ミリアを背負って、森の中を歩くこと約二〇分。
  案内通りに森を抜けると、そこには目的地である小さな集落が確かに存在していた。
 「ふぅ……」
 「やっと、着きましたねー」
  その存在を確認して一息つくフェイトと、大きなため息をつくシャーリー。フェイトは魔力で身体能力を強化できるが、魔法の使えないシャーリーは完全に自力でここまで森の中を歩いてきたので、それなりに息を切らしているのだ。
 「……それで、ミリアの家はどこにあるの?」
 「あ、それはですね、あっちの方にある――」
 「おお、この村に客人とは珍しい」
  と、そこで、近くにいた集落の住人と思われる年配の男性が話しかけてきた。彼の声に少しばかり驚きが混じっているということは、この集落に私達のようなよそ者がやってくることは珍しいのだろう、とフェイトは分析する。
 「こんな辺鄙なところに、どうして……って、ミリアじゃないか? どうしたんだ、お前?」
 「あ、インさん。実はですね……」
  その男性に、ミリアはフェイトに背負われたままことの一部始終を説明する。自分があの森にいたら――現地ではコングゴリラと呼ぶらしい――に襲われたこと、そしてフェイトに助けてもらって、足を怪我して歩けなくなったからこうして運んでもらって、今に至るということを。
  インと呼ばれた男性はミリアの話を静かに聞き、
 「と、いうことなんだよ」
  すべての説明を終えたところで。
 「だから、あの森には無暗に近づくなと言っただろうが!」
  思わずフェイトとシャーリーが怯んでしまうほどの剣幕で、ミリアのことを怒鳴りつけた。
  ミリアもここまで怒られるとは予想していなかったのか、ビクリと身体を震わせた後、フェイトの背中でしゅんと項垂れてしまった。
  だが、フェイトには分かっている。
  このインという男性が、本当にミリアのことを心配して怒鳴りつけたということに。
 「……すまない、旅の人。どこの誰とも知らないあんたに、うちの村の者を助けてもらうなんて」
  怒鳴りつけたあと、インと呼ばれた男性はフェイトに向き直り、頭を下げた。
 「ああ……いえ、そんな、大したことじゃありませんから」
  怒鳴られたと思ったら頭を下げられて、フェイトはたじろいでしまう。フェイトとしては、いきなり現地住民に怒鳴られたり頭を下げられたりすることを予測していなかったのだ。
 「いや、そんなことはない。あのコングゴリラは、大の男が数人がかりで相手しても仕留められないような猛獣だ。あんたは、そんな獣からミリアのことを救ってくれたんだ。……後で村長も礼を言うと思うが、俺からも言わせてくれ。ミリアを助けてくれて、ありがとう」
  言い、インは改めてフェイトに頭を下げた。
 「いえ、そ、本当にそんな大したことじゃないですから、とりあえず頭を上げてください」
  フェイトは人を助けることを旨としているのに、こういう風に正面から頭を下げて礼を言われることに未だ慣れていない。それがフェイトの人柄であり、魅力でもあるのだが。
 「フェイトさんは、もう少し自分を誇ってもいいと思うんですけどねー」
  その光景を傍で見ていたシャーリーが、うろたえるフェイトに向かって茶々を入れた。
  そうして、頭を下げられることに逆に恐縮しながら、フェイトは思った。
  この村は、良い村だと。 




          ※




 「旅の御方。このたびは、ミリアが世話になってしまって、なんと礼を申していいのやら……」
 「いえ……あの、本当に、そんな大それたことじゃないですから……」
  インから解放されて、フェイトはミリアの家に向かった。集落にある建物は、フェイトやシャーリーも映画や資料の中でした見たことのないような、フェイト達先進文明の住人から見ればかなり古い造りの木の家しかなかった。その中で、ミリアの家は村のほぼ中心部にあり、大きさも他の家よりも格段に大きかったのだが……家の中に入ってみて、その理由をフェイト達は知った。
  この集落の長は、ミリアの祖父にあたる人物だったのだ。
  自分達の向かい側、ミリアの隣に座る、白髪に長い白ひげを蓄えた、齢八〇は超えていそうな男性。年配者の風格を強く感じさせられる村長に頭を下げられて、フェイトは再び恐縮してしまう。
 「ほう、コングゴリラを一人で倒して、大したことがないと言うとは。……失礼ですが、あなたはもしや、マナ使いの方ですか?」
 「え、えーと……はい」
  村長の口ぶりから察するに、マナ使いというのは要するに魔導師のことだろうな。そうフェイトは推察し、とりあえず頷いてみた。
  その推察はどうやら間違っていなかったらしく、村長は驚いた風に、しかし納得したとでも言わんばかりに頷いた。
 「成程……。マナ使いであれば、あの猛獣を圧倒することもできましょうな。しかも、その若さで、かなり上位のマナ使いのようで。いやはや、畏れ入ります」
 「いえ、そんなことは……」
  集落で一番偉い村長に頭を下げられているというのに、フェイトはどこまでも腰が低かった。
 「…………時にフェイトさんと……シャーリーさん、じゃったか。あなた方は、何か用があってこの村にやって来たそうですな?」
  ペコペコと頭を下げあっていた二人だったが、村長の方から本題を切り出され、それまでの穏やかな空気が一変した。
  村長の方は、あくまでも村の恩人、という態度でフェイトに接している。しかしその、齢を重ねても衰えていない眼光からは、こちらの目的を見極めようとする鋭さがあった。それも当然だろう。村長の言うとおり、この集落は大陸図的にも、貧しい大陸南側の端の方にあるのだ。こんなところにわざわざやってくる人物の目的を怪しむのは道理である。
  そして、その歳であっても衰えない鋭さがあるからこそ、彼は今でもこの村の村長に収まっているのだろう。
  それらの事情を考慮し、ある程度予測していた問いに、フェイトは答える。
 「私達は、仲間を探しにここまでやってきました」
 「ほう……仲間、とな?」
 「はい。実は私達はこの大陸ではなく、別の大陸からやってきたのです」
 「別の大陸?」
 「ですが、海を渡ってこの大陸に到着する途中、嵐に見舞われ、仲間数名が船から投げ出されてしまったのです。海流から予測するに、運が良ければ彼らはこの大陸のどこかに流れ着いていると考えられます。だから私達は、生きている仲間達を探すために、この大陸の集落をしらみつぶしに回るつもりなのです」
  淀みなく答えるフェイト。
  本当に秀逸な嘘というものは、そのすべてが偽りで構成されているものではなく、何割かの真実を含んでいるものだ。フェイトの話の内容で要点なのは、仲間を探しているということは事実だということだ。それに、別の世界からやってきたというのは、別の大陸からやってきたということにほとんど等しい。何故ならこの大陸の住民にとっては、この大陸こそが世界のすべてなのだから。
 「ふむ、別の大陸……」
  村長はフェイトの話を聞き、その内容を咀嚼するように目を閉じた後、首を傾げた。
 「……それはまた、妙な話ですの」
 「どういう、ことですか?」
 「いや……確かこの星には、我々の住む大陸以外には、人が住めるような大陸は存在しないハズなのじゃが……」
 「――!?」
  これで現地住民を納得させられる、そう確信していたフェイト達に返ってきた反応は、しかしフェイト達の話を疑っているものだった。そのことに驚き――しかし、フェイトはその動揺を表情に出さないように、説明を続ける。
 「……そう仰われましても……それが事実なので、私達としても、そう主張するしかありません」
 「……我々が住む大陸以外にも、人が住める大陸が存在するとは……。子供の頃からの常識も、案外あてにはならんものじゃの」
 「失礼ですが、この大陸には長距離航海技術……海を渡って、遥か遠くに向かうことはできませんよね? ですから、この世界に他の大陸はない、と思うのも無理はありません」
 「これはこれは……面白い話じゃ。私ももう長いこと生きておるが、この歳になって常識を覆されるとは……いやはや。長生きはするものじゃわい」
  説明を終え……村長は、どうやら納得してくれたようだ。
  この集落でも一番頭の良さそうな村長を誤魔化せたことに、フェイトは内心胸を撫で下ろす。彼がフェイトの説明に納得したということは、少なくともこの集落ではフェイトの今の主張がまかり通るということだ。
 「…………」
  しかし。
  村長がフェイトの事情を疑った、その根拠に、フェイトは違和感を覚える。
  この世界には、文明レベル的にも文化レベル的にも長距離航海技術は存在していないハズだ。それなのに村長は、この世界にはこの大陸以外には人が住める大陸では存在しない、ということを知っていた。村長の口ぶりから察するに、そのことはこの世界の常識のようだ。
  どうして、他の大陸が存在しないことを知っているのだ?
  地球で言う、いわゆる天動説を信じていた頃の時代のように、教会等が出した作り話を、他の大陸が存在しないという予測を事実だとして受け入れているのか、それとも……。
 「おじいちゃん」
  それまで大人しく二人のやりとりを見ていたミリアが、小さな声で村長のことを小突く。
 「おお、そうじゃったな」
  そのことで何かを思い出したのか、村長が表情を変えた。それと同時に、周囲の空気が再び穏やかなものに戻る。
  真面目な話は終わり、ということなのだろう。
 「ミリアを助けてくれたお礼として、今夜はフェイトさんとシャーリーさんのためにささやかな宴の席を用意するつもりじゃ。……どちらにせよ、今晩はこの村に泊まっていくつもりなのじゃろう? 小さな貧しい村とはいえ、それなりのものを用意するつもりじゃが……どうかな?」
  村長が提示したのは、ミリアを助けたことに対するお礼の宴の誘いだった。
  フェイトは初めこそ遠慮したものの、ここで断るのはかえって失礼だ、というシャーリーの進言と、ぜひと進める村長とミリア、そしてこの世界の食生活への個人的な興味から、最終的にその宴の提案を呑むことにした。
  どちらにせよ、この世界での情報収集は必要なのだ。
  この辺鄙な集落では、大陸北側の情勢は知りえないだろうが……それでも、大陸南側の情勢を知ることは、悪いことではない。
  そう真面目に考えながらも、心のどこかで、まだ見ぬ食事を楽しみにしている自分がいた。








  フェイト達へのお礼として開かれた宴の席は、フェイトの予想以上のものだった。
  まず、この世界の料理として、フェイトは良く言えば民族料理……悪く言えば、切る焼く煮るだけの、まともな調理法も確立されていないような原始的なものを予想していた。しかし実際に蓋を開けてみると、そのどれもが料理としてきちんとした体裁を保っており、そしてとても美味しかった。お酒にしても、フェイトはお酒は嗜む程度しか飲めないのでじっくりと味わってはいないのだが、ただ糖分をアルコール発酵させただけではなく、それどころか複数の種類が存在していた。
  この大陸南側の土壌は密林地帯……つまり熱帯雨林気候であり、土壌は赤みがかった鉄分を多く含む痩せた土地だ。それなのに、話を聞いてみると自前の農耕だけでほとんど食糧の自給自足ができているのだ。封建制度の崩壊始めの星の文明レベルを地球にあてはめて考えてみると、そもそもこんな痩せた土地では小麦等のまともな主食は育てることができない。それなのに、彼らの主食は自分達で栽培した小麦なのだ。
  実際には、小麦によく似た植物なのだろう。案外、蕎麦のように荒地でも育つ品種の作物なのかもしれないが、この集落程度の規模で自給自足がほぼできていることに、フェイトは驚かされ……なにか、心に引っかかるものを残した。
  また、宴の席でのこの世界の情報収集についても、フェイトは違和感を覚えた。
  情報収集自体は、とてもうまくいったのだ。フェイト達が別大陸から来たことになっているので、この大陸の情勢の質問にみな不信感を抱くことなく快く答えてくれるからだ。
  そうして得た情報を纏めるとこうなる。
  この大陸では、とても単純な封建制度そのものの統治体制が昔から敷かれていた。北の大陸には王のような人物がいて、その王の配下として、各集落の長はそれぞれの住む集落を治めているのだそうだ。
  しかし、痩せた大陸南側の土地に比べて大陸北側の土地は比較的肥沃であり、また王が直接的に収めるこの大陸最大の集落が北にあることからどうしても大陸北側の方が生活が豊かであり、大陸南側に住む住民には、その統治体制に多少なり不満を持つ者が昔から存在していた。しかし、その均衡は中々崩されることはなく、長い間大陸には平和があった。
  しかしここ数年で、『オリハルコン』と名乗る抵抗勢力が力を伸ばしてきた。彼らの主張は“北の王制の廃止”。南と北で生活に差があるのは不公平だから、王制を廃止してしまおうということである。先進文明の出身であるフェイトから見れば、王がいなくなったくらいで生活が改善されるとは思えないし、それにここの王は民に圧政を敷くことなく良い政治を行っていると思うのだが……そこは、この世界に住む住民でないと分からない何かがあるのかもしれないし、そもそもこの星の情勢にフェイトが首を突っ込むことはない。
  ちなみにシャーリー曰く『オリハルコンって何だか無茶苦茶な共産主義団体みたいですね』。確かにシャーリーの意見にも一理あるとフェイトは思う。『オリハルコン』の主張は、要するに格差のある富の公平化なわけだが……そこにも、フェイトは違和感を覚えるのだ。何がおかしいのか、と聞かれたら、それを上手く説明できないのがもどかしいのだが。
  また、フェイトはマナ使いについても話を聞いた。
  この世界では、魔法の源である魔力のことをオドと呼ぶらしい。それで、そのオドを行使しで通常の物理現象を超越した現象を引き起こすことがマナ=魔法であり、マナ使いとは、予想どおり他の世界で言う魔導師のことのようだ。無論、フェイト達が住んでいる先進文明のように高度な言語化は成されていないがそれでも、使う者が限られる高度技術というだけで、この世界に住む住民にはとても価値があるものだろう。
  それにフェイトには、話を聞いただけでまだ実物を目にしていないのだが、この世界のマナがミッドチルダ式や近代ベルカ式に劣るようには聞こえなかった。例えるならば、フェイト達の魔法のシステムをDVDプレイヤーのようなデジタル製品とすると、この世界の魔法のシステムはビデオやテープレコーダーのようなアナログ製品のようなものだ。体系化されていないだけで、そこまで劣るわけではない……いや、ものによってはデジタルよりもアナログの方が優れていることもあるのだ。未発展世界の魔法だからといって、舐めてかかれば酷い目にあうだろう。
  そして本題。
  この世界に存在するロストロギア……オーバーテクノロジーについて。
  XV級次元航行艦七番艦『スノーストーム』に続いて二番艦『クラウディア』までもが消失したのだ。古代文明の遺産であるロストロギアならば、そのくらいのことをしてもおかしくない。今までの経験から、次元航行艦の消失にはこの世界のロストロギアの存在が関与していると、フェイトは予測している。
  話を聞いてみると、この世界には古代遺産の遺物……ロストロギアと思われるものが複数存在し、そしてそういったものが産出する不思議な地下建造物――おそらく遺跡だろう――が存在するそうなのだ。この世界はその遺跡から産出される古代文明の遺物を“アーティファクト”と呼び、遺跡を巡ってアーティファクトを集める、トレジャーハンターような職業も存在するのだとか。しかし不思議なことに、その古代文明の遺跡は大陸北側にしか存在せず、経済の中心が大陸北側にあるため、どうしても遺産が南側にまわってきにくい現実がある。大陸北側ではアーティファクトの超技術が生活に還元されているのに、大陸南側ではアーティファクトがほとんど生活に根付いていない。そのことも『オリハルコン』の不満に拍車をかけているのだろう。
  しかし、各遺跡の内部には、まるでアーティファクトを守るかのように不思議な生き物が生息しているのだそうだ。並の人間では到底太刀打ちできないほどにその生き物達は強く、近隣住民達は遺跡に近付くこともできない。そんな生き物達と戦い、この大陸の歴史的変遷の一因となっているアーティファクトを収集し、売買することを生業とする者達のことを、ハンターとこの大陸の住民は呼んでいる。遺跡内の生き物達と対抗するために、ハンターはほとんどが腕利きのマナ使い……魔導師なのだとか。
  他にも、最近の情勢……というよりはこの大陸全体の異変として、そういった本来遺跡内部に生息し、決して遺跡の外に出てくることのなかった生き物達がここ十年ほどの間に遺跡の外に出てくるようになったそうだ。異変は遺跡内部の生き物に留まらず、他の生き物達も凶暴化している。大陸北側南側関係なく、である。ミリアのことを襲ったコングゴリラも、元々森の奥地に住んでいた生き物なのだが、こちらもやはりここ数年で集落に比較的近い場所で目撃されるようになり、目に見えて凶暴化しているのだとか。
  遺跡内部の生き物の存在と、遺跡とは関係ない生き物達の異変。これらには、なにか関係があるのだろうか。
  いや、それだけではない。
  フェイトが宴の席で集めた情報はこのくらいだが……そのほとんどで、フェイトは何らかしらの違和感を覚えていた。それは歯に挟まった繊維程度の違和感から、二サイズ小さなズボンを履いてしまったくらいの違和感まで多岐にわたる。話を聞かせてもらった住民達はむしろ、フェイトのために懇切丁寧に説明してくれたのに、である。間違いなく、彼らは嘘をついたり誤魔化したりしていない。
  ならば、この違和感の正体は何なのか。
  大体、彼らから聞いた話以外にも、この集落の在り方というか、存在そのもの……までは言い過ぎなのだが、とにかくこの世界の在り方そのものにすら違和感を覚えているのだ。
  違和感が多過ぎて、いまいち判断がつかない。
  ただ、得た情報を、フェイトとシャーリーに充てられた客間で村長達にばれないように携帯端末に文章化してまとめている間に、正体のわかった違和感がひとつだけある。
  この集落の識字率は間違いなく一〇〇パーセントなのだ。
  これは明らかに異常なことだ。
  管理局の区分によると、この世界の文明レベルは封建制度が崩壊する直前、フェイトが暮らしてきた地球で言うと大体ヨーロッパの八世紀くらいの文明レベルで、まともな長距離航海技術も製鉄技術も存在しないし、二毛作三毛作といった農耕技術も存在しない。当然そんな時代に、一介の住民レベルがまともな教育を受けているハズもなく、文字を読めるだけでも貴族や王族、神官等といったごく一部の高い身分の者に限られる。
  それなのに、この集落の住民は、おそらくこの世界の住民全体がそうなのだろう、字も読めるし最低限の教育を受けている。
  他にも、調理技術が妙に高いし、酒造技術や大衆娯楽文化も充実している。
  要するに、文明レベルは低いのに、文化レベルが妙に高いのだ。
  おそらくその事実が、フェイトの違和感の一旦なのだろう。
  違和感の正体は間違いなくそれだけではないのだが、少なくても今の情報ではどれだけ考えても解決できそうにないので、フェイトもシャーリーもとりあえず考えないことにした。
 「情けない話ではあるんだけどね」
 「仕方ないですよ、フェイトさん。これらの情報は、全部この集落の人達から聞いた話……ただの人の知識に過ぎないんですから。情報も確実じゃないですし、まだまだこの大陸には分からないことがあります。そんな不確定で不足した情報から真実を見抜くなんて、不可能ですよ」
 「そう……だよね」
 「そうですよ。だから、そんなに考え過ぎない方がいいですよ」
  この集落の住民から得た情報を纏め、それを文章化して打ち込んだ携帯端末を片づけながら、シャーリーが考え過ぎるフェイトを諭す。
 「それよりも、今は身体を休めることの方が大切です。明日からはこの大陸を歩いて回らないといけないんですから。今の内に、体力を温存しておきましょうよ」
 「そう、だね。もう寝ておかないと、明日に響くしね」
  シャーリーに諭され、フェイトはこれ以上考えることを、一旦止めることにした。
  それから、二人は村長から貸してもらった寝間着に着替えて、客間にあるベッドに寝転がった。もっと粗末なベッドを予想していたのだが、これも思っていた以上に柔らかくて良いものだった。寝間着も、簡素な木綿できているのだろうが、意外と作りがしっかりしている。一体何を使っているのだろうか。
 「それではフェイトさん、おやすみなさい」
 「おやすみ、シャーリー」
  持ってきていた明かりを消し、フェイトは目を閉じた。途端、完全な暗闇がフェイトのことを包み込む。この世界には電気というものはなく、当然夜の闇を照らす明かりもない。だからこその、完全な暗闇。目を凝らしても、すぐ傍にいるシャーリーの姿を確認することもできない。誰もが寝静まった静かな夜に、音を立てる者はいない。
  だからなのだろうか。
  考えることを止めようと思ったのに、頭の中を様々なことが駆け巡っている。
  この世界のこと。
  話を聞きながら感じた違和感。
  消失したクラウディア、そしてスノーストーム。
  大陸北側に点在する遺跡。そこに存在するであろうロストロギア。
  不安定な情勢。抵抗勢力の存在。
  未発達な魔法技術。
  遺跡を守るように存在する生き物、その生き物達の異変。
  クラウディアの一緒に消えてしまった仲間達。
  そして……最後に想いを残した、クロノの言葉。
  考えがはっきりしない、現実と夢の間の時間。まどろみの中で、それらのことがフェイトの頭の中に渦巻いて。
  そしていつの間にか、フェイトは、深い眠りに落ちていた。