夜天の空。
  漆黒の闇。
  銀色の月明かり。
  雲はひたすらに白く。
  風は少しばかり冷たい。
  時刻は満月が天頂に達する頃。
  空を飛ぶことのできる生き物ですら辿り着くことのできない雲の上。
  そこにいるのは、七人の騎士と、四人の次元犯罪者。
  あるいは、己の信念のために戦う、十一人の求道者達。
  両者は向き合い、睨みあう。
 「……ちゃんと、時間どおりに現れたか」
 「決闘を申し込んだのは私達や。逃げたりなんかせえへん」
  膠着を破ったのは、双方のリーダー。
  片方は、リーダーは仲間達の目標となるべき優れた人物であるべきだとし。
  もう片方は、かつてその主張に打ち負かされた。
  だが。
 「良い目を、してるな。どうやら先日のような腑抜けはないようだ」
 「…………」
  管理局側のリーダー、『夜天の主』八神はやては、かつて打ち負かされた相手を前にしてなお、臆することなく前に立っている。
  そして、仲間達も。
 「……キョウヤよ。以前の怪我はもう良いのか?」
 「…………ああ。アンリエットとアニタは腕が良いからな」
 「そうか」
 「それよりも、だ。シグナム。お前も……変わったな」
 「すべては、主はやてのために」
 「そうか」
  己の魂を主に捧げた騎士、『烈火の将』シグナムと、己の信念を仲間に預けた騎士『漆黒の剣士』キョウヤ・ユキサメ。赤き焔の騎士と、黒刀の剣士もまた、それぞれに対峙する。
 「リリ…………」
 「…………」
  悲しみと人の心の闇に呑まれ、一切の感情を失った少女リリ。
  そんなリリを助けたいと思った、『鉄鎚の騎士』ヴィータ。
  ヴィータは哀しげな、しかし何かを決心した表情で、リリは感情を覗かせない無表情で、お互いに見つめあう。
  他の仲間達も、戦闘準備は整った。
  だから。
 「……では、始めるか」
 「……せやな」
  どちらともなく、身構える。
  緊迫した空気が周囲を包み込む。
  月明かりに照らされる双方の表情に陰りはない。
  あるのはただ、己の信念を貫こうとする騎士の顔。
  賭けたモノはロストロギアとそして、己の魂。
  後は、戦いの火ぶたを切って落とすだけだ。








  両者が動くのは、ほとんど同時だった。
  細身の長剣を振り上げ、前に出るアンリエット。対してはやては微動だにしない。夜天の魔導書を開き、詠唱を開始する。アンリエットの刃を防ごうともせず、はやての眼前で刃が煌めき……その一閃を止めたのは、片刃の長剣。シグナムの刃が、アンリエットの一閃を遮っていた。
 「む……」
 「……私は、主を護るために存在する騎士だ」
  鍔迫り合い。
  刃と刃をぶつけ合い、睨みあい。
  その体勢で、シグナムが静かに語る。
 「だから……」
  言葉と腕に力がこもる。
  取り回しと振りの迅さを重視したレイピアと、一撃の重さを重視したレヴァンティン。
  力が拮抗した状態では、後者に分がある。
 「主はやてには、指一本触れさせん!」
  叫ぶ。弾き飛ばす。
  己が刃に意志と力を込めて、レヴァンティンを力任せに振り抜く。
  アンリエットの身体を弾き飛ばし、追撃をかけようとしたところで、シグナムは己の頭上から襲いかかった一撃をかろうじて受け止める。
  その一閃は、まるで漆黒の光。
  シグナムとアンリエットの間に更に割り込んだのは、黒刀を振る剣士。
 「キョウヤ……」
 「お前の相手は、俺だ」
  黒刀の特製は、打ち刀とは思えないほどの強度。
  その強度を上手く利用した重い連続撃に、シグナムは気押される。
 「くっ……」
  だが。
  そのまま押されているほど、シグナムは弱くない。
 「レヴァンティン!」
 『Ja!』
  剣戟の合間を縫って、カートリッジをロードする。
  途端、レヴァンティンの肉厚の刃が炎に包まれる。
 「はああああ!」
 「む!」
  激しさを増す両者の剣戟。
  刃の激突は十数合を数え、二人は段々とはやて達から離れていく。
  護る者がいなくなったはやてのことを、アンリエットとアニタの人形が強襲する。人形は八体。アンリエットは刃を水平に構え、迅さと一点への力の集中を目的とした突きの体勢ではやてに迫る。
 『 凍てつく足枷 フリーレン・フェッセルン !』
 『 炎の賢者 ブレネン・クリューガー !』
  その人形のうち四体をリインが氷漬けにし、残りの四体をアギトの火炎が焼き尽くす。
  そして、アンリエットの一突きを、ヴィータがグラーフアイゼンで受け止める。
 「ほう……」
 「はやてに攻撃なんて、絶対にさせねー!」
  フロントアタッカーであるヴィータの防御力は並大抵のものではない。
  アンリエットの一撃を一歩も怯むことなく完全に防ぎきり、
 「詠唱完了!」
  やがて――『夜天の主』八神はやての詠唱が完了する。
 「吹き荒め、終焉の雨」
  詠唱の言葉と共に、はやての足元にベルカ式の魔法陣が展開する。その色は白色。
  そしてもうひとつ。ミッド式の魔法陣が、はやて達のはるか頭上に展開される。その魔法陣は大きく、まるで天を覆う雲のように巨大だった。
 『フィンブルヴェド!』
  魔法陣は輝きを増し……やがて、天を覆う巨大な魔法陣から、白色の閃光がいくつも降り注ぐ。その輝きの一筋一筋が莫大な魔力を有し、喰らえばただでは済まされない。見る人が見れば、あるいは、雲から降り注ぐ雨に見えるかもしれない。それだけの数の光が、魔法陣から降り注ぐ。
  俗に天蓋魔法と呼ばれる魔法の一旦、フィンブルヴェド。
  古代ベルカ語で『剣の冬』と呼ばれるそれは、直径数百メートルもの空間を降り注ぐ魔力砲撃の嵐で覆い尽くす殲滅魔法。まるで天空から雨粒のように降り注ぐ剣のように、その猛攻は対象を選ばず止まらず。ただ効果範囲内に存在する相手を滅ぼすためだけの魔法。
  剣の冬はその猛威をふりまき、やがて数十秒後に、展開されていた魔法陣が消失する。
 「……まぁ、このくらいでやられる相手やとは、端から思ってへんけどな」
  砲撃の雨が止んだ後、はやての数十メートル前には、アンリエットとアニタ、それにリリが顕在だった。
  また、シグナムとキョウヤが、自分達から数百メートル離れた場所にいる。
  一方ではやての傍らには、ヴィータ、リイン、アギト、シャマル、ザフィーラが控えている。
  この構図は、奇しくも両者が邂逅した時と似たような、しかし異なる人員配置。
 「……今度は、勝たなあかんよなぁ……」
  はやての脳裏に浮かぶのは、前回の戦闘の結果。
  自分はアンリエットに破れ、大切な仲間を護れなかった。そのことを悔やんだはやては自分を責め、考え、藁をもすがる思いでイギリスのグレアムの元に向かい……気付いた。
  自分がただひとつだけ成すべきことに。
  自分がただひとつだけ想うべきことに。
  自分がただひとつだけ信じるべきことに。
 「今度は私達に、勝たせてもらうで!」
  だからはやては、夜天の夜空に吠える。
  その想いを、本物にするために。
 「勝負や、アンリエット!」




           ※




  はやてが夜天の夜空に吠えたその頃。
  月明かりの元で、シグナムとキョウヤが対峙していた。
 「レヴァンティン!」
 『Eisen form』
  シグナムのコマンドを受け取り、レヴァンティンがカートリッジをロードする。直後、レヴァンティンの刀身が変化する。刃の長さはそのままに、刀身が細くなる。刃の幅も厚みも本来の半分程度か。それに合わせて柄の部分も細く、鍔の部分は小さく変化する。それまでの直刃の剣ではなく、全体が僅かに反り返る。鞘もそれに合わせて細身に変化する。刀身に合わせて僅かに反りを持った、白塗りの鞘。
  その形状はまるで――日本刀。
 「それが、お前の新しい力か」
 「ああ」
  キョウヤの問いかけにシグナムは頷く。
  これがレヴァンティンのオーバードライブ。
  フォルムフィーア、アイゼンフォルム。
  それまでの重さで切る西洋剣とは違い、技で切断する日本刀の意匠を込めた刃。
  刀を振るための技術は、他の剣を振る技術とは一線を画する。そこに必要とされるのは、その刀身の如く澄んだ太刀筋。刃が触れた瞬間に引き切る技術。刀身ではなく切っ先で切るイメージ。柄に添えた右手ではなく左腕で描かれる刀身の軌道。そのすべての技術が他の剣を振るための技術と異なり、同時に高度な技能を要求される。
  達人であれば、例え刃を落とした居合刀でも巻藁程度なら切ることができる。
  あるいは、硬い繊維質で構成される竹ですら一息で切断が可能。
  逆に言えば、それだけの技術がなければその真価を発揮することはできない。その切れ味のために、日本刀というものは強度をある程度犠牲にしている。素人が無闇に使えば、あっという間に刀身は歪み、曲がり、折れてしまう。
  だが、高度な技術を持つ者であれば、刀身を歪めることなく、鉄ですら切断する。
  それだけの能力を得るために、シグナムは恭也の助力を求めた。
  御神流の技術は、小太刀を……日本刀を使うことを前提とされた技術だから。
  そして恭也達との三日間の修行で、シグナムの技術は向上した。
  しかし数百年の刻を生きてきたシグナムは相当の経験を積んでおり、戦い方はすでに完成している。そんなシグナムが恭也の下で学び――見出したのが、魔法を抜きにした、純粋な人間としての戦い方。
  恭也の下で雫と追いかけっこをして気付いた事実。
  魔法に頼りすぎるのは良くないと思っていた自分だったが、自分が思っていた以上に、自分は魔法に頼り切っていた。身体能力や技術が異常とはいえ、魔法がないと雫にすら追いつけない事実。力や経験だけではなく、行使に高度な技術が必要な日本刀の鍛錬。そして、魔力を封印して行った、恭也との真剣勝負。
  今までも、掴もうとしてはつかみあぐねていた。
  それが今回皮肉なことに、敗北を知り、恭也の下で初心に帰ることでようやく獲得できた。
  魔導師ではなく、騎士でもない。その以前の部分での戦い方。
  魔導師としての魔力運用ではなく、その魔法すら超越する人間としての戦い方。
  今まで魔法に頼っていて活用することができなかった。
  それは、人間としての能力。魔導師であろうとそうでなかろうと、恭也のように高位の魔導師を圧倒するだけの能力。結局のところ、数ある次元世界の中で一番強いのは魔導師ではなく、己の技を高め能力を高め、そうして高潔とも言える信念や志を得た人間。そこに魔法は関係ない。揺るがない強い心を持った彼らのみ持つことを許される――魂。
  剣術であれ魔術であれ超能力であれ、どんな能力でも、それを使うのは人間だ。
  ならば、その人間の部分が研ぎ澄まされていれば。
  人間ではない私がようやく掴むことができた、一人の人間としての能力。魔力運用抜きの純粋な体捌き。相手の剣筋すら読み取る動体視力。不意打ちすらも躱す反射神経。相手の抑えた殺気や闘気すら読み取る研ぎ澄まされた感覚。そしてそれらすべてを超越し、相手の行動や思考を感じ取る、第六感のような、研ぎ澄まされた先の先。強い魂を持つ人間にのみ許された、相手の先の動きを予測するのではなく感じ取る能力。
  それが、私の新しい力。
 「主はやてを護るための、新しい力だ」
  キョウヤに告げ、シグナムはレヴァンティンを振る。刃が空を切る音すら聞こえない。
  超高度な刀筋は、時に空気すらも両断する。
  月明かりを受け、刀身が鈍い銀色に輝く。
 「……そうか」
  キョウヤは何か納得したように頷くと、その手にある黒刀を構えた。
  シグナムもそれに合わせ、新しい姿のレヴァンティンを構える。
  睨み合う。
  これから殺し合いをするというのに……二人の周囲の空気は、恐ろしいほどに澄んでいた。
 「『漆黒の剣士』キョウヤ・ユキサメ」
 「『烈火の将』シグナム」
  どちらともなく名乗り上げる。
  名乗り口上。
  それは、この戦いに己の魔導と誇りと魂の総てを賭けるということ。
  死んでも引かない意志表示。
  刃を振り上げ、両雄が激突する。
  銀色の刃と、黒色の刃。
  刀身が光の筋に見えるほどの速度でぶつかり、キィィン、と夜天の夜空に澄んだ音を響かせる。
  力と力を込め、刀身を押し込みあう。鍔迫り合い。力を一瞬でも抜けば即両断される。
  両者に、それができるだけの技術が、覚悟がある。
 「はあああああ!」
 「おおおおおお!」
  同時に両者が刃を引き、間髪入れずに刃を振り下ろす。時に上段から。時に八双から。時に胴を狙い。時に小手を狙い。突く。薙ぐ。振り下ろす。切り上げる。弾け、穿ち、逸らし、受け止め。嵐の如く、雷の如く。雨のように降り注ぎ、風のように吹き荒む。剣閃は合を重ねる。
  剣戟は止まない。どれだけの激突を繰り返そうと、刃の応酬は終わらない。銀色と黒色の光の筋。一瞬の間に数回の瞬きがあり、光の筋は消えることを知らない。
  やがて――刃の応酬が百合を数える頃。
  一際大きく刃の澄んだ音が響き、両者は距離を取った。
  両雄共に無傷。戦いは続く。
 「…………」
 「…………」
  二人の間にある距離は数メートル。
  シグナムとキョウヤ、二人ほどの実力者ならばそれだけの距離を詰めるのに一瞬とかからないのだが、両者ともに距離を詰めようとしない。なぜならば、不用意に相手の間合いに侵入することは死を意味するからだ。
  迂闊に近づくことはできない。
  一歩を切り出し、敗北と勝利の限界ギリギリの境界まで踏み込む勇気と、相手の実力が分かっていながらなお立ち向かう蛮勇は異なる。
  お互いがお互いの隙を読みあい、己の必殺の軌道をイメージする。
  状態は再び膠着し、周囲の空気が張り詰める。触れれば切れてしまいそうな、まるで双方の持つ刃のような空気。
 「…………」
 「…………あの妖精と合体はしなくていいのか?」
  不意に、キョウヤが話しかける。
  シグナムはその言葉の意味をキョウヤから視線を逸らさずに考え、キョウヤの言うところの妖精がアギトのことを、合体がユニゾンを示しているのだと数秒後に気付く。
 「……するべきでない、と思った」
 「ほう」
 「キョウヤ。貴方は偉大な剣士だ。その志は高く、その魂の在り方には尊敬の念すら覚える。だから――そんな剣士を倒せるのは、魔導師としての私ではなく、騎士としての私だと思ったからだ」
 「…………この一週間で、更に強くなったのだな。シグナム」
 「…………どうかな。案外、何も変わっていないのかもしれないぞ」
  真剣勝負の真っ最中だというのに、二人で雑談に近い軽口を叩きあう。
  そのやり取りですらも、己の魂を賭けた勝負の一旦。
  この場を構成するすべての空気が、気配が、在り方が、二人の雌雄を決する要素となり得る。
  そして、
 「!」
  この場にいる二人は、最早剣士でも騎士でもない。
  ここに在るのは、二振りの鋭い抜き身の刃。
  ただ眼前の相手を斃すことのみを考える、闘気の塊。
  その二人に、開始の合図は必要ない。
  両者が再び激突するのも、ほぼ同時。
  鋭い刃の音色を、再び夜天の夜空に響かせる。
  その刃の交差は、まるで白銀と漆黒の流れ星がダンスを踊っているよう。
  澄んだ金属音は、まるで楽器の音色で音楽を奏でているよう。
  合を重ねるごとに二人は加速し、加熱する。
  上段からの黒刀の一振り。攻撃力重視、岩ですら破壊する一撃を、シグナムは咄嗟にレヴァンティンを逆手に持ちかえ、柄の部分を上に向けて突き出すことで、黒刀をレヴァンティンの刀身を滑らせるように受け流す。やがて黒刀の切っ先が完全に下を向くまで降り抜かれたところでレヴァンティンを順手に持ちかえ、跳躍。左足を基軸に右足を後ろに引く。そのまま刃を左側に振りかぶり、魔力で固めた左足に重心を傾ける。踏み込む。震脚――足の踏み込みを全身運動に連動させる技術の応用。刀を振るときには右手ではなく左腕で振ることを忘れない。刃が空を切る音すら聞こえない。それだけの迅さで、シグナムはレヴァンティンを横に薙ぐ。
  キョウヤはその横一閃を、姿勢を極限まで下げることで回避する。軌道をずらされないように頭上に水平に寝かせた黒刀を捧げ、横薙ぎの閃きは黒刀の鍔によって受け止められる。
  キィンと澄んだ音ではなく、ガチン、と濁った音。
  シグナムは鍔への手ごたえの後に瞬時に刀身を立て、振りかぶる。最速最低限の動作で刃を上段に構え、身体のばねを上手く利用して、体重を乗せた一撃を躊躇うことなく振り下ろす。ほとんど同時にキョウヤは黒刀を下げる。刀身を上に向け、切っ先を自身の背後斜め下方向に向ける。腰の捻りを極限まで活かすための、迎撃の態勢。一寸の躊躇いもなく、キョウヤは刃を振り上げる。
  次の瞬間、銀色の刀身と黒色の刀身が激突する。
  力と力、真っ向と真っ向からの激突。そこに澄んだ音色は鳴らない。
  力の限りの鍔迫り合い……その後、両者はお互いに腕に力を込め、お互いを弾きあう。
  勢いよく両者は離れ、距離を置く。
 「レヴァンティン!」
 「Bow form!」
  シグナムは腰に帯びた鞘を抜き、レヴァンティンの柄頭と鞘の鯉口を合わせる。柄と鞘が融合し。大型の弓矢に変化する。レヴァンティンのフォルムドライ、ボウフォルム。二発のカートリッジをロードし、鏃が西洋剣の形をした矢を形成する。全身が纏うのは紫色の魔力光、鏃が纏うのは紅蓮の炎。大柄なシグナムの背の丈ほどもある大型の弓を極限まで引き絞り――放つ。瞬間、空間を切り裂く轟音を上げ、音速を超える勢いで燃え盛る矢が飛翔する。キョウヤはその変化、技に驚愕しつつも、辛うじて身を躱す。矢が通過した後には、熱と音速の衝撃波で空気が震える。
  シグナムは直後、弓矢をまた日本刀型のアイゼンフォルムに戻す。
  その様子を見て、追撃を放とうともしないシグナムを訝しむキョウヤだったが……数秒後、その矢がもたらした結果を知り、苦笑した。
 「成程。そういうことか」
 「すべては、主を護るために」
  その苦笑に返すように、シグナムもまた満足げに微笑する。
  戦闘の最中で、僅かに笑い合う二人。
  ただ、その二人の放つ空気は、今までにないほどに張りつめていた。
 「……ならばそろそろ、決着をつけねばなるまいな」
 「……だな」
  構える。己の魂の籠った相棒を。
  賭ける。己の魂と誇りと魔導を。
  見据えるのは、眼前の相手。
  斃さなければならない、至上の好敵手。
 「……キョウヤよ。お前との戦い……実に、心躍るものだった」
 「……奇遇だな。俺も同じことを考えていた」
  キョウヤは、構えていた黒刀を上段に。
  シグナムは、レヴァンティンを鞘に納め。
 「合を重ねる切り合いも、駆け引きも、今の我々には必要ない」
 「一撃。己の総てを込めた、最強の一撃」
  凛と、空気が張り詰める。
  少し冷たい夜空の風が、まるで刃の切っ先のように冷たいものに感じる。
  身を切り裂くのは、相手が放つ殺気と闘気。
  己が身を守るのは、己が称える闘気と魂。
  狙うのは、上段の構えから自分の総てを乗せた重い一撃。
  狙うのは、居合抜きの構えから自分の総てを込めた神速の一撃。
  神経が嫌に過敏に反応する。
  感覚が極限まで研ぎ澄まされる。
  離れた相手の心臓の鼓動が聞こえてきそうなほどに、感覚はクリアになり。
  相手のことしか感じられなくなるくらい、意識が集中する。
  そして――








  交差は刹那。








  己が総てを込めた一閃が、夜天の夜空に炸裂する。
































  刹那でもまだ永い。
  それだけの一瞬の交差の後、両雄は背中を相手に向けたまま、お互いの位置を入れ替えた。
  まるで刀のひと振りのような動きに、周囲の空気が三度震える。
  しぃんと、辺りが静まりかえる。
  ひょう、と、シグナムの頬を僅かな風が弄り
。   瞬間、シグナムの左脇腹が勢いよく切り裂けた。
  胴体を中ほどまで切断され、夜天の夜空に鮮血が撒き散らされる。
  まるで紅く爆ぜる花火のように、よもすれば――その光景は、妖艶だった。
 「…………主はやて」
  主の名前を呟き、シグナムは斃れた。カシャン、と、魔力で固めた足場にレヴァンティンが力を失った主の手から落ちる。
  すでに意識はない。
  己が一撃に総てを込め、すでに身体にあった全ての力を使い果たしていた。
  それだけの一撃、それだけの傷。
  放っておけば、あと十分と命を繋ぎとめておくことはできない。
 「…………」
  その光景を、キョウヤは振り向くことなく、背中で感じる。
  それから、黒刀の刀身を自分の目線の高さまで持ってくる。
 「…………シグナムよ」
  その漆黒の刀身が――キョウヤの目の前で小さな音を立てて、中ほどから折れた。
  次の瞬間、キョウヤの身体が紅色に染まる。
  確認できるのは、キョウヤの右肩から左脇腹までが、深々と切り裂けているということ。
  紅い血液を撒き散らし、意識を失いながら、キョウヤは呟く。
 「お前の……勝ちだ」
  カン、と、折れた刀身が魔力で固めた足場に落ちる。
  その直後、キョウヤは倒れ伏す。
  そしてそのまま、動かない。
  己の誇りと魂と魔導と――己が持ち得る総てを賭けた――決闘。
  この勝負、シグナムの勝利で幕を閉じた。