々。

『試験開始1分前。二人とも、準備はええか?』

 耳に響くのは、独特のイントネーションを含む女性のアナウンス。

「高町ヴィヴィオ。問題ありません」

《そのデバイス、ザイフリートも準備完了しております》

 そのアナウンスに答えるように、ヴィヴィオとその愛機ザイフリートが声を上げる。

 そして、それに少し遅れて。

「高町なのは。こちらも同じく、問題ありません」

《Raising heart , no problem. preparation completed》

 目の前にいる人物とその愛機が、同じように声を上げる。

《お嬢様。目の前の人物は、強いです。どうかご注意を》

「分かってるよ、ザイフリート」

 ザイフリートの声に頷き、改めて目の前の人物に視線を向ける。

 高町なのはと、レイジングハート。

 時空管理局航空部隊所属のS+級魔導師。現在の管理局の中でも、最強の一角を担う存在。

 自分よりも遥かに格上の実力を有する、ヴィヴィオの憧れの人。

「ヴィヴィオ」

 それまで必要最低限のことしか喋らなかったなのはが、不意に口を開いた。

「……なに?」

「今ならまだ、棄権できるんだよ?」

「……もしも。ママが私と同じ立場だったら、棄権するの?」

「…………」

『試験開始30秒前』

「……そうだよね。ヴィヴィオは、私の自慢の娘だもんね」

「はい。想いも、強さと優しさの意味も、全部ママから教わりました」

『試験開始20秒前』

「だからこそ、胸を張って主張します。私が、友達を助けるために。他でもない、私自身の意志によって、ここに立っていることを」

「天に誓って?」

「天と星に誓って」

『試験開始10秒前』

「……ヴィヴィオの意志は分かった。だから、後は――」

「うん。話し合おう。お互いに、分かりあうために――」


『全力全開、本気の勝負!』


『時間です。試験を開始してください』

 重なり合った、二人の言葉。

 それと同時に、二人の影が交差する。

 お互いの想いを伝えるための、全力全開真剣勝負。

 どうして、このようなことになったのか。

 話は、数時間前に遡る。






                  ※






 時空管理局の嘱託資格の取得は、実はさほど難しいものではない。

 所定の試験を通過し、相応の技能と実力があると認められれば、その日からでも管理局の業務に関わることも不可能ではない。中には、例えば現管理局航空機動隊所属の高町なのは三等空佐のように、嘱託資格を得る前から協力者として管理局の業務に参加することもあるくらいだ。在野の実力者に対して、管理局は門戸を広く開いていると言えるのかもしれない。

 逆に言えば、それほどに簡単に管理局の業務に関わることができるというのは、管理局はそれほどに慢性的な人手不足だということに他ならない。

 そのような状況で、子供とはいえAAAクラスの魔導師が二人、それも聖王教会騎士団長の推薦書を持参して来れば、その申し出を断る理由もなく。

 高町ヴィヴィオ、エリーゼ・ダイムラー両名は、いっそ呆気ないほどに軽々と、管理局AAA嘱託資格を習得することに成功したのだった。

 だが、二人にとって嘱託資格を得ること自体は目的ではない。

 二人の目的は、あくまでも自分達の友人を救うこと。

 そのためにどこでなにをすればいいのか。

 その調べは、すでについているのだ。

 そしてそれを確実に行うための、根回しも。

「……しかしまぁ、まさかヴィヴィオがウチに来るとはなぁ……」

 課長室のデスクに座ったまま、小柄な関西弁の女性が苦笑を浮かべている。

「人生、なにが起こるか分からんもんやな。この行動力はさすが、なのはちゃんの娘と言うべきか……」

 その女性の手元にあるのは、聖王教会騎士団長直筆の推薦書、そして二人が書いた、その女性が課長を務めることになったこの部署≠ヨの勤務志望書。さらに二人は知らないが、聖王教会騎士団長と個人的に親しいこの女性に対して、彼女からの直接の依頼もとい個人的なお願いも慣行されている。

「それで……私達は『機動六課』で働けるんですか? はやてさん」

 結論を急ぐ、ヴィヴィオの言葉。

 その言葉に、彼女――元°@動六課課長、そして現°@動六課課長八神はやては、これもまた苦い笑顔で答えた。

「うーん。私としては、ここまでの熱意を持つヴィヴィオ達の意欲を削ぐようなことはしたくないんやけどなぁ……」

 煮え切らない返事。

 いつも快活でハキハキとしている彼女の言葉の歯切れが悪い理由を、ヴィヴィオもまた理解していた。

「分かっています。私達がココで『ブルースフィア事件』に関わるためには、最後の試練を乗り越えないといけないってことは」

「せやけど……本当にやる気なんか、ヴィヴィオ?」

「はい。誰がなんと言おうと、私は絶対に譲りません」

 はやての瞳をまっすぐと見据え、ヴィヴィオははっきりと告げた。

「新生機動六課への配属条件『高町なのはの撃破』その試験、謹んで受けさせていただきます」








『ブルースフィア事件』

 それは、三年前にロストロギア『ブルースフィア』の回収任務にあたっていた聖王教会の騎士ミラージュ・フィアットが殺害され、ブルースフィアが何者かに持ち去られた事件、だと思われていた。

 しかし最近になって、その認識が間違っていたことが、別任務にあたっていた八神はやて特別捜査官の調査や、クロノ・ハラオウン提督の遭遇した事件によって明らかになっていた。

 彼らが遭遇した一連の事件は、根の部分で三年前の事件と繋がっていたのだ。

 だが、それだけの事実だけならば、専任の捜査本部が立ち上がるほどの事件ではなかった。

 聖王教会の騎士が一名亡くなってはいるが、事件の中心であるブルースフィア自体は正体不明のエネルギー結晶体であり、内包されるエネルギーを利用する手段が管理局の技術力を以ってしても見出せないことから、今すぐ対処が必要なほど危険なロストロギアではないと判断されたからだ。万年人手不足の管理局には、そのような薄い可能性≠ノまで人員を割いている余裕はない。

 だが、今年になってからその認識を覆す事件が二件、同時期に発生した。

 そのうちのひとつは『聖王信仰紛争』と一部関係者に呼称され、最終的に数十名の聖王騎士の洗脳被害および死亡、そして一人の少女の拉致を含む顛末を引き起こした事件。

 そしてもうひとつは、ブルースフィアを管理していた管理局地上支部が次々に襲撃され、最終的に百名を超える被害者を出した『陸士部隊連続襲撃事件』。

 この二つの事件の主犯格である人物の名は、メアリ・フローラ・リーゲン。

 その正体も、思想も、目的も、出身も、その一切が不明。

 はっきりしていることは、彼は多大な被害を出してまでブルースフィアを収集していたということと、彼が純粋な悪意を以って他人を不幸にすることを好む、最低最悪の人間であるということ。

 そして、その正体不明の人物によって、時空管理局も聖王教会も、甚大な被害を被ったということだった。

 この事態を重く見た時空管理局および聖王教会は、同時期に起きたこれらの事件の合同対策本部を設立することを決定する。その部隊のトップとして白羽の矢が立ったのが、聖王教会上層部に独自のコネクションを持ち、尚且つ管理局史上に残る広域次元犯罪『J・S事件』を解決に導いた実績を持つ機動六課の元課長、八神はやてだった。

 それらの事情に加え、八神はやて自身も特別捜査官として、間接的にブルースフィア事件に関わっていたのだ。J・S事件をきっかけに協力体制を敷きつつある時空管理局と聖王教会のブルースフィア事件合同捜査本部の長として、これほどの適材は他には存在しないだろう。

 それ故に、八神はやての心中は複雑だった。

 彼女がかつて、数年の時間と根回しを行って設立した機動六課。

 その解散時、八神はやては言っている。

『その必要があれば、なにがあっても私がまたこのメンバーを集結させる』

 だが、八神はやて自身は本当にそうなることを望んではいなかったし――再びそのような事態に陥るとは思ってもいなかった。

 様々な逆境を乗り越え、管理局『三提督』と聖王教会を密かにバックに着け、さらに運用時には厳重なリミッターによる制御をかけることで一部隊に保有できる戦力を誤魔化すことでようやく収集できた、これ以上ないほどの戦力を保有していた機動六課メンバー。

 それを、今度は時空管理局と聖王教会の双方が正式に着いているとはいえ、それだけのメンバーを再び集結させなければならないほどの事件なのだ。

 確かに、時空管理局にも聖王教会にもメンツの問題があるのだろう。双方に甚大な被害を生じさせた次元犯罪者を野放しにしておいては、犯罪に対する抑止力としての働きを望むことができなくなってしまう。そういう意味でも、可能な限り迅速な解決するために、少々過剰ともいえる戦力を投入することはあり得ない話ではない。

 だが、今回に限ってはそういうことではない、ということをはやては理解している。

 時空管理局も、聖王教会も、恐れているのだ。

 J・S事件の再来となる、重大な広域次元犯罪を。

 しかも八神はやてだけでなく、かつての機動六課主要メンバーのほとんどが、間接的にこの事件にすでに関わっている。機動六課解散後、それぞれのメンバーはまったく別の部署に配属されたのに、である。

 一体、どれだけの規模の事件となるのか。

 専任部隊の部隊長としては、頭のひとつも抱えたくなるというものである。

「しかも、それとはまた別の問題もあるしなぁ……」

 書類を手に、一人になった課長室で、はやてがひとりごちる。

『機動六課に新しい機動隊員を迎えるのであれば、相応の試験が必要である』

 そう直談判したのは、他でもない、戦技教導隊に所属する課員だった。

 彼女の言い分そのものは、一種のエリート部隊である機動六課においては不自然なものではない。現在の部隊の性質上、以前のように教育を施しながら任務の中での成長を望むほどの余裕はないし、そもそも以前だって将来有望だと期待される新人を探してスカウトしたのだ。今回のような新規人員の補充に当たって、隊内の訓練の指導を行う最高責任者が苦言を呈するのはむしろ必然とも言える。

 しかし、今回の彼女の言い分に限っては、少なからず私情が混じっているとはやては踏んでいる。

 そして、それを責めることができない、ということも。

「結局のところ、どっちも頑固やからなー」

 高町なのは。

 彼女の強さと、優しさと、絶対に引かない強情さ。それを見事なまでに受け継いだ彼女の愛娘、高町ヴィヴィオ。

 なのはには、なのはの主張がある。

 ヴィヴィオには、ヴィヴィオの主張がある。

 そんな両者の主張がぶつかった場合、どちらも絶対に引かない。そんなこと、二人を知る人間なら誰もが知っている。

 だからこそ『話し合い』が必要なのだ。

 それ故の、ヴィヴィオに課された配属条件。

 落とし所としてはこれが最善だと、はやても思っている。

 なにせ、あの熱血直情娘の意志を受け継いだ人間なのだ。下手に拒んでは、勝手に着いてきて独自のコネをフル活用してなにがなんでも事件に関わろうとするだろう。そのようなことをされるくらいなら、試験のひとつでも課した方が良い。即戦力ならそれで良し、実力不足なら、彼女も愚かではないということを信じ、それで納得してもらうしかない。

 それが、機動六課の責任者としての考え。

 ならば、八神はやて個人の意見が、どうかというと。

「本当は、まだあの子には汚い世界を知らんでいてほしかったんやけどな」

 すでに叶わぬ願いだと理解していても、そう思わざるを得ない。

 確かに自分が魔法に出会ったのは、今のヴィヴィオと同じ年齢のときだ。ヴィヴィオがその年齢で魔法に関わることもまた、あり得ない話ではない。

 だからと言って、諸手を挙げて賛成などできるハズもない。

 子供が、可能な限り子供のままでいられる世界。

 たったそれだけを願うことが、こんなにも難しいなんて。

「私達大人にできることなんて、あとは見守るだけ、なんかな」

 呟き、思いを馳せるのは、二人の『話し合い』。

 久しぶりにヴィヴィオと言葉を交わして、驚かされた。

 いつの間にか、ヴィヴィオはただの子供でいられなくなっていた。それを、負の側面ばかりから見ることはナンセンスなのだろう。それは、ヴィヴィオが大人になったと言い換えることもできるのだ。子供の成長を喜ぶのは、古今東西変わらず大人の喜びであり、楽しみである。

 ならば、たった一ヶ月の間にそこまで成長した娘を、なのははどう見るのだろうか。

「せめて、二人が納得のいく結果に終わるとええんやけどな」

 ため息と共に零れた、八神はやて個人としての結論。

 結果としてそう成ることを願いつつ、はやてはデスクから立ち上がり、『試験』を控える訓練場に向かったのだった。






                    ※






 乾いた潮風が、流れるようなブロンドの髪を揺らす。

 その紅と翠の双眸に映るのは、海に沈んだ廃都市を模して造られたレイヤー建造物。本物の海の上に形作られたそれらには実体があり、触れたり物理攻撃での破壊も可能なのだと説明を受けている。

 範囲は、レイヤー建造物が構築されている五百メートル四方の空間。水深は深いところでも百メートル程度、上空への距離制限は無し。

 攻撃設定は非殺傷必須。カートリッジの使用等細かい制限は特に無し。ただ『相手が戦闘不能になるまで』戦闘を行うこと、それのみがルールとして設けられている。

 それが一番難しいのだと、彼女――試験官である高町なのはを良く知る自分は理解している。

 そんなことを考えながら、高町ヴィヴィオは白いバリアジャケットを身にまとい、レイヤー建造物の中で最も高い廃ビルの屋上に佇んでいた。

「それほど、高町なのは三等空佐……ヴィヴィオのお母様は強いのですか?」

 そのヴィヴィオの横に控えるのは、騎士甲冑を装着したヴィヴィオの従者、エリーゼ・ダイムラー。

まだ試験開始まで少し時間があるためか、二人ともデバイスは待機状態のまま首に提げていた。

「強いです。その戦技も、心も、意志も、あの人の持つ、なにもかもが」

「しかし、ヴィヴィオもまた強くなりました。魔導師ランクAAA+、それに聖王の魔法まであるのです。私は、今のヴィヴィオなら勝てるのではないか、と思っているのですが」

「確かに、私は強くなりました。だけど、それでもまだ、あの人が持つ強さ≠フ足元にも及んでいないと思うんですよね」

 この三年間、その強さを一番近くで見てきたヴィヴィオだからこそ分かる。

 三年前、その全身全霊を以って助けられたヴィヴィオだからこそ理解している。

 魔導師ランクががどうだとか、事件を解決してきた実績だとか、そんなものは関係ない。

 どんな相手にでも、自分の想いを貫き通す。不屈の闘志と強い想い。

 それこそが彼女の本質なのだと、ヴィヴィオは痛いほどに理解していた。

「しかも、ただでさえ強いのに……あの人を倒すことよりも、あの人を説得することの方が、私は難しいと思います」

 自分よりはるかに格上の、自分が目標とする憧れの相手。

 そんな相手と戦わないといけないというのに、そう語るヴィヴィオの表情は、どこか誇らしげに緩んでいた。

「……ヴィヴィオは、本当にお母様のことが好きなんですね」

「はい。強くて優しい、私の大好きなお母さんです」

 そう言い、ヴィヴィオは微笑みを零す。

 その表情は、ヴィヴィオがまだ9歳の女の子だということを実感させられるほどの、年相応に柔らかく無邪気なもので。

 その微笑みが、真剣な表情に変わった。

「でも、私は負けませんよ」

 それまでの笑顔とは異なる、9歳の少女の浮かべる表情とは思えないほどの力強さを湛えた瞳。
 その視線の先に映るのは眼下に広がる海であり、そして本当は海ではなくもっと遠くのなにかを見据えたもので。

「ママが私のことを心配してくれているということも、きちんと段階を追って少しずつ大人になってほしいと思っているってことも、知っています。だけど――いえ。だからこそ、曲げられません。えへんと胸を張って、ママの娘だと主張できるように。そしてなにより、私が私であるからこそ」

 憧れと想いと信念。

 強さと優しさの意味。

 それを貫き通すための、知恵と戦術。

 それらはすべて、間違いなくあの人から教わったもので。

 その上で今の自分が導きだした、意志と答えがある。

「私は、私自身の想いを貫き通すって、決めたんですから」

 その言葉は、彼女に仕えるエリーゼに向けられたものであり、他でもない自分自身に向けられたものであり、そして今ここにはいない、大切な人に向けられたものでもあり。

「お供します。どこまでも、あなたが望むその場所まで」

「ありがとうございます、エリーゼさん――騎士エリーゼ」

 主と騎士。

 その心に強い想いと決意を秘めて。

 自分の意志を大切な人達に伝えるために、その時を二人で待つのだった。







               ※






「どうして、こうなったんだろうねぇ……」

 新生機動六課の本部として充てられた、海に面した場所に位置する五階建ての建造物。
 その屋上で、手すりにもたれかかるようにしながら、彼女――高町なのはは、レイヤー建造物の並ぶ海をぼんやりと眺めていた。

 元より、目は良い方だ。

 その廃ビルのような建造物の屋上に、二人の影を確認することができる。

 その影が、自分の愛娘とその友人のものだということは、その顔が見えずとも容易に想像がついていた。

「いつの間に、大きくなったのかな」

 呟き、その言葉に苦笑する。

 娘の成長が思ったよりも早くて、思っていた以上に自分が母親であることに。

 考えてみれば、自分はまだ22歳で、そして娘はまだ9歳になったばかり。二人とも、そんなことを考えなければならない年齢ではないハズなのだ。

 学校に通って、友達と遊んで、毎日の様々なことに感銘を受け、日常の中で時間をかけてすこしずつ成長することが許され、そんな娘を見守りながらゆっくりと導くことが許される年齢であるハズなのだ。

 それなのに、現実はどうだ。

 なのはが長期の教導任務により、家を空けたのはほんの一ヶ月間だけ。

 たったそれだけの間に、ヴィヴィオは純粋な子供ではいられなくなっていた。

 たったそれだけの間に、ヴィヴィオは驚くほどに成長していた。

 その成長を、一人の母親として喜ぶべきなのか、子供でいられなかったことを悲しむべきなのか。

 その答えは、ヴィヴィオの『お話』を聞いた後でも、なのはの中で判断がついていなかった。

「やっと見つけたよ。なのは、こんなところにいたんだ」

 少し錆のういた扉が開く音に少し遅れて、良く通る澄んだ声が聞こえた。

「フェイトちゃん」

 その声の主である、長年付き合ってきた親友の名前をなのはは呼ぶ。

 フェイトはその声に柔らかい笑顔を浮かべると、そのままなのはの隣に立ち、なのはと同じように手すりにもたれかかってから口を開いた。

「『男子三日会わざれば刮目して見よ』なんて言うけど、それって娘もそうなんだよね」

「そう……だね」

「ホント、子供って成長が早いんだ。まだ小さい子供だと思っていても、気付けばいつの間にか大きくなっている。……親にとって子供ってのはずっと子供だけど、子供から見ればそうじゃない。私達が思っている以上に、あの子たちは大人なんだ」

 流れるように紡がれたフェイトの言葉。

 どこか独白のように聞こえるそれには、実感がこもっているようになのはには感じられた。

「子供ってね。本当に――私達大人が知らないうちに、びっくりするくらい成長しているんだよ」

「さすが、二人の子供を育てたお母さんは違うね」

「だって私は、なのはよりも先輩だもん。その辺のことは、なのはよりも分かってるつもりだよ?」

 なのはのため息の交じった声に、フェイトは少しだけ胸を張って、悪戯っぽく微笑んだ。

「……そっか」

 フェイトの言うことは、全面的に賛同できるとなのはは思う。

 子供の成長は早い。

 それを今回のことでなのはは実感させられている。

 だが、それを頭で理解していても、心で受け入れられるかどうかというのは、また別の話だ。

 気付けば、子供は親が知らないうちに成長している――変わっている。

 親の視点から見れば、短期間でのあまりに急激な変化は子供がいきなり別人になってしまったかのような錯覚すら覚えるだろう。

 親にとっては、子供はいつまでも子供であるというのに。

 だからこそ。

 親には、子供の成長を受け入れるための時間が必要なのだ。

「……フェイトちゃんは、エリオとキャロが機動六課に入隊するって聞いたとき、どう思ったの?」
「……本当は、入ってほしくなかった。二人には複雑な事情があるってこともあるけど、それ以上に、二人に危険な目にあってほしくなかった。子供は子供らしく、笑顔でいられる……子供のままでいられる場所にいてほしかった」

 それは親としての愛情であり、親としてのわがままでもあるのだろう。

 子供には安全な場所にいてほしい。子供でいられる環境の中で、ちゃんと順番を追って成長してほしい。

 子供が、早く大人になりたいと思っているのに?

 自分のやりたいことを見つけて、困難に立ち向かうだけの意志と決意を持っているのに?

「やっぱりフェイトちゃんも、そう思うんだ」

「そりゃ、ね。でも、基本的には喜ばしいことだと思うんだよ? 子供が自分の意志で、自分がするべきことを見定めて一歩踏み出そうとしているんだから。その成長を喜び、後押しすることもまた、親の務めだと思う。だけど……」

「だけど?」

「やっぱり、寂しいよね。親としては」

「……うん。そうだね」

 雛鳥が、いずれは巣立ちするように。

 子供はいずれ、親の下を離れる時が来る。

 そのことを寂しいと思うのは、そんなに悪いことなのだろうか。

「結局のところ、私のわがままなんだよね、これは」

「そうだね。これは、なのはのわがままだよ。表面上は正論で固められている分、余計にタチが悪いかも」

「うう……」

「でも、私はなのはの気持ちを否定できない。似たようなことは、私も考えたことがあるから。それに、ヴィヴィオならなのはを納得させられると思うし……本当はなのはだって、ヴィヴィオのことを認めてるんでしょ?」

「……一人の母親としては、ね。だけど、教導官としてはもちろん、試験は必要だと思うよ」

「はぁ。親子揃って、本当に頑固だよね」

 わざとらしくため息をつくフェイト。

 その口元は「仕方ないなぁ」とでも言いたげに緩んでいた。

「むー……」

「……そろそろ時間だね」

「わ、ホントだ。結構話しこんじゃったみたいだね」

「ヴィヴィオの『お話』聞いてあげるんでしょ?」

「…………うん。ヴィヴィオのママ≠ニして、かっこ悪いところ、見せられないよね」

 言い、なのはは自分の両頬を叩く。

 それから「良し」と一声、気合いを入れて。

 次の瞬間には、なのはの表情は引き締まっていた。

「さて。ヴィヴィオは、どんな『お話』してくれるのかな?」

 子供のことで悩むこと。

 子供の成長を喜ぶこと、それを少し寂しいと思うこと。

 子供と一緒に笑うこと。

 そして、子供と『お話』をすること。

 それはきっと、本物の親子だからこそ許された特権であるのだと。

 最後にそう結論付けてから、なのははフェイトと共に、海上に浮かぶ訓練場に向かったのだった。