「出向任務……ですか?」
  その日。
  朝一番で隊長室に呼ばれたスバル・ナカジマに告げられたのは、少しばかり予想外の指令だった。
 「ああ。しばらくの間……おそらく、あちらさんが担当している事件が解決するまでか。それまで出向してほしいというのが、先方の依頼だ」
  その指令を伝えるのは、ヴォルツ・スターン防災司令。スバルの直属の上司であり、スバルが現在所属している港湾警備隊防災課・特別救助隊の前線指揮官でもある。
 「……でも、どうして私なんですか?」
  ヴォルツから告げられた指令に対し、スバルは首を傾げる。
  出向任務自体は、今までにも何回か経験したことがある。
  それは、合同訓練の申し出だったり、困難な現場での応援要請だったり。シルバーのエース、と呼ばれるようになってからは、広報課の広報活動に駆り出されることもあった。そのため、出向任務自体に不信感はない。
  しかし今回は、事情が違う。
  同じ救助隊ではなく、畑の違う陸士部隊への出向任務なのだ。
 「ちなみに、出向先は陸士一〇八部隊だ」
 「……ますます、意味が分かりませんよ」
  港湾警備隊防災課・特別救助隊。通称・特救。
  防災課の中でも特に人命救助を専門とする部隊である特別救助隊の中でも、ミッドチルダ南部の港湾地区を担当しており、陸上と海上両方が担当区域であることなど、特別救助隊の中でも特に激務な部署だと言われている。
  当然そこで働く人物にはそれ相応の実力が要求され、他の部隊ならばエースと呼ばれるような優秀なメンバーが軒を連ねている。
  そのような一流揃いの中でもスバルは、特に特別救助隊の制服が銀色であることから『シルバーのエース』と呼ばれている。
  どのような現場でも必ず生きて帰ることのできる能力の高さはさることながら、その人懐っこさから誰かの妬みを買うこともなく、むしろ誰にでも分け隔てなく接するため隊員達からも慕われている、名実ともにエースオブエース。隊員達は、親しみを込めてスバルのことをそう呼んでいる。
  だからこそ、意味が分からないのだ。
  スバルとしては、自身の実力を驕るつもりはないが、自分の能力の重要性と今の立場に伴う責任はきちんと理解している。
  特別救助隊と陸士部隊。
  任務内容が被らないわけではないが……それは、例えるならば消防隊員に、警察署への出向を依頼するようなものだ。自分の派遣をするのは、お門違いではないか。
  しかも、出向先である陸士一〇八部隊とは、スバルの父親であるゲンヤ・ナカジマ三佐が部隊長を務める部隊だ。
  確かにそれなりに地位のある管理局員が副官に身内を採用することは割と良くある話だ。ゲンヤだって、スバルの姉であるギンガ・ナカジマ准陸尉を自身の副官としている。それ自体は何らおかしいことではないのだが、ここで今は救助隊に所属しているスバルを出向させるとなると、話が別だ。
 「……お前の疑問も分かる。俺もこの依頼が来た時、思わず『依頼先を間違っていませんか?』と聞き返したくらいだ。……だけどな。先方はお前を名指しで指定した。この意味は、分かるだろう?」
 「はい。それは、分かりますけど……」
  意味は分かるが、理解はできない。
  スバルはそんな表情を浮かべていた。
 「詳しい話は先方で聞け。ただ、あえて言わせてもらうなら……キナ臭い。おそらく、相当のヤマになる」
 「……そんなに、厄介なんですか?」
  実際のところ、スバルもなんとなく予想していた。
  わざわざ畑の違う部隊に所属するスバルを呼び寄せたということは、そうしなければならない事態が発生している、ということなのだ。
 「俺の勘が正しければ、陸士部隊連続襲撃事件関連だ。お前も、内容くらいは知ってるだろ? ……だから、俺から言えるのはこれだけだ。生きて、帰ってこい」
 「了解! スバル・ナカジマ防災士長、出向任務、拝命しました!」
  敬礼をし、隊長室を後にするスバル。
  隊長室の扉を閉め……スバルは、複雑な表情を浮かべる。
  救助隊に所属する自分に、父さん達が救援を求めてきた。
  一体、何が起こっているのか。
  一抹の不安を胸に、スバルは出向の準備をするために、自分の部屋に向かった。








  湾岸警備隊の隊舎と陸士一〇八部隊のあるクラガナンは同じ世界にあるため、感覚としてそこまでは離れていない。
  そのため、昼過ぎには、スバルは陸士一〇八部隊の隊舎に到着していた。
 「みんな、元気かな」
  出向を言い渡された時こそ複雑な表情を浮かべていたが、今のスバルはいつも通りの人懐っこそうな表情を浮かべていた。
  何か厄介な事態が起こっている。
  だからと言って、考え込んでいても始まらない。
  それは、今でも憧れている大切な人が教えてくれたこと。
  何が起こっても、自分ができることを、全力全開でするだけだ。
  そう考えると、幾分気が楽になった。
  大体、自分は深く考え込むのには向いていないのだ。そうやって理屈っぽく考えるのは、理屈っぽい人に任せておけば良い。
 「そういうのは、ギン姉やティアの仕事だよねー」
 「あら。どういうのが私の仕事ですって?」
 「んー。難しく考えることはティアに任せて、私は……って――」
  その声を聞き間違えるハズがない。
  何故ならその人は、かつての相棒。陸士校時代からの縁で、機動六課卒業まで、ずっと相棒だった、大切な親友の声で――
 「ティア!?」
 「久しぶり……でもないわね、スバル」
  驚いて振り向くと、そこには苦笑いを浮かべるティアナ・ランスターの姿があった。
  ティアナと最後に出会ったのは、ほんの三ヶ月前に起こったマリアージュ事件の時だ。
  現在、ティアナは時空管理局の本局で執務官として働いている。
  スバルとは根本的に所属が異なる上に、お互いに忙しい身の上なので、しばらく会うことはないと思っていたのに。
 「まったく、とんだ腐れ縁ね」
  ティアナの苦笑は、そういう意味での苦笑である。
 「ど、どうして!?」
 「どうしてって……私も呼ばれたのよ。アンタと一緒にね」
 「……ティアが?」
 「そうよ。陸士部隊連続襲撃事件。……本局もとうとう、本腰を入れて事件解決のために動き出したのよ。で、現地の陸士部隊……一〇八部隊と個人的な繋がりがある私に、白羽の矢が立ったってわけ」
  本局からの、地上本部所属である陸士部隊への執務官の派遣。
  以前ならば、地上で起こっている事件に本局所属である執務官が関わろうとすることに、地上本部は難色を示しただろう。それだけ地上本部の縄張り意識は強く、本局と地上本部の間には大きな確執があったのだ。
  しかし三年前……JS事件をきっかけに、流れが変わった。
  皮肉にも、JS事件という悲劇があったからこそ、本局・地上本部に、過去の諍いを反省し、お互いの連携を図ろうという流れが生まれたのである。
 「変わってきてるわ。本局も、地上本部も」
  無論、完全に確執がなくなったわけではない。
  未だに縄張り意識が強く、本局の介入を拒む陸士部隊は存在するし、長年積もりに積もった確執というものは、そう簡単には解消されるものではない。
  だが、確実に変わってきているのだ。
  それが、今回のティアナの派遣にも表れている。
  尤も、陸士一〇八部隊に限っては、そのような確執とは無関係な部隊なのだが。
 「……私達って、陸士部隊連続襲撃事件解決のために呼び出されたの?」
 「ってあんた、そんなことも知らなかったの?」
  実際のところ、スバルにとってはそれ以前の問題だった。
  なにせスバルは、どうして自分が呼ばれたのかすら知らずに、ここにいるのだから。
 「ご、ごめん、ティア」
 「……まぁ、ヴォルツ司令のことだから、おおよそ『詳しいことは現場で聞いてこい』って言ったんでしょうけど」
 「あ、あはは……」
  正にその通りである。
 「……陸士部隊連続襲撃事件くらいは、あんたでも知ってるでしょ?」
 「……うん。知ってるよ。ニュースでも話題になってるもん」
  陸士部隊連続襲撃事件。
  ミッドチルダに展開する陸上警備隊……通称陸士部隊が、ここ数ヶ月の間に、謎の組織に次々と襲撃を受けていた。すでに全部で五百近く存在する陸士部隊のうち約五十部隊が襲撃を受け……たったひとつの例外を除き、壊滅的な打撃を受けていた。
 「襲撃を受けた部隊の局員は、全員重傷。部隊所属の陸戦魔導師だけでなく、非戦闘員ですらも攻撃する非道さ、容赦なく部隊員を殺傷する残忍さ。そして、襲撃した陸士部隊が保管しているロストロギアを確実に回収する強欲さに、証拠を残さないように隊舎を破壊する狡猾さ。……間違いなく、ミッドチルダ史に残るほどの大事件よ」
 「ニュースで聞いてはいたけど……改めて聞くと、すごいね」
  ニュースでなく、実際に事件に関わっているティアナの口から実情を語られて、改めてこの事件の重大さを認識する。
  この事件が他の事件と比べて異常なのは、何よりも陸士部隊そのものを襲撃する点にある。
  ロストロギアを狙う次元犯罪者、だけならば掃いて捨てるほどにいる。
  だが、陸士部隊の隊舎を直接襲撃して、ロストロギアを奪って行く。そんなある意味大胆な次元犯罪者は、今までに例がなかった。
  しかも、ただ襲撃するだけでなく、わざわざ隊舎にいる非戦闘員ですらも攻撃しているのだ。そのため、襲撃を受けた部隊の隊員は例外なく重傷で……特に直接戦闘を行う魔導師部隊には、死傷者も多かった。
 「これはオフレコなんだけど……皆殺しにされた部隊も、あるのよ」
 「……嘘。だって、そんな、皆殺しって――」
 「事実よ。……陸士二一二部隊と、陸士四三九部隊。このふたつの部隊は、魔導師部隊から事務員、清掃員から食堂のおばちゃんに至るまで、その場にいた局員は全員、殺されたわ」
  ありえない。スバルはそう思った。
  だって、おかしいじゃないか。
  戦闘員である魔導師部隊はともかく、非戦闘員まで殺すなんて……一体そんなことをして、何になるというのか。
  どうして、そんな残酷なことが、平気でできるのか。
  スバルには、理解ができなかった。
 「だからこその、異例の派遣なのよ。……私以外にも数人、執務官が陸士部隊に派遣されているわ。どうやら、執務官と現地の陸士部隊がひとつのチームとなって、複数の捜査司令部を作ることで、事件の迅速な解決を図る計画みたいね。その中でも、陸士一〇八部隊は捜査本部に抜擢されているわ」
 「……それだと、横の連携が難しいんじゃないの?」
 「だからこそ、JS事件以前から縄張り意識が少ない、それこそ陸士一〇八部隊みたいな、いわゆる話の分かる部隊に執務官が派遣されてるわ。管理局のお偉いさん達はこの事件を、大規模事件での本局・地上本部の連携捜査のテストケースにするつもりみたいよ」
 「まぁ、陸士一〇八部隊が捜査本部選ばれたのは、他の理由もあるんだけどね」
  ティアナの説明に、補足が加えられる。
 「ギン姉!」
 「元気そうね、スバル」
  その捕捉を加えたのは、陸士一〇八部隊の捜査官で、スバルの実姉でもある、ギンガ・ナカジマ准陸尉だった。
  全てを包み込むような優しい笑顔は、いつでもどこでも変わらないようだ。
 「ギンガさん。お疲れ様です」
 「ティアナも、良く来てくれたわね。……できれば、次に会う時はプライベートが良かったんだけど」
 「仕方ありませんよ。事件、なんですから」
  仕方のないことではあるのだが、どうしても、やるせない気持ちになってしまう。
  再会が嬉しくない……と言えば、嘘になる。
  だが、できれば仕事ではないところで会いたかったと思うのは、自然なことである。
 「……こんなところで、立ち話を続けても仕方ないわね。二人とも、中に入って。父さん……部隊長から、事態の説明もあるわ」
  ギンガに促されて、陸士一〇八部隊の隊舎に入るスバルとティアナ。
  マリアージュ事件からまだ三ヶ月しかたっていないのに、再びこのメンバーで事件にあたることになる。
  そのことが喜ばしいことなのかどうか……スバルには、判断ができなかった。




  ギンガに先導され、ティアナと一緒に陸士一〇八部隊の隊舎内を歩くスバル。
 「…………」
  そうして、気付いたことがある。
  隊舎の敷地や外壁等、所々が工事中なのだ。外でも中でも、工事のおじさん達がせわしなく働いていて、何人かは通路ですれ違ったりもした。
  隊舎の改修工事中なのだろうか。
 「ギン姉。隊舎、改修工事中なの?」
 「ああ。そのことなんだけど――」
 「あれ? そこにいるのは、スバルとティアナじゃない?」
 「あ、アルト」
 「やっぱり、スバルとティアナだ」
  通路の先からひょっこりと現れた、茶色の短髪の、とても人懐っこそうな印象の女性。
  彼女もかつての機動六課のメンバー、スバルとティアナの同僚で、名前をアルト・クラエッタと言う。
  年頃が近いこともあり、特にスバルとアルトは仲が良く、六課解散後も連絡を取り続けていたのだ。
 「おー。ティアナと、スバルじゃねーか」
 「……ヴァイス曹長?」
  そしてアルトの後ろにいたのは、ギンガやアルトのような陸士隊ではなく、武装隊の制服に身を包んだ二〇代後半ほどの男性。
  ヴァイス・グランセニック陸曹長。
  機動六課時代のヘリパイロットであり狙撃手でもあるという、一風変わった経歴の持ち主である。
 「おう。スバル、それにティアナも、元気そうだな」
 「はい。おかげさまで」
 「……でも、どうしてヴァイス曹長がここに?」
  ヴァイスの登場に、スバルとティアナは首を傾げた。
  アルトがここにいるのは分かる。アルトは今年から陸士一〇八部隊にヘリパイロットとして異動になったわけで、マリアージュ事件の時にも陸士一〇八部隊で再会している。
  だが、ヴァイスは六課解散後は武装隊に復帰し、それからずっと異動してないハズだ。
  制服を見れば分かる通り、陸士部隊と武装隊は別組織であり、マリアージュ事件の時のように応援に呼んだのならともかく、こうしてヴァイスが陸士一〇八部隊にいるのは、おかしな話なのだ。
 「私が呼んだのよ」
 「ギン姉が?」
 「ええ。ヴァイス曹長の力が、今回の事件は必要になると思って」
 「…………ギン姉。今回の事件、そんなにヤバいのかな?」
 「……陸士部隊を狙った、最悪のテロ犯罪よ。もしかしたら、JS事件の再来なんじゃないか……って、一部の有識者は考えているわ」
  深刻な表情でそう語るギンガに、スバルの表情も暗くなる。
  他のみんなも、スバルとそう変わらない、暗い表情を浮かべている。
  JS事件。
  機動六課が解決した、一大次元犯罪。
  その凄惨さを知っているからこそ、ここにいる誰もが、ギンガの言葉を重く受け取っていた。
 「だからこそ、俺はお前達を呼んだんだ」
  ふと、背後から聞こえた、初老男性の言葉。
  その声に反応して、全員が振り向いた。
 「……父さん」
 「よう。スバルにティアナ、それにヴァイス。元気してたか?」
  スバルとギンガの父であり、陸士一〇八部隊、部隊長。
  ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐が、微笑みを浮かべてそこに立っていた。
 「……はい。ありがとうございます、ナカジマ三佐」
 「元気ですよ。何なら、今から一杯付き合いましょうか?」
 「は。それは仕事が終わってからだ。ヴァイス曹長」
 「へへへ。こりゃ失敬」
 「まったく」
  ため息をつくゲンヤ。
  だが、その表情はすぐに引き締められた。
 「本当なら、歓迎会のひとつでも開いてやりたいんだが……生憎、そんな余裕はないんでな。全員、会議室で話を聞いてくれ。わざわざ、お前達を呼んだ、その理由をな」




          ※




 「一〇八隊が襲撃されたなんて……聞いてないよ、そんなこと!」
 「そりゃ仕方ねえだろ。あまりにも襲撃された部隊が多いから、途中から陸上本部がメディアに報道の自粛を促したのに加えて、一〇八隊だけ、被害が圧倒的に少なかったからな。お前にわざわざ伝えることでもないし……その後すぐに四三九隊が壊滅したからな。メディアもそっちを報道したんだよ」
  陸士一〇八部隊隊舎、第一会議室。
  スバルの悲鳴にも近い怒声が、その中に響き渡った。
 「……道理で、あっちこっちで補修工事してるわけだ」
 「いつまでも壊れたままにしておくわけにもいかないからな。隊員の士気にも関わる」
  説明を続けながら、ゲンヤはギンガに指示を出す。
  その指示を受け、ギンガがスクリーンの操作をし……そこに映し出されたのは、壊滅した他の部隊の映像だった。
 「ひどい……」
 「見ての通りだ。襲撃された部隊は、隊舎まで破壊される。……で、俺が見てほしいのは、次の映像だ」
  言い、スクリーンには別の画像が映し出される。
 『!?』
  その画像を見た瞬間……スバルは、思わず立ち上がった。
 「ガジェット……!?」
  そこに映し出されていたのは、青色の機械達。
  カプセルのような形をし、中心部に配置された黄色い球体からのレーザーと自在に動かせるケーブルでの機械操作を得意とする、T型。
  小型のグライダーのような形状で、T型と同じようなレーザーに加えて、ミサイルでの攻撃能力と高度な飛行能力を有するU型。
  そして、巨大な球体で、頑丈なマニュピュレーターとT型よりも遥かに強力なレーザーによって攻撃するV型。
  ガジェット。
  アンチマギリングフィールド……AMF、魔導師が魔法を発動させるメカニズムの一部である、魔力素の結合を妨害するフィールドを展開させる機械兵器。
  JS事件の際にスバル達が相手にした、絶対に忘れることのない相手。
  そのガジェットが隊舎を攻撃する様子が、スクリーンには映し出されていた。
 「どうして、ガジェットが!?」
  映し出された映像に、スバルは困惑する。
  何故なら、ガジェットはJS事件の主犯、ジェイル・スカリエッティが生み出した兵器である。他の次元犯罪者に悪用されないように、JS事件後に製造施設は完全に破棄され、製造法や設計図は無限書庫の禁書区域に封印されたハズなのだ。
  他の次元犯罪者が複製するにしても……あれはある意味で、スカリエッティのような天才だからこそ実用化できたものだ。例え残骸や設計図を入手したところで、並の次元犯罪者では扱うことすらできない。あれは一体一体の運用ではなく、量産体制を整えた上で複数を同時に扱ってこそ意味があるのだ。
  それは、機動六課時代にガジェットの相手をし、その顛末を見届けた自分達が一番良く知っている。
  だから、もう二度とガジェットを見ることはないと……スバルは心の底から、そう思っていたのだ。
 「詳細は不明よ。どうしてガジェットが復活しているのか、どこの誰が操作しているのか。まだ分からないわ。だけど、少なくても陸士部隊襲撃の主戦力が、ガジェットであること。それは、間違いのないことなの。……そして、陸士一〇八部隊を襲撃したのも、ガジェットの軍勢よ」
  スクリーン上に次々映し出される、ガジェットの映像。攻撃を受ける陸士部隊の隊舎。それぞれの部隊に所属する魔導師達が反撃する様子も映されていたが……結果は、見るまでもなかった。
  スクリーンに映し出されているのは、ただただガジェットの軍勢によって、陸士部隊が蹂躙される様のみ。
  その中には、一〇八隊が襲撃を受けている映像もあった。
  だが……そこで、スバルは疑問に思うことがあった。
 「でも……これだけの陸士隊が壊滅させられたのに、どうして一〇八隊は平気だったの?」
 「ああ、それは――」
 「そりゃー当然、あたしらがいたからッスよ〜」
  会議室の重い空気にそぐわない、陽気な声。
 「……ウェンディ?」
 「やっほ、スバル。元気にしてたッスか?」
 「こら、ウェンディ。会議中なんだぞ。もう少し空気をよめ」
 「そうだよ、ウェンディ」
 「ああ、ごめんッスよ、チンク姉、ディエチ」
 「まったく。これだからウェンディは……」
 「む。ノーヴェに言われたくないッスね」
 「なんだと、こら」
 「チンクに……ディエチ、ノーヴェまで、どうして!?」
  その声に続いて、会議室に入ってくる四人組。
  赤毛の、いかにも陽気そうな女性。
  栗毛の、とても落ち着いた様相の女性。
  銀髪の、右目に眼帯をはめた少女。
  そして、スバルにそっくりな赤毛の女性。
  N2R。
  幾度の激突、衝突、紆余曲折を経て、最終的にスバルとギンガの家族となった、J・スカリエッティの最高傑作の少女達。
 「俺が呼んだんだ」
 「父さんが?」
 「ああ。もうギンガやティアナの嬢ちゃんからも説明されたと思うが、俺達陸士一〇八部隊はこれから現場指揮担当のティアナの嬢ちゃんを中心に陸士隊連続襲撃事件の本局・地上本部合同捜査本部になる。その上で、俺とティアナの嬢ちゃんの裁量で、追加戦力の補充が認められたんでな。……本当は本局から追加要員がもう一人来る予定なんだが、どうやらあっちの方でトラブルがあって、少しばかり遅れるらしい」
  厳密に言えば、新しくスバルの家族になった戦闘機人四人組の更生プログラムはまだ終わったわけではない。だが、更生プログラムの一環である陸士部隊・救助部隊への参加活動で、すでにN2Rというチーム名が近隣の部隊に知れ渡っているほど、この四人は活躍していた。
 「そういうわけで、これからよろしく頼むぞ、みんな」
  ゲンヤの説明の後、四人を代表して挨拶をしたのは、腰まで伸びる銀髪に右目の眼帯が特徴的なチンク・ナカジマ。四人の中で一番見た目が幼く小柄だが、この四人の中では長姉、そしてナカジマ家六姉妹の次女である。
 「よろしく、お願いします」
 「よろしっくッスよ」
 「……よろしく」
  そしてそれに続くのは、長めの栗毛を後ろでまとめ、四人の中で一番年上に見えるナカジマ家三女、ディエチ・ナカジマ。
  常に笑顔、鮮やかな赤毛、軽快な口調と、彼女を構成するすべての要素が活発な印象を人に与えるナカジマ家の末っ子、ウェンディ・ナカジマ。
  最後に照れくさそうな挨拶をしたのが、激情家で恥ずかしがり屋という、ある意味スバルと似た者同士なナカジマ家五女、ノーヴェ・ナカジマ。
  彼女達はかつて、スカリエッティの指示の元ガジェットを指揮する立場にあり、ガジェットと共に機動六課や地上本部を襲撃した経験がある。
  今でこそ更生しているとはいえ、彼女達が今度は管理局側の人間となってガジェットの相手をするのは、中々に皮肉が効いた話である。
 「でも、あたしらN2Rに、元機動六課のスバル、ティアナ、ギンガ。これだけ揃えば、ガジェットなんて楽勝ッスよねー」
 「こら、ウェンディ。油断はダメよ」
 「そうだぞ、妹よ。その油断が、どんな危険を引き起こすか分からないんだぞ」
 「ちぇー」
  ギンガとチンク、二人の姉に窘められ、口を尖らせるウェンディ。
  だが、彼女が言ったことは何も慢心や驕りの結果ではない。
  スバル、ティアナ、ギンガ、そしてヴァイス。
  彼女達はかつて機動六課でガジェットとの戦闘を重ね、ガジェットの放つAMFの対処法も熟知している。管理局でも、今現在尤もAMF対策ができている部隊を挙げろと言われたら、誰もが旧機動六課の名前を挙げるほどに、彼女達のAMF対処能力は高い。それに加えて、戦闘機人でありかつては敵側として戦ってきた四人がいるのだ。
  ガジェットの存在はともかくとして、ガジェットのスペックに大きな変化が見られない現状では、これで負けると思う方がどうかしているだろう。
  そして、それはここにいる誰もが思っていたのだろう。
  本来ならばかなり深刻な状況なのだが、これだけのメンバーが集まっているためか、誰もが比較的余裕のある表情をしていた。
 「……そう。ガジェットだけなら、良かったんです」
  穏やかな空気の中、おもむろに、ティアナが口を開いた。
  その表情は、N2Rが加わったことで緊張感の解けた中で、一人だけ真剣な表情を崩していなかった。
 「どういうことだ、ティアナの嬢ちゃん?」
 「……もうひとつ。新情報が、あるんです」
  言い、ティアナは持参していた携帯端末を、ギンガが捜査している端末に繋いだ。
 「これは……おそらく、他の部隊にはまだほとんど伝わっていません。なにせ、一番最近の襲撃……ほんの六時間前に起こった、陸士一九九部隊の襲撃時に、明らかになったことなんですから」
  端末の操作をギンガから受け継ぎ、コンソールを叩きながら説明をするティアナ。
  彼女の深刻な表情に誰もが困惑しながら……やがて、スクリーンの映像が切り替わる。
 「……え……?」
 「…………うそ」
  そして、映し出された映像に、誰もが言葉を失った。
  部隊長のゲンヤも、副官のギンガも、ヴァイスも、アルトも、N2Rも……いつも口うるさいウェンディまで、完全に言葉を失っていた。
 「……ねぇ、ティアナ。これは、何かの冗談なんだよね?」
  そんな中で唯一、スバルだけが、口を開いた。
  しかしその声は、まるで何かにすがるように……目の前に映っている情景を受け入れたくないと言わんばかりに、震えていた。
  だが、激しく狼狽しているスバルに対して、ティアナは黙って首を横に振った。
 「私だって、何度も確認したわ。……そして、余計にこの映像が正しいことを思い知らされた。信じたくない気持ちは分かるけど……これが、現状よ」
 「嘘だ……! だって、どうして――」
  悲痛とも言えるスバルの声。
 「――どうして、映像に……マリアージュが映ってるの!?」
  ここにいる全員の視線が、スクリーンに映し出される映像に釘づけになる。
  なぜならそこに映っていたのは、絶対にありえない存在だったのだから。








  マリアージュ。
  ほんの三ヶ月前にミッドチルダ全域で起こった広域犯罪『マリアージュ事件』の重要参考人にして……ある意味での被害者。
  ミッドチルダ全域を震撼させたマリアージュの正体はかつての古代ベルカの王、冥王イクスヴェリアが生み出す、人の死体を素体として生み出される増殖兵器。
  だが、千年の眠りから覚めたイクスヴェリアの正体はほんの十歳程度の小さな女の子で、争いを好まない、穏やかな性格をしていた。彼女にはマリアージュを生み出す能力こそあるものの、マリアージュの軍勢を制御する権限は与えられておらず、そのせいでまた争いが起こることに苦しんでいた。
  事件解決後、スバルやヴィヴィオと友達になったイクス。だが、その身体を蝕む機能不全のため、再びいつ覚めるとも知れない、千年の眠りにつき、彼女の身体は聖王教会にて保護されている、ハズなのだが。
 「イクス……イクスは!?」
 「…………内通者が、いたの。彼らの手引きにより、イクスは誘拐されたわ。聖王教会のシスター達がそのことに気付いた頃には……イクスはすでに、運び出された後だった」
 「そんな……!」
 「聖王信仰事件の事後処理でゴタゴタしていた。その隙を、突かれたそうよ。幸いにも、内通者を全員あぶり出すことはできたんだけど……その全員が、自害したそうよ。まるで何かに操られるように……お互いが、お互いを攻撃しあって、ね」
 「…………ひどいよ…………」
  絞り出すように、そう呟いたスバル。
  その瞳には、涙が滲んでいた。
 「だって、イクスは、ただ眠っていただけなんだよ? それを、それを――」
  その先が、言葉にならない。
  困惑と憤りと悲しみ。自分が一体どういう感情で言葉を紡ごうとしているのか、自分でも分からない。
  初めて会ったその時。
  イクスは、自分のせいで争いが起こることを嘆いていた。
  自分達の時代は終わった。だから、自分は歴史から消えるべきなのだ。
  そう、涙ながらに語る彼女を、スバルは窘めた。
 『生きるの死ぬのなんて不穏なこと、子供が言うものじゃありません』
  本当はイクスの方が遥かに年上なのだが、スバルのその優しさが、イクスの心を開いたのだ。
  そうして、イクスを助け、友達になったスバルだからこそ……イクスの深い悲しみが、痛いほどに分かっていた。
  彼女は、それ以上の争いを望まない。
  ただ、平和な世界で綺麗な空と海と共に穏やかに暮らすことを、彼女は望んでいたのだ。
  結局、機能不全による深い眠りについたイクスに綺麗な世界を見せることは叶わなかったが、彼女は綺麗になった今の世界を喜び、自分のせいでそれ以上の争いが生まれないことに安堵し、笑顔で眠りについたのだ。
  だから。
  イクスの穏やかな眠りを妨げ、再び争いの世界に巻き込んだことが、スバルには許せなかった。
  それと同時に、どうしてそんなにひどいことができるのか、スバルには理解できなかったのだ。
 「…………」
  そんなスバルの気持ちが分かっているからこそ……マリアージュ事件に関わり、イクスとスバルの関係を知っている誰もが、スバルにかける言葉を見つけることができなかった。
  ただ、ガジェットとマリアージュが、再び闘争の場で使われている。
  そのことが、まごうことなき現実なのだ。
  どれだけ嘆いても、それは変わらない。
 「スバル――」
  唇を噛み、涙を堪えるスバルに、ティアナが何か声をかけようとした、
  その瞬間、陸士一〇八部隊中に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
 「な、なに!?」
 「言ったでしょ? ここは、本局・地上本部合同の、陸士部隊連続襲撃事件捜査本部だって。他の部隊が襲撃された場合、最寄の合同捜査本部や支部が援護に向かうことになってるのよ」
 「……情報、来ました! 陸士一〇四部隊が襲撃を受けています!」
  端末に送信されてきた情報をギンガが読み上げ、ここにいる全員に伝える。
  そして視線は、捜査本部長になるゲンヤに注がれる。
 「……スバル、それに他のみんなも。思うことは、色々あるだろう。だが、思うだけじゃ、何も変わらない。現場は待ってはくれねぇんだ。……分かるな、スバル?」
 「……はい」
  部隊長としての厳しさが表れた言葉。だが、その声からは父親としての優しさが滲み出ている。
  そんなゲンヤの言葉に、スバルは頷いた。
 「……想いを遂げる手段は、ただひとつ。陸士部隊連続襲撃事件本局・地上本部合同捜査本部……出撃だ」
 『了解!』
  会議室に響き渡る声。
  それを境に、それぞれの持ち場に向かう隊員達。
  そして、スバルも。
  涙を拭い、他の仲間達と共に、現場に向かう。
  こうして、スバル達の新たな戦いが始まった。