王都襲撃。
  それは、間違いなく後の歴史に影響を与える出来事であり、その重要性は限りなく大きい。
  現政権が崩壊するか、それとも新しい秩序が出来上がるのか。
  無論、その行為の良し悪しを問うのは後の歴史であり、歴史的変遷に直接関わった当事者達には関係がない。何故なら、彼らは自らが正しいと思う陣営につき、自らが正しいと思う行為を為しているに過ぎないのだ。
  正義と呼ばれようと、悪と呼ばれようと。
  己が正しいと思ったことを貫くのみ。
  そんな歴史的大事件の真っ直中の世界、ヴェルトにて。
  『始末書千枚』『千変万化』コルト・サウザンドは――縄で雁字搦めに縛られていた。




  王都アクアエリーの街並みは、ヴェルトにある古代遺跡の建造物をそのまま利用している。
  そのため、建物そのものは頑丈な造りをしており、大きな建物――おそらく元は公共性の高い施設だったもの――は特に頑丈な造りだったり、ものによっては地下室、地下シェルターのようなものが設置されているものまである。
  そういった建造物を利用しない手はない。
  抵抗勢力『オリハルコン』首都襲撃。
  抵抗勢力の姿が確認された頃には、すでに彼らは王都アクアエリーを半包囲していた。だが、この世界の首都防衛組織も無能集団ではない。最低限の人数で彼らの侵攻を阻止し、それから半刻後には王都の入口を完全閉鎖。同時に王と呼ばれる人物がいる建物を守護する人員を除いた全部隊を以てして防御陣を構築。
  籠城戦になった場合、それを武力制圧するためには最低でも三倍以上の人員が必要……というセオリーに漏れず、堅牢な造りをした都市に加え、訓練された首都防衛組織の素早さに所詮は烏合の衆である抵抗勢力は好機を失い、戦線は一時停滞。状況は部隊の睨み合いという膠着状態に。
  そして、首都襲撃の第一報が王都に伝わってから約三時間後にはすでに、王都に住む人々の九割以上の避難が完了していた。
  抵抗勢力というものは、実際にはどうであれ、少なくても本人達は、自分達を含めて国民は現政権に虐げられてきた、という考えの下集まった者達だ。
  よって、きちんと避難している限り、彼らが不当に一般市民に危害を加えることはない。そうでないと、政権奪取後に、その他の国民達の支持を得られないからだ。
 『オリハルコン』に抵抗する意思のない者はシェルターへ。
 『オリハルコン』に抵抗する意思のある者は、戦場へ。
  そういった、明確な区分分けがなされる中、フェイト・シャーリー・コルト・ステラといった面々もまた、郊外にあった訓練場から、研究所に一番近いシェルターに向かっていた。どのシェルターにどの地区の住民が避難するというのは基本的に決まっているので、余裕があるのは研究所近くのシェルターだけ、とのことらしい。
  ただしその中で、コルトだけは、縄とバインドによる物理・魔力両面での拘束により、完全に身動きが取れなくなっていた。アームドデバイス『ムラクモ』と、ストレージデバイス『ツクヨミ』の起動キーとなるマジックプレートを奪われているため、魔法も自由に行使できない。
  今は、ステラに抱えられるようにして運ばれている。
 「離せー!!」
  何とか自由になろうと、もがくコルト。
  しかし、バインドをかけている魔導師が並のレベルだったら、あるいは抜け出せたかもしれないが、そこはフェイトの魔法である。加えて、ステラに教えてもらった対コルト用の特別術式をバインドの魔導式に組み込んであるため、デバイスなしでは絶対に逃れられないようになっていた。
 「ここまでする必要があったんですか?」
 「はい。この人のことです。ここまでしてようやく、といったところです」
  正直バインドをかけるのに協力したフェイトとしても、ここまでする必要があったのか、と思う。
  だが、ステラには、ここまでしないとコルトが何かとんでもないことをしでかす、という確信があるらしい。何せ、バインドと縄の二重拘束にしただけではなく、バインドに関しては対コルト用の術式を用意しているのだ。付き合いが長い分、コルトのことを熟知しているのだろう。
 「……この人は、管理局の法よりも情を優先する人です。放っておけないんですよ。自分の目の前で……いえ、自分の手が届く範囲内で、誰かが苦しむのが」
 「…………」
 「今までこの人は、法と情を天秤にかけないといけない時、迷わずに情を取ってきました。……と言うか、そういった状況で法を選んだことはありません」
 「……え?」
  ステラの語る、コルトの執務官としての遍歴の一部。
  その内容に、フェイトは驚くしかない。
  何故ならそれは、フェイトが苦しんできたことに対する、一つの解答なのだから。
 「無論、どちらが正しいか、間違っているかなんて言うものは、私達が決めることではありません。客観的に見れば法を守ることが正しいわけですし、結果的に見れば、情を取ったことが正しいこともあります」
  そう語るステラの表情は険しいもので……しかし、その声はどこか、優しいものだった。
 「この人は、情のために法を余裕でぶっちぎる人です。自分の立場なんて、この人にとってはどうでもいいんですよ。ですから、もし拘束していなければ、間違いなくアセリア女史や、この世界でお世話になった人達を助けに行くでしょう。……だからこそ、私はこうしてこの人を拘束しているのです」
 「…………」
 「この人が情を優先して法を守らないのであれば、私は法を優先して情を捨てます。この人が自分の立場を顧みないのであれば、私がこの人の立場を守ります。そのために私は法を無視するこの人を拘束します。……ですが、もしそれでもこの人が情のために動けるというのであれば……私は、喜んで始末書を書きます。それが、この人の執務官補佐である、ということですので」
  ステラの言葉に、フェイトも、シャーリーも、言葉が出ない。
  先ほどまで暴れていたコルトも、今は神妙な面持ちでじっとしている。
  ステラの言葉の端々に垣間見えたのは――覚悟。
  口では厳しく言いながらも、その内容からは、コルトへの深い信頼が読み取れた。
  二人の間にあるのは、執務官と執務官補佐……上司と部下としての関係を超えた、もっと深い絆。
  こういう関係もあり得るのか、と、フェイトは思った。
 「…………それって要するに、ステラさんはコルト執務官のことを愛してる、ってことですよね?」
 「な、なぁ!?」
 「ぐふぇ!?」
  ステラのことを茶化したシャーリーの言葉。
  シャーリーの言葉に驚いたのか、ステラは抱えていたコルトを地面に落とした。王都アクアエリーの道は古代遺跡らしく基本的に金属で覆われており、またコルトは今完全に身動きの取れない状態にあるため、受け身が取れずにモロに落下した。
 「ど、どど、どうしてそうなるんですか、フィニーノ執務官補佐!」
 「えー。だって、そんな深い信頼、愛してないとできることじゃありませんよー」
  こういった話に弱いのか、先ほどまで冷静だったステラが、顔を真っ赤にしてアワアワと声にならない声を上げている。
 「そうなんだよなー。ステラってば、ベッドの上でも中々素直になってくれなくてなー」
 「黙れこの腐れ執務官がぁあ!!」
 「ごぅふ!?」
  地面に転がったまま、コルトがシャーリーに便乗してステラのことを茶化す。おそらく、自分のことを落としたことへの抗議も若干混じっているのだろう。あるいは、ベッドの上で素直になってくれないことへの、か。
  それが余程恥ずかしかったのか、先ほどまでのキャリアウーマン然とした態度を捨て、顔を真っ赤にした状態で、地面に転がったままのコルトのことを、ステラは力の限りに思いきり踏みつけた。
  身体の柔らかいところを踏みつけられ、虫の潰れるような声を上げるコルト。
  その光景に、フェイトはあまり同情できなかった。
 「……コルト執務官とステラ執務官補佐は、そういう関係なんですね……」
 「は、な、何を仰いますかフェイト執務官! そ、そんなことはなくってですね、あの、その……」
 「いえいえ。公私をきっちり分けていらっしゃるようですから、執務官と執務官補佐が恋仲でも、問題ないと思いますよ?」
 「いえ、ですから……!?」
  必死に否定をするステラだが、その態度がすべてを物語っていた。
  年中こういった話題を求めるシャーリーはともかくとして、フェイトだってまだまだ年頃の女性なのだ。こういった話題に興味がないと言えば、勿論嘘になる。
  だがそんなことよりも、フェイトには気になることがあった。
  コルトの行動――法よりも情を優先することは、時空管理局執務官としては失格である。そんなスタンスで仕事をしていれば周囲に被害を及ぼすこともあるし、始末書千枚というのも納得の話である。
  だが、一人の力ある人間として見た場合は、どうだろうか。
  決まり事に囚われ、すべてを救いきれなかった経験はフェイトにもある。それはこういう仕事をしているから当然のことで……だからこそ、考えてしまうこともある。
  あの時、決まり事に縛られていなければ、どうなっていたのか。
  もしかしたら、救えなかった命も救えたかもしれない。
  あるいは、救えたはずの命が救えなかったかもしれない。
  どちらが正解で、どちらが間違いなのか。そんなことを決めることはできないし、その時々で答えも違ってくる。フェイト達人間に分かるのはあくまでもすでに起こった結果だけであって、もしも、の世界は有り得ない。
  だからこそ、そうやって、迷うことなく思いきって動けるコルトのことが、フェイトには少しだけ羨ましかった。
 「…………」
  しかし結局のところ、それは性分の問題なのだ。
  どう足掻いたところで、フェイトの性格ではコルトのように奔放に動くことはできないし、コルトはきっと、フェイトのように規則に従って動くことはできない。まだ若輩者だ、とは自分でも思うが、それでもフェイトはすでに二十二歳であり、執務官としてのキャリアを重ねているのだ。そのくらいの自己分析くらいはできる。
 「……自分が正しいと思うことを貫く、しかないんだよね……」
 「その通りだ。人は自分が正しいと思うことをするしかないのだよ」
 「!?」
  不意に聞こえた声に、フェイトは足を止める。
 「フェイトさん? どうか、したん――」
  そしてフェイトにつられて足を止めたシャーリーも、すぐにその意味に気付いた。
  くしくもフェイト達の現在位置は、研究所のすぐ近く、古代遺跡モノリスの目の前。
  そんな場所に、ここにいるはずのない男が立っていた。
 「ジャック……」
  抵抗勢力『オリハルコン』
  そのリーダー、ジャック・メサイアが、そこにいた。








 「やぁ。数日ぶりだね。フェイト」
  まるで茶飲み友達にでも会ったかのように、穏やかに話しかけてくるジャック。
  しかし、フェイトはジャックのことを警戒し、彼の言葉に答えることはなかった。
 「そこまで警戒しなくてもいいだろうに。……と言うか、僕の能力の前に、警戒なんてものは無意味なんだけどな」
  いつもの調子を崩さないジャック。格好も、態度も、仕草も……その穏やかな表情の裏に隠した狂気も、それまでと変わらない。
  唯一異なる点を挙げるとすれば、今日は鞘に収まった大剣を背中に抱えていることだろうか。
 「…………」
  ジャックを睨みつけ、神経を研ぎ澄ませながら、フェイトはシャーリーを自分の後ろに隠す。
  彼の能力も、シャーリーがされたことも、忘れたわけではない。
 「この人が……」
 「抵抗勢力の頭、ジャック・メサイアか……」
  フェイトとシャーリーの尋常ではない雰囲気に気付き、コルトとステラもジャックに対して警戒する。
  二人は王都アクアエリーを中心に調査していたため、抵抗勢力に出会ったことはないらしい。
  だが
 「……成程。こりゃあ、掛け値なしにヤバい男だわな……」
  その姿を見て、コルトも何か感じ入るものがあったらしい。
 「……ステラ、フェイト執務官。さすがにヤバい。この拘束をといてくれないか?」
 「あ……はい」
 「止むを得ませんね」
  ジャックのことを警戒したまま、バインドを解除するフェイト。そしてステラも、取り上げていたデバイスをコルトに手渡す。
  それまでのどこか気の抜けた状態から一転、真剣な表情になる四人。
  フェイトとシャーリーは経験で、コルトとステラは感覚で、感じ取っていた。
  目の前の男がどういう人間なのか、ということを。
 「……と言うか、こいつ、どうやって街中に入ってきたんだ?」
 「……多分、自前の能力を使って」
 「僕の前では、あんな包囲なんて無意味だからね」
  ジャックの能力は、魔力を使わない空間移動能力。
  気配も何もなく、本当に一瞬で、思った場所に移動ができる。
  確かにその能力の前では、王都防衛陣なんて効果を成さないだろう。
  それに、この男は、自分だけでなく複数の人間を一度に運ぶことができるのだ。
  ……と、いうことは。
 「まさか……!」
 「御明察。僕の能力で、大体五〇人くらいの構成員を街中に連れてきたよ。王都防衛部隊は確かに有能だが、郊外にいる構成員に意識を集中されているだろうから、後ろからの不意打ちには弱いだろうしね。いくら有能でも、あれだけの人数に後ろから襲撃されるとは思っていないだろうし」
  流石に五〇人を運ぶのに往復したのは疲れたけどね、とジャックは言葉を続けた。
  耳を澄ませてみると、遠くの方から戦いの音が聞こえる。
  武器と武器がぶつかり合う音と、叫び声と、悲鳴。
  不意打ちをされた王都防衛部隊と、不意打ちをした抵抗勢力。
  元々の人数差や地の利を考えると、それでも状況は五分五分だろう。
  だからこそ――フェイト達には、分からないことがある。
 「どうして、お前が今ここにいるんだ? お前は、抵抗勢力の指揮官なんだろう?」
 「僕は僕で、することがあるからね」
 「……お前一人で、王を暗殺できるってか?」
 「……ああ、いや。違うね。僕は、王になんて用はないよ」
 「なんだと?」
 「僕が用があるのは、こっちの方だよ」
  言い、ジャックが指さしたのは、古代遺跡モノリスだった。
 「……仲間達はいいのか?」
 「仲間? 仲間ってのは、誰のことだい?」
 「お前……」
  以前に会ったときからそうだった。
  ジャックという人物は、抵抗勢力のリーダーをしていながらその実、抵抗勢力の構成員に興味を示していない。彼らが死のうが生きようがどうでもいい。そう考えている節があったが、今回のことで確信した。
  彼は、抵抗勢力の構成員に特別な感情を抱いてはいない。
  ならば何故、この男は抵抗勢力のリーダーをしているのだろうか。
 「……ジャック・メサイア」
 「なんだい? フェイト・T・ハラオウン」
 「あなたの目的は……一体、何なんだ?」
 「だから僕の目的は、こっちのモノリスの……」
 「違う。そうじゃない」
 「…………そうだね。君達になら、話してもいいかもね」
  ジャックは頭を振ってから、静かに語り出した。
 「僕はこの世界の住人じゃないんだよ。……君達と同じようにね」
 「!?」
 「……次元犯罪者!?」
 「……厳密に言えば、それは違うのだけどね。僕は間違いなく、この世界の出身さ。DNA鑑定でもして貰えれば分かるよ。……だけど、僕はこの世界の出身じゃない」
  謎かけのようなジャックの言葉を、フェイトは吟味する。
  少なくても、自分達の正体を知っているということは、この世界のこの世界の住人には有り得ないことだ。なにせこの世界の住人には、別の世界という概念が存在していないのだから。 
  ジャックはこの世界で何かを為そう、あるいはこの世界のロストロギア……アーティファクトを狙っている次元犯罪者、と考えるのが一番分かりやすい理由だ。
  だが、それならば、何故この男は、そんな訳のわからない表現をしているのか。
 「嘘をついているのか?」
 「いや。紛れもない事実だよ。僕はこの世界の出身で、だけどこの世界が文明的に最も進んでいた時代から来たんだ」
 「…………時間跳躍した、って言いたいのか?」
 「うん。そうなるだろう。僕は、この世界の過去から来た……ことになるからね」
 「……馬鹿な。有り得ない」
 「そう言われても、事実なんだから仕方ない」
  時間跳躍。
  それは、フェイト達のような優れた技術力を有する文明を以てして絶対不可能と言われる技術。
  SFやアニメの世界では割とメジャーな技術で、現実世界では有り得ないこと。
  自分達が存在している三次元空間を跳躍するのと、三次元空間に時間軸を加えた四次元空間を跳躍するのでは訳が違うのだ。字面では似たようなものだが、その間には文字通り、超えることのできない壁がある。
 「あの時は驚いたね。世界が崩壊したと思ったら、こんなことになっていたのだから。初めは僕がいた時代から更に過去に跳んだのかと思ったけど、僕がいた時代の建造物が残っていたから、僕はここが一度文明が崩壊した後の未来だと理解できたんだ」
 「…………」
 「……さて、ところで君達に質問だ。君達は、文明が進歩するために一番手っ取り早い手段って、何だと思う?」
  それまで説明していたジャックが、不意にこちらに話を振ってきた。
  その質問の真意を考えたが、フェイトには分からない。
  そもそも、ジャックの言葉が本当なのかどうなのかが、フェイトには判断ができない。
  そんな、ジャックへの言葉が思いつかないフェイトの代わりに答えたのは、フェイトに守られているシャーリーだった。
 「戦争、ですね」
 「……どうして、そう思う?」
 「技術。戦術。思想。文化。……悲しいことに、そのどれもが、戦争を経験することで飛躍的に向上します。命がかかっていますからね。どこの陣営も必死になって新しい技術や戦術を開発しますし……価値観が多様化すれば、それだけ人々の生活も変わります。一年の戦争で、技術力は一気に一〇年分進歩する……なんて、学者もいるくらいですから」
 「その、通りだ」
  シャーリーの答えに、満足気したのかジャックは、ニタァ、と嗤った。
 「――――」
  その笑顔に、フェイト達の背筋が冷たくなる。
  狂っている。
  そう思わざるを得ない、それは酷く愉快そうな、嗤いだった。
 「戦争は、争いは、人を進化させる。戦争が過去の秩序を破壊し、新しい秩序を創り上げる。そうすることで、平時の数倍の速度で、文明は進化する。新たなステージへ進める。そう。戦争は、文化の発展に必要な行為なのだよ」
  心底愉しそうな嗤い顔で、ジャックは語り続ける。
 「たった今、この世界では戦争が始まった。王都襲撃。秩序の崩壊。その後にあるものは、混沌とした社会。だがその先には、進歩がある」
 「…………」
  言いようのない感情がフェイトを襲う。
  胸の中がムカムカして、とてつもなく嫌な気持ちになる。心臓が激しく脈打ち、頭がクラクラする。
  ジャックの主張に、フェイトはこの上ない苛立ちを感じていた。
 「……あなたは、そのために……文明を進歩させるために、抵抗勢力を創ったって言うの?」
 「どういう気分だと思う? 自分がそれまで暮らしてきた世界が崩壊して、もう一度文明をやり直している最中の未来に来た気分って」
 「…………」
 「僕から見れば、今のこの世界なんて、歴史の教科書を見せられているようなものさ。……ならば、僕の手で文明を進歩させてあげよう……と思うのは、当然だろう? 少なくても、僕がいなければ抵抗勢力なんてものは存在しなかっただろうし……自然発生するにも、後五〇年は必要だろう。だから僕が、この世界の発展を五〇年分早めたんだ」
 「……神にでもなったつもりか?」
 「神。成程。確かに、僕は神なのかもしれない。……ああ、そうなのか。神。だが、僕はそこまで自惚れるつもりはないよ。僕はあくまでも、この世界が進歩するのを手伝っているだけの存在だよ」
 「あなたは……!」
 「君達も……別の世界から来た君達ならば、分かるだろう? 文明は進歩しなければならない。それに、この世界の住民達も、それを望んでいるさ」
  本当に、理解ができていないらしい。
  フェイト達が、ジャックの理論に苛立ちを感じていることに。
  この人物は、神様気どりで、この世界の文明を弄んだ。
  この青年は、文明の進歩だと銘打って、一体どれだけの犠牲を払ったのか。
  人の命を、営みを、何だと思っているのか。
 「そのために、一体どれだけの犠牲を払ったと思っているんだ!」
 「? 何を言っているんだ? 進歩の前に、犠牲はつきものだろう? 君達も、僕と同じ立場だったら、僕と同じことをするんじゃないのか?」
 『ふざけるな!』
  フェイトとコルト。二人同時に、叫んでいた。
  神様気どりで、人の命を弄ぶ。
  助けられなかった命を後悔するフェイトだからこそ、その言葉に、はらわたが煮えくりかえる思いだった。
 「お前なんかと一緒にするな! 人の命を命と思わない、神様気どりの人間なんかに――」
 「無駄だ、フェイト執務官殿。こういう人間は、何を言ったってききやしねえ」
  激昂したフェイトの言葉を遮るコルト。
  その手には、すでに起動状態にあるツクヨミ――第一形態ゴウカフォルム――が握られていた。
 「あなたも、執務官歴が長いなら出会ったことがあるだろう? こういう、本物の、まともな理論が通じない狂人を」
 「――――!」
 「もう、駄目なんだよ。こっちの言葉なんか通じないし、意味がない。こういう手合いには」
 「……そうですね」
  諦めたような表情。
  昔の自分ならば、あるいはコルトの言葉に反論したかもしれないが、今のフェイトは、すでに大人の世界というものを知っている。
  だからこそ、フェイトも、バルディッシュを起動した。
 「こういう手合いは、力づくで黙らせないと、駄目なんだよ」
 「やれやれ。人のことを否定しておいて、結局君達も戦うのかい?」
 「五月蠅いな。お前と俺らじゃ、戦う意味が違うんだよ」
 「人のことを神様呼ばわりしておいて、自分達は正義気どりで戦うのか」
 「違う。私達は、余計な犠牲を出さないために戦うんだ。……あなたを、止めるために」
  狂人と常人では、主張が一致することはない。
  ただ、その形がどうあれ、お互いの信じるものが異なることに変わりがない。
  平行線の議論。意志と意志がぶつかり合った時。
  雌雄を決するには……思いをぶつけた、戦いしかない。
 「……ならば、どうすると言うのだ?」
 「――時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウン及び」
 「コルト・サウザンドが連名で、ジャック・メサイアを次元犯罪者と認定する」
 「時空管理局法に基づき……あなたを、逮捕します」
  この世界の歴史を弄ぶ存在。
  その人物の正体を知り、フェイトは彼のことを、次元犯罪者だと断定した。
 「できるものならば、そうすればいい」
  この世界に訪れ、始まったフェイトとジャックの因縁。
  最後の戦いが、始まる。
 



 「…………」
 「…………」
  デバイスを構え、睨みあうフェイト・コルトとジャック。
  武器を向けられているのに、ジャックは背中の大剣を抜こうともしない。
  音もなく、言葉もなく、睨みあい。
  不意に――ジャックの姿が、フェイトの視界からかき消えた。
 「!」
  反射的に、フェイトは準備していた魔法を起動する。
  ブリッツアクション。近接戦での超高速移動術。
  素早く反転し、バルディッシュを突き出す。
  次の瞬間、周囲に響いたのは、金属と金属が激しくぶつかり合う音だった。
 「……ほう」
 「同じ手に、私が引っ掛かるとでも?」
  再びフェイトの目の前に現れたジャック。突きだした左裾から伸びるアサシンブレード。その刃は、フェイトが突き出したバルディッシュにより、弾かれていた。
 「ひゃあ!?」
 「シャーリー、ステラさん! 早くこの場から離れて、避難を。ここは私達が食い止めます!」
 「は、はい!」
  叫ぶフェイト。
  その言葉に一瞬反応が遅れたが、きちんと対応して、二人はその場から離れるためにシェルターに向かって走り出した。
 「逃がすか!」
 「させるか!」
  逃げるシャーリー達の方に視線を向けたジャックに、コルトは刃を振るう。その刃がジャックに触れることはなかったが、ジャックの視線を逸らすことには成功した。
  それから、逃げたシャーリー達との間を遮るように、コルトは移動した。
 「……ふむ。さすがの僕でも、君達のような手練を二人同時に相手にするのは厳しいな」
  自分を半包囲するフェイトとコルトのことを一瞥し、何かを考えるような素振りを見せる。
 「……これ以上抵抗しなければ、あなたには弁護の機会があります」
 「仕方ない。遊んでないで、素早く目的を果たすとしよう」
  そう呟くと……ジャックは踵を返し、近くにあったモノリスの入口に飛び込んだ。
 「な!?」
  その行動を見て、フェイトは思い出した。
  仮にも抵抗勢力のリーダーであるジャックが、こんなところにいる理由。
  戦いから離れて、高みの見物をするためではない。
  フェイト達の相手をするためではない。
  ジャックは初めから、モノリスが狙いだったのだ。
 「クソッ!」
  思わず、悪態をついてしまう。
  敵の真意を見抜けず、みすみす逃がしてしまった自分を責める。
  だが、今は悠長にそんなことをしている場合ではない。
 「早く後を追わないと! コルト執務官も!」
 「……いや、フェイト執務官殿。俺は、抵抗勢力の戦いを止めてくる。……こんな茶番、続けさせる意味がないからな」
  ここではない別の場所に視線を向けたまま、コルトはそう言った。
  この街の郊外。王都アクアエリーを半包囲した抵抗勢力と、王都防衛部隊との戦い。街に転送された抵抗勢力の併撃により、おそらく戦場は混乱し、相当の被害が出ているだろう。
  それが、狂人の正義によって造られた戦闘行為。
  コルトの瞳は、ここから少し離れた場所で行われている、意味のない戦場を見つめていた。
  時空管理局執務官として……何より、フェイト・T・ハラオウンとして、その戦いを見過ごすわけにはいかなかった。
 「……分かりました。彼は私が追跡します。……くれぐれも、無茶はしないでくださいね」
 「そちらこそ。なるべく早く戻るから、無茶はするなよ」
  言い、二人同時に、反対方向に駆け出した。
  フェイトは、ジャックの企みを阻止するために。
  コルトは、ジャックが始めさせた無用の戦いを止めるために。
  残された時間は、もう僅かしかない。