第一九八管理外世界『ヴェルト』。惑星面積の八割強が海であり、人が住めるほどの大陸は残りの一割強の面積を占める単一大陸のみ。
  その大陸の中心部より、ある程度北側に進んだ場所。小さめの山の麓に埋め込まれるようにして、その建造物への入口が設置されていた。大規模な土砂崩れでもあったのか、土壁から入口が飛び出したような状態になっている。
  おそらく、今まで何らかの理由で土に埋もれていたものが、土砂崩れによって姿を現し、こうして発見されたのだろう。この世界では昔からこういった遺跡の発掘や調査は積極的に行われてきたが、未だに新しい遺跡の発見が後を絶たないのだとか。
  しかし、遺跡が発見されても、中に入れなければ意味がない。この遺跡の入口も、その姿が顕わになってはいるものの、扉が閉ざされ容易には中に入れないようになっていた。
 「フェイト、シャーリー。周囲の様子はどうだ?」
 「サーチャーの探査結果では、周囲に妙な生命反応はないよ。肉食生物も、他のハンターの姿も」
 「でも、ジャック……でしたっけ? 彼には、距離なんて意味を成さないと思うんですけど」
  その遺跡入口の前にいるのは、サーチャーを走らせるフェイトと、助言をするシャーリー。
  そして――ハルベルトを持った赤毛に鋭い瞳の女性と、両腕に拘束具のような金属製のリングをはめられた、垂れ目がちの瞳に大人しそうな一人の少女。
 「大丈夫だ。いくらあいつの能力が強力でも、一度に何人も運べるようなものじゃない」
 「……だと、いいんですけど」
  助言をする対象がポジティブならネガティブな助言を。
  助言をする対象がネガティブならポジティブな助言を。
  サポート役に求められるのは、そういった細かな気配りと配慮だったりする。
 「フェイトお姉ちゃん、アカネお姉ちゃん、シャーリーちゃん」
 「ああ……ラティオ。すまない。そろそろ、中に入ろうか」
  少女……ラティオに声をかけられて、アカネは改めて遺跡に向き直す。
 「じゃあ、ラティオ。よろしく頼んだぞ」
 「うん」
  アカネにお願いされて、ラティオは頷いてから、遺跡の前に立つ。その邪魔にならないように、アカネ、フェイト、シャーリーはラティオから少し離れた場所に避難する。
  その様子をきちんと確認してから、ラティオは息を大きく吸い込む。深呼吸を二,三回繰り返してから、足を肩幅に開き、右腕を振りかぶる。
 「――」
  その瞬間にフェイトが感じるのは、圧倒的な存在感。それまではたった一人の少女に過ぎなかったラティオに……厳密に言えば彼女の振りかぶった右腕に、言葉では表現することのできない、なにか巨大なものの気配を感じる。
  別に、腕を魔力でコーティングしたわけでもないし、彼女の右腕になにか変化が現れたわけでもない。彼女の右腕は年相応の少女らしく細く、その腕に取り付けられている金属製の拘束具が痛々しくて、だからこそ、異質だった。
  話には聞いていたが、実際にそれに遭遇してみて、その力の大きさを思い知らされる。
  これが、フォースと呼ばれるものなのか。
 「はぁぁ!」
  振りかぶった右腕を、ラティオは右ストレートの要領で振り抜く。少女にしてはしっかりとした拳の振りにフェイトは少しばかり感心し。
  そして、彼女の拳が触れたわけではないのに、遺跡の入口を閉ざしていた扉が大きな音を立てて破壊された。まるで一〇トントラックが正面衝突したかのように、扉は入口にめり込み、ひしゃげている。
 「…………うわ」
 「これは……すごいね」
  魔力の循環もない。
  魔法陣の展開もない。
  それなのに、こんな少女が、押しても引いてもビクともしなかった固い扉を容易く破壊したのだ。
  その光景は圧倒的で、まるで夢でも見ているような錯覚に捉われそうになる。
 「ラティオ、御苦労様。大丈夫か?」
 「大丈夫だよ。今日は調子がいいから、もう少し使えるよ」
 「そうか。助かる」
  アカネはそう言い、ラティオの頭を撫でる。そのことが嬉しかったのか、ラティオは満足気に微笑んでいる。
  フェイトもラティオのことを労いたいのだが、話を聞いていたとはいえ目の前で起こったことがあまりにも自分の常識の範囲外で、咄嗟に次の言葉がでてこない。
 「フェイト、シャーリー。そんなとこに突っ立ってないで、中に入るぞ」
 「ああ……うん。分かったよ」
 「お、置いて行かないでくださいね」
  アカネに声をかけられて、フェイトは我を取り戻す。
  遺跡の中に入ろうとするアカネとラティオに合わせて、シャーリーと四人で遺跡内部に突入する。
  フェイトと、シャーリーと、アカネと、ラティオ。
  どうして四人が、一緒に遺跡を探索することになったのか。
  話は、昨日の夜に遡る。 




              ※




 「アカネ。私の名前は、アカネ・エディックス。アカネと呼んでくれ」
 「…………はぁ」
  抵抗勢力『オリハルコン』。そこに所属する青年と相見えてから、少し。
  どういうわけか、フェイトとシャーリーはアカネに半ば強引に誘われ、昼食を取った宿屋兼大衆食堂に戻っていた。時刻的には夕方なので、戻って来た時すでに酒場の経営が始まっていた。
  そうして呆気に取られているフェイトとシャーリー、そして彼らから奪還した少女を尻目にアカネは適当に注文をし、全員分の飲み物が運ばれてきてから、アカネはそう切り出した。
 「で、あんたらの名前は?」
 「あ……えーと、フェイト。フェイト・T・ハラオウンです」
 「ふんふん。フェイトだな。そっちの眼鏡のあんたは?」
 「シャ、シャリオ・フィニーノです。シャーリーと呼んでください」
  名前を聞かれ、咄嗟に本名を名乗ってしまった。
  別に偽名を使う気はなかったのでそれでも構わないのだが、自分はあまりポーカーフェイスに向いてないな、とフェイトは思う。
 「フェイトに、シャーリー。それで、そっちのお嬢ちゃんは?」
 「……え?」
 「…………あのー、アカネ、さん。もしかして、この子と、まったくの初対面なんですか?」
 「? そうだけど?」
  驚いたように尋ねるシャーリーと、だからどうした、と言いたげなアカネ。
  その態度に、二人はまた驚かされる。
  この人、あの状況で、名前も知らない少女のことを助けたのか。
  何の躊躇いもなく少女のことを助けたから、てっきり姉妹か何かだと思っていた。
 「で、名前は?」
 「…………ラティオ。私の名前は、ラティオ・レイノルズ」
 「ラティオ、か。誠実そうな名前だな」
  名前を褒められて嬉しかったのか、ラティオは頬を染めて微笑んだ。
 「あの、アカネさん」
 「私を呼ぶ時はアカネと呼んでくれ。その代わり、私もあんた達を呼び捨てで呼ぶから」
 「……分かった。じゃあ、アカネ。貴女はどうして、私達をこんな所に?」
  半ば強引にここに連れて来られたフェイトとシャーリーには、アカネの意図が掴めていなかった。
 「単刀直入に言えば、あんたらに遺跡の探索を協力してほしい」
  真っ直ぐな視線。
  嘘偽りのない言葉に、余計な装飾のない実直な内容。
  先ほどの乱入といい、彼女はかなりさっぱりとした性格のようだ。
 「……理由を、聞いてもいいかな?」
  フェイト個人としては、アカネのような真っ直ぐな人格者には好感を抱く。
  だが、彼女のような人間は、無意識のうちに他人を巻き込む。それは事柄だったり、会話の流れだったり、その場の展開だったり。本人が意識せずとも、彼女のような性格に、凡庸な人間は呑み込まれ、流されやすい。
  そのことが分かっているからこそ、フェイトは冷静に会話を進める。
  自分が、ポーカーフェイスに向いていないことを、身を持って理解しているから。
 「なに、単純な話だ。フェイトはかなりの実力者だ。それは、立ち振る舞いを見れば分かる。あの時も、誰よりも先に私の攻撃に反応したしな」
 「…………」
  あの状況で、自分の動きを把握していたのか。
  ジャックと呼ばれた青年にも気付かれていたことといい、もしかして、結構目立ってしまっているのだろうか。
 「私がこれから探索するのは、最近新しく見つかった遺跡だ。まだ誰も中に入ったことがない。だから、探索中にオリハルコンの奴らに鉢合わせるかもしれない。それでなくても、中になにがいるかも分からないしな。戦力は多い方がいい」
  そこまで話し、手もとのグラスに入っていた飲み物を一気に煽ってから、アカネは続けた。
 「報酬は山分けで。それほど悪くない条件だと思うんだが……どうだ?」
 「…………」
  アカネの言葉を租借するようにフェイトは瞳を閉じ、考える。
  普通なら、この依頼への返事はノーだ。考えるまでもない。
  管理外世界での鉄則は『不干渉』。文明レベルの低い世界での鉄則も『不干渉』。それぞれの頭に『極力』が付くとはいえ、管理局の執務官として、先進文明の住人として、この依頼を呑むわけにはいかない。
  だが、今回の状況に限っては、無下に断ることはできない。
  今のフェイトの任務は『ロストロギアの探索』、『クラウディア・スノーストーム及びクル―の救出』、それらに付随して『この世界の捜査』。仲間達を助け出すためには、この世界の古代文明の遺物、アーティファクトを知る必要があり、それの発動原因、クラウディア・スノーストームが消失した原因を探るために、この世界のことを知る必要がある。
  その条件を満たすために、現地住民と共に遺跡を探索するというのは、かなり有効な手段だ。現地住民と共に探索することで得られることもあるし、なにより、実際に詳しく遺跡やアーティファクトのことを捜索し、調査することができる。
  そういう意味では、この依頼は願ってもみないものだった。
  だが、自分達がこの世界に与える影響について考えると、そう簡単に返事をすることができない。
  目的と規則の間で、フェイトは揺れ動いていた。
 「……フェイトさん。この依頼、受けてみませんか?」
  一人思考の世界に沈んでいたフェイトは、シャーリーの声で現実世界に引き戻される。
 「……どうして?」
 「はい。フェイトさんは、この依頼を受けることでこの世界に与える影響を心配しているようですけど、今回は、それほど心配するようなことでもないかと」
 「…………理由を、聞いてもいいかな?」
 「おそらく、アカネさんの性格から予測するに、フェイトさんが依頼を受けようがそうでなかろうが、目的の遺跡に突入することは間違いないことかと思われます。加えて、彼女のような実力者がそんなところで果てるとは思えません。ですから、フェイトさんが協力しようがしなかろうが、結果は変わらないと思いますし、その変化は誤差で済むと私は思います」
 「…………」
 「それに、今は少しでもこの世界の情報が欲しいです。……メリット、デメリットすべてを加味して考えても、フェイトさんがこの世界に与えてしまう影響よりも、得る情報や利益の方が大きいと考えられます」
  シャーリーの意見に、フェイトは頷いた。
  成程確かに、シャーリーの言う事には一理あると思う。
  だが。
 「……でもそれも、イレギュラーがなければ、の話だよね?」
 「……オリハルコン、ですね」
  そう。
  今この世界が普通の状況なら、フェイトは今のシャーリーの案を採用していた。
  だが、すでに状況が違うのだ。
  この世界に存在する、現政権への抵抗勢力。彼らの存在は明らかに異質なものであり、普通の次元世界の存在するような抵抗勢力とは一線を画している。なによりフェイトはすでに、彼らのリーダーに目を付けられているのだ。
  この状況で、何も起こらないと考えることは、少なくてもフェイトにはできなかった。
 「…………」
  故に、フェイトは考える。
  アカネの依頼を受けて、一緒にこの世界の遺跡やアーティファクト……ロストロギアの調査をするのか。
  再び思考の世界に入ったフェイトに声をかける者は誰もいない。
  周囲を沈黙が支配し……やがて、数分が過ぎた頃だった。
 「アカネ。私達は、あなたの依頼を受けるよ」
 「!」
  フェイトの結論は、アカネに協力する。
  確かに、フェイトの行動がこの世界に与える影響を無視することはできない。
  だが、このまま何もしなければ、おそらくジリ貧だ。
  リスクを冒さずに利益を得ることはできない。それは、本質的に争いごとを好まないフェイトが長い執務官経験で得た、皮肉に近い体験談だった。
 「そうか。じゃあ、よろしく頼むよ、フェイト」
  嬉しそうにそう言い、アカネがフェイトに手を差し出す。
 「うん。短い間だけど、よろしく、アカネ」
  フェイトはその手を取り、二人は握手を交わす。
  こうして、フェイトとシャーリーはアカネに同行して、遺跡の調査をすることになったのだった。

 


              ※




  土砂崩れで滅茶苦茶になっていた外とは違い、遺跡の中は至って綺麗なものだった。
  それだけこの遺跡が頑丈で、尚且つ気密性が完璧ということなのか。この遺跡ができてからどれだけの時間が過ぎたのかは分からないが、遺跡の通路を歩くだけでも、その技術レベルの高さを伺うことができた。
  なにせ、遺跡の通路を構成するのは、遺跡と聞いて連想するような石壁ではなく、明らかに高度な処理の施された金属なのだ。しかも、フェイト達が奥に進むのに合わせて、通路の照明がついたり消えたりするのだ。具体的に言うならば、これから進む通路の先の明かりはつき、すでに通り過ぎた場所の照明は一定時間を迎えると自動的に消える、といった具合に。
  フェイトやシャーリーからしてみれば、古代の遺跡の通路と言うよりは、先進文明の建造物の通路を歩いているような気分だった。
 「なんと言うか、予想外ですね」
 「うん……そうだね」
  正直、遺跡と言う名称に先入観を持っていたせいか、この世界の遺跡がこれほど先進文明的なものだとは思っていなかった。
  土砂崩れのせいで、この遺跡自体が傾いているせいか、通路が全体的に斜めになってはいるが、それ以外は極めて保存状態も良く、照明が稼働している点から見ても、この遺跡がまだ生きていることは明らかだった。
 「こりゃ、当たりだな」
  少し奥まで進んだところで、アカネがそう呟いた。
 「当たり?」
 「ああ。フェイト達も見ただろ? この遺跡に入った途端、中が明るくなったのを。こういう風にまだ動いてる遺跡は、中に良いものがあることが多いんだよ」
 「そういうものなんですか」
 「ああ。まぁ、まだ誰も探索したことのない遺跡って時点で、期待してもいいんだがな」
  この大陸では常識である遺跡の事情について、アカネは意外と丁寧に教えてくれる。
  フェイトとシャーリーの事情は、最初の集落で誤魔化したように、二人は別の大陸から来た人達で、はぐれてしまった仲間を探すために大陸を旅していると、アカネとラティオには伝えている。
 「中に何があるのかな?」
 「ん? さぁ、そりゃ探索してみなけりゃわかんねーや」
  ラティオの言葉に、アカネはおどけたような笑顔で返す。
  昨日出会ったばかりだというのにもう打ち解けているアカネとラティオを、フェイトは複雑な表情で見つめていた。
  執務官としての感情ではなく個人的な感情としても、フェイトは危険を伴う遺跡探索にラティオが同行することを、あまり快く思っていなかった。
  ラティオを一人にしておく方が危険だという理屈は分かる。だから、ラティオのような幼い女の子が自分達に同行しなければならないという事実を、フェイトは嘆いていた。
  本来なら、彼女くらいの年齢ならば、まだ家で両親や周りの人の庇護を受けていてもいい頃だというのに。
  それも、ラティオの持つ能力のせいなのだろうか。
  抵抗勢力『オリハルコン』のリーダーのジャックと呼ばれていた青年も、ラティオも、魔法ではない正体不明の能力を使っていた。アカネが言うには、この世界にはアカネのようなマナ使いの他にも、たまに不思議な能力を持った人間が生まれることがあり、その不思議な力のことを、この世界の人々は『フォース』と呼んでいるのだそうだ。
  そのフォースの種類はラティオのような念動力から、精神感応能力、接触感応能力、未来予知、透視能力……と様々。魔法ではない不思議な力。その力は例外なく強力なもので、その力を持って生まれた者は人々から畏怖され、良くも悪くも普通の人と同じ生活はできない。
  それが、今のラティオの置かれた状況なのだ。
  元々住んでいた村では人々から敬遠され、生まれつき身体の弱い方なのでただでさえ強力な能力が上手く制御できず、両親からも腫れ物を触るかのように扱われていた。皮肉なことに、能力が安定したのは、オリハルコンに連れ去られ、両腕に拘束具のような分厚く重い腕輪を付けてから、なのだそうだ。
  宿屋でフェイトに依頼をした後で、アカネ・フェイト・シャーリーの三人はラティオの扱いを話し合った。ラティオが望むのならば、遺跡の探索よりもラティオを両親の元に届けることを優先しようと。アカネはいわゆるトレジャーハンターでありながら、真っ直ぐで情に厚い性格だったので、フェイトのこの提案を快く承諾してくれた。
  だが、ラティオは至って冷静にこれらのこと、自分の身の上話をしてから、一言。
 『帰りたく、ないです』
  と、呟いたのだ。
  曰く、自分がオリハルコンに連れ去られるとき、両親はすごく安心した表情をして、ラティオが連れ去られるのをただ見ているだけだった。抵抗する素振りすら見せなかった。それに元々、自分の居場所がないことは感じていた。だから、もう両親の元には帰りたくないし、帰る場所もない。
  そのことを聞いて、フェイトも、シャーリーも、アカネも、言葉が出なかった。
  こんなに小さな女の子が、こんな理不尽な目に会っているのだ。
  その話を聞いてしまっては、フェイト達もラティオに帰ることをそれ以上進めることができず、しかしオリハルコンに狙われるような能力を持っているラティオのことを一人にしておくわけにもいかないので、遺跡探索に連れてくる、という選択肢しか残されていなかった。
  ただ、彼女の能力自体はかなり強力なもので、その力は、この遺跡に突入するときに披露した通り。彼女自身の身体が耐えきれないため多用することはできないそうだが、それでも、彼女は遺跡を探索する上で十分な戦力となっていた。
  少なくても、単純な破壊力という点においては、ラティオはフェイトやアカネを上回っている。だからこその、彼女の境遇なのだ。
 「…………」
  管理局の執務官としても、フェイト個人としても、ラティオに思うところはある。
  執務官としては、歴史変遷の重要なファクターになり得る彼女との付き合いについて。
  フェイト個人としては、彼女のような小さな女の子が穏やかに過ごせないことに。
  フェイトは思う。
  こういうとき、どうすればいいのか――
 「フェイトさん」
  シャーリーに呼びかけられて、考えに没頭していたフェイトは少しばかり驚く。
  だが、すぐに気を取り戻し、シャーリーの声に反応する。
 「ど、どうしたの?」
 「フェイトさんはこの遺跡について、どう思います?」
  真剣な表情で、シャーリーがフェイトに尋ねる。
  その表情に、フェイトは思ったことを率直に答える。
 「……そうだね。多分、昔この大陸にあったかもしれない文明の、公共施設かそれに準ずる建物……かな」
  遺跡の探索をある程度進めるうちに、この建造物の構造が大体分かってきた。
  この遺跡の基本構造は、入口から通じる一本の大きめの通路。その通路からある一定の間隔で道が枝分かれし、その道には同じく一定間隔で部屋が並んでいる。その部屋の大きさや間取りはまちまちだが、どの部屋にも謎のカプセルのようなものが複数個並んでいた。部屋の中のカプセルのようなものの数も、通路や部屋の位置によってある程度の法則性が見受けられる。
  そのカプセルは縦に二メートル、幅1メートル、高さは八〇センチ程度の大きさで、中に布団のような布製品が敷かれていることからも、内部で人が寝るために設計されているのはほぼ間違いなさそうだ。
 「それも、あのカプセルはおそらく、医療用。部屋の数や間取りから判断するに、ここは何らかの医療施設だった……と考えるのが妥当、かな」
  あのカプセルは生命維持装置の組み込まれた患者用のベッドで、並ぶ部屋の数々は入院患者用の病室。カプセルが多い部屋は相部屋で、ひとつしか置かれていない部屋は個室。
 「はい、フェイトさん。私も同意見です。ここはおそらく……古代文明の医療施設かと」
  フェイトも、そしてシャーリーも、この遺跡について同じ判断を下していた。
  ということは、このまま探索を続けて、この遺跡の奥まで進めば、いずれもっと本格的な医療設備のある部屋……例えば手術室や診療室に辿り着くのだろうか。
 「でも、おかしいんですよね」
  顎に手を当て、考えるような素振りを見せるシャーリー。
  こういう時のシャーリーの意見や推察、疑問はとても頼りになるので、フェイトはシャーリーにその先の言葉を促す。
 「なにが?」
 「……いえ、この遺跡、ずっと土の中に埋もれてたんですよね? 初めからそういう造りで、たまたま入口が隠されていただけなのかもしれませんが、何にしても、この遺跡は最低でも数百年単位で放置されていた」
 「……そう、なるよね」
 「それなのに空気がまったく澱んでないのは……まぁ空調設備がまだ生きているからだとして。それならどうして、この部屋にも通路にも、埃ひとつ落ちてないんでしょう?」
 「……あ」
 「それに、ここは医療施設ですよ? どういう理由でこの医療施設を作った文明が滅んだのは知りませんが、もし突然滅んだのならば、放置された遺体のひとつふたつあってもおかしくないんです。それなのに、病室には昔のお見舞いの品の残骸すらない」
  シャーリーに指摘されて、フェイトはようやく気付いた。
  この施設は、少なくても数百年単位で放置されていた。
  それなのに、建物を構成する金属の光沢が分かるほどに、この遺跡は塵ひとつなく、綺麗だった。
 「それが意味するところは、つまり――」
 「フェイト、シャーリー」
  ラティオと一緒にフェイト・シャーリーよりも少し先行して遺跡の探索をしていたアカネが、突然ピタリと立ち止まった。
 「え?」
  そのアカネの状態に、首を傾げるシャーリーと、
 「バルディッシュ」
 『yes,sir』
  なにものかの気配を感じ取り、バルディッシュを起動させるフェイト。
  アカネもラティオに下がるように伝え、フェイトはラティオと入れ替わるように前線に、アカネの隣に立つ。アカネもまた背にしていたハルベルトを構え、通路の先を見据えていた。
 「……こんな封鎖された遺跡にも、生き物がいるの?」
  フェイト達が入口を破壊するまで、確かにこの遺跡は封鎖されており、生き物の出入りができるような状態ではなかった。別の入口の可能性のないわけではないが、今までこの遺跡が見つからなかったことから、それは考えにくい。
 「いるんだよ。どんな場所でも、どんな状態でも。そこが遺跡である限り、その遺跡に入った者を排除しようとする、やっかいで凶暴な生き物が」
  しかしフェイトの疑問に、アカネが苦笑いで答える。
  遺跡内部に生息し、遺跡を守るように動く生き物。その生き物達は軒並み高い戦闘能力を持ち、マナ使いでないと到底太刀打ちすることができない。
  その話は聞いていたが、その姿を目の当たりにするのは、フェイトにとって初めての経験だった。
  一体、どんな生き物なのか。
  正体も強さも全く分からないが、警戒しておくに越したことはない。
  証明のついていない通路の先から感じる気配に、フェイトは全神経を集中し、
 「…………来る!」
  アカネの呟きと共に。
  闇の中から、何かが飛び出してきた。 




  ――――早い!
  飛び出してきたその何かの攻撃を、フェイトは構えていたバルディッシュで受け止める。構えたバルディッシュから伝わる確かな衝撃。それに耐え、間髪入れず反撃する……前に、その何かはフェイトから離れていた。
 「チッ」
  追撃を加えることができず、たたらを踏んだアカネが舌打ちする。
  それとほとんど同じタイミングで、ようやく通路の照明がつき、その何かの姿が明らかになる。
 「……人、間……?」
  その姿に、フェイトは、そして後ろに控えているシャーリーが息を呑む。
  その何かは、人間に近い姿をしていた。身長はフェイトとそう変わらず、二本の脚で身体を支え、二本の腕で攻撃してきた。その身体を白衣のような白い服で包み、肩まで伸びる髪をなびかせている姿は、まるで人間の女性、それも女医か看護師のように見えなくもない。
  おそらく、その何かがじっとしていたならば、フェイトはそれを人間だと判断しただろう。
  だが、その表情が、視線が、雰囲気が、それを人間とは隔絶したものにしていた。
  その視線からは意志を感じず、その表情からは感情を伺うことができない。ひたすらに無機質で、一切の不純物のない、人間として……いや、生き物としてはあまりにも機械的な表情。
 「ヒトガタ、かよ……」
  その姿を確認したアカネも、心底嫌そうな声と表情を隠そうとしない。
 「ヒトガタ?」
 「ああ。遺跡に住む生き物の中で、あんな感じに人間に近い姿をした奴のことだよ。見た目は人間なんだが、話がまったく通じないし、動きも獣並だ。なまじ人間の姿をしてる分、やりにくいったらない」
  アカネの話を聞かなくても一目見た瞬間に、フェイトは目の前のなにか……ヒトガタについて、その存在に理由についてある程度の当たりをつけていた。
  あれはどう考えても、自然に生き物が進化して生まれるものではない。
  人間と同じ二足歩行で、服を着ていて、それなのに感情がなく、人語を解さず、動きも獣並。
  あれは明らかに、何者かが何らかの目的で造り上げたものだ。
  機械か、人形か。
  何にしても、趣味が悪い。
 「それにな……」
 「それに?」
 「ヒトガタがいる場所には、絶対にいるんだよ」
 「ふぇ、フェイト、さん……!」
 「……そう、みたいだね」
  アカネの話に合わせるように、奥からもう一体、ヒトガタが現れる。ただしその姿は、今目の前にいたそれとはまったく異なっていた。
  そのヒトガタは、身長二メートルほどの大男。筋骨隆々で、身体を覆う黒いバトルスーツ系の衣服の上からも、鍛え上げられた肉体が容易に想像できる。顔の上半分を覆うようにバイザーをかけており、目線から表情を読み取ることができない。その手に持つのは、刃渡り二メートル近い、肉厚の大剣。
  そして何より、その女性の姿をしたヒトガタと異なっているのは、明らかな殺気。全身の神経がピリピリと痛み、冷や汗が流れる。他に一切の感情の見られない純粋な敵意を、こちらに向けていた。
 「……シャーリー、ラティオ。もっと後ろに」
  巻き込まれないようにと、フェイトは後ろの二人にもっと離れるように促す。それから、二人をバリアフィールドで覆うことも忘れない。
  二体のヒトガタから視線を逸らさずにフィールドを張り、そのままの状態で、フェイトはアカネに尋ねる。
 「……あれも、ヒトガタだよね?」
 「そうだ。それも、かなりヤバい奴だ。……ヒトガタがいる場所には、絶対にああいう、殺気を隠そうともしないヤバい奴がいるんだ。正直、あれとやりあうくらいなら、その辺の肉食動物と戦った方がまだマシだ」
 「そんなに危険なの?」
  アカネに続きを促すフェイト。
  しかしその答えを聞くことはできなかった。
  聞こえたのは、風を切る音。
  意識せず、完全に反射で身体が動いた。
  次の瞬間、ヒトガタの持った大剣が、バルディッシュの柄にめり込んでいた。
 「くっ!」
  高速移動。
  それも、フェイトがギリギリ知覚できるかどうかの速度で、ヒトガタはフェイトに向かって大剣を振り下ろしていた。それを受け止められたことに、フェイト自身が驚いていた。
 「フェイト!」
  ヒトガタに襲われるフェイトを援護しようと、ハルベルトを振るうアカネ。
  だがその動きも、もう一体のヒトガタに遮られる。
 「邪魔、すんな!」
  ハルベルトの軌道を変え、もう一体のヒトガタを振り払うアカネ。
  だが、アカネが相手をしているヒトガタは小回りが利くのか、ハルベルトではリーチが大きすぎて中々触れることができなかった。
  そして男性型のヒトガタに襲われているフェイトも、アカネの援護に回る余裕はなさそうだった。
  叩きつけた大剣を、そのまま力任せに押し込まれる。魔力で肉体を強化しても、それに耐えることで精一杯。一瞬でも力を抜けば、その瞬間に両断される。腕力だけでも、この世界に来たばかりの時に戦ったコングゴリラを上回っていた。
 「!」
  不意に、そのヒトガタの姿が消える。押しつぶされそうな力から解放される。
  フェイトの視界に映ったのは、僅かな残像だけ。強烈な殺気は、背後から。
  咄嗟にステップを踏み、その場から数メートル後退する。
 「リミットT、リリース!」
 『Zanber Form』
  バルディッシュにかけられているリミッターを解放する。次元世界に不要な影響を及ぼさないようにかけられたリミッター。それを解かなければ勝てないと、フェイトは僅かな打ち合いで判断した。
  そして、その判断は的中していた。
  ほとんど一瞬で変化したザンバーブレードを逆手で構えて、刀身の腹に手を添えて盾のように構える。それから数拍遅れて、さきほどと同様の衝撃がフェイトを襲う。
  リミッターを解除して肉体を強化しても、受け止めるので精一杯。
  それだけの攻撃力を有し、そして更に、フェイトですら完全には知覚できないスピードでの機動力。並の魔導師どころか、管理局全体で考えても、この戦いについて来れるのは一体何人いるのだろうか。
  なるほど。アカネがあれだけ嫌がるわけだ。
  鍔迫り合いを続けたまま、フェイトは心の中でそう考える。
  力は互角。速力も互角。
  その状況で、しかしフェイトはあまり悲観していなかった。
  何故なら、気付いたからだ。
  能力が大体同じでも、フェイトが持っていて、ヒトガタが持っていないものに。
  そして、すでに種は仕込んでいる。
 『プラズマランサー……』
  静かに、フェイトはコマンドを宣言する。
  その指令に同調して、フェイトの背後に発生するミッドチルダ式魔法陣。その色は黄色。『閃光の女神』フェイト・T・ハラオウンに相応しい、雷の色。その円系の魔法陣の周りに生成されるのは、電気を纏う黄色い魔力スフィア。その数は四。その程度の数ならば、一瞬で生成できる。
 『ファイア!』
  魔法陣から放たれるのは、四本の電気の槍。目にも止まらぬスピードで眼前のヒトガタに迫る。
  脅威を感じたのか、ヒトガタは再び高速でフェイトから距離を取る。その速度で回避されては、再コマンド入力による追尾を主としているプラズマランサーでは、即座に追尾することはできない。脅威を回避したヒトガタはすぐに体勢を立て直し、再び攻撃の態勢に入る。
  だが。
 『Blitz Action』
  通路に響き渡るのは、落ち着いた男性の機械音声。
  風を切る音すらも聞こえない。
  一瞬で高速移動したヒトガタの刃は空を切る。
  フェイトは、一瞬にも満たない時間で、ヒトガタの背後を取っていた。
  それに反応して、振り返ろうとしても、もう遅い。
  フェイトの振るった刃の動きが、光の筋のように見える。
  ザンバーブレードを振り抜き、動きを止めたヒトガタから離れるフェイト。
  あまりに迅く鋭い刃は、苦痛を伴わず。
  数秒の時間が過ぎてようやく、命を刈り取られたヒトガタはバランスを崩し、地面に倒れ伏した。両断された上半身と下半身から、赤色ではなく白濁色の体液が流れ出る。
  その光景をフェイトは一瞥し、呟いた。
  ごめんね、と。
  ヒトガタの存在は、おそらく誰かに造られたもの。性能からして、ヒトガタは戦闘用。防衛用か、攻撃用かは知らないがどちらにしろ、戦うために造られた存在。
  それでも、彼は命を持っていた。
  だから、そのヒトガタの造られた命を刈り取ってしまったことを、フェイトは懺悔した。
  造られた命でも、命は命だから。
  造られたのは、ヒトガタだけではないから。
  手加減ができるような相手ではなかったし、止むを得ないことだったのかもしれないが、それでもフェイトは、謝らずにはいられなかった。それがフェイトの優しさであり、強さであり――弱さでもある。
 「おー、そっちも終わったか」
  何とも呑気な声を上げるアカネ。
  その声に反応し、彼女の方を見ると、その足元には黒こげになったヒトガタが転がっていた。その周囲も焦げていることから、おそらく一定範囲を炎で包んだのだろう。炎熱系の魔法は、そういう攻撃に向いている。
 「……うん、そうだね」
  殺らなければ殺られる世界。
  そういう世界に触れ続けてなお、フェイトは命を奪うということに抵抗を覚えるし、命を奪うということに慣れたくないとも思っている。
  命というものについて特別な想いが、フェイトにはあった。
 「あのヒトガタを両断、か。よくあの速度についていけたな」
 「うん。高速機動戦は、私の得意分野だから」
  気持ちを取り直して、アカネの言葉に答える。
  フェイトが持っていて、ヒトガタが持っていなかったもの。
  それは、意志と魔法。ヒトガタはフェイトが知覚できるギリギリの速力を有していた。だが普段から普通の人間には知覚できないほどの高速域で戦うフェイトは、目で相手の動きを確認することよりも、相手の気配を察知して動くことの方が多い。相手の姿を知覚できなくても、認識することができれば、フェイトにとっては十分なのだ。元より魔導師としての実力の高いフェイト。リミッターのかけられた、生身に近いに状態ではなく、リミッターを解除した時に本領を発揮するのは当然のことだ。
  そして、もうひとつ。
  意志を持たないものが、意志を持つ人間に勝てる道理がない。
 「そうか。やっぱり、私の見立ては間違ってなかったな」
 「……あんまり、期待されても困るんだけどね」
 「はは。じゃあ、適度に期待してるぜ。フェイト」
  軽口を叩くアカネとフェイト。
  アカネの親しみやすい性格のせいか、この短期間で、結構アカネと仲良くなれた気がする。
  あまり、親しくするわけにはいかないのに。
  胸が少し、ズキリと痛む。
 「……ん? どうかしたか、フェイト?」
 「ああ、いや……なんでもないよ」
 「そっか。ならいいけど。敵も倒したし、早く先に進もうぜ」
 「……うん」
  頷き、再び歩を進めるフェイト達。
  この先に、一体どんなものが眠るのか。
  アカネやラティオと、これ以上親しくしていいのか。
  ヒトガタは、一体誰が何のために造ったのか。
  ……これから一体、何が起こるのか。何が起ころうとしているのか。
  すべてを見極めるためのフェイトの調査は、まだ始まったばかりだ。