「いざ!」
「尋常に!」
『勝負!!』
開始の合図と同時に、エリーゼが前に踏み出した。脚部に魔力を込め、瞬間的に速度を上げる近代ベルカ式の基本魔法。逆に言えばこれに対応できなければ、近代ベルカ式を使用する魔導師とはまともに戦えないことになる。
一秒にも満たない時間で、数メートルあったエリーゼとヴィヴィオとの間合いが詰められる、
ハズだった。
対して、ヴィヴィオも同様の技法を使用する。脚部に魔力を収束し、強化する。
ただし前に進むためではなく、後ろに下がるために。
二人の間にある距離は、変わらない。
「ザイフリート!」
『Accel Shooter』
ヴィヴィオは後ろに下がると同時にアクセルシューターを起動、十のディバインスフィアを一瞬にして生成、
「シュート!」
間髪入れず、自身の前方に放つ。コマンドを入力されたディバインスフィアは直線軌道を描き、虹色の光の筋が真っ直ぐにエリーゼに向かう。
「フン!」
高速で迫りくる十の光弾に対し、エリーゼは回避行動を取ろうとはしなかった。手にした十字槍型のデバイスを振るい、次々と光弾を破壊していく。十字槍はエリーゼの身長と同じくらいの長さをしているのに、その長さも、重さも、エリーゼは感じさせなかった。まるで自分の手足のごとき十字槍捌きで、同時にヴィヴィオとの間合いを再び詰めにかかる。
『Schwalbefliegen』
最後の光弾が破壊されたところで、更に、エリーゼのデバイスからの音声が聞こえる。その声色は力強く、壮年の男性を模したと思われる機械音声。その声と同時に、エリーゼの周りに四つの実体を持つ魔力コーティングされた金属弾が召喚される。その色は、鮮やかな橙色。
「行きなさい、弾丸!」
エリーゼの掛け声と共に、橙色の光弾がヴィヴィオに発射される。質量を持った魔力弾、ただの魔力防壁では防ぎきれない。
「ディバイン……」
そこでようやく、エリーゼは気付く。
ヴィヴィオが、ザイフリートを腰だめに構えていることに。
その足もとに展開されているのは、ベルカ式魔法陣。ザイフリートを取り囲む環状魔法陣は、ミッドチルダ式のそれなのに。ヴィヴィオ特製、ミッド式とベルカ式の複合砲撃魔法。
「バスター!」
瞬間、ザイフリートから巨大な純魔力エネルギーが放出される。
虹色のエネルギーの塊は直撃寸前だった金属弾を一瞬で吹き飛ばし、威力を一切減衰させることなく、エリーゼに向かう。大気を震わせるほどの魔力が、エリーゼのブロンドの髪を揺らす。
「なッ!?」
エリーゼは迫りくる魔力砲撃に対し驚くも、咄嗟に回避行動を取る。一瞬の判断でヴィヴィオの砲撃は、到底防御しきれるものではないと踏んだのだ。脚部に魔力を収束し、地面を蹴る。ほぼ同時に、エリーゼの真横を魔力砲撃が通過する。自慢の長いブロンドの何本かが、砲撃に持っていかれた。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
エリーゼが再び地に足を着けた時には、すでにヴィヴィオが眼前に迫っていたのだから。
「ザイフリート、リミットⅠ・リリース! フォルムツヴァイ!」
『Balmungform 』
ヴィヴィオに、まるで長剣のように構えられた状態のザイフリートが、その形態を変化させる。ひし形十字を模った魔導師の杖その先端部から片刃の刀身が伸びる。杖の柄の部分は縮み、杖としてではなく、剣として両手で扱いやすい長さになる。鐔の部分は、魔導師の杖の状態と同じようにひし形十字の意匠があしらわれている。
ザイフリート第二形態、バルムングフォルム。
古代ベルカ語で『英雄の剣』を意味するその名の通り、近接戦闘用の形体だ。
ヴィヴィオは片刃の長剣に変化したザイフリートを真上に振りかぶる。
「はああっ!」
そして、掛け声と共に、ザイフリートを力の限り振り下ろした。
「くっ!」
エリーゼは反射的に両手で十字槍を掲げるように前に突き出し、槍の柄の中央部分で刃を受ける。力に押され槍がしなるが、折れることなく刃を受け止めた。
「…………」
「…………」
ヴィヴィオは刃を叩きつけた姿勢のまま、エリーゼは刃を受け止めた態勢のまま、動かない。いや、動けない。下手に体勢を崩してしまうと、あっという間に追い詰められてしまう。二人とも、本能的にそれが分かっていた。
実力は互角か。
互いのデバイスを間に、睨みあう二人。
訓練場が、しんと静まりかえる。
「…………」
「――――!」
「!!?」
きっかけは突然。
瞬間的に、エリーゼが身体を手にするデバイスごと沈ませた。いきなり支えがなくなり、前のめりに体勢を崩すヴィヴィオ。エリーゼはそれを確認すると、立ち上がると同時に最小限の動作で十字槍を上に振り抜いた。
「っ」
体勢を崩され反応できなかったヴィヴィオの、ザイフリートが弾かれる。本来なら相手の得物を弾くことができるような動きではないが、エリーゼは近代ベルカ式の使い手である。足りない分の威力は、魔力で補う。手こそ離さなかったものの、勢いに負け、刃が後ろに持っていかれる。
その隙を、エリーゼは見逃さない。
一歩後ろに下がり、十字槍を構えなおす。それから腰だめに構え、両腕の力と腰の捻りを連動させ、ヴィヴィオを突き抜く。
そしてヴィヴィオも、その隙を許さない。
頭の上まで弾かれたザイフリートを咄嗟に柄を握る右手を逆手に持ち直し、左手を刃の付いていない方に添え、逆手になった右手を軸に無理矢理回転させる。ザイフリートの切っ先部分を下方向に向け、刃の腹の部分で、かろうじてエリーゼの十字槍の切っ先を受け止めた。キィン、と、澄んだ音が響き渡る。
再び、しぃん、と静まりかえる訓練場。
誰かが喋る音も、何も聞こえない。甲高い金属音の反響音が響くだけ。
「…………」
「…………」
デバイスをぶつけ合ったまま、睨みあう二人。
このままでは埒が明かない。
ヴィヴィオはバックステップを踏み、一旦距離を取る。それとほぼ同時に、エリーゼも後ろに下がる。
「……やりますわね。高町ヴィヴィオさん」
「……あなたこそ。エリーゼ・ダイムラーさん」
一度目の激突、純粋な力と力の激突は、ほぼ互角。
しかし、ここにいる誰もが、ただの一度の激突、わずか一分程度の攻防で決着がつくとは考えていない。
二人は距離を取ったまま、再びデバイスを構えなおす。
ヴィヴィオは剣を持つ基本の姿勢、中段の構えに。
エリーゼも、槍の柄の真ん中を右手で、石突を左手で持つ槍術の基本の構え。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
デバイスを構え、睨みあうヴィヴィオとエリーゼ。
一定の距離を保ち対峙する二人の間に言葉はない。
そこに在るのは、本気の気持ち。
決意と想いをかけた、真剣勝負の空気。
「……私は、あなたのことを見誤っていたのかもしれません」
張りつめた空気の中。先に口を開いたのはエリーゼの方だった。
「あなたは強い。私とて、聖王騎士の端くれ。一度剣を交えれば、そのくらいのことは分かります。おそらく、普通に戦っても、勝つことは難しいでしょう。ですから……」
エリーゼが、踏みこむ。
「私も、『聖王の魔法』を、使わせていただきます!」
エリーゼの正面に、五つのベルカ式魔法陣が展開される。橙色の輝きに導かれる魔力の流れが普通でないことに、ヴィヴィオは気付いた。
聖王の魔法。
それはヴィヴィオが持つ、『聖王の鎧』と同じ意味を持つ魔法。
かつて聖王の一族のみが使うことのできた固有スキル。
その能力は本人の実力に関わらず、Sランク相当の能力を発揮する。
未知の力に対し、ザイフリートを握る手に思わず力がこもる。
エリーゼの発動させた魔法陣から、せり上がるように人型をした何かが召喚される。それらは黄金色の鎧を身にまとい、顔を兜で覆い、手には長槍と直径一メートルはありそうな大きい盾を構えている。その数は、魔法陣と同じ5体。
それらは完全に召喚されると、盾を構えて、エリーゼを守るかのような陣形を組む。それから、お互いに密集して盾の上から、地面にほぼ水平に槍を突き出す。攻防一体の密集陣形を取る、俗にファランクス、と呼ばれる戦法。
その槍の切っ先はすべて、ヴィヴィオに向けられている。
隊列を組む黄金色の鎧騎士達に、ヴィヴィオは覚えがあった。
『聖王の従者』
それはかつての聖王の一族のみが使用することのできた、聖王の魔法のひとつ。
ヴィヴィオの持つ『聖王の鎧』のように、聖王の血を受け継ぐ者しか使うことのできない技術。
それを、まさかエリーゼが使うことができるとは。一応、もしかしたら、とは思っていたが、聖王の血がほとんど残されていない現代において、本当に自分以外聖王の魔法を使える人がいるとはほとんど考えていなかった。
ヴィヴィオは改めて、召喚された鎧騎士達を観察する。
鎧の金色の光沢からして、鎧の材質はおそらく真鍮。銅と亜鉛との合金である真鍮は、強度は大したことはない。ただし、それは一般的な真鍮の話。エリーゼが召喚した鎧騎士の鎧が、Sランク相当の力を持つと言われている聖王の魔法によって召喚されたそれが、一切の魔力的加護を受けていないわけがない。
ここは、相当の強度を持つと考えるのが妥当。
見た目や生半可な知識で判断するのは危険すぎる。
鎧騎士の数もそうだ。
エリーゼは今五体の鎧騎士を召喚したが、はたしてそれが召喚できる最大数なのか。槍と盾を装備しているが、それ以外の装備も可能なのではないか。人以外の生物の形を取ることも可能なのではないか。
「っ…………」
不確定要素が多すぎて、迂闊に手を出すことができない。
ここは、受けに回ることしかできない。
その事態に、ヴィヴィオは戦慄する。
果たして今の自分に、エリーゼを加えて合計六つの槍の猛攻を捌き切ることができるのか。
「……来ないようですわね」
エリーゼの声は相変わらず、揺るがない強さを持っていた。
「なら、こちらから行かせていただきます!」
エリーゼの声と共に、事実上の第二ラウンドが始まる。
「行きなさい、ヴァルキューレ!」
エリーゼの指示を受け、五体の鎧騎士達が一斉に動き出す。左手に持つ盾を前に構え、槍を盾の上から地面にほぼ水平に突き出すファランクスの体勢を崩さぬまま、ヴィヴィオに向かって走り出す。一糸乱れぬその動きは、事前に組まれていた密集隊形を崩さない。
「ファーフニル、フォルムツヴァイ!」
『Hrottiform』
更に、力強い男性の機械音声と共に、エリーゼの持つ十字槍の刃と柄の部分のつなぎ目がスライドし、鈍い音と共にカートリッジがロードされる。柄の中央で二つに分かれ、十字の形をした穂先のうち、中央の刃が伸びる。分割された刃が付いていない側の方の柄にも、同様の刃が形成される。
まるで、鍔の部分が刃で構成された、二振りの片手剣。
ファーフニル第二形態、フロッティフォルム。
古代ベルカ語で『突き刺すもの』を意味する名の通り、槍の特性を持つ、二振りの片手剣だ。
「はっ!」
エリーゼはそれを両手に握り、先に走り出しているヴァルキューレ隊に続く。
前には槍を構えた五体の鎧騎士。更にその後ろには、二振りの片手剣を構えるエリーゼ。
二重の攻撃網に、ヴィヴィオは、
「飛んで、ザイフリート!」
『Flier Fin』
瞬時に魔力の羽を形成し、空中に退避する。その色は、鮮やかな虹色。上空に退避したので、自然とヴァルキューレ隊を見下ろす体制となる。
それまでヴィヴィオがいた場所を通り過ぎるしかないヴァルキューレ隊。
しかし、ヴァルキューレ隊をそのままでいさせるほど、エリーゼは馬鹿ではない。
「飛びなさい、ヴァルキューレ」
エリーゼのその言葉が何かのコマンドであるかのように、ヴァルキューレ隊に変化が起こる。五体のヴァルキューレの傍らにベルカ式魔法陣が展開され、新たに、鎧と同じ色をした、おそらく同じ材質でできているのだろう、真鍮製の馬が召喚される。それらの馬は、身体に不釣り合いなほどに大きな羽根を生やしていた。
ヴァルキューレは傍らの馬に乗り、金属の羽根の羽ばたきによってヴィヴィオと同じ高さまで飛び上がった。魔法の効果とはいえ、金属でできた馬が空を飛ぶことに少し驚くヴィヴィオ。馬とそれに乗るヴァルキューレを合わせても、軽く五〇〇キロは超えているハズである。それを宙に浮かべるだけでも大変なのに、五体も空戦に利用するとは。実用レベルでの、合計で二トン以上にもなる複数の鎧騎士の精密操作。エリーゼの実力の一端が伺えた。
そうやってゆっくり驚く時間すらも、エリーゼは与えてくれない。
空に浮かぶ上がるなり、ヴァルキューレ達はヴィヴィオに矛先を向け、全速力で突っ込んできた。金属の馬の速度は意外に早く、金属製であるがゆえの重量も相まって、まるで大砲の弾のような鈍い風の唸りがヴィヴィオの耳に届いた。
『Flash Move』
ザイフリートの音声と共に、ヴィヴィオの姿が一瞬だけかき消えた。目標を失い、文字通り空を切るヴァルキューレ達。
『Accal Fin』
再びヴィヴィオの姿が現れる。
ヴィヴィオが出現したのは、ヴァルキューレの真横。側に付かれたヴァルキューレはすぐに身体を捻って槍を向けるが、それよりもヴィヴィオの刃の方が早かった。魔力で強化した斬撃を、ヴァルキューレ本体ではなく馬の羽根に向かって加える。
羽根が形成されている場合、魔力で浮かんでいるとはいえ、その羽根の意味は大きい。
単純に魔法のイメージの問題だ。何かを魔法で操る場合、ただ漠然と対象を浮かばせるよりも、羽根や翼などに飛行のイメージを付加する方が遥かに効率がいい。航空魔導師には、例えば高町親子のフライヤーフィンや、最後の夜天の主のスレイプニィルのように、飛行魔法で羽根を形成する場合が多い。そうでないことも多々あるが、それは個人の適性や相性などの問題である。
そして、そういったイメージ付けを付加されている場合、その羽根を破壊されれば、魔法で浮かんでいるにも関わらず、飛行魔法は力を失う。
ヴィヴィオが切りつけたヴァルキューレも、予想通りその例に漏れなかった。
羽根を破壊されたヴァルキューレは空中で体勢を崩し重力による自然落下を始める。落下の直前に槍が振られたが、体勢を崩したため槍は正しい軌道を描かず、ヴィヴィオの僅か上を掠める。
対象の撃墜を確信し、ヴィヴィオは足を止めない。
あらかじめザイフリートに打ち込んでいたコマンドを活用し、ヴァルキューレ小隊のいる空を高速で駆け抜ける。ヴァルキューレが個々に知能を持つかどうかは分からないが、それでも、ヴィヴィオは高速起動でヴァルキューレ達を翻弄する。次々に羽根を切断され、ヴァルキューレ達は墜落を始める。観客達には、まるで虹色の光がヴァルキューレの間を駆け抜けたように見えただろう。
最初に撃墜されたヴァルキューレが音をたてて地面にぶつかるのと、最後のヴァルキューレが羽根を切断されたのはほぼ同時。
そしてなお、ヴィヴィオは足を止めない。
一瞬で方向転換、目標を変更する。
迫るのは、ヴィヴィオと同じく宙に浮かぶエリーゼ。ヴィヴィオの高速起動に驚いたのか、表情には若干の驚きがのぞく。
『ブリッツアクション』
ヴィヴィオはエリーゼとの距離を一瞬で詰めにかかった。ミッドチルダ式の瞬間高速移動魔法。短距離を高速で移動する魔法で、熟練者が使用すればまるで瞬間移動でもしたかのような移動が可能。ヴィヴィオはまだその領域には達していないが、その速度は十分で、ヴィヴィオの飛行軌道には残像が発生していた。
「はぁっ!」
ほんの一瞬に近い時間で、ヴィヴィオはエリーゼに肉薄する。
掛け声と共に、ザイフリートの刃を振り下ろす。
魔力の籠った渾身の一撃。
しかし、その攻撃は、エリーゼには届かない。
「っ!?」
ヴィヴィオとエリーゼの間に割り込む影が一つ。その影に、金色の輝きを持つ真鍮製の鎧騎士に斬撃は阻まれる。エリーゼに攻撃する代わりに、構えられた盾の半分近くをヴィヴィオの剣が切り裂く。真鍮は脆いが、ヴァルキューレ隊が持つ盾ほどの厚さにすれば、十分な強度を持つ。脆さとそれを補うための厚さ、その結果、破壊されることを前提にヴィヴィオの攻撃を止める。
そしてその柔らかさが仇となった。
「!? く、っう!?」
ヴァルキューレの構える盾の半分近くまでめり込んだザイフリート。エリーゼの反撃に備えるためにザイフリートを盾から引き抜こうとしたが、思っているより深く喰い込んでしまったらしく、力を入れてもすんなりとは抜けてくれなかった。
ヴィヴィオの表情に焦りが生じる。
この隙を、エリーゼが見逃してくれるハズがない。
なんとか、しないと。
そう、思った瞬間、
ヴァルキューレの身体が、まるで身体の内側に爆発物が仕込まれていたかのように、いきなりはじけ飛んだ。
「!?」
内側からの爆発によって、ヴァルキューレを構成していた金属片がまるで散弾のようにヴィヴィオに迫りくる。その破片を、ヴィヴィオはシールドを張ってやり過ごす。金属片の量は多く、視界が遮られる。
一瞬だけ、エリーゼの姿を見失う。
エリーゼはどこか。周囲を見渡す、が。エリーゼは逃げも隠れもしていなかった。
エリーゼは両手のファーフニルを、両腕を胸の前で交差するように構えて、大量の金属片と共にヴィヴィオに切りかかってきたのだから。
別の場所に意識を向けていた。この襲撃にヴィヴィオはかろうじて反応したが、
(障壁が、間に合わな――)
交差したエリーゼの両腕が振り抜かれる。その刃の形のごとく、十字の軌道を描く斬撃。
ヴィヴィオを襲うその斬撃は。
ヴィヴィオに命中する直前で、虹色の盾に阻まれた。
「う!?」
突然出現した虹色の盾に戸惑うエリーゼ。盾を破壊しようと力を込めるが、ヴィヴィオを守るその光の盾はビクともしない。結界破壊の術式も効果を示さない。
「まさか……!」
「『聖王の……盾』……」
ようやく真鍮製の盾からザイフリートを引き抜き、苦笑いをするヴィヴィオ。
間に合って良かった。成功して良かった。心からそう思う。
一昨日までのシスターシャッハの特訓で、成功率は低いもののなんとか発動させることができるまでになった『聖王の盾』。Sランク砲撃までなら完全に防ぎ切り、根本的な術式から異なるため結界破壊の魔法も通用しない、絶対防壁。
ヴィヴィオが持つ、聖王の魔法の一つ。
予想外の魔法の行使に、今度はエリーゼが面食らう。
そのチャンスを、ヴィヴィオもまた見逃さない。
半歩後ろに下がり、発動していた聖王の盾を解除する。盾を破壊しようと力を込めるエリーゼは咄嗟に反応するが、予想外の驚きもあり、瞬時に体勢を立て直すことができない。時間にしてコンマ数秒単位の隙が生じる。
再び構えなおしたザイフリートに、魔力と術式を叩き込む。
「ザイフリート!」
『かしこまりました、お嬢様』
刃の付け根とひし形十字をかたどった鍔の部分がスライドし、カートリッジがロードされる。
ベルカ式最大の特性、カートリッジロード。一時的に、ヴィヴィオの魔力が増強される。増してや、今のザイフリートは古代ベルカの失われた技術と、近代ベルカの最新技術の結晶体。カートリッジ一発分のロードですさまじい効果を発揮する。故に、カートリッジシステムを搭載したフォルムツヴァイを起動するためには、施されているリミッターを解除しなければならないのだ。
それだけのシステムを操り切ることの難度を、ヴィヴィオはまだ知らない。
対して、エリーゼも負けていない。
「ファーフニル!」
『Jawohl』
瞬時にザイフリートの脅威に気付き、両手に握ったファールニルからそれぞれ一発ずつ、合計二発のカートリッジがロードされる。それでようやく、互角以上。不利な状況下にある今は、ほぼ互角。
準備は完了。
お互いに標的を定め、そして激突する。
『はあああああぁぁ!!』
交差は一瞬。その一瞬だけで、巨大な魔力が一点に集中する。
激突。衝撃。
お互いのありったけをぶつけ、二人はすれ違う。後に残されたのは、激しい激突音と、圧縮された魔力の衝突により発生する魔力の衝撃波。放出されたその力は間接的に周囲の空気に働きかけ、風を発生させる。
その一瞬の激突は、傍観者たちには虹色の光と橙色の光が交差したように見えていた。
交差した虹色の光と橙色の光はそのまま進み、距離を置いたところで停止する。
動きを止め、なお動かないヴィヴィオとエリーゼ。
ヴィヴィオの右の頬には一筋の赤い線が引かれ、そこから血が滴り、
エリーゼの右肩のバリアジャケットは、騎士甲冑の金属ごと切り裂かれていた。
衝突の結果は、痛み分け。
お互い、戦いの支障にもならないほどの軽傷、あるいは無傷。
ヴィヴィオは頬に滴る血を軽く拭い。
エリーゼは一瞬だけ右肩を一瞥し。
二人はほぼ同時にゆっくりと振り向き、再度自身の相棒を構える。一定の間合いを保ったまま、二人とも、デバイスにさきほど消費したカートリッジを補充する。
相手の脅威を理解する。
防ぎきることのできない二筋の斬撃。
魔力付与された甲冑ごと切り裂く剣技と魔力密度。
油断も過信も、許されない相手。
正に、聖王の名を名乗るに相応しい。
正に、聖騎士の名を名乗るに相応しい。
お互いの実力を確認し、それでも決闘は終わらない。
己の魔導と誇りをかけた真剣勝負。
どちらかが戦えなくなるまで。雌雄を決するまで。戦いは終わらない。
「…………ぁぁああああああ!!」
「…………はあああああああ!!」
どちらともなく、戦いは再開される。
第三ラウンドは、航空機動戦。
空戦機動の実力勝負。
二人の少女たちは、まだ気付かない。
自分たちが、もう巻き込まれていることに。
空中に、虹色の光の筋と橙色の光の筋が引かれる。一定の軌跡を描かず、縦横に動き回るそれらが交差するたびに、甲高い金属音が周囲の空に響き渡る。瞬間的な魔力の激突により周辺の空気も影響を受けているのだが、その影響は地上までは届かない。
届くのは、光と音のみ。
地上で二筋の光を見つめる者達の大半は分からない。
ヴィヴィオとエリーゼ。二人の斬撃の交差の過程が。
時に曲線を描き。時に円を描き。時に螺旋を描き。時に直線を描き。時に高度を変え。時に速度を変え。時に軌道を変え。
二筋の光は交差を続ける。
「くっ!」
「むう!」
お互いに一歩も引かない。
虹色の光が斬撃を放てば二刀の刃で受け止めいなされ、橙色の光が斬撃を放てば受け止め避けられる。
呪文を詠唱する時間も、防壁を展開する間すらも与えない。与えてくれない。
状況は拮抗する。
激突は続く。
一瞬に感じる時間が、しかし実際には数分を過ぎた頃だろうか。
一際大きな金属音と共に、ヴィヴィオとエリーゼは距離を置いた。
様子見でも撤退でもない。
一撃で勝負の決する大規模魔法を放つために。
『灼熱の国の主よ、灼熱の檻と紅き焔によりて、すべてを呑み込め』
『氷結の国の主よ、氷雪の泉と白き風によりて、万物を包みこめ』
奇しくもそれは、ベルカ式の広域魔法。図ったわけでもないのに、対を成す魔法の行使。
この年においてベルカ式の近接魔法・遠距離魔法の両方を行使する両者の実力。
対をなす魔法だからこそ、実力の差がはっきりする。
『ムスペルヘイム!』
『ニヴルヘイム!』
方や、橙色の光の操る、空間系炎熱魔法。
方や、虹色の光の操る、空間系氷結魔法。
莫大な熱量と、絶対零度に近い冷気が激突する。
一瞬で空気が熱気によって膨張し、一瞬で空気が冷気によって縮小し、その急激な気圧差に、魔法と魔法の衝突点を中心に、会場全体に轟く爆発が起こる。
ぶつかり、相殺された魔力は周囲に風となって拡散し、発生した炎と氷は水蒸気となって辺りを白い霧で包み込む。
会場全体が、一時的に白い霧で覆い尽くされる。
それだけの量の氷を瞬時に発生させ、それだけの氷を溶かし尽くす、ヴィヴィオとエリーゼの能力。
会場の観客席にはあらかじめ結界が設置されているため、観客や訓練場の備品などには被害はない。だが、もし結界が張り巡らされていなければ、観客はおろか訓練場も原形を留めていなかったかもしれない。
それだけの魔力。
二人の魔法とは関係のない一陣の風が会場を吹き抜け、白い霧を一層する。
現れたのは、魔法を発動させた時と変わらない場所にいるヴィヴィオとエリーゼの姿。お互いに身体を守るバリアジャケットが傷だらけでボロボロだが、身体には一切の傷がない。
二人の魔法は、完全に相殺されていた。
まだ、決着はつかない。
実力は完全に互角。故に、一切の隙も見せない。見逃せない。
霧が晴れるなり、二人は足に魔力を収束させ、同時に跳びかかった。
「ザイフリート、リミットⅡリリース! フォルムドライ!」
「ファーフニル、フォルムドライ!」
空中で光の筋を描きながら、デバイスの第三形態を起動させる、
『!』
不意に、二人は足を止めた。反射的に飛行以外の一切の魔法のコマンドをキャンセルする。
デバイスは変化せず、ヴィヴィオもエリーゼも空中に留まる。
それから、周囲を伺う。
感じたのは、異常な魔力の流れ。エリーゼがいる位置とも、ヴィヴィオがいる位置とも、まったく違う場所から感じる。そもそも、魔力の癖が自分達の相手のそれに合致しない。
それが意味することは――――。
『!?』
すべては突然のこと。
いきなり、ヴィヴィオとエリーゼの視界が漆黒に染まった。視界を潰されたわけではない。
「空間……隔離魔法!?」
「まさか!?」
一秒足らずの時間で、自分達が決闘をしていた場所が空間的に隔離される。予想だにしない事態に反応が遅れ、隔離結界の中に取り残されてしまった。
異常な魔力の流れ。
それは、第三者の介入を意味する。
自分達を覆うのは、漆黒の闇。
それまで感じていた周囲の気配も、魔力の流れも、その一切を感じない。
唯一の感覚は、相手の気配のみ。
すべてが、闇に包まれた。