かなり飛ばしているというのに、揺れをほとんど感じない。
  そう言えば、少し前にヘリパイロットライセンスのAを習得したって喜んでたな、とスバルは陸士一〇八部隊所属となった友人との会話を思い出す。
  ライセンスAは伊達じゃないのかな、とそんな感想を抱く。
 「おい、アルト。もっと飛ばせねぇのかよ?」
 「分かってますよ! 人数多いんですから、これが限界です!」
  ただそれはヘリの操縦に関しては素人な自分の感想であり、アルトのヘリパイロットの先輩であるヴァイスから見れば、彼女の操縦にはまだまだ不満が残るらしい。
  尤も、彼は要求が高く、こと特殊技能に関しては他人にも自分にも厳しい人物なので、普段から憎まれ口を叩きあうような中のアルトを褒めることはまずないだろう。
  そしてアルトに文句を言うほどにはパイロットとしての腕があるヴァイスが、今はデバイスを抱えて自分達と同じ席にいるというのは、かつての機動六課時代を考えると、中々に不思議なものがあった。
 「じゃあ、作戦を説明するわね?」
  陸士一〇四部隊まで残り少しとなったところで、黒い執務官服に身を包むティアナが口を開いた。
 「基本はツーマンセル。二人一組で現場のガジェット及びマリアージュの撃破、そして生存者の救助を行ってもらうわ。みんな救助隊の経験があるから、戦闘と救助は臨機応変に行うこと。敵の殲滅よりも、生存者の救助を優先して。現地で戦っている魔導師部隊とは呼応して、協力しながら任務を行うこと」
  陸士部隊連続襲撃事件における陸士一〇八部隊を本拠地とした本局・地上本部合同捜査本部は、ゲンヤを総司令官、ティアナを現場指揮官として運用される。
 「それじゃあ、ツーマンセルのメンバーを言うわよ。ケースによってはチーム替えがあるかもしれないけど、基本的にはずっと同じチームで行くから、よく覚えておきなさい」
  親友が、機動六課時代におけるかつての憧れの人の立場で自分達に指令を出すことを、スバルはなんだかくすぐったく思う。
  だが、そのような考えは一瞬思考をよぎる程度のものに過ぎない。
  これから自分達は、戦場へと足を踏み出すのだ。
  命のやり取りを行う、本物の闘争の場へ。
 「まず、コールサイン『バレットラビット』。ノーヴェとウェンディ、ノーヴェが〇一、ウェンディが〇二」
 「了解ッス!」
 「……了解」
 「次、コールサイン『バーストホーン』。チンクとディエチ。チンクが〇一で、ディエチが〇二」
 「了解だ」
 「了解」
 「今回は前線に出ないけど……私とギンガさんが『シールドドッグ』。〇一が私で、〇二がギンガさん。そしてコールサイン『ウィングバード』アルトさんとヴァイス陸曹長。アルトさんが〇一で、ヴァイス陸曹長が〇二。二人は前線に出ずに、人員や物資の移送、そして上空からの狙撃援護が主任務になります」
 「了解ー」
 「了解、執務官殿」
 「……ティアナ、私は?」
 「分かってるわよ。……あんたのパートナーは、本当は今日もう一人追加要員として本局から来る子なのよ。だけど向こうで起こったトラブルで今回はちょっと間に合いそうにないから、一人でなんとかしてもらうわ」
 「分かった」
 「コールサインは『ソードフィッシュ』あんたが〇一で、追加の子が〇二」
 「了解であります、ティアナ執務官!」
  ビシッと、救助隊風の敬礼をするスバル。
  その仕草にティアナは頬を僅かに緩ませ、しかしその表情はすぐに引き締められる。
 「……何か、質問のある人は?」
  言い、スバルはヘリの中を一瞥するが、意見や異論のある者はいそうになかった。
 「ティアナ! 現場に到着したよ!」
  その直後に、操縦席からアルトの声が聞こえた。
 「みんな、準備はいいわね? ……なら、アルト、ハッチ開いて!」
 「了解!」
  ティアナの指示の直後、ヘリの後部ハッチが開かれる。
  その瞬間にヘリの中に吹き荒れるのは、外界の冷たい風。
  そして、喧騒。
  幾度となく身を投じた、戦場の空気。
  狂乱。
  それが、ヘリの中から見えた地上の様相だった。
  破壊され、崩れた陸士部隊隊舎。
  瓦礫の所々から煙が上がり、魔法の光やレーザー光が見える。
  戦場の光景。
  何度見ても、良い気分はしない。
  この光景の裏で、たくさんの人が苦しんでいるのだと考えると、やるせない気持ちになる。
  だから。
  そういう人達を助けるために、自分達はここにいる。
 「行くよ、みんな!」
 『応!』
  スバルの掛け声を皮切りに、次々とハッチから降下していく。日常ではまず味わえない浮遊感。空を切り、強い風が容赦なく身体を弄る。
 「マッハキャリバー!」
 『All Right,Buddy』
  相棒の名前を呼ぶ。それだけで、彼女は自分の意図を汲んでくれた。身体が眩い光に包まれる。一度衣服が魔導的に分解され、そして再構築される。かつて憧れの人がデザインしてくれたバリアジャケットの衣装は今も変わらない。その中で、相棒は両足を保護するローラーブーツに姿を変える。
  特別救助隊の制服からバリアジャケットへの換装は一瞬とかからない。
  己が想いを貫くためのあらゆる工夫の込められた意匠に身を包み、地面に激突する直前に身を翻して着地する。魔法で衝撃を緩和しているため、膝のクッションだけで十分に着地ができる。
  そうして、真っ先に目に飛び込んでくるのは、この世の地獄のような光景。阿鼻叫喚の地獄絵図。
 「ノーヴェ、ウェンディ!」
 「了解!」
 「任せるッス!」
  二人のことを呼ぶ、それだけで、相棒と同じように二人はスバルの意図を汲んでくれる。
 「チンク、ディエチは外にいる魔導師と協力して、ガジェット・マリアージュ混成部隊の殲滅! 私とノーヴェ、ウェンディは、隊舎内の生き残りの救出!」
 「心得た!」
 「分かった!」
  飛来するレーザーを回避しながら、テキパキと指示を出す。このメンバーの中で一番経験があるのはスバルである。自然とスバルが指揮をとり、四人もそれに従う。
  スバルはノーヴェとウェンディを引き連れて、半倒壊している隊舎内へ。
  チンクとディエチは敷地内で抗戦を続ける魔導師の援護。
  かくして、スバル達は作戦を開始した。




                 ※




  戦場の音が、少しだけ遠くに聞こえる。
  だけど、ここも戦場に変わりなく……倒壊に巻き込まれる危険が常に付きまとっていることを考えれば、ひょっとすると外よりも危険なのかもしれない。
  なにせ、半倒壊した隊舎中にも、ガジェットやマリアージュは大量に存在しているのだから。
 「リボルバァー、シュート!」
  スバルの右腕、リボルバーナックルから放たれる空色の衝撃波が、ガジェットT型を粉砕する。
  魔力弾ではなく衝撃波を放つリボルバーシュートは、ガジェットのAMFにも無効化されない。そのため、ガジェットの密度が高く結果としてAMF濃度が高くなってしまっている隊舎内でも、スバルは問題なく先に進むことができる。
  そして、ノーヴェとウェンディも。
  二人は元より魔力に頼った攻撃をほとんどしない。そのため、AMFに影響を受けることがほとんどなく、いつもと変わらない様子で、ガジェットやマリアージュの相手をしていた。
 「ノーヴェ、ウェンディ。マリアージュは中途半端に倒すと液体火薬になって自爆するから、気を付けて! こんな隊舎の中で爆発されたら、私達まで生き埋めになっちゃうから!」
 「分かってるよ!」
 「了解ッス。んじゃー、一撃必殺で行くッス」
  戦法としては、スバルとノーヴェが前衛でガジェットやマリアージュを攻撃し、仕留めそこなった残りをウェンディのIS・ライディングボードで狙撃していく。倒壊して通路が塞がれている場所は、スバルの救助隊仕込みの技術で突破し、先に進む。
 「IS・ブレイクライナー!」
  ガジェット・マリアージュ混成部隊の最後の一体を、ノーヴェの蹴撃が粉砕する。
  隊舎内に突入してからすでに十数分。たったそれだけの間に、スバル達が倒したガジェット・マリアージュの数は百に届こうとしていた。
  たったそれだけの時間でこれだけの数を処理できる三人の戦闘能力も称賛されるべきだが、問題はそんなことではない。
 「……スバル、これは……」
 「うん。数が、多すぎる」
  そう。
  スバル達が思う通り、敵の数が多すぎるのだ。
  倒壊した隊舎のすでに半分を探索し終え、その間に相手をした数倍の敵が隊舎の外で、他の魔導師と戦っている。ひとつの部隊に、数百のガジェット・マリアージュ混成部隊。AMFで魔法の行使を封じられ、マリアージュの火力と何よりその物量で殲滅する。
  強引なようだが、理には適っている。
  だが、もしも陸士部隊の殲滅が目的ならば、すでにほとんど人の残っていない隊舎内にこれだけの数がいる理由がない。
 「他に、隊舎内に生命反応は?」
 「……あと二人、すぐ近く!」
  また、ここに来るまでに見つけた要救助者はすでに外に出ている。残るのは、近くにいる部屋に籠城しているのであろうふたつの生命反応のみ。隊舎内の隊員を全滅させる……にしても、数十のガジェットやマリアージュは必要がない。
  ならばなぜ、これだけの数が未だ半倒壊した隊舎内に残っているのか。
 「スバル!」
  名前を呼ばれ、思考に没頭して無意識のうちに下がっていた頭を上げる。
  その瞬間、視界に飛び込んできたのは、数体のマリアージュと、同じく数体のガジェット。どうやらドアをこじ開けようとしているらしく、今にも壊れてしまいそうなくらいに、ドアはボロボロになっていた。
 「生命反応は、あの部屋の中にあるッス!」
 「と、いうことは……!」
  奴らは、あの部屋に籠城している二人を狙っているのか。
  助けないと!
 「ノーヴェ、ウェンディ、散開!」
 「了解!」
 「了解ッス!」
  スバルの指示から一拍だけ遅れて、スバルとノーヴェが急加速、ドアの前にいるガジェット・マリアージュの集団に特攻をかける。十数メートルまで接近して、ようやくマリアージュとガジェット達がスバルとノーヴェの接近に気付いたようだが……もう遅い。その頃には、すでに二体のマリアージュが一蹴されていた。
  それとほぼ同時に、二人の傍にいたガジェットが爆散した。敵影を見つめて速度を上げた二人に対し、その場に留まってIS・ライディングボードに搭載されたエネルギー弾を発射したノーヴェの攻撃。
  わずか一瞬にして、敵集団に突っ込んだスバルとノーヴェの周囲に暴れるには十分な空間が出来上がる。
  ここまでくれば、後はルーチンワークに等しい。
  見敵必殺。
  発見から僅かな時間で、マリアージュとガジェットは物言わぬ物体になっていた。
 「大丈夫ですか!?」
  周囲に敵影がないことを確認するや、スバルは破壊されかけていた扉を一撃で破壊し、室内に突入した。
 「あ……」
  サーチャーで確認できた生命反応はふたつ。
  それなのに、その部屋にあった人影はよっつ。
  一人は、全身から……特に両足からの出血がひどい、それでもこちらに壊れかけたデバイスを向けている男性の陸戦魔導師。そして彼に抱きかかえられるようにしているのは、頭から血を流している女性……見た目からしておそらく、陸戦魔導師ではなく、非魔導師の事務員。
  そして、残りの二人は――
 「っ」
  その姿を見て、思わず言葉を失った。
  意識のある二人の傍に倒れている、傍目から見ても分かるほどの血だまりの海に倒れている二人の、おそらく陸戦魔導師の男性。
  スバルはこれまでに幾人もの要救助者を助けてきた。
  だから、一目見ただけで、分かってしまった。
  あの二人は、助からない。
  それはすでに、サーチャーに映し出された生命反応の数から察していて、だけど実際に目にすると、どうしても心が痛む。
  何度遭遇しても慣れないし、慣れてはいけないのだろう。
  人の死に。助けられなかった、という現実に。
 「……ウェンディ、ライディングボードに二人を乗せて。私が先導するから、ノーヴェは殿をお願い」
 「……了解」
 「分かったッス。……さー、二人とも、私達が助けに来たからには、もう安心ッス。ガジェットやマリアージュなんかには、二人に指一本触れさせないッスよ!」
  スバルと同じように声のトーンが落ちたノーヴェと、こんなときでもいつもと変わらないウェンディ。
 「そうですよー。私達が来たからには百人力、もう安心して眠っちゃっても、大丈夫です」
  私達救助隊の心の動きを、要救助者達は敏感に察知するから。
  だから、私達が余裕を持って、助けを求めている人達を安心させてあげないといけないんだ。
 「ほら、ノーヴェも笑うッスよ。ほら、ニッコリ」
 「え、あ、あの……」
  もっとも、スバルやウェンディのように快活に笑う、ということ自体が苦手なノーヴェは、二人のようには笑えないのだが。
 「うーん。ノーヴェはいつも通り、表情が硬いッスねー」
 「う、うっせー!」
  その砕けたやりとりに安心したのか。
 「…………カレンを、お願いします」
  女性を抱きかかえていた男性隊員はそう呟き――カランと音を立てて、彼がこちらに向けていたデバイスが床に転がった。
 「……コーリー? ……ちょっと、コーリー、しっかりして!?」
 「お、落ち着いてください。大丈夫です、意識を失っただけですから」
  男性隊員が自分を抱えたまま意識を失ったことで、動揺する女性職員。二人の関係からして、おそらく恋人同士なのだろう。だからこそ、この取り乱し様。安心して、気が抜けたのだろう。彼の両足の出血はそれほどのもので……今すぐどうこうとはならないが、このまま放っておけば、出血は致命的なレベルになるだろう。
 「急ぐよ。ノーヴェ、ウェンディ!」
  女性職員をなだめながら、二人をライディングボードに乗せる。とりみだしてこそいたが、彼女も地上部隊の隊員、すぐに落ち着きを取り戻して、素直にスバル達の指示に従った。
 「さー、さっさと脱出ッス」
  収容が完了して部屋から出る際、スバルは最後に、後ろを振り向いた。
  部屋の中に残されているのは、二人の亡骸。
  さすがに彼らを連れていくような能力は、ライディングボードには搭載されていない。
 「……ごめんなさい」
  彼らの救出は、おそらくこの戦いが終わってから。
  もう少し早く到着していれば、彼らも救うことができたのだろうか。
  あるいは、どれだけ急いで来ても、彼らは死にゆく運命だったのか。
  そんなこと、スバルに知るすべはないけれど、謝らずにはいられなかった。
  助けられたかもしれない命。
  僅かな可能性を思い、後悔するほどに、命というものは、スバルにとって重いものだった。
 《スバル、ノーヴェ、ウェンディ、聞こえる?》
  スバルの頭の中に、直接響く声。
 『ティア!』
 《モニターで、あんた達の位置は把握してるわ。そっちの状況は?》
 《要救助者二人を収容。今から帰還するところ》
 《そう。……状況が状況だから、端的に言うわ。敵の目的は、隊舎の奥に保管されているロストロギアよ》
 《ロストロギア!?》
 《半倒壊した隊舎にあれだけ敵がいるのはおかしいと思って、ちょっと調べてみたのよ。間違いないわ。その隊舎には、ロストロギアが保管されていて……敵はおそらく、ソレを狙っている》
 「……ウェンディ、ノーヴェ。二人の護送、よろしく!」
 「一人で大丈夫ッスか?」
 「大丈夫。マリアージュとガジェットなら、私一人でもなんとかなる」
 《……そうね、それが良いわ。お願い、スバル》
 「了解!」
 「すぐ戻るから……一人で無茶するんじゃねえぞ、スバル!」
 「ありがと。ノーヴェ」
  即座に判断を下し、スバルはノーヴェ達と別れる。
  ノーヴェ達は要救助者二人を連れて隊舎の外へ。
  スバルは敵の狙いだと思われる、隊舎の奥へ。
  特別救助隊の中でも特に突破力に優れるスバルなら一人でも問題ないという、皆の信頼の表れ。
  半倒壊した隊舎を刺激しない程度に全速力で進みながら、スバルは考える。
  敵の目的はロストロギア。それはとても分かりやすい構図だ。
  だが、仮にも法務機関である時空管理局の陸士部隊支部を襲うというのは、いくらなんでもリスクが高すぎるのではないか。あるいは、マリアージュやガジェットの部隊に襲わせているから、自分に被害は及ばないとでも考えているのか。
  大体、マリアージュとガジェットの混成部隊をこれだけの規模で編制しているということは、それだけの技術と能力が敵にはあるということなのだ。
  イクスを聖王教会から奪取するだけの能力、百体を超えるマリアージュとスカリエッティのオリジナルであるガジェットを再現し、量産する技術と経済力。
 「…………」
  考えても、答えはでない。
  当たり前だ。答えを出すにはまだ情報が少なすぎるし、なにより、そういうことを考えるのは姉と親友の仕事だ。
  自分にできることは、目の前の泣いている命を救うだけ。
  だから。
 「おおおおおおお!!」
  到着した、隊舎の最深部。
  もし陸士部隊支部の管轄内でロストロギアが確保された場合にそれを保管するための、隊舎内で最もセキュリティが高い場所。
  そこに、一体のマリアージュが佇んでいた。
  その手にひとつの青い結晶を持って。
  その風貌、そして状況から判断するに、あれは隊長機。
 「先手必勝! リボルバぁー……」
  一気に加速し、拳を振りかぶる。右腕を取り巻くのは空色の環状魔法陣。
 「シュート!」
  通常のマリアージュならば直撃し、確実に葬ることのできる一撃。だがさすがに隊長機、その一撃を防御し、衝撃を利用してわざと後方に吹き飛ばされ、見事に着地した。
 「さすがに……隊長機か」
 『右腕損傷率五十五%、左腕損傷率四十%。……管理局の者ですか』
  マリアージュから放たれるのは、女性を模した機械音声。
 「その手に持ったロストロギア、返してもらいます!」
 『……対物炸裂榴弾砲』
  構えるスバルを一瞥し、マリアージュは青い結晶を持っていない方の腕を変形させる。対物炸裂榴弾砲。マリアージュの隊長機に搭載された攻撃能力で、炸裂榴弾を発射するその質量砲撃は、戦車ですら粉砕する。
 「!」
 『Plotection Powered』
  砲の形成を確認し、スバルはカートリッジを二発ロード、空色のプロテクションを発動させる。マリアージュ隊長機が放つ対物炸裂榴弾砲の威力はその身をもって知っている。ただし今は以前のような不意打ちではなく、防御の時間がある。万全の状態で防御を敷き、反撃の道筋を考える。
  だが、マリアージュは砲を形成した腕をスバルではなく天井に向け、
 「え!?」
  驚くスバルを尻目に、炸裂榴弾を発射した。鳴り響く轟音、吹き飛ばされる天井、そして衝撃により倒壊を始める隊舎。
  そして、プロテクションの方向性を代え、降り注ぐ瓦礫から身を守っているスバルを尻目に、天井に開いた大穴から悠々と外に出るマリアージュ。
 「……逃、がすかぁ!」
  その姿を確認してプロテクションを解除、同時に戦闘機人モードに移行。虹彩が翠色から金色に変化する。ウイングロードを発動、降り注ぐ瓦礫の間を縫うように、戦闘機人モードの全速力でマリアージュの後を追う。
  隊舎の外へ跳び出すと、マリアージュはまだ近くにいた。
  ウイングロードを新たに伸ばし、僅か数秒でマリアージュ隊長機に肉薄する。
 「な……」
  これほど早く追いつかれるとは思っていなかったのか、マリアージュの機械音声に驚愕の色が混じる。
  マリアージュの足元まで伸びたウイングロード。右腕を振りかぶるスバル。瞳は金色。右腕を取り巻くのはミッド式環状魔法陣ではなく、戦闘機人独特のレリーフ。
 「振動拳!」
  スバルのIS・振動破砕。
  超高速振動によって対象を破壊する、極めて攻撃的なインヒューレントスキル。技の性質上、特に機械部品を含む戦闘機人やマリアージュのような対象に絶大な効果を発揮する。
  いくら隊長機であっても、その拳の破壊力の前には、甚大な損傷を免れることはできない。
  スバルの拳がマリアージュに命中する。ISの効果ではなく純粋な攻撃の影響としてマリアージュは弾き飛ばされ……数秒後に、爆散した。
 「……っと」
  当然、ロストロギアの回収は忘れない。
  吹き飛ばした隊長機が持っていた青い結晶は、スバルの左手に収まっていた。
 「ふぅ……」
  任務を終えたことに安堵し、ため息をつく。
  ロストロギアの確保。辺りを見渡せば、ガジェット・マリアージュ混成部隊の数も少なくなっており、戦闘が収束に向かっていることが、空気で感じられた。また、確保したロストロギアを回収するためか、アルトが操縦するヘリがこちらに近づいて来ているのが見えた。
  その事実に、一瞬だけ、スバルの気が緩んだ。
  その一瞬が、命取りだった。
 《スバル!》
 「え?」
  突如として頭の中に響いたティアナの声。
  僅か一瞬の間に、意識と視覚の死角に入りこまれていた。
  スバルの背後には、同じく対物炸裂榴弾砲を起動させたマリアージュが一体。
  二体目の隊長機。おそらく、外の部隊を指揮していたのだろう。
  気付いた頃にはすでに至近距離。残された時間も僅か一瞬。
  反転しても間に合わない。プロテクションも、コンマ一秒で間に合わない。ヘリに乗ったヴァイスと地上で援護砲撃を続けていたディエチが事態に気付くも、すでに手遅れ。
  間に合わないと、スバルですら思った。
  身体は反射的に防御体勢を取ろうとするも、思考を諦めが支配し、思わず目を閉じる。
  息を呑む周囲の仲間達の注目が集まる中で、砲の発射口が僅かに光り、
  次の瞬間、マリアージュの頭が弾け飛んでいた。
 「……は?」
  直後、戦場に響いたのは、キュン、という、何か小型の物体が超音速で飛翔した音。事象の後に聞こえたということは、その何かが音を置き去りにした、ということ。
  頭部を失ったことで統制を失った砲は狙いを失い、炸裂榴弾が発射されるも、スバルには命中せずに通り過ぎ、遥か後方にて爆発した。
  事態の急激な変遷に、呆然とするスバル。
  もしかしたら死んだかもしれないと、そう思っていたのに。
  状況が呑み込めないスバルは、慌てて周囲を見渡し……そして、戦闘機人モードの瞳が、遥か彼方、目算で約二キロほど離れた場所から、こちらに近づいてくるヘリを一機認識した。
 《スバル、ティアナ。聞こえるかな?》
  そうして聞こえたのは、この戦場には本来いないハズの人物の声。
 《マリーさん!?》
 《良かった、聞こえるね。スバル、大丈夫?》
 《え、ええ……はい、無事です》
  マリエル・アテンザ。
  時空管理局所属の技術官で、スバル達とも旧知の仲。
  しかし、彼女は完全に研究畑の人間であり、本来こんな戦場に出てくるハズがないのだ。
 《でも、マリーさん、どうしてこんなところに?》
 《援軍を、連れて来たんだよ》
 《援軍?》
 《あ、それって……》
 《そう! 陸士部隊連続襲撃事件本局・地上本部合同捜査本部に本日付けで異動する局員……みんなの仲間の、最後の一人!》
  通信を受けるスバル視界の端で再び、マリアージュの頭部が弾け飛ぶ。その耳に響くのは、音速を超えた小型の物体が放つ独特の音。
 《銃声……ヘリがあの位置ってことは……まさか、二キロスナイパーか!?》
  通信に、ヴァイスの驚いた声が混じる。
  なにが起こっているのか、ヴァイスが驚いている理由も分からないが、分かることはひとつだけ。
  何かが、始まろうとしていた。