HP解説一周年記念SSそのさん。アリサ×すずかの短編。
ラブラブ話ではなくて、しっとりとしたお話。
この二人にはこのくらいの距離感がちょうどいいんじゃないかと、個人的に思います。
言葉にしないと、伝わらないことがある。
それは、アタシの幼馴染が教えてくれたこと。
周囲への多大な迷惑をかけて、私はそのことを正に身体で体験した。
言葉にしなくても、伝わることがある。
それは、当たり前のようで中々気付けないこと。
お互いのことを分かりあえているということだから、言葉にしなくても伝わるということは多分幸せなことだ。
その幸せというものは相対的で主観的で、人によって違ってくる。
でも、最近思うのだ。
幸せというものは、きっと、どれだけ言葉にしなくても伝わることがあるか、ってことなんじゃないかって。もちろん、他にも幸せなことはある。だけど、それを踏まえた上で、アタシはそう思う。
言葉にしなくても伝わるということは、それだけ想いを伝えたいその人と繋がりあえてるってこと。そういう人が多いってことは、すごく幸せなことだと思うから。
人間があの世に持って行けるのは思い出だけ。
なら、そういう思い出を大切な人と沢山作れることは、すごく幸せなことで、あの世に持っていきたい思い出を一緒に作りたい人がいるということも、すごく幸せなことで。そういう大切な人がいるから、あの世に持っていきたい思い出を作りたいと思えるのだから。
「…………」
……ホント、柄じゃないわ。
最近、暇があればこういうことを考えている気がする。暇つぶしに考えるんじゃなくて、例えば今みたいに、誰かを待っているとかそういうボーっとしているときに、つい、そんなことを考えてしまう。
ここしばらくで、本を読むようになったから? 同年代と比べれば元々本を読む方だったとは思うけど、さらに読む量やその種類が増えたから?
こんなしんみりしたことを考えるなんて。アタシ、どうかしちゃったのかしら?
「…………いや、違うわね」
そこまで考えて、アタシは頭を振った。
そうじゃない。理由なんて本当は分かり切っている。
アタシにもそう思える人が……アタシが想いたい最愛の人ができたからだ。
だからだろうか。
そういう柄にもないことを考えてしまうのも、悪くないと思えてくるから不思議だ。
恋は人を変える。
どうやら……アタシは変わってしまったらしい。
「アリサちゃん、ごめんね。待った?」
不意に聞こえた耳に心地よく響く小さな声に、アタシは振り返る。
「いや、そんなに待ってないわよ。それに、すずかが謝ることじゃないでしょ?」
気付けば、それまで静かだった辺りが賑やかになっている。そんなことにも気付けず、大切な人の声でようやくそのことに気付くなんて。アタシはどうやら、自分が思っていた以上に、自分の思考の世界に入り込んでいたらしい。
「すずか、今日は何か予定は?」
「うん。あのね、図書館に行きたいな。借りてた本を返すついでに、新しいのを借りたいから」
「……あんたもホント、飽きないわね」
目の前で嬉しそうに話す少女に、アタシは苦笑する。
この子の名前は、月村すずか。私の幼馴染で、大人しくて本が好きな女の子。
そして、アタシがこの世の中で一番大好きな、なにものにも代え難い大切な人。
「だって、好きだから。本の中には、私の知らない世界が広がっている。その世界を知ることが、たまらなく楽しいんだ」
そう言って、すずかは本当に楽しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、アタシはため息をつく。そのため息は呆れとかそういう感情からではない。やれやれ仕方ないわね、そういう風を装って――実際には、アタシは小躍りしたいくらいに喜んでいる。
すずかの、可愛い笑顔が見られたから。
これだから、すずかと一緒にいたいから、アタシはわざわざ、すずかの教室の前で、すずかのクラスのホームルームが終わるまで待っていたのだ。
言葉にしなくても、伝わることがある。
授業が早く終わった方が、まだ終わってない方の教室に行って、それから二人で一緒に帰る。平日ならそのまま家に帰るか、少し寄り道する。次の日が休みなら、ちょっと遊んで帰るか、お泊り会が始まるか。
それは、アタシ達が付き合い始めた頃から続くルール……というか、決まり事のようなもの。
どちらが提案するでもなく、自然とそうすることが、暗黙の了承のようになっていた。
別にそれは全然苦にならないから、アタシは一向に構わないのだけど。
「……まったく、しょうがないお姫様ね」
「お姫様って……」
「じゃあ、図書館に向かいましょうか。お姫様」
アタシは少し意地悪にそう言ってから、すずかに手を差し伸べた。
すずかはそんなアタシの顔を見て、一瞬呆けたかと思うと。
「うん!」
満面の笑みで、アタシの手を握る。アタシはその手を取って、それから二人一緒に歩き出す。
手を差し伸べたら、手を繋ぐ。
これも、アタシ達の間では言葉にしなくても伝わること。
そういうことができるのは、やっぱり幸せなことで。
そういうことができる人がいるのは、すごく幸せなことだと思うんだ。
「ふん、ふん♪」
よほど嬉しかったのか、すずかは上機嫌で鼻歌を歌う。ここは図書館だから静かにしないといけないんだろうけど、浮かれた頭でもそのくらいは理解できるのか、すずかの口から陽気に漏れる声は、傍にいるアタシにしか聞こえないくらい、小さなものだった。
「なに、そんなにその本が読みたかったの?」
「うん!」
右手をアタシの左手と握ったまま、すずかは抱きかかえるようにして左手で本を持っている。表情もさっきからずっとニコニコ笑顔で足取りも軽い。アタシとしては、こういうすずかを見られるから、嬉しいと言えば嬉しいんだけど。
まるで、欲しかったおもちゃを買ってもらった小さな子供みたいだ。
いつもは大人しいすずかが無邪気に喜ぶ様子を見て……私は何だか可笑しくて、少し笑ってしまう。
「あ、アリサちゃん。今、笑わなかった?」
「いや。笑ってないわよ、すずか」
「嘘。私、見てたもん」
「……バレたか」
隠すことでもないので、アタシは早々に白状することにした。
「でも、すずかがそんな、ちっちゃい子供みたいに喜ぶからいけないのよ」
「……むー。アリサちゃんの意地悪」
言い、すずかは不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
本人は怒っているつもりなんだろうけど、そのむくれた顔が、また可愛いわけで。
すずかは普段はおとなしくて、他の子達と比べてあまり感情表現をする方じゃない。本が好きだから、あまり親しくない人達からは、物静かな文学少女だと思われているらしい。古き良き日本美人、大和撫子。多分、そう評価されているのだろう。
だから、アタシの前ではこうして怒ったり、拗ねたりすることが、何だか嬉しくて可笑しくて。すずかのむくれた顔が見たくて、つい、意地悪してしまう。
……なんだ。
結局アタシも、子供みたいに喜ぶすずかと、あんまり変わらないじゃない。
「あはは。ごめんね、すずか」
「……もう!」
「あらら。こりゃ、本格的にヘソを曲げちゃったわね」
「アリサちゃんが悪いんだよ」
「……なら、どうすれば機嫌を直してくださるのですか、お姫様?」
「…………翠屋のケーキセット」
「かしこまりました、お姫様」
そう言ってから、アタシは悪戯っぽく笑った。
それを見て……可笑しそうに、すずかも笑う。大声を上げて笑うわけにはいかないから、周りの迷惑にならないように、クスクスと。
なんということはない。
結局それは、いつも通りのやりとり。
アタシがちょっとすずかをからかって、すずかが怒った素振りを見せて、アタシがすずかのご機嫌を取る。これも、いつのまにか習慣になってしまった、二人だけの下らないやり取り。言葉にしなくても伝わること。
二人でひとしきり笑った後、アタシは口を開いた。
「それで……今日は、これからどうするの? リクエスト通り翠屋に行く? 図書館で本を読む? それとも、どっちかの家に行く?」
今日は金曜日だから、明日は休み。
そういう場合、本を借りた後の選択肢は大体三つ。
本は家で読むことにして、まったく別の場所に行くか。
このまま、図書館で本を読むか。
それとも、とりあえずどちらかの家に向かって、そのまま二人だけのお泊り会に突入するか。
「……そのまま、図書館で本を読む」
「分かったわ。じゃあ、それで――」
「でも、今日はちょっと趣向を変えまして」
「趣向を?」
すずかの提案に、アタシは首を傾げる。
もうすずかとの付き合いも長く、こうして二人で行動するようになって結構たった。すずかはアグレシッブな方じゃないから、大抵はアタシが目的を決めることが多い。そのすずかが、今日は珍しく、新しい行動を示していた。
「……任せるわ、すずか」
「うん。ありがとう、アリサちゃん。じゃあ……」
アタシが同意を示すと、すずかは実に嬉しそうに微笑んでから、アタシと手を繋いだまま歩き出した。
「目的地は教えてくれないの?」
「それは、着いてからのお楽しみ、だよ」
そう言ってから、すずかは悪戯っぽく笑った。
その笑顔に向かって、アタシは苦笑するしかない。
なるほど、意趣返しか。
どうやら珍しいことに、今はすずかが主導権を握っているようだ。
あまり自己主張をしないすずかのことを先導するのはいつもアタシで、でも今はそれが入れ替わっている。いつもアタシがすずかの手を引っ張って歩くから、こうしてすずかに手を引っ張られて歩くことに慣れていないアタシは、いつもより積極的なすずかに少し戸惑ってしまう。
ただ、その戸惑いは、決して不快なものじゃない。
だからたまには、こうして引っ張られるのも、悪くない。
かつてアタシは、平凡な日常、というものがあまり好きじゃなかった。
普通なんて面白くない。平凡なんてつまらない。そう思って、代わり映えのない日常を嫌い、そういう変化のない日常に疑問を抱かずに唯々諾々と過ごす人間を見下していた。パターン化した日常に価値などない。変わることを、前に進むことを止めた日常なんて、怠惰の象徴だ。成長することを止めた人間に、生きる価値があるのだろうか。そう、本気で考えていた。
今思えば、当時のアタシには、良くも悪くもそういった代わり映えのしない日常を楽しむ余裕がなかったのだ。
確かに前に進むことを止めるのはナンセンスだし、成長を止めたら人間は終わりだと思う。その考えは今でも変わらないし、だからアタシはいつまでも先を見て歩き続ける人間でありたい。
でもそれは、平凡な日常に価値がない、ということには繋がらない。
変化が常に良いものとは限らない。
変わらない日常とはつまり穏やかな毎日ということで、それに価値が見出せないのは、何かが間違っている。
そう考えるようになったきっかけは……考えなくても思い出せる。
パターン化した代わり映えのない日常を、アタシはいつしか、楽しいと思うようになっていた。平凡な日常にも楽しいことはある。ささやかな変化が訪れる。そういう日常を、アタシは一緒に過ごしたいと思える相手がいるのだ。
そういう意味でも、アタシは目の前の女の子に感謝している。……って、アタシはまた、柄にもないことを考えている。
別に悪いことじゃないんだけど……。なんとなく、落ち着かない。
こういうことを考えることが、私らしくない。自分で自分の考えることに違和感を感じるのだ。
「ほら、アリサちゃん」
すずかに引っ張られるままに連れて来られたのは、図書館の敷地内。公園みたいに整備された芝生が広がる場所。遊具はないけど、ベンチが置いてあったり、木が植えてあったりして、晴れた日にここで遊んだり、本を読んだりすることができるようになっている。
すずかはアタシの手を引っ張ったまま、少し入ったところにある一際大きな木の根元まで進む。アタシは、すずかに手を引かれるままに着いていく。
「……今日は、ここで本を読むの?」
最近は日が沈むのが遅いから、結構いい時間まで外で本を読むことができる。気温もだいぶ安定してきたし、日差しもきつくない時間帯だから、外で本を読むには案外快適なのかもしれない。
「そうだよ。それでね……」
すずかの目的の木の根元で、すずかがここに至った理由を説明してくれる。
先日借りた本。その中にある物語の主人公は、読書狂と呼ばれるほどに本が好きな女性。両親が読書好きだったこともあり、物心付いた頃から本に囲まれた生活を送り、本を読んで育った。成長してからも本を読むことを止めず、ついに彼女は、国営図書館の司書として働くようになった。そんな彼女が出会ったのが、自分と同じように読書狂と呼ばれるほどに本が好きな、国営図書館勤務の司書の男性。本が大好きな二人はとある本がきっかけで惹かれあい、一緒に過ごす時間が増えていく。
そこから後の展開は、まぁ、良くあるラブロマンス。
愛を語らい合う穏やかな日々に、二人の中を引き裂く波乱。その困難を乗り越え、二人は本に対する愛情、それすらも超越する本物の愛を手にする。そんな話だ。
その物語の一節の中に、二人が一緒に本を読むシーンがあったそうな。
「…………で、すずかも、それをやってみたかったと」
「うん。……迷惑、だったかな?」
芝生の上、一際大きな木の木陰に座るすずか。足を伸ばし、その膝元には本が置かれている。そしてそのすぐ後ろに、同じように座るアタシ。足を延ばして、すずかと背中合わせに座っている。お互いの背中をお互いが背もたれにして座っている、そんな感じ。
なるほど、背中合わせね。
読書狂と呼ばれるほどに本が好きな二人が一緒に本を読みながらお互いを感じあうために編み出された、面白い座り方だ。
「何を言ってるんだか。アタシが、すずかの我儘如きを嫌がるわけないでしょ」
生憎、アタシは読書狂と呼ばれるほどに本好きじゃないけどね。
すずかだって、本は好きだけど、読書狂と呼ばれる程ではない。
だけど……この本の読み方は、結構魅力的だ。
本を読みながらお互いの存在を感じあうことができるなんて、素敵なことだ。
「…………はぁ」
そんなことを考えて、アタシはすずかに聞こえないように溜息をつく。
なんともまぁ、アタシも乙女チックなことを考えるようになったものだ。
「……どうかしたの、アリサちゃん?」
「いや、なんでもないわよ」
背中合わせだから、お互いのちょっとした動きから、暖かさ、心臓の鼓動まで聞こえてきそうだ。
温もり。心臓の鼓動。触れあうことで分かる相手のこと。
これもまた、言葉にしなくても伝わることだ。
「アリサちゃん……」
「はいはい。でも、暗くなる前に切り上げるわよ。残りは……アタシの家でね」
「うん!」
背中をくっつけ合わせたまま頭だけこちらに向けて、すずかが頷く。嬉しそうな顔しちゃって。
「……じゃあ、アリサちゃん。また後で」
「うん。また後で」
また後で。
これから物語の世界に入るから、また後でね。
すずからしい、メルヘンな発想だ。それまでのアタシには、本はあくまでも読むものであって、本の中の物語に入るためのものではなかった。
すずかはもう本の世界に入ってしまったらしく、本を開いたきり動こうとはしない。
「…………」
アタシも、借りてきた本を手にとり、ページを開く。
すずかと約束した時間まで、あと二時間弱といったところか。
その間くらい、アタシも本の中の世界を覗いてみましょうかね。
※
「…………ふぅ」
溜息をついて、アタシは手にしていた本を閉じる。
短めの本を借りてきたから、それほど期待してなかったんだけど……これが中々。密度の濃い冒険活劇だった。長さがそれほどないからこそ、これでもかというほどに詰め込まれた設定、それなのに疾走感があって、終盤は手に汗握る展開の連続だった。読後感も心地よい。
こういう本を読むと、すずかが本好きな理由が理解できる。
それでもすずかほど積極的に本を読もうと思わないのは、性分の問題だろう。
アタシはきっと、すずかに誘われて本を読むくらいでちょうどいい。
アタシは読み終えた本を脇に置いてから、お互いに背もたれにした身体を動かさないように頭だけ後ろに向けて、背後のすずかの様子を伺う。本の残りページを見る限り、すずかの早さならあと十分もかからない内に読み終わるだろう。アタシの倍近い厚さの本を借りてたのに。その読書速度の差を考慮して、アタシは短めの本を借りてきたというのに。
元々の読書量が違うから、どうしても読書速度に差が出てしまう。負けず嫌いのアタシはそのことにちょっとした対抗心を燃やさないでもないが、こうしてすずかが読み終わるのを待っているのも悪くないので、別にどうとも思わない。
むしろ、その待ち時間が心地よいくらいだ。
アタシは目を閉じて、自分の背中に神経を集中させる。
そうしてはっきりと感じることができるのは、すずかの体温と、心臓の鼓動。トクトクと脈打つそれは、すずかがここに存在している紛れもない証拠。物語がクライマックスなのか、いつもよりも鼓動が微妙に早いような、そんな気がする。
「…………」
なんとなく、自分の胸に手をあててみる。感じるのは、すずかと同じような心臓の鼓動。アタシの心臓だって、定期的なリズムを刻んでいる。
そういうば、昔はこうやって、自分の胸に手をあててみるなんて、そんなことはしなかった。
こんなことをするのは、きっと、平凡な日常というものを楽しむ余裕ができたから。
こういう穏やかな日常を楽しめるようになることが、大人になるということなのだろうか。
その辺のことはまだよくわからない。だって、アタシはまだまだ小娘と言っていいような年頃なのだ。まだまだ経験も足りないし、思慮だって足りない。人間的に成熟してない、成長過程の存在だ。
そんなアタシが大人になるということを語るのは、まだ早すぎる。
ただ、こういう柄でもないことを考えるようになって、平凡な日常を楽しめるようになったのは、アタシが一応成長しているということなんじゃないかと思う。
……それとも、若い頃の活力を失っているということなのかしら。
「…………はぁー…………」
不意に、本を閉じるパタンという音と、すずかのため息が聞こえた。
おそらく、本を読み終わったのだろう。まるで物語の余韻に浸るように、すずかはため息を吐いていた。きっと今のすずかの心の中は、たった今出てきた物語の世界の出来事が駆け巡っているのだろう。その物語が面白かったかどうかは、別として。
だからアタシは、すずかが落ち着くのを待ってから、背中を合わせたまま、すずかに声をかけた。
「読み終わったかしら?」
「アリサちゃん。……ごめん、待たせちゃった?」
「いや、そんなに待ってないよ。それに、すずかが謝ることじゃないでしょ?」
まぁ、待っていないと言えば嘘になるが、待つことは苦になっていない。
だからアタシはあえて、さっきと同じ返事をすることにした。
「でも……」
「はいはい。だから、すずかが謝ることじゃないの。アタシが待ちたいから、すずかのことを待ってたの。だからすずかは気に病まずに、好きなように本を読みなさい」
まったく。
何回言葉にしても、この子は納得してくれない。
それがすずかの美徳であり、欠点でもある。
人がいいと言っても、例え自分の都合を無視してでも、相手に合わせようとする。すずかは自分のことよりも先に人のことを考え、優先する子なのだ。そういういじらしいところは堪らなく愛おしいんだけど、たまには、自分の都合を優先して、アタシにくらいは我儘を言って欲しい。
アタシは、すずかが本を読むことが、好きなんだから。
「……すずか。そのままでいいから、聞いてくれないかな?」
「……うん? どうしたの?」
アタシはそのままの体勢……背中合わせで座ったままの姿勢で、すずかに話しかけた。
ちょっと恥ずかしいことを言うつもりだから、この顔がすずかに見えないように。視線を合わせないように、背中合わせのままで。
「アタシは、本を読むすずかのことが好きなの。……いや、他にも好きなところはたくさんあるけど、とにかく、アタシは本を読むすずかが大好き。笑顔で本を探すすずかと一緒に図書館を回るのも好きだし、こうして一緒に本を読むのも、本を読むすずかの横顔を見ることも、すずかが本を読み終わるまで待っている時間も好きなの」
「アリサ、ちゃん……」
「だからすずかはなにも気にせずに本を読んでて。アタシは、すずかが本を読むことが好きなんだから」
なんとなく、考えていたことが言葉になっていた。特に意識したわけでもなく、アタシは思っていたことを口にしていた。
まったく、今日のアタシはどうかしてるのかもしれない。
こんな柄にもないことを言うなんて。
この気持ち……すずかのことが好きだってことに嘘偽りはない。ただ、改めてこんな、愛の告白じみたことを言うのは、やっぱり柄じゃない。
……正直、恥ずかしい。きっと今のアタシは顔も真っ赤だし、照れくさくてすずかの顔をまともに見ることができない。そうなることが分かっていたから、背中合わせのままで聞いて、とすずかに言ったのだ。やっぱり、慣れないことはするもんじゃない。
でも、アタシは言葉にしないといけない。
だってそれは、背中合わせにしただけじゃ伝わらないこと。言葉にしないと、伝わらない気持ちだから。
「アリサちゃん……」
驚いたような、すずかの声。
もう長い付き合いだ。背中合わせのままで、すずかの顔を見なくったって、すずかがどんな表情をしているのか、なんとなく想像は付く。
そして、すずかが次に言う言葉も。
「…………ありがとう、アリサちゃん。…………私も、アリサちゃんのこと、大好きだよ」
なんなのかしらね、この気持ち。
お姫様を愛してしまったから……こんな気持ちになるのかしら。
こんな告白じみたことを言って、アタシはすごく照れくさいし恥ずかしい。心臓の鼓動は全然治まらないし、身体と顔がすごく熱い。今すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。
でも、すずかに好きって言われて、アタシの心はこれ以上ないくらいに震えた。正直、嬉しくてたまらない。恥ずかしい、逃げだしたい。そんな気持ちを遥かに上回るくらい、アタシはすずかのことを愛おしく感じている。
まったく、柄じゃないわ。
アタシがこんな、恋する乙女みたいになるなんて。
「…………」
この世界は、言葉にしないと伝わらないことばっかりだ。
普通の人とやり取りをしようと思ったら、自分の意志や主張は言葉にしないといけない。想うだけでは伝わらないし、親しい間柄でも、本当に大切な言葉は、言葉にして伝えないといけない。アタシはすずかを愛しているし、すずかはアタシを愛している。そんなことは今更伝えなくてもお互いが感じているけど、それでも、言葉にしないと伝わらない。
それと同時に、言葉にしなくても伝わることもたくさんある。
言葉だけのコミュニケーションだけで済むほど人間社会は単純なものじゃないし、わざわざ言葉にしなくても相手が分かってくれるということは、それだけで嬉しいことだ。
言葉にしなくても伝わること、伝わらないこと。その線引きは中々に難しい。
相手との親しさにもよるし、その時の状況にもよる。
ただ。仲が良いということは、その言葉にしなくても伝わることがどれだけ多いのか、ってことなんじゃないだろうか。
言葉にしなくても伝わる。それは、お互いのことを分かりあえていないとできることじゃない。知らない人よりも友達の方が言葉にしなくても伝わるし、友達よりも近しい恋人や家族なんかは、それ以上に言葉にしなくてもアタシの言いたいことを分かってくれる。
お互いに触れあえている。心と心で繋がっている。それだけで十分、相手の気持ちが伝わってくる。
だから。
こうして、背中合わせで伝わるということは……かなり、凄いことなんだ。
アタシは今、すずかと背中合わせで座っている。だからすずかのことは見えないし、どんな顔をしているのかも分からない。だけど、今すずかがどんな気持ちでいるか、すずかがどんな表情でいるのか、アタシは分かる。それはきっとすずかも同じ。付き合いも長いし、アタシ達は心で繋がりあっているから、すずかの気持ちが、背中合わせで伝わってくる。
もちろんそんな相手は、この世界にはきっと一人しかいない。
それだけ繋がりあえる人間はきっとこの世に一人しかいなくて、その人を世界で一番愛しているから、自分の気持ちを言葉にしなくても伝えることができるんだ。
でも、そんな人にも、言葉にしないと伝わらないことがある。
「…………ありがと」
好きだと言ってくれたすずかに対して、アタシは返事をする。そういうことを……自分の気持ちを伝えるのは柄じゃないし、照れくさくて、どうしてもそっけない返事になってしまう。
それでもアタシは、その気持ちを伝えたいんだ。
あなたのことを愛しています。
その気持ちだけは、言葉にしないといけないのだから。