「ヴィータちゃん!?」
  全身から血を流し、意識を失って落下するヴィータを、シャマルのクラールヴィントが救出する。指輪型のクラールヴィントから魔力製の半物質ワイヤーを延ばした、ペンダルフォルム。振り子のその名を表すように、ヴィータの身体はすんでのところで半物質ワイヤーに掴まれ、振り子のようにゆらゆらと揺れた。
  なんとかヴィータを救出できたことに、シャマルは安堵の溜息をつく。だが、おちおち安心してもいられない。すぐに引き上げて、治癒魔法を始動する。しかし、何が起こっていたのか、シャマルにはまったく理解できなかった。
  自分の戦闘をこなしながら、シャマルはたまたま近くにいたヴィータの様子を気にしていた。ヴィータの戦いは、明らかに異常だった。魔力の流れも発動もないのに、何もない空間にいたヴィータが、突然傷ついていき、最後には胸から血を噴き出して意識を失ったのだから。
  アンリエットに、リリと呼ばれた少女。
  彼女は、一体ヴィータになにをしたの?
 「シャマル、上だ!」
  ザフィーラの声。シャマルは咄嗟に治癒魔法を解除し、もう片方の腕にはヴィータを抱きかかえ、片腕だけで防壁を張る。数瞬後、ザフィーラの警告通り、上方から衝撃が降ってきた。その正体は人形。小柄な人間ほどの大きさをした操り人形である。その人形は武器も持たず、シャマルに襲いかかってきていた。
 「おおおっ!」
  ザフィーラが横槍に入り、人形達を蹴り飛ばす。人形は意外と脆いらしく、ザフィーラの蹴りでバラバラに砕け散って夜空に堕ちていった。
 「ありがとう、ザフィーラ」
 「構わん。それよりも、お前はヴィータを治療することに集中しろ」
  そう言うザフィーラは、いつもの落ち着いた様子と違い、どこか焦った様子だった。表情の変化がそれほどないので、ザフィーラが焦っている、と分かるのは彼に親しい人間だけだろうが。ザフィーラが焦る理由が、シャマルにはよく分かっていた。
  その原因は、ザフィーラの相手をしている少女。アンリエットから、アニタと呼ばれた女の子。年の瀬は、はやてより少し下くらいだろうか。いかにも活発な少女、といった面持ちで、まるで遊んでいるかのように軽快な調子で戦いに挑んでいる。
  彼女の能力は傀儡操作。早い話が人形使いである。
  そしてその能力が、ザフィーラには相性最悪だったのだ。
  ザフィーラの能力は、厳密に言えば戦うためのものでない。ザフィーラは本来守護獣と呼ばれる存在であり、その力は誰かを、ひいては主を守護することに特化している。故に、通常の戦闘では、近接戦闘能力をほとんど持たないはやてや、戦闘能力皆無のシャマルを守る役割だった。
  だが、アニタの能力は複数の人形を扱うものだ。しかも、破壊しても破壊しても人形は補給されて減ることはない。さながら、無限人形発生装置。これが例えば戦闘に特化したシグナムやヴィータだったならば、敵の人形集団をまとめて破壊できたかもしれないが、ザフィーラの力はあくまでも守るためのもの。直接的な戦闘には圧倒的に不利だった。護るための能力で戦うことには、やはり限界がある。実際、ザフィーラもシャマルも最初こそはやての傍ではやてのことを守り、補助していたのだが、今ではアニタのせいで離れた位置に追いやられていた。はやては今、リインと二人だけでアンリエッタと戦っている。
  主を守らないといけないのに、主の元に近づけない。そのことが、ザフィーラのことを焦らせていた。
  そしてそれは、シャマルにも同じことが言えた。
  仲間を補助し、癒すことが自分の役割なのに、人形たちに数で攻められ、はやての傍にいることもできず、みんなの補助に集中することもできなかった。
  攻撃手段を持たない補助系の魔導師にとって、下手な近接戦闘系の能力よりもはるかに厄介な相手。
  それが、アニタだったのだ。
 「あれー? もうおしまいなの、お兄さん? お姉さん?」
  自身の周囲に新たに数体の人形を召喚しながら、挑発するような言葉をザフィーラとシャマルにかけるアニタ。彼女の周囲には、数十体の、大小様々な人形が待機している。彼女の言葉は嫌味や悪意、あるいは策略からくるものでなく、純粋に、もう手はないのか、と尋ねているような感じだった。少なくとも、声色からは悪意は感じない。
  一方で、ザフィーラとシャマルは、アニタに苦い顔をするしかなかった。
  守ることに特化し、複数を相手にした防衛はともかく戦闘には向かないザフィーラと、戦闘能力皆無のシャマル。対して相手は、無限とも言える数の人形を召喚できる人形使い。人形の一体一体の力はさして大したものでもないのだが、こう数で攻められると、彼女たちには防御以外対処のしようがなかった。
  こうしている間にも、はやてが危機に瀕しているかもしれないというのに。
  早く治療しないと、ヴィータが危ないというのに。
  シャマルは、自分の腕の中にいるヴィータを見つめた。止血の魔法はかけているが、大量の血液を失った彼女の顔面は蒼白で、呼吸も弱弱しい。応急処置どころでは間に合わない。早く治療をしないと、命に関わる危険すらあった。
  どうすれば、あの子を止められるの!?
  必死に考えをめぐらすシャマル。だが、切り札になりうる攻撃手段を持たないシャマルとザフィーラでは、あれだけの人形を一度に破壊し、はやての元に辿り着くための手段がなかった。ザフィーラが素手で人形の破壊をしてはいるが、アニタが人形を補充する速度に変化はない。
  そもそも、アニタの能力がおかしいのだ。あれだけの人形を召喚しながら、魔法陣を一切展開しないし、そもそも魔力の流れも感じない。どれだけの数の人形を召喚しようとも、疲れた素振りすらみせない。一体、どういう理屈であれだけのことをしてのけているのか、シャマルには、まったく理解できなかった。
 《シャマル、ザフィーラ!》
  突然、頭の中に響くアギトの声。
  離れた相手と頭の中で会話する、思念通話の音声。
 《どうしたの、アギト!?》
 《シグナムが、シグナムが!》
  アギトの声はとても悲痛なもので、動転しているのか要領を得ない。しかし、その声色から、アギトがかなり憔悴していることが……緊急事態であることは明らかだった。そして、アギトがシグナムと呼ぶ人物は、この世には一人しか存在しない。
  シャマルは反射的に、アギトたちのいる方向を見た。
  そこには、空中に浮かんだベルカ式魔法陣の上で、血まみれで意識を失っているシグナムと、泣きながら拙い治癒魔法を必死にシグナムに施しているアギトの姿があった。シャマルには一目で判断できた。あの出血量は、ほとんど致命傷だ。
  意識を失ったシグナムを見て、シャマルの心臓が嫌な鼓動を立てる。
  ヴィータを抱きかかえたまま、シグナムの元に向かおうとするシャマル。癒しと補助が自分の本領だ。ここで仲間を助けられないでどうする。
  しかし、シャマルの間に、数体の人形が割って入る。得物こそ持っていないが、それぞれの手で、足で、シャマルに襲いかかる。
 「くぅっ!」
  シャマルは防壁を展開し、人形達の散漫な攻撃を受け止める。人形たちの攻撃は大したことはなく、防壁で簡単に受け止めることができるのだが、そこから先、人形たちを排除する手段がない。先ほどからずっとこうだ。シャマルもザフィーラも、アニタの人形たちも決定的な攻撃手段を持っていないから、どちらかが傷つくことはない。だからこそ戦線は拮抗し、シャマルもザフィーラもアニタに足止めを喰らっていた。
 「シャマル!」
  ザフィーラが人形たちを破壊する。その勢いを殺さず、アニタに襲いかかる。間に人形が割って入って、ザフィーラの移動を攻撃を阻む。人形達が攻撃する。防御する。破壊する。人形達は再び補充される。行動が阻まれる。攻撃する。防御する。破壊する。補充される。阻まれる。攻撃する。防御する。破壊する。補充される。阻まれる……。
  どこからどう見ても、ジリ貧だ。
  抜け出すことは、できない。
  仲間たちを守りに行くことも、助けに行くことも封じられていた。
 「ヴィータ、シグナム、はやてちゃん……」
  シャマルは、自分が守るべき仲間たちの名前を呼ぶ。
  仲間たちは、シャマルの声に応えることはできなかった。  








 「はやてちゃん!」
 「はいな、リイン!」
  夜空に響き渡る幼い女の子の声と、まだ幼さの残る少女の声。
  時空管理局側のリーダー八神はやてと、そのユニゾンデバイス、リインフォースU。
 『フリジットダガー!』
 『ニーズホッグ!』
  二人同時に魔法陣を展開し、魔法を発動させる。三十にも及ぶ氷の刃が彼女を包囲し、大きな魔力を内包した速度の速い白い砲撃が、攻撃対象に喰らいかかる。
  彼女の名はアンリエット。
  はやてたちが捕まえにきた、ロストロギアを探す違法グループのリーダー。
  迫りくる脅威に、しかし彼女は眉ひとつ動かさない。右手に握ったレイピアのひと振りで自身を取り囲む氷の刃の約半数を粉砕、作り上げた刃の隊列の空間から一瞬で抜け出し、ニーズホッグを回避。間髪入れず、残像が見えるほどの速度ではやてに迫り、切りかかる。
 『パンツァーシルト!』
  はやてはシュベルトクロイツを構えて、ベルカ式の防御魔法を展開する。防壁に阻まれる刃。ぶつかり合い、火花を散らす魔力と魔力。余裕の表情を向けるアンリエット。その左腕に魔力の収束を感じるも、防壁を展開するはやてには妨害する術はない。
 『クラッシャーホワイト』
  アンリエットの一撃が、はやてのパンツァーシルトに叩きつけられた。威力自体はそう大したことはない。問題は、その一撃に込められた付加効果の方。この一撃は純粋な破壊ではなく、相手の防壁を砕くための一撃。
  はやてがそのことに気付いたときには、すでにはやてのシールドは音をたてて砕け散っていた。眼前に迫るのは、すでに振りかぶられている刃のきらめき。
 「くっ」
 『アイングフローレン・クリューガー!』
  リインの詠唱と共に、はやての眼前数センチ前を淡い青色の液体が通過した。液体ははやてたちから離れたあと一瞬で気化、周囲の熱を一瞬で奪い去り、半径十数メートルに及ぶ氷点下の空間を作り出した。
  リインの持つ攻撃魔法、アイングフローレン・クリューガー。液体酸素を生成し、対象にぶつけて氷結させる技である。魔力で無理矢理酸素を液体化しているため、術者からの魔力供給が断たれると液体酸素はすぐに気体に戻り、周囲の気温を下げる追加効果を持つ。喰らえばただでは済まない氷結魔法。
  しかし、アンリエットはそれを喰らうことなく、液体酸素がはやてに迫る頃にはすでに攻撃を中断、驚異的な移動速度ではやての元から離れていた。今は剣を構えたまま、はやてから距離を取った位置にいる。その表情は、余裕。二人を相手にしているというのに、実に涼しい顔をしていた。
  一方のはやてとリインの表情は、満身創痍とでも言えばいいのか。二人とも肩で息をし、すでに余裕など残されていない。相手の攻撃を躱すことで精一杯だった。
  シャマルとザフィーラが焦っている一方で、少し離れた位置で戦うはやてもまた、焦っていた。
  はやての能力はシャマルやザフィーラが心配している通り、単独での戦闘には向かない。仲間のサポートの元で初めてその力を発揮する、遠距離型の広域魔導師だ。今はリインフォースのサポートがあるからこそなんとか渡り合っているが、確実にこちらが押されている。
  一方で、アンリエットの能力は、言うなれば万能型。近距離でも、遠距離でも、一人ですべてをこなすことができるオールレンジラウンダー。近づけば剣術で、遠ざかれば遠距離魔法で対抗される。
  はやての能力から、近づいて戦うという選択肢は初めから用意されていない。はやての得意である遠距離戦闘にもちこむことができも、はやての魔法は基本的に詠唱の長い高出力の魔法が多い。相手の詠唱は、一人ですべてをこなすことを想定しているためか短く、早い。詠唱にかかる基本時間が違いすぎた。のんびりと詠唱している暇など与えてくれない。かといって、詠唱の短い、それなりの出力の魔法では、たちまちに防御されるか、回避されてしまう。
  単独戦闘に持ち込まれた時点で、はやての負けは確定なのだ。
  かろうじて今まで持ちこたえている理由が、リインの存在。リインの能力も本来ははやてと同じものだが、彼女と時間差で詠唱魔法を行使し、組み合わせることでなんとか持ちこたえてはいる。だから、二人の力を合わせてアンリエットの攻撃を喰らわないことで精いっぱいで、アンリエットにダメージを与える余力など、残されてはいなかった。
 「……これは、ヤバいかもしれへんなぁ……」
  はやての頬を、一滴の滴が伝う。それを拭うと、手が赤く染まっていた。どうやら、なんとか躱したつもりでも、アンリエットの攻撃を喰らってしまったようだ。そのことに気付かなかったのは、それだけ自分に余裕が無いということ。
  状況は圧倒的に不利。相性は最悪。打開策は無し。頼みの綱の仲間たちは自分の戦闘で精一杯。援護も補助も期待できない。魔力だけはまだまだ残されているが、それを効率よく活用することはできない。一撃必殺の広域魔法を発動させることなどほぼ不可能。
  このままでは、いずれ追いつめられるのは時間の問題。
 「……せやからって、諦めるわけには、いかへんよなぁ……」
  額から血を流しながら、はやては再びシュベルトクロイツを構えなおし、アンリエットと対峙する。その瞳に諦めの色はない。そこにあるのは、なにがあっても諦めない不屈の闘志。そして想い。
 「いくで、リイン!」
 「はいです、マイスターはやて!」
  夜天の魔導書のページを開き、内部に蓄積されている膨大なデータの中から、現状に最適な魔法を検索する。はやての保有するレアスキル『蒐集行使』。他の魔導師や魔法生物のリンカーコア情報を読み取り、その魔法をエミュレートする、他人の魔法でも自分の魔法のように行使できるはやての切り札。
  しかし。
  そこではやては、異常な魔力の流れを感じた。否、感じてしまった。
  はやてが察知したのは、周囲の魔力の変化ではなく、特定人物の魔力の減少。その人物たちにとって魔力の減少とはつまり、命の危険が迫っているということ。
  なぜなら彼女たちは、魔力によって成り立っている存在なのだから。
 「シグナム、ヴィータ!?」
  反射的に検索を中断、彼女たちのいる方向を向き、その名を呼ぶはやて。彼女たちからの返答はない。代わりにはやての視界に映ったのは、大量の血を流しながら魔法陣の上に横たわるシグナムと、全身傷だらけで、ぐったりとしたままシャマルに抱きかかえられているヴィータの姿。
 「そんな……」
  信じがたいその状況に、はやては絶句した。
  シグナムとヴィータが負けるなんて、そんなこと、今までほとんどなかったのに。それも、あんなに死にそうになるくらいの致命傷を負うなんて。
  彼女たちの姿を見て、はやての心はひどく締めつけられた。自分はまだ無傷なのに、まるで自分が傷つけられたかのように、痛い。
 「はやてちゃん!」
 「!!」
  そして、その動揺が、戦闘においては致命的な隙となる。仲間の敗北に気を取られたはやてのことを見過ごしてくれるほど、アンリエットは甘くなかった。
  はやてが気付いた時には、アンリエットの刃は自分の首筋まで僅か数ミリのところで、止められていた。振り抜いて、はやての首を落とすこともできたのに、アンリエットはそれをしなかった。それで十分だったのだ。この勝負の、勝敗を決するには。
 「っく……」
  リーダーが敗北した。この時点で、すべての勝負がついたといえるだろう。
  至近距離で睨み合うはやてとアンリエット。勝敗は決まったが、それでも、ここでおいそれと引き下がることは、はやてには赦されていない。なによりそれでは、自分のために戦ってくれている仲間たちに申し訳が立たない。
  首筋に刃を当てられたまま、ぴくりとも動かないはやてとアンリエット。
  先に動きを見せたのは、アンリエットの方だった。
 「……お前が、このチームのリーダーだったな?」
 「……それが、どうしたん?」
 「……リーダー失格だな、お前は」
 「な!?」
  それは、明らかな侮蔑の言葉。
  言葉だけでなく、その声色でも、はやてを見下していた。
 「チームのリーダーとは、チームの誰よりも強く、すべてを一人でこなすことのできる、皆の目標の人物であるべきだ。仲間を助け、先頭で戦い、導き、護り、皆の中心、要であるべき存在だ」
  淡々と述べるアンリエットの言葉にはしかし、彼女自身の感情が、確かな信念が込められていた。おそらく、それが彼女が抱え、理想としているリーダー像なのだろう。そこに、アンリエットは特別な想いがある。だからこそ、はやてにこうして自身の考えを語るのだろう。はやては、そう思った。
 「なのにお前ときたら、一人ではなにもできない。今の戦いだって、そこの小さいのに助けられて、ようやく私と戦える程度だったではないか。あげく、仲間を助けることも護ることもできず、こうして私に刃を向けられている。そんなので、仲間に助けられないとまともに戦えもしないで、自分がチームのリーダーに相応しいと思うのか、お前は?」
 「わ、私は……」
  はやては、反論の言葉を紡ごうとした。なぜなら、アンリエットとはやてのリーダーに対する考えは、根本から違っていたのだから。
  だが、アンリエットははやての反論を聞く前にはやての首筋から刃を引き、踵を返していた。
 「……時間の無駄だったな……」
  はやてに背を向けたまま、空を歩くアンリエット。
  まるで、もうはやてに興味はないとでも言わんばかりに。
 「キョウヤ、リリ、アニタ!」
  アンリエットが、仲間の名を呼ぶ。その声に呼応し、彼女の仲間達は彼女の元に集結した。
  はやてたちから十メートルほど離れた地点で、アンリエットは首だけ後ろに向けて、はやて達に告げた。
 「悪いことは言わん。私たちに構うな。お前のような未熟なリーダーでは、無暗に仲間を傷つけるだけだぞ」
 「アンリエット、私は……!」
 「では。長生きがしたければ、もう二度と私たちの前に姿を現さないことだな」
  アンリエットたちははやての言葉を聞かず、はやてたちに背を向け、夜天の空に消えていった。
 「待っ……!」
  彼女たちを静止しようとするはやて。
  しかし、すでに彼女たちの姿は、はやての視界から消え失せていた。
 「ッ……」
  唇を噛むはやて。
  追いかけようとも一瞬考えたが、一人で追いかけても意味がない。それに、今はそんなことよりももっと大事なことがある。
 「シグナム! ヴィータ!」
  はやてはアンリエットたちが消え去った方向に背を向けて、仲間たちの元に駆け寄った。
  シグナムとヴィータが死にかけている。
  大切な仲間を、家族を、失いたくない。
  戦闘が終わった今、はやては小隊のリーダー、ではなくて、家族を心配する年相応の少女、に戻っていた。








          ※








  アンリエットの戦いから、十二時間後――。
  頭に包帯を巻いたはやては、木で作られたベッドの横で、椅子に座っていた。はやての横にはシャマルも座っており、ザフィーラは大型犬の姿で床に座っていた。リインとアギトは、それぞれのベッドの枕もとに座っている。
  そしてベッドには、シグナムとヴィータが横たわっていた。体中のあちこちを包帯で巻かれ、ガーゼを張られ、絆創膏をし、一目で重傷だと分かる姿をしていた。今は目を覚ましているが、少し前まで意識を完全に失っていて、もう目覚めないんじゃないか、とはやてに心配させたものだった。
  部屋中には、重い空気が立ち込めていた。その原因は、先日の戦い。八神家は、アンリエット率いるたったの四人のチームに敗北した。そのことは、各人の心に様々なものを残していた。
  リーダー失格として。
  主を護ることができなくて。
  仲間を護ることができなくて。
  実質的にも、精神的にも、それは完全な敗北だった。
 「……まったく、アンリエットの言う通りや」
  自嘲気味に、はやてが呟く。
 「私は、リーダー失格やなぁ……」
  いつもは陽気なはやての、弱気の言葉。
  その言葉に、ここにいる騎士達全員が――大切な家族達が、顔色を変えて否定する。
 「何を言ってるんですか、はやてちゃん!」
 「そうです。あなたがリーダー失格など、あるハズもありません」
 「そうだよ、はやて」
  みんながみんな、はやてのことを擁護する。大切な仲間が、家族が自身を卑下することを、彼女達は許さない。
  しかし、はやては静かに首を振った。
 「でも、私が至らんかったせいで、みんなが傷ついて、あの子らに負けてしもうたんは事実なんよ。…………正直、自身なくしたわ」
 「……あの子に、何か言われたんですか?」
 「言われたというか、まぁ、な。確かに、あの子――アンリエットと私とでは、リーダーというもんに対する考え方が違う。せやから、今までの私やったら、考え方の違いだって思えた。せやけど、それでこれだけの差を見せ付けられたら、私の考え方が違うんかな、って考えてしまったんよ」
  言い、はやてはため息をついた。
  三年前、機動六課でのJS事件解決の手柄すら、自分は未熟な指揮官だったとして切り捨てた八神はやて。彼女は真面目であり、目標が高い所にあるが故に、捜査官を続けながら指揮官研修を受け続けている今でも、今の自分に満足していない。そのためにはやては、今回の敗北で、仲間を護ることができなかったということで、自信のあったチーム戦で手も足もでなかったということで、自分のリーダーというものに関する考え方に、自身をなくしていた。
 「はやてちゃん……」
  はやてはかつて機動六課で共に戦った幼馴染達と同じように、意外と頑固で強情だ。そして、ここにいる騎士達は全員、そんなはやての気持ちを理解している。理解しているからこそ、はやての気持ちに気付き、それ以上何も言えなくなってしまっていた。
 「…………」
 「…………」
  部屋の中が、重苦しい沈黙に包まれる。
  いつもは騒がしいくらいに明るいリインやアギトですら、何も喋れなくなる。
  この状態が良くないことは分かっているのだが、当事者達には、この沈黙を打ち砕くことができなかった。
  その沈黙を破ったのは、
 「みなさん、ご飯ですよー」
 「今日のお昼は、すずか特製の冷たいガスパッチョよ……って、なんだか暗いわね……」
  お盆の上に人数分のお皿とスープの入った鍋、そして山盛りのパンを持って来た、すずかとアリサだった。しかし、アリサの太陽のような笑顔も、すずかの月明かりのような微笑みも、それまで部屋の中に充満していた重苦しい空気によって、陰りをみせた。
 「ああ……アリサちゃん、すずかちゃん」
 「……やっはり、昨日のこと気にしてるの?」
 「……まぁ、な」
  アリサの問いに、はやては素直に頷く。
  本来、地球――第九十七管理外世界は魔法というものは存在しない。魔法が存在しないということは、時空管理局の管轄外、管理外にあることを意味し、管理世界のように要所要所に時空管理局の支部は設置されておらず、はやて達のような管理局の局員が駐在する場所が設けられていない。そのため、通常管理外世界での駐在を伴う事件が起こった場合は、その期間に応じて、現地の宿泊施設を利用したり、場合によってはアパートのようなものを臨時本部として使用することがある。
  しかし今回の場合、この世界ははやての出身世界であり、事情を知った協力者達、かつての幼馴染達が宿泊場所を提供してくれるため、今、はやて達はその好意を受け取ってアリサの家に捜査本部を設置し、そこで寝泊りしている。アリサの両親は会社をいくつも経営する実業家であり、その邸宅には客室や空き部屋が複数存在する、というのも大きい。
  そういう事情もあり、はやて達は怪我したシグナム達を現地の病院に連れて行かず、この部屋に連れ込んで治療したのだ。ちなみに、アリサ達が食事を用意してくれるのも、完全なる彼女達の好意である。
  ただ、問題があるとすれば、この家の実質的な家主であるアリサが、湿っぽい雰囲気や自嘲的な言葉が大嫌いだということだろうか。
  アリサは手に持ったお盆を部屋の中にあるテーブルの上に置くと、部屋の中に蔓延した陰気な雰囲気に戸惑うすずかを他所につかつかとはやての元に歩み寄る。沈み、俯くはやては、アリサの接近に気付かない。やがてアリサははやての元にたどり着くと、おもむろに手を伸ばし……はやての頬を、思いっきり引っ張った。
 「ふにゃあ!?」
  突然のことに驚き、情けない声を上げるはやて。
  それもお構いなしに、アリサは頬をぐにぐにと引っ張り続ける。
 「……もう! 何、暗くなってるのよ! はやてらしくもない」
  しかし、はやてが頬を引っ張り続けられているというのに……主が危害を加えられているというのに、ここにいる騎士達は誰一人として動こうとしない。
  はやてが落ち込んでいることを知っているだろうからこそ、あえて明るく振舞う。頬だって引っ張るし、罵倒だってする。それは悪意があるからではなく、はやてのためを思ってのこと。それが分かっているからこそ、騎士達は手を出さず、二人の様子を見守り続ける。そして、そのおかげでその気遣いに感謝できるくらいには余裕を取り戻せたから――頬から手を放された後で、はやては微笑み、二人に礼を言った。
 「……ありがとうな、アリサちゃん。それに、すずかちゃんも」
  少し頬を赤く腫らしたはやての微笑み。
 「…………フン。分かればいいのよ、分かれば」
 「ううん、はやてちゃん。私は何もしてないよ」
  はやての言葉にアリサはそっぽを向き、すずかは微笑む。
 「そんなことないよ。今もこうして私達のことを気遣ってくれとる。そのことが、私は嬉しいんよ」
  友人達の気遣いで、ひとまずは笑顔を取り戻したはやて。主を立ち直らせたことに、家族を笑顔にしてくれたことに、騎士達は心の中でアリサとすずかに感謝する。
 「ほらほら、そんなことより、早くしないとすずかの作ってくれたスープが冷め……はしないけど、温くなっちゃうわよ」
  話題を変えようとするアリサ。感謝されて小恥ずかしいの半分で、暗い雰囲気を払拭しようと頑張っているの半分なのは、もう長い間付き合い続けてきたはやてとすずかには丸分かりだった。だから、二人は今までの話題を続けようとせず、アリサの言葉に乗ることにした。
  ちなみに、ガスパッチョとはふんだんに野菜を使った暑い夏にぴったりの冷たいスープのことである。冷やしてから食べるのでアリサの言うとおり冷めはしないのだが、時間がたてば当然温くなってしまう。
  熱くなった頭を冷やすのに、丁度良い料理だ。
 「ほらほら、早くお皿を受け取りなさい」
 「おかわりもあるから、沢山食べてくださいね」
  そうして、厄介な話や難しいことはすべて後回しにして、体力をつけて気力を養うために、少し遅いお昼ご飯となったのだった。 




  食事というものは命の基本であり、ひいては生きることに直結する。美味しいからといって偏った食事ばかり取っていれば身体がもたないし、栄養を摂取するために食事を取らず栄養剤や点滴にばかり頼っていれば精神がもたない。つまり食事というものは、身体のコンディションや精神の在り方に対して、大きな影響を持っている。
  そのためか、すずかの作ってくれた料理を美味しく平らげたはやて達は、とりあえず落ち着きを取り戻し、笑顔になれるくらいには余裕を持てていた。
  しかし、いつまでもゆったりと食事の余韻を楽しんでいる場合ではないこともまた事実。
  はやてを中心とした騎士達は、ベッドに寝かされているシグナムとヴィータを含め、はやてを中心にしてお互いに話ができるように自然と円を組んでいた。その中には、アリサとすずかも含まれている。
 「さて……問題は、これからどうするか、や」
  はやてが重い口を開く。
  はやて達が今回海鳴市にやって来たのは、あのときの四人組をロストロギアを違法に収集している次元犯罪者として捕らえるためである。しかし、最初の邂逅で、はやて達は彼らに手も足も出なかった。初見の相手の未知の能力に遅れを取ったから、というのもあるのだが、そんな甘い差ではなかった。そのため、この任務を成功させ、最低でも彼らの違法行為を止めさせるためには、一度は敗北した彼らに勝利するための対策、が必要なわけだが。
  彼らに勝つ方法が、果たしてあるのだろうが。
 「……まずは、相手の能力を分析してみよか。話はそれからや」
  とりあえず、相手方の能力を把握しなければ、対策を立てることもできない。
  まずは、お互いに戦った相手の情報交換を開始する。
 「シグナムが戦った相手はどうやった?」
 「そうですね……。彼は、目立った魔法を使うことはありませんでした。精々、飛行と肉体強化と防御といった、最低限の魔法だけです。ですが、彼は強かった。ユニゾンした私達が勝てないくらい、高度な技術と、何よりも高潔な魂を持った、剣士でした」
  シグナムが噛み締めるように、そしてどこか悔しそうに述べた。
  はやてはそのシグナムを見つめ……あえて何も言うことなく、次を促す。
 「シャマルとザフィーラはどうやった?」
 「はい。私達が戦った相手は、人形使いでした」
 「ええ。人型をした人形をどこからか召喚し、それらを自在に操ります。人形自体の強さは大したことはないのですが、一度に複数を召喚し操ることができるのと、何体倒しても次々召喚されるのがとても厄介です」
 「何体倒しても次が召喚されてきましたから、ひょっとしたら本当に無限に人形を召喚できるのかもしれません」
 「成程な……」
  はやてはシグナムとシャマル、ザフィーラの証言を聴き、一旦情報をまとめる。
  実は、はやてだけでなく騎士達は、それぞれの騎士達が戦っていた彼らの能力をおおまかには把握できている。こうして確認しあうのは、お互いの認識を確認し、共有しあうためだ。
  その上で最も障害になるのが、ヴィータの戦った相手……リリ、と呼ばれていた少女の能力。
 「ヴィータが戦った女の子の能力は、一体なんやったんや?」
 「分からない。最初は召喚魔法かと思ったけど、あれだけの数や質量を召喚してたのに魔力の流れも魔方陣の展開も何もなかった。あれは、絶対におかしいよ」
  はやての問いに、その能力と対峙し、正面から観察していたヴィータが答える。しかし、長い刻の流れを騎士として生き、そして現代で教導官となることで様々な魔法を見てきたヴィータにも、その少女の能力のカラクリが掴めていなかった。
 「それに、あの子が見せた、はやてとなのはの……幻覚。あれも、おかしい。そりゃ、質量を持った幻術だってありえるけど、あの幻覚ははやてやなのはの声や魔力の性質まで再現してたんだよ? それに、いくら質量を持った幻術でも、人を傷つけることはできない。そんなの、絶対にありえない」
  幻術とは相手にそこには存在しないものを見せ付けたり、存在しているものをそこにはないように見せたりと、対象の感覚を惑わせる術のことである。原理としては対象の視覚神経に干渉するか、ホログラムのようなものを見せ付けるかの二種類が考えられる。ふたつの方式には差異はあれど、本質的な効果は変わらないし、見せ付ける幻覚に質量を持たせることは高等技術ではあるが不可能なことではない。ただし、どちらの方式にしろ幻術によって形作られた虚像は衝撃に脆く、幻術によって相手を傷つけることはできないし、術者の知りえないもの、例えば誰かの魔力の性質などを再現することはできない。
  よって、今回大怪我を追ったヴィータにかけられた術は、別のものである……そう、ヴィータは結論付けていたのだろう。
  しかし、はやて達は、ヴィータの話を聴いて、ヴィータと自分達との認識の間に大きな溝があることを知った。
 「……どうしたんだ、みんな?」
  妙な表情を浮かべるはやて達に、ヴィータが戸惑いを見せる。
 「どうしたもなにも……ヴィータ、何か見えとったん?」
 「え?」
 「私らには……ヴィータが何もない空間に向かってアイゼンを持って暴れだしたと思っとったら、突然血を噴き出して、意識を失って落下したように見え取ったんよ?」
 「…………え? ちょ、ちょっと待ってよ、はやて。はやて達には見えなかったのか? あれだけの数の鎧騎士達や朱竜。それに、私を攻撃した偽のはやてや、私を貫いた偽のシグナムとかさ?」
 「……私や、主はやての偽者だと?」
  ヴィータの言葉に、シグナムが驚きの言葉をあげる。
  両者の認識は、明らかに食い違っていた。
 「詳しく説明してくれるか、ヴィータ?」  




 「……つまり、ヴィータの話をまとめると、や」
 「ヴィータちゃんは、何の魔力の流れも予兆もなしに召喚された鎧騎士達の集団や朱竜と戦った後に、魔力の形や気配までそっくりなはやてちゃんやなのはさん、シグナム達の偽者と戦って撃墜されたです」
 「だけど、あたしらには、鎧騎士とかあたしたちの偽者なんて見えていなかった。ただヴィータの姉御が何もない空間に向かって攻撃しだしたと思ったら、突然血を噴き出して撃墜された、と」
 「だから私達には、ヴィータが目に見えない攻撃に襲われた、と思った」
 「しかしヴィータは、我々には見えなかった何者かと戦っていた、か」
  ヴィータや守護騎士達の証言をまとめると、そうなる。
  その話を総合して……はやてが、とりあえずの結論を出す。
 「まったく理屈が分からんな」
  すべては、その一言に集約された。
  ヴィータにだけ設定された幻術。それなら、他の誰にも見えていなかった、ということには説明がつく。しかし、その幻術が相手の知っているハズのない情報を持ち、ヴィータを視覚情報だけでなく感覚まで誤認させ、更にヴィータに攻撃をし、身体を貫いたと。幻術の特性上、幻術で直接的なダメージを与えることは絶対に不可能だ。ならば、他のカラクリがあると考えるのが妥当だ。
 「でも、その理屈が分からないんじゃ、どうしようもない」
  長い刻を生きて戦ってきた守護騎士達。蒐集行使というレアスキルを持ち、かつての闇の書に記されていた数多のレアスキルを含む魔法を知る八神はやて、古代ベルカのユニゾンデバイスとして古い知識を持つアギト、魔法の知識に関してこれだけのものを持つ彼女達が集まっても、その正体に近いものですら知る者はいなかった。
  もちろん、その魔法の理屈やカラクリが分からなくても対策は立てられるのだが、この場合、カラクリを知らないとまともな対策が立てられそうにない。だから、八神家一同は頭を悩ませていた。
  それぞれが考えに集中し、部屋の中を先ほどまでとはまた違う静寂が包み込む。
  しかしその静寂は、またもや意外な人物によって崩された。
 「あの……少し、いいですか?」
  遠慮がちに手を上げたのは、
 「? すずかちゃん? どないしたんや?」
  アリサと一緒に話し合い参加していた、魔法知識のまったくないすずかだった。
 「私、そのカラクリ、分かったかもしれない」
 「……え?」
  すずかのその言葉により、部屋の中の空気が変わった。そこにいる全員の視線がすずかに集中する。すずかには魔法の知識がなく、魔法戦闘に関しては正直あまりあてにならないが、それ以外に、すずかには特別な知識があった。
 「……説明して、もらえるか?」
  はやての言葉に、すずかはコクリと頷いた。
 「うん。……あのですね、ヴィータちゃんが戦った相手の使った能力は、多分魔法じゃなくて、超能力の類、なんだと思います」
 「超能力?」
  馴染みのないその単語に、ここにいるほぼ全員が首を傾げた。
 「はい。みなさんの住んでいる世界にそういうものがあるかどうかは分かりませんが、少なくても地球ではたまに使える人がいるんです。……それに、私もそういう人達……超能力者達に、心当たりがありますしね」
  超能力とは、魔力を使わずに通常の物理法則では説明できない現象を起こす能力である。その動力は人の精神の力であり、普段人間が使えない脳の一部分を活性化させることで活用できるのだが、そのメカニズムはまだ解明されておらず、あまりにも使える人が少ないアングラな力なので、一般にはまったく浸透していない――そう、すずかは説明を続けた。
 「今回ヴィータちゃんが遭遇したのは、その超能力の中でも、相手の心の中を覗いて、能力者が望んだ幻覚を見せる、
強制催眠能力 ヒュプノ
と呼ばれるものだと思います」
 「……でも、それだと、普通の幻術魔法と効果は変わらないですし、私が怪我した説明がつかないと思うんですけど」
 「それがですね。深い催眠状態にある人は、その催眠術で『自分が傷つけられた』と認識すると、本当は身体は傷ついていないのに、身体が勝手に傷つくことがあるんですよ」
  例えば、深い催眠状態にある人に『これは熱された鉄の棒だ』と言って、ただの木の棒を肌に押し付けると、その部分が火傷したかのように赤く腫れ上がることがある。不思議なことに、心がそうである、と認識してしまうと、それが実際に身体に現れてしまうこともあるのだ。
 「つまり、ヴィータがすごく強い催眠術をかけられていて、襲われて怪我をした、って認識させられたから、実際には傷つけられてない身体がその認識のとおりに傷ついたってこと? すずか、そんなこと、ありえるの?」
 「アリサちゃん。信じられないことだと思うけど……私、そういうことができる人を、知ってるんだ……。ありえそうにないけど、本当に有り得ることなんだよ」
  すずかの言葉には実感が篭っていて、決して想像や妄想ではなく、本当にそういう能力が存在する、ということを物語っていた。それでも、普通はにわかには信じがたいことではあるが、すずかはその身体に普通の人間の範疇をはるかに超えた事情を抱えており、それ関係で特殊な交友関係を持っていることをここにいる人は知っているため、すんなりと、すずかの説明を受け入れた。
 「……成程な。超能力、か。それは盲点やったわ」
  魔法がある世界では、魔法があまりにもメジャーな技術であるため、超能力というものが普及しにくく、地球のようにあるかもしれない程度の認識よりはるかに低い認識しか持っていないことが多々ある。そのため、超能力という発想自体が、時空管理局関係者にはなかったのだ。
  そのため、魔法世界出身のヴォルケンリッター達には突飛な話ではあるが、一応の筋は通っているし、なにより、他に説明できそうにもない。故に、彼女達も、元々は地球の出身であり、魔法ですら突飛な能力であると認識しているはやては、その理屈を割とすんなりと受け入れた。世界には、まだまだ不思議なことがあるのだから、そういうことがあっても、おかしくないと考えたのだ。
  しかし、すずかのおかげで、その未知の能力のカラクリを理解できた、ところで終わりではない。必要なのは、その対策を立てることなのだ。相手に勝ち、違法行為を止めさせるための力が、必要とされているのだ。
 「問題は、対策やな……」
  はっきり言って、対策が立てられなければ、これまで情報を共有し、能力のカラクリを考えた意味がない。知識だけではどうしようもない。これが次元犯罪である以上、相手方も待ってはくれない。一度負けた相手に勝つための手段を探すわけなのだから、そのカラクリを解明すること以上に難しいことである。
  しかし、はやては、それとはまた別のことを考えていた。
  それは、一度負けた相手に勝利するための対策を考える以前のことであり、少なくてもはやてにとっては、絶対に必要なこと。これをせずに対策を考えても、いずれまた同じ壁にぶつかるとはやては考えた。そのくらい、はやてにとっては重要なことだった。
 「……時間が、必要やな」
  はやてが、そう呟いた。
  必要なものは時間だ。シグナムとヴィータの傷を癒し、熱くなった心を落ち着け、対策を考えるための時間が。今回の戦いで失われた心の中で揺らいでしまった、確固とした信念を取り戻すための時間が、今の自分達には必要だった。
 「……主はやて」
 「……どないしたん、シグナム?」
 「私も、その意見に同感です」
  それは、従順な騎士であるシグナムにしては珍しい、自己主張であり。
 「私は、今回の戦いで、敗北してしまいました。それも、管理局局員として、ではなく、一人の騎士として、負けたのです。主のことを、護ることができなかったのです……ですので、私は、もう一度騎士としての自分を見つめ直したい。……可能なれば、少しの間だけ、お暇を頂きたい」
  それは、シグナムにしてはとても珍しい――我儘だった。
  そう語るシグナムの声からは、ひとつの感情が色濃く滲み出ていた。
  それは、悔しさ。
  騎士として敗北したことを、シグナムはとても悔いていた。
  自身の信念が貫き通せず、自分の信条が間違いだったのではないかと、不安を感じる。その気持ちが、今のはやてには痛いほどよく理解できた。しかし、任務の最中に、自分の都合だけで任務から抜け出すことは、本来ならば許されることではない。だからこそ、はやてはため息の後に、シグナムに尋ねた。
 「で、それにはどのくらいの期間が必要なんや?」
 「一週間。それで、十分です」
 「分かったわ。一週間、シグナムが任務から離れることを、私が許可する」
 「ありがとうございます」
  はやてに向けて、シグナムが深々と頭を下げる。
 「ええって。それに、私も少し、時間が欲しいしな」
  どちらにしろ、これがいい機会だったのかもしれない。時空管理局捜査官としての八神はやてとして、ヴォルケンリッターを束ねる夜天の主として、自分を見つめ直すことが、今の自分には必要なのかもしれない。
  それに、これは長年共に過ごしてきた家族としての勘なのだが、口に出さないだけで、他のみんなも同じことを考えている。今までほとんど負けなしだった彼女達にとって、今回の敗北は、それだけ大きなものだったのだ。
 「というわけで、一週間。みんなには、彼らに勝つための対策を考えて、勝つために必要なことをして欲しい。……作戦再開は一週間後。一週間後に、またここに集合」
  だから、捜査隊のリーダーとして、はやては異例の指示を出す。
  次は、確実に勝利するために。
  はやての気持ちを理解し、はやてと同じ気持ちだったから、騎士達は、この命令に異を唱えなかった。
  全員が頷いたことを確認し、はやては断言する。
 「次は、勝つよ」
  はやては信じている。
  自分の騎士達は最強だと。何者にも負けることがない、最高の騎士であり、最高の家族であると。しかし、一度敗北を許してしまった自分達に必要なのは、自分を見つめ直すための時間。そのための一週間。
  常に前に進むために、一度立ち止まるのだ。
  こうして、それぞれの想いを胸に、己を見つめなおすための一週間が始まった。