「ああああああああ!!」
  鉄鎚の騎士の放つ鎚撃が、相手の構えたデバイスごと相手を薙ぎ払う。小さな身体の騎士が放つ必殺の一撃を、西洋剣型のデバイスを持ったベルカ式騎士は受け止めきることができない。結果、デバイスを破損させながら、件の騎士は弾き飛ばされる。
  これで、突如出現し、ヴィータ達を襲撃した魔導師部隊はすべて倒したことになる。
  ただ、一人を除いて。
 「…………」
  ヴィータから少し離れた場所で、顔を黒いフードで隠した最後の騎士はデバイスを構える。それは官給品のアームドデバイスではなく、明らかに個人向けの調整がなされた両刃のグレードアックス。ヴィータの相棒であるグラーフアイゼンと形状こそ異なるが、同じコンセプトで造られたデバイス。ヴィータのアイゼンが重量で叩き潰すものであるならば、相手のデバイスは重量で叩き斬るものだ。
 「…………」
  両者ともに、一撃必殺の威力を追求した得物。
  ヴィータの構えは中段。
  相手の構えも中段。
  ほとんど同じ体勢で構え、睨みあい、お互いの隙を窺い、
  先に動いたのは、相手の騎士の方だった。
  己の得物を横に振りかぶり、カートリッジをロードする、途端、グレードアックスの刃が炎に包まれる。シグナムと同じ、デバイスへの炎熱付与。火炎を刃に纏わせ、自身の回転の勢いを上乗せしつつ、相手はヴィータに横薙ぎの一撃を加える。
  一方でヴィータもカートリッジをロードし、グラーフアイゼンの形態を変化させる。小型のハンマーヘッドにスパイクと推進剤噴射口が形成され、鋭いスパイクが回転を始める。まるでロケットのブースターのような回転の勢いを付け、ヴィータも相手の刃に向かってグラーフアイゼンのスパイクを叩きつける。
  ぶつかりあう、刃と尖端。火花を上げ、炎を撒き散らし、両者は拮抗する。
  だが。
 「……温いな」
  ヴィータが言葉を漏らす。
  その顔は、勝ち誇ったかのように 微笑 わら っていた。
 「こんな炎じゃ、シグナムの足元にも――」
  ぐっと、ヴィータがその細い両腕に力を込める。
  その力に押され、火花をより一層激しく撒き散らしながら、相手の刃が押し返される。
  ヴィータが思い返すのは、今はドイツで修行を積む自分達の将の姿。
  彼女の魂と信念の込められた炎の一撃に比べれば、こんなもの子供の遊びに等しい。
 「及ばねえんだよ!」
  一撃。
  次の瞬間、炎を纏っていたグレードアックスの刃がバラバラに砕け散った。
  残されたのは、先端を失ったデバイスの柄と、フードに隠された顔、その口元を驚愕に歪ませた相手の騎士。
  間髪入れず、ヴィータは得物を失った相手の騎士の腹部に、未だ高速回転を続けるハンマーヘッドを叩きつける。
 「がぁ……ッ!」
  身体の中からすべてを吐き出すような嫌な呻き声をあげ、相手の騎士はその場に崩れ落ちる。本来ならば相手の胴体に穴が開くどころか内臓をミンチにしながら上半身と下半身が引きちぎれるような攻撃だが、非殺傷設定なのでそこまで肉体にダメージがいくことはない。ただ、死ぬほど苦しい思いをするだけだ。
  相手を叩きのめしたヴィータは、相手の騎士が完全に意識を失ったことを確認してから、「ふぅ」と全身から力を抜いた。
  これで、突然自分達に襲いかかってきた相手はすべて叩きのめしたことになる。
  すでに倒された襲撃者達はシャマル達がバインドをかけ、もう動けないようにしているので、また襲い掛かってくる心配はない。まだ隠れているかもしれないが、今のところ妙な気配も感じないので、おそらくこれですべてだろう。
  完全に警戒を解き、デバイスを待機状態に、騎士甲冑を普段着に戻す。
 「それにしても……」
  こいつらは、一体なんだったのか。
  今しがた倒した相手をバインドで拘束しながら、ヴィータは思う。
 「ヴィータちゃん」
 「姉御」
  名前を呼ばれ、ヴィータは倒れた騎士からリインとアギトに視線を向ける。
 「おう、リイン。何か分かったか?」
 「……それがですね。この人達が使っていたデバイスは、やっぱり管理局の官給品だったです……」
 「今、シャマルも確認してるが……多分、間違いない。あいつらは、管理局の魔導師だ」
 「……そうか」
  自然と、三人の声が沈む。
  初めに見たときから、おかしいとは思っていた。
  ヴィータは教導隊に所属している。そこでヴィータは多くの魔導師や魔導師見習い達を指導し、その場でいくつかの種類のある管理局の官給品デバイスを幾度となく見てきた。
  だから、襲撃者達を一目見た時から、良く見慣れたデバイスだと思っていた。
  それと同時に、まさかと思った。
  同じ管理局に勤める、言うなれば同胞が、自分達のことを襲撃したなんて。
  しかも、第九十七管理外世界という、魔法の存在しない世界で。
 「……なぁ、ヴィータ。私は管理局のことは良く知らないんだけどさ、管理局ってのは、自分の仲間でも容赦なく襲うもんなのか?」
 「そんなわけねーだろ! ……って、アタシも言いたいんだけどな」
  少し皮肉交じりに話すのは、成り行き上共闘することになったアニタ。
  襲撃者達は、時空管理局に所属するヴィータ達のことだけでなく、一応次元犯罪者であるアニタとリリ、そして一般人であるアリサとすずかにまで刃を向けてきたのだ。
  襲撃者のレベルがヴィータ達に比べれば低く、またこちらの人数も多かったこともあって、ザフィーラを戦闘能力を持たないアリサとすずかの護衛にあてて、他を戦闘に回すことで一切の被害は出なかったが、一歩間違えれば大惨事だったのだ。
  ヴィータとしてはアニタの皮肉を否定したいところだが、実際に襲われた後ではあまり説得力がなかった。
 「……ん?」
  否定の言葉を探そうとして、ヴィータはアニタの言葉に違和感を覚える。
  管理局のことを知らない。
  その言葉が、妙に心に引っ掛かった。
  ヴィータには、アニタのその言葉が皮肉ではなく、まるで本当に管理局の存在そのものを知らないと言っているように聞こえて――
 「…………」
  それ以上のことを考えようとして、しかし服の袖を後ろからクイクイと引っ張られる感触に、思考の世界に入ることを妨害される。
  ヴィータが振り向くと、そこには無言でヴィータのことを見つめるリリの姿があった。
 「どうしたんだ、リリ?」
 「…………この人達、おかしい」
 「? おかしいって、どういうことだ?」
  リリの言葉に、ヴィータは首を傾げる。
  仲間である自分達のことを突然襲撃したのだ。
  その時点で、すでにおかしいことではあるのだが。
 「この人達、自分の意志でヴィータ達のことを襲ったんじゃない。…………操られてるよ」
 「…………え?」
  リリの言葉に、ヴィータの思考が数秒間停止する。
  操られている、だと?
  名もなき武装局員とはいえ、それなりの訓練を受けた管理局の魔導師達が?
 「ヴィータちゃん、ちょっと」
  リリの言葉に戸惑うヴィータに、すずかが声をかける。
  その手には携帯電話が握られていた。
 「……どうかしたんですか?」
 「あのね、今お姉ちゃんから連絡があったんだけど……ドイツにいるお姉ちゃんや恭也さん、それにシグナムさんも、管理局の魔導師集団に襲われたんだって」
  国際通話を通じて得た忍からの情報を伝えるすずかの声も、動揺に震えていた。
 「嘘だろ……おい」
  思わず、声が漏れる。
  自分達のことを襲撃する管理局の魔導師集団、その真意を考え、ヴィータはあることに思い至る。
  日本にいる自分達だけでなく、ドイツにいるシグナム達までもが襲撃されたということは、つまり。
 「シャマル!」
  事態の緊急性に気付き、ヴィータが叫ぶ。
  ヴィータの意図に気付いたシャマルはクラールヴィントを起動し、すぐに思念通話を開始する。ここにいる中で、最も遠くまで思念通話ができるのはシャマルだ。元よりシャマルの専門は癒しと補助。クラールヴィントの助けがあれば、例え地球の裏側でも思念通話が可能だ。
  思念通話の相手先は、イギリス。
  日本にいる自分達、ドイツにいるシグナム達。ここまで襲撃されていて、このチームのリーダーでのはやてが襲撃を受けていないわけがない。
 「…………」
  端からは無言で立っているだけに見えるが、実際にはイギリスという超長距離からのメッセージを受信し、送信している。
  時間にして数十秒。
  それだけの短い時間で、シャマルとはやては交信を完了する。
 「……ヴィータちゃん。思った通りよ」
  はやてと交信を続けながらシャマルが口を開く。
 「はやてちゃん達……グレアムさん達も一緒に、管理局の魔導師からの襲撃を受けたんですって」
 「マジかよ……」
  ここまでくると、頭を抱えるしかない。
  日本と、ドイツと、イギリス。
  そこにいる八神一家を、たまたまその場に居合わせた関係者ごと襲撃するだって?
  それも、操った管理局の魔導師達を使って、だって?
  ということは、襲撃をかけた魔導師の数は六十人はいるハズだ。
  それだけの魔導師を操ることが可能なのか?
  そもそも、襲撃の目的はなんだ?
  どうやって、彼らを操った?
 「…………なぁ、リリ」
 「…………」
  ヴィータの呼びかけに、リリは無言で答える。
 「こいつらを操った力は、リリと同じ超能力……   強制催眠能力 ヒュプノ の力なのか?」
 「…………うん。そうだよ」
  頷くリリに、ヴィータは苦い顔をするしかない。
  リリ以外にも強制催眠能力を操る人物がいる。それも、六十人近い人数を同時に操作する。
  六十人近い人数を同時に操作したということは、少なくともその六十人に接触することができるということ。強制催眠能力にしても、魔法の力にしても、相手を何らかの能力で操作するためには、捜査対象に直接魔法なり超能力なりをかけないといけない。
  それはつまり、何者かが、少なくても自分達に悪意を持った能力者が、六十人もの魔導師に直接接触できる……管理局のかなり深い所まで入り込んでいる、ということではないのか?
 「でも、一人だけ、操られてないよ…………」
  言い、リリが地面に倒れ伏す魔導師達のうち、一人を指差す。
 「あの人は、操られてない。自分の意思で、こんなことをした」
  リリが指し示す人物は、ヴィータが相手をした最後の一人。
  炎とグレードアックスを操る、この中ではリーダー格の騎士だった。
 「…………そうか」
  何が起こっているのか、ヴィータにはさっぱり分からない。
  元より自分は、難しく考えることがあまり好きではない。そういう仕事は、自分達の主であるはやてか、参謀役のシャマル・リインの仕事だ。自分の仕事は、頭を使う代わりに近接戦闘が苦手な彼女達のことを力でサポートすること。
  だが、そんなヴィータでも、ひとつだけ分かることがある。
  襲撃者達の中で、一人だけ操られていない騎士。
  彼を問いただせば、何かが掴めるかもしれない。
  ヴィータはつかつかと無言でバインドをかけられた騎士の元に近付くと、気絶した彼の胸倉を掴んで引き起こし、身体を前後に揺さぶりながら魔力的な負荷をかけ、無理矢理叩き起こした。
 「おい、お前、何を知ってるんだ。知ってること、私に全部話せ!」
  不快そうに眼を開けた騎士に対し、ヴィータは胸倉を掴んだまま凄む。見た目こそ幼いが、ヴィータは数百年の刻を生きてきた本物の騎士だ。その瞳に凄まれれば、大抵の人間は怯むしかない。
  その蒼い瞳を至近距離で直視し、
 「ク……ククク…………」
  しかしその男は――ヴィータのことを 嘲笑 わら った。
 「な、何が可笑しいんだ!?」
 「クハハ、いいねぇ、その表情。その表情を見ただけで、こうして痛い目を見た甲斐があるというものだ」
  比較的整った顔を歪め、男は嗤う。
  その嗤い方に、表情に、声に、ヴィータは生理的な嫌悪感を覚える。そして直観する。こいつは、他人の不幸を平然と嘲笑うことのできる人間だ。誰かの悲しみを糧として、更なる悲しみを生み出すことのできる人間だ。こんな奴が、管理局の魔導師に混じっていたなんて。
 「……何が、言いたいんだ?」
  思わず手放しそうになってしまう手を抑え込み、ヴィータは男に問いかける。
 「仲間達に裏切られて、さぞかし気分が悪いんだろう? 何が起こっているのか分からなくて、イライラしてるんだろう? だけど俺は、何も話さないよ? 俺からはどんな情報も引き出すことができない。だって俺は、そうしてイライラする君達の顔を見るのが好きだから。何も知ることができず、知った頃には手遅れになっていて、そうして君達は悔しがる。その時の表情を想像すれば――嗚呼、それだけで、俺はイッてしまいそうだよ」
  その男の表情を表すならば、恍惚。
  この男は、本心からそう思っている。
  自分達が不快な気分になることを、心の底から、悦んでいる。
 「……狂ってやがる」
 「ああ、そうだろうね。君達から見れば、俺は狂人だろう。だけど、それでいいのさ。君達が俺のことを考えて、表情を歪ませるのなら、それでいいんだ。君達を犯して、心を狂わせるよりも、俺にはそっちの方が――」
 「デイル・ピッドマン」
 「!?」
  実に愉快そうに、得意げに話していた男が、リリの一言で表情を歪ませる。
  その男の表情を見てもリリは顔色ひとつ変えず、言葉を紡ぎだす。
 「それが、あなたの名前なんだね。……時空管理局の魔導師部隊にその性格を隠して入り込んで、管理局の魔導師として人を助けるその陰で、多くの人を目の前で見殺しにしたり、わざと苦しんでから死ぬように仕向けて、そのことを思い出しながら、夜中には自分を慰めて、絶頂して――」
 「リリ、もういい…………!」
  リリの心の中には、近くの人が考えていることが強制的に流れ込んでくる。それはその時思考している事柄だけではなく、その人物が心の奥底に隠している汚い部分や、昔負ったトラウマまでも、まるで自分の体験したことのように鮮明に感じることができる。
  だからヴィータは、言葉を淡々と吐き出すリリを止めようと声を荒げる。
  こんな男の心の内側なんて、あまりにも汚すぎて、リリが知っていいことじゃない。
 「…………ああ、本当に、人を殺したこともあるんだね。家出人を保護したと見せかけて監禁して、少しずつ生命力を削いでいく。爪を剥いで、耳を削いで、目を潰して、鼻を削って、関節を砕いて……。触覚以外の五感を壊してから、ゆっくりゆっくり、相手を壊していくんだね。その歪んだ表情を見ながら、何回も絶頂しながら――」
 「リリ!」
  叫ぶ。できる限りの大きな声で。
  制す。リリがこれ以上喋らないように。
  どうして、そんな非道いことを淡々と話すことができるんだ。
  どうして、そんな外道を犯すことができるんだ。
  あまりにも哀しすぎる。それだけの非道を見せつけられて、何も感じないことに。
  あまりにも歪んでいる。それだけの外道を犯し繰り返して、快楽を覚えることに。
 「…………これはこれは、驚いた。まさか、あの人と同じ能力を、こんな幼い女の子が持っているとは……」
  その表情を驚きに歪ませたまま、それでもその男は愉快そうに話す。
  そんな男に、ヴィータは嫌悪感を覚えるしかない。
 「だけどね、俺は、君達がそうして苦しむことも、悔しがることも好きなんだ。それに、そこのお嬢さんに心をこれ以上読まれて、真実を知られるわけにもいかない」
 「何を…………」
 「…………あちらの世界で、精々君達が苦しむ様を見させてもらうよ」
  次の瞬間、その男の中で、魔力が異常に膨れ上がるのを感じる。
 「な!?」
  ヴィータは反射的に、胸倉を掴んでいたその男のことを突き放す。
  次の瞬間、その男は周囲に自分自身だったものを撒き散らしながら、身体の内側から弾け飛んだ。
  周囲に飛び散る赤色の肉片。胴体部はほとんど原形をとどめていないが、五体だけは原形をとどめている。まるでヴィータ達のことを嘲笑うかのように、もう何を考えることのない頭が、ヴィータ達の目の前に飛んできた。
 「見るな!」
  ヴィータは咄嗟にリリの視界を塞ぐ。
  こんなもの、リリのような幼い子供が見ていいものじゃない。
  それから仲間達の方に視線を向けると、シャマルがリインの視界をきちんと塞いでいた。
  我が家で一番幼い末っ子が酷いものを直視せずに済んでヴィータは胸を撫で下ろす。
 「シャマル、アニタ。リインとリリを」
 「……分かったわ」
 「……ああ」
  この場にいてリインとリリが惨状を見ないように、シャマルとアニタが二人をこの場から遠ざける。
  この場でリイン以外にこういうものに慣れていないのは一般人であるアリサとすずかだが、二人はザフィーラが保護し、すでにこの場から離れている。だから、この惨状を目撃してはいない。
  自分はその惨状を直視したが、その手のことには慣れている。
  とは言え、久しぶりに見た惨状に、ヴィータは吐き気を覚える。
  それに、これほどまでに狂った人間も久しぶりに見た。
 「…………一体、何が起こっているんだ?」
  ヴィータの呟きに答えることのできる人物は、この場には誰もいなかった。








  惨状の後始末を応援の部隊に任せ、ヴィータ達はバニングス邸に戻る。成り行き上、アニタとリリもそれに同行した。二人は次元犯罪者であり、本来ならば今すぐ拘束するべきなのだが、双方の利害、というよりは極めて人間的な感情から、ヴィータ達は二人を拘束できずにいた。
  対応が温いとは自分達でも思う。
  だが、今はそんなことよりも大事なことがあった。
  あれだけ歪んだ心を見せつけられたリリのことである。
  ヴィータですら、あの男の心の中なんて見せつけられたら、正気でいられる自身がない。それに直視こそしていないとは言え、リインも少なからずこのことにショックを受けていた。
  リリのことも気になるが、八神家の末っ子もそれと同じくらいに幼いのだ。
  だから、彼女達のケアをする必要がある。
  そう思い、彼女達は一緒にバニングス邸に向かった。
  そして、バニングス邸でヴィータ達のことを待っていたのは、予想外の人物だった。
 「ようやく到着か」
  バニングス邸の入口に仁王立ちをしていたのは、リリとアニタの仲間であり、はやてを倒した人物である、アンリエットの姿だった。
 「……どうして、お前が」
 「アニタとリリを迎えに来た」
  さも平然と、アンリエットは答える。
  自分達の敵であるヴィータ達の集団を目の前にしているというのに、怯むことも臆することもなく、実に堂々としている。
  これが貫録というものなのだろうか。
 「あ、アン。お疲れ」
 「……アニタ。アンは止めろと言っているだろうが」
 「えー。だって、アンリエットって長くて言い難いし」
 「…………アンリエット、あんまり嫌がってない……」
 「ば、リリ! 余計なことは言うな!」
 「じゃあ、エッタちゃんって呼べばいいのかな?」
 「何故そこでちゃんが付く!?」
 「…………」
  貫録?
  つい先日まで敵だと思っていた人物達のやりとりを見て、警戒心が削がれる。
  アニタとリリとやり取りをした時から思っていたのだが、彼女達はどうもロストロギアを狙う次元犯罪者には見えなかった。
 「それよりも、だ」
  アニタとの愉快なやり取りを無理矢理中断して、アンリエットはヴィータ達のことを睨みつけた。
  敵意を込められた視線にヴィータ達も反応し、身構える。
 「まさか貴様ら以外にも、管理局の連中が襲ってくるとはな……」
 「……あ?」
 「私一人に二〇人も差し向けるとは、管理局には人材が溢れているのだな。尤も、一人一人の錬度が低すぎる。彼らのような烏合の衆ならば、私一人でも十分だ」
 「…………ちょっと、待て」
  襲われたのが自分達だけじゃない?
 「お前らも、襲われたのか……?」
 「お前ら、も? ……あの連中は、貴様達が差し向けた仲間ではないのか?」
  認識が食い違う。
  ヴィータ達だけでなく、とあるロストロギアを狙う次元犯罪者であるアンリエットも襲撃者達に……操られた管理局の魔導師達に襲われ、自分を襲った連中はヴィータ達管理局が差し向けたものだと思っている。
  自分達だけでなくアンリエットまでもが襲撃を受けていたことに、ヴィータは驚く。
 「あのね、アン。私達もさっき、管理局の魔導師集団に襲われたんだよ。私とリリだけならともかく、ヴィータ達も、一般人も、見境なく」
 「…………なんだと?」
  アニタの捕捉を受け、アンリエットも表情を驚きに歪ませる。
  ヴィータ達管理局の捜査官を襲うのならば、それはただの裏切り行為だと判断できる。
  アンリエット達次元犯罪者組を襲うのならば、それは対次元犯罪者戦闘だと判断できる。
  だが、その両方が同時に同じ集団によって襲われたのならば?
  それも、日本、イギリス、ドイツにアンリエット達と、合計で八〇人近い大人数で?
 「……一体、誰が、どうして……?」
  アンリエット達も、ヴィータ達も、同じことを考える。
  どちらか片方ならばともかく、両方を同時に襲う意味が分からない。
  八〇人規模の襲撃をかけるからには、それだけの労力と手間が必要であり、ちょっとやってみようと思ったところで実行できることではない。彼らの大半が操られているという事実を鑑みても、それだけの仕込みをすることが並大抵ではない。
  それだけの大規模なことをするからには、それだけの目的があり、意味があるハズなのだ。
  ならば、この襲撃の意味、目的は一体なんなのか。
  ヴィータが倒したあの男の快楽を満たすため? そんなバカな。ヴィータは首を振る。
  あの男の短い独白を聞く限りでは、あの男に強制催眠能力はない。少なくてもあの男の他にもう一人、強制催眠能力を有し、八〇人近い管理局の魔導師を操作した人物がいる。
  そのことから考えるに、あの男の快楽を満たすのは本筋のついでであり、別の目的がこの襲撃に含まれていないとおかしい。
  有り得ない情報を統括して、ヴィータは頭をフル回転させる。
  襲撃されたのは自分達とアンリエット達。同時に同じ集団から襲われたということは、おそらく両者に共通することがある。
  その共通点とは、一体――
 「多分、ロストロギアやろうね」
  不意に聞こえたのは、聞きなれた優しい声。
  その声に反応して、ヴィータは反射的に振り向く。
 「はやて……?」
  ヴィータ達の後ろにはいつの間にか、騎士甲冑に身を包んだ夜天の主、八神はやての姿があった。
 「はやてちゃん? イギリスに、行ったんじゃないんですか?」
 「いやな、シャマルからの連絡を聞いてから、イギリスからすぐに日本に戻ることにしたんよ。こんな状態で、チームのリーダーが現場から離れとくわけにはいかんからな」
  そのおかげでリーゼ姉妹の夕食を食べ損ねたけどな、とはやては苦笑する。
  しかし、すぐにはやては真剣な表情になり、ヴィータの目の前にいたアンリエットと向き合う。
  そして億することなく、はやては口を開いた。
 「アンリエット。提案がある」
 「……なんだ?」
 「あんたらが集めとるロストロギア。この世界には三つあるけど、そのうちの一つは、私らが所有してる」
 「……成程。どうりで、どれだけ探しても見つからないわけだ」
 「そのロストロギアを賭けて、私はあんたらに決闘を申し込む」
 「!?」
  アンリエットだけでなく、近くで話を聞いていたアニタまでもが、顔を驚愕に歪ませる。
  そしてアンリエット達だけでなくヴィータ達も、はやての突拍子のない提案に驚く。
 「はやてちゃん、一体なにを考えてるの!?」
 「そうだよ、はやて。なんでまた、そんなこと……!」
  敵味方問わずはやての言葉に戸惑い驚く。
  はやてのあまりにも意味の分からない言動に、ヴィータとシャマルが抗議の声を上げる。言葉にこそしていないが、リインとアギトも同じ意見のようだ。ただただはやての突拍子のない提案が理解できない。
  仲間だけではなくアンリエットやアニタまでもが、よほど予想外だったのか、はやての提案をすんなりと受け入れようとはしていない。この中で唯一動揺していないのは、感情のないリリくらいのものか。
  敵味方双方に波紋を呼んだ、はやての提案。
 「……さぁ。なんでやろうな?」
  しかし、周囲に広がる動揺を余所に、はやては微笑んだ。
 「――――――――」
  その微笑みに、はやてに抗議しようとしたヴィータは――呑まれた。
  ヴィータだけではない。
  ここにいる誰もが、はやてのその微笑みに呑まれ、咄嗟に言葉を発せなかった。
  まるで、すべてを見透かしたかのような微笑み。
  その優しい視線に射抜かれ、反論の言葉が消えていく。
  今までもはやてのことを信じていた。はやては自分達のリーダーだし、主だし、信頼に値する。だからはやての言うことに従い、これまで戦ってきた。だが、今のはやての言葉は、今まで以上に、すんなりと受け入れることができた。今までとは違う次元で、はやての言うことを信じていれば大丈夫、そう思わされた。
  それまでのはやてと今のはやては、何かが違っていた。
 「……何を、企んでいる?」
  アンリエットがはやてを睨みつける。
  それだけで身が縮こまってしまいそうな、鋭い眼光。
  その視線を怯まずに真っ向から受け止め、はやては口を開いた。
 「多分な、この襲撃者達の目的は、私達が持っとるロストロギアや。それは間違いないと思う。…………せやけどな。そんなん、今はどうでもええ」
 「…………」
 「な…………?」
 「私達が今するべきことは、外からちょっかいをかけてくる雑魚を相手することやない。アンリエット達はこれを手に入れることを求め、私達はこれをきちんと管理することを求めている。なら、することはひとつだけや」
 「……分かった、その提案を受け入れよう」
  二人のリーダーのやりとりに、ここにいる誰もがついていけない。
  ただ自分達の将の言葉を、判断を信じ、二人の選択に任せる。
 「決闘の日時は?」
 「三日後、私達が初めて出会った時間と場所で。掛け金はお互いの探し物」
 「私もそれで異論はないが…………ひとつだけ、聞かせろ」
 「なんや?」
 「何が、お前をそんなに変えた?」
 「……何も。ただ……私は、私の仲間を信じとる。…………それだけや」
 「成程」
  何かを納得したかのようにアンリエットが頷く。
  しかし、肝心のはやての仲間達は、二人の真意が全く読めないでいた。
  ただ、確かなことがある。
  それは、ヴィータがヴォルケンリッターであること。
  主に従う騎士である自分は、信頼する主の命に従えばいい。
  それが騎士の仕事であり、主の仕事なのだ。
  正直、これからどうなるのかは分からない。
  はやてに何があって、ああなったのかも分からない。
  しかし、それでも、自分ははやての騎士だ。
  ならば、信頼するはやての言葉を信じればいい。
  ただ、それだけの話なんだ。