初めて出会った時は、想いも覚悟もないのに、ただ才能があるというだけで聖王陛下の魔法を習得しようとしている、不届きな子だと思っていた。
次に出会った時は、あの子の有能さと、あの子なりの想いを、覚悟を知った。
それから、決闘をし、一緒に戦い、訓練を重ねる内に、あの子の強さと弱さを知った。
あの子が、誰かのためなら平気で無茶をすると理解できたのは、ほんの少し前。
あの子……高町ヴィヴィオは、アリカを救いだすために戦い、酷い怪我を負った。傷自体は今の医療技術なら傷跡が残らないくらいまでには回復できる、その程度のもの。彼女の身体に決定的な負担をかけたのは、その出血量と、無茶を通して戦い続け、体力が極端に衰弱してしまったこと。後から聞いた話では、もう失血死寸前まできていたらしい。彼女の小さな身体であれだけの血を流せば、命が繋ぎとめられなくなってしまう。事実、治療が終わってからも、ヴィヴィオは三日間ほど意識を失ったままだった。
ただ、まぁ、出血だけならば死んでさえいなければ輸血で補完できるし、ヴィヴィオもまだ成長過程の子供だ。きちんと休養と栄養のある食事を取れば、傷が癒え次第すぐに回復することができる。聖王教会系列の病院はとても優秀なスタッフが揃っているから、案外早く退院できるだろう。
しかし、さすがにあの時は、ヴィヴィオの母親である高町なのは三等空佐が青い顔をしてヴィヴィオが入院している聖王教会系列の病院に駆け込んできていた。人伝に聞いた話だと、意識を取り戻したヴィヴィオは高町なのは三等空佐に泣かれ叱られ怒られ、散々絞られた揚句親子揃って大泣きをしたそうだ。その場に私はいなかったから、それが本当の話なのかはわからないのだけど。
入院しておきながら周りを騒がせるのは、ある意味ヴィヴィオの才能なのかもしれない。誰からも好かれ、愛されているからこそ、彼女の周りにはいつも騒ぎが絶えない。私もかつては、その騒ぎを起こした人物の一人であって、そして今では、私も彼女のファンなのだから。
ヴィヴィオは、あれでいろいろなものを背負っている。それはもしかしたら、ダイムラー家次期当主としての私の背負っているものに匹敵する、いや、私のように、物心付いた頃から自覚していたのではなく、いきなりそれだけのものを背負わされたのだから、もしかしたらそれよりも大きくて重いものなのかもしれない。それだけのものを背負わされ、しかしヴィヴィオは逃げようともせず、立ち向かっている。いついかなるときでも、自分の想いを通し抜こうと、必死に足掻いている。
そんなヴィヴィオのことを、私は凄いと思い……尊敬すらしている。
それと同時に、なんだか放っておけないとも思っている。あの子は誰かのためなら平気で無茶を押し通すし、こうと決めたら絶対に意見を変えない強情さも持っている。だからこそ、芯がしっかりしているようで、どこか危ういところがある。それは、この一か月の付き合いで良く分かった。だから、誰かを護るために自分を顧みないあの子のことを、誰かが守ってあげないといけない。私に懐いてくれたあの子のことを、いつの間にか私は護ってあげたいと思うようになっていた。
今日は、私はヴィヴィオに会いに病院にやって来た。ようやく面会謝絶が解除されて、高町なのは三等空佐のような身内以外でも病室に入ることができるようになったからだ。シスターシャッハやカリム様が言うには、経過も順調で、もう数日中には退院できるそうだけれど、私はちゃんとお見舞いの品を持って来ている。入院している人を見舞うときには見舞いの品を持参するのが礼儀だし、それに、私は今日、ただヴィヴィオに会いに来ただけじゃない。
あの時、私はヴィヴィオと約束をした。
すべてが終わったら、ヴィヴィオが秘密にしていたこと全部、話してくれると。
一応、ヴィヴィオの素性や秘密は、カリム様達から詳しい説明を受けていて、もうすでに知っている。ヴィヴィオの生まれた理由と、その意味を。
だけど私は、ヴィヴィオと話がしたい。ヴィヴィオが秘密にしていたことを、他でもないヴィヴィオの口から、直接聞きたい。それが友達ということ、だと思うから。
それにしても、だ。
「私ともあろうものが、お友達、ですか……」
なんとなしに、一人ごちる。
ヴィヴィオと出会う前から、それは家柄上の付き合いから知り合った人だったり、あるいは学院の同級生だったりと、私にも友達と呼べる人達は何人もいた。ただ、それはどちらかというと、友達というよりはご学友、と言った方がいいような付き合いだった。正直に言って、普通のお友達、というのは少し躊躇われた。体裁を気にした、上辺だけのお付き合いと言うか。早い話が、私には本音と本音でぶつかり合えるような友達がいなかったのだ。
原因は、私の家柄のせいが半分で、もう半分は……悲しいことに、私自身が原因なのだ。これはヴィヴィオと付き合うようになってから気付いたのだけど、私はどうも、他人を寄せ付けないというか、他人から見て話しかけ辛い雰囲気があったようだ。多分、私自身が正しい信仰を体現しなければならないと無駄に気負っていたせいもあるし、私にそういう友達は必要ないと強がっていたから、なのだろう。
それも、今回の事件に関わって、ヴィヴィオやアリカと友達になって……考え方が、いつの間にか変わっていた。無意識下で緊張を強いられていた私は、今では友達を大切にしたいと思えるくらいに、心の余裕を持てるようになっている。
私が今日お見舞いに来たのは、話を聞くためということ以外にも、純粋にヴィヴィオのことが心配だから、と言うのもあると思う。
だけど私は今日、ヴィヴィオの話を聞いて、ひとつの決断をしなくてはならない。……いや、違う。ひとつの決断を、しようと思う。
ダイムラー家次期当主として、聖騎士として、聖王の従者として、そして何より、エリーゼ・ダイムラーとしての立場を決めないといけない。ヴィヴィオの――聖王陛下の存在は、私とヴィヴィオがそれまでの関係でいることを許してはくれない。そのくらい、私の背負っているダイムラー家の意味は大きい。
でも、ヴィヴィオと出会うことで私は変わってしまった。だから正直なところ……きっと、そんなことは建前に過ぎなくなってしまっている。最近の同年代風に言うとしたら『ぶっちゃけた話、聖王陛下なんてどうでもいい』
「……こんなこと言ったら、お父様に怒られてしまいますわね」
お父様どころか、親戚一同ご先祖様まで敵に回してしまいそうだ。
でも、仕方無い。今まで、私の人生はダイムラー家次期当主としての責任、正しい信仰を中心に回っていたハズなのに、ヴィヴィオと……友達と付き合う内に、私の中でのいつの間にか、聖王陛下のありがたみが薄れてしまっていたのだから。これには、私自身が驚かされた。
それだけ、私が余裕のない人生を送っていたということなのか。
もちろん、聖王陛下の偉大さは変わらないし、私がこれからも聖王陛下を信仰し続けることに変わりはない。だけど、きっと私には、それ以上に大切なことができた。
だから私は、ダイムラー家次期当主としてではなく、聖騎士としてではなく、聖王の従者としでもなく。エリーゼ・ダイムラーとしての、覚悟を決めよう。他の誰でもない。聖王陛下なんて関係ない。私も聖王の従者である前に一人の騎士であり、そして私は、ヴィヴィオの友達であると同時に、お姉さんでありたいから。私が私だから、覚悟を決めようと思う。
ヴィヴィオはとても真っ直ぐで、真面目な子だ。だからきっと、傷が癒え次第、例え一人でもアリカのことを助けようとするだろう。それだけの覚悟をすでに決めているだろう。まだ短い付き合いだけど、間違いないと思う。ヴィヴィオはそういう子で、私はヴィヴィオのそういうところに魅かれたのだから。
私はヴィヴィオのことを、自分のことを顧みないで誰かを助けようとして傷付くヴィヴィオのことを護りたい。いつしかそう思うようになっていた。誰かを助けるためにヴィヴィオが傷付くのなら、私が盾となってヴィヴィオのことを護り通そう。泣いている誰かを救うためにヴィヴィオが泣かないといけないのなら、私が剣となってヴィヴィオを泣かせる相手を薙ぎ払おう。だけど、ヴィヴィオと同じステージに立って共に闘うには、私も覚悟を決めないといけない。無論、ヴィヴィオと同じようにアリカも私の大切な友達だ。私だって、ヴィヴィオと同じようにアリカのことを助けたい。だけど、ヴィヴィオと共に戦うには、それだけでは足りない。
ヴィヴィオが覚悟を決めている。
それなのに、私が覚悟を決めないでどうするのか。そんなことで、ヴィヴィオと同じステージで戦うことができるとは思えない。そんなので、アリカ救出に関わる資格があるとは思えない。
ヴィヴィオと共に戦い、ヴィヴィオの全てを『聖騎士』エリーゼ・ダイムラーとしてではなく“エリーゼ・ダイムラー”として護ることを、私は私の意志で決めないといけないと、私は思うのだ。
だから私は、ヴィヴィオのいる病室の扉の前まで来て、深呼吸をしてから、ノックする。
「……はーい、どうぞ」
すぐに、中からヴィヴィオの可愛らしい声が聞こえる。
「失礼しますわ」
私はほんの少しだけ待ってから、扉を開いた。
※
病室にお見舞いに来てくれたエリーゼさんに、私はすべてのことを話した。
私が生まれた経緯のこと。
私を生み出した人物のこと。
生まれてから、なのはママと機動六課に出会い、JS事件に大きく関わったこと。
それから、なのはママの養子になって、ザンクト・ヒルデ魔法学院に入学して、普通の女の子として生きていきたかったこと。
私の素性を告げることに、私はどうしても恐怖のようなものを感じてしまう。
私の生まれはあまりにも特殊すぎて……聖王をベースにした生体兵器、として生み出されたわけだから、お話を聞いた人に嫌悪感を抱かせて……拒絶されてしまいそうで。そのことが、それまで友達だと思っていた人に拒絶されることが、私は怖い。
エリーゼさんとお話をしている間も、その恐怖がずっと頭から離れなかった。
だけど、エリーゼさんは、私のお話を聞いて顔色を変えるわけでもなく、時々相槌を打ちながら最後まで静かに聞いてくれた。
やがて、お話が終わって、数秒間お話の内容を咀嚼するように目を閉じていたエリーゼさんが、口を開いた。
「……ヴィヴィオ」
名前を呼ばれ、ビクリと身体が反応してしまう。思わず、私が寝ているベッドのシーツを握りしめてしまう。心臓がドクドクと激しく脈打って、怖い。友達だと思っていた人に、私の素性を知られて、拒絶されてしまうことが、私自身が否定されてしまうことが、なによりも怖い。
「…………」
エリーゼさんは一度開いた口を閉じ、少しだけ考えるような素振りを見せた後、おもむろに手を伸ばして、
「もしかして、私がその話を聞いたからと言って、あなたのことを避けるとでも思っているのですか?」
私の頭を、優しく撫でてくれた。
「…………え?」
私は一瞬、エリーゼさんの言葉の意味が理解できなかった。
「見くびらないで下さい。私は、一度友であると認めた人間を、そのようなことで拒絶するような人間ではありません」
私の頭を優しく撫でるエリーゼさんの手が、とても暖かくて。
「生まれがどうだとか、身体の仕組みが普通の人と違うだとか、そんなことはどうでもいいのです。大事なのは心、その人の在り方、魂の在り方です。私は、あなたの心の在り方を認めて、あなたを友だと認めているのですから」
私に語りかけるエリーゼさんの声が、とても柔らかくて。
「でも、私は生体兵器で」
「泣いて、怒って、笑って、友達のために我が身を省みずに戦うようなあなたが生体兵器ですか? 無茶を通して血を流し過ぎて、死にかけるようなあなたが生体兵器ですか? 笑わせないでください。あなたは、生体兵器としては、生体兵器と呼ぶことすら躊躇われる欠陥品です。ですが、あなたは人間としては間違いのない存在です。優しい心を持ち、熱い血潮の流れる、すこし無茶のすぎる女の子です。だから、あなたは間違いなく人間であり、私の友達の、高町ヴィヴィオなのですよ」
微笑むエリーゼさんの顔が、とても優しくて。
自然と、私の瞳は涙をこぼしていた。
「だって、私、わたしは……」
あなたは人間であり、友達だ。
エリーゼさんにそう言ってもらえたことが嬉しくて、拒絶されたことに安心して、心が緩んで、涙が止まらない。震えていた手も、強張っていた身体も、拒絶されることに恐怖していた心も、エリーゼさんが、優しく溶かしてくれた。
「私、わた……」
言葉が言葉にならない。心が震える。嬉しくて、涙が止まらない。
こんな私の素性を知っても、友達でいてくれる。
そのことが、私にとって、とても、とても嬉しかった。
「まったく。ヴィヴィオは、泣き虫なのですね」
頭を撫でながら、少しだけ呆れたように、エリーゼさんが笑う。
その笑顔につられて、私もいつの間にか――笑っていた。
涙が収まるまでの数分間、エリーゼさんは私の頭をずっと優しく撫で続けてくれていた。
私はその間、ずっとエリーゼさんの優しさに甘え続けていた。
やがて、私が泣き止むと、エリーゼさんは私を撫でていた手を止め、どこか緊張した面持ちで、私に尋ねた。
「私からも、あなたに聞きたいことがあります。あなたはあなたの心で……これから、何を成したいのですか?」
何を成したいのか。
エリーゼさんの言葉を聞いて、私は真っ先にアリカちゃんのことを思い浮かべた。
アリカ・フィアット。
エリーゼさんと同じく私の親友で、お母さんを失ってしまった悲しみにつけこまれて、心を奪われてしまった。私はアリカちゃんの悲しみの深さに気付くことができず、結果として、アリカちゃんを助けることができなかった。
「……助けたいです」
何を話そう、なんて考えていないのに。
自然と、心の中に在ることが言葉になっていく。
「私は、悲しみに囚われて、心を奪われてしまったアリカちゃんを助けたいです」
「……それは、あなたがお母様に憧れているから?」
エリーゼさんの言葉が、私の心に突き刺さる。
私は、確かになのはママに憧れて魔法を習い始めた。なのはママみたいな強くて優しい魔導師になるために、魔導師になった。困っている人や泣いている人を助けるために戦うなのはママみたいになりたくて、アリカちゃんを助けようとした……のかもしれない。
だけど、今は違う。
私のお見舞いにやって来たなのはママに叱られて、二人で喧嘩して、怒鳴りあって、泣きあって、私はようやく答えを見つけ出した。
始まりは、確かにそこにあるのかもしれない。
それが、昔の私の理由だったのかもしれない。
だけど、今の私は、アリカちゃんを助けたいから助けたい。他の理由なんてない。なのはママへの憧れも、聖王としての矜持も、生体兵器としての生まれも、何もかもが関係ない。私はただ、友達が泣いているから、その友達を笑顔にしたいだけだ。
私が、生体兵器・聖王ヴィヴィオで在るからではなく、本物の“高町ヴィヴィオ”として在るから、私はアリカちゃんを救いたい。
「いいえ。私が、高町ヴィヴィオだから、私はアリカちゃんを
だから私は、エリーゼさんにはっきりと告げる。告げることができる。もう、揺れたりなんかしない。
それが、今の高町ヴィヴィオの心からの想い。
私は、アリカちゃんのことを必ず救いだしてみせる。
「……成程。それがあなたの……聖王陛下の、出した答えですか?」
「違いますよ。聖王としてじゃなく、高町ヴィヴィオとしての、答えです」
その答えを告げた時、エリーゼさんの周りの空気が、変わったような気がした。
「……分かりました。あなたが覚悟を決めたのならば、覚悟を決めているのなら…………私も、覚悟を決めなければなりませんね」
そう言うと、エリーゼさんは突然、その場に跪いた。それは、片膝を立てて、頭を垂れるという、いわゆる臣下の礼、と呼ばれるもの。跪き、頭を垂れている相手に、絶対の忠誠を誓う証のようなもので――
「誓います」
エリーゼさんが、先ほどまでとはまるで別人みたいに、言葉を紡ぐ。
「『聖騎士』エリーゼ・ダイムラー。只今この時より、あなた様に忠誠を誓い、この身に命ある限り御身を守護し、我が誇りと魔導の総てをあなた様に捧げることを、誓います」
それは、騎士が主に忠誠を誓うことを述べる口上。
その言葉に、態度に、私は混乱する。
「え、ちょ、え、エリーゼさん、それは、一体……」
「我が主、高町ヴィヴィオ。私のことは、これからは騎士エリーゼとお呼び下さい。主が、臣下にさん付けは、少し不味いですから」
僅かな隙も見えない、凛とした、騎士としてのエリーゼさんの声。
エリーゼさんの言葉に、私はただただ戸惑い……そして、嫌な予感がする。
エリーゼさんは、昔からずっと聖王に忠誠を誓い、仕え続けてきた、聖騎士と呼ばれるほどの家系の出身だ。その聖王への信仰心は、想いはただならぬことじゃない。だから、そのエリーゼさんが忠誠を告げるということは、私が聖王陛下だから……私のことを、高町ヴィヴィオとしてではなく、聖王ヴィヴィオとして見ているのではないか、と思ってしまう。
「…………言っておきますけど、私は何もあなたが聖王陛下だから、忠誠を誓っているのではありませんよ」
しかし、その私の不安は、いつもの口調に戻ったエリーゼさん自身によって解消される。
「私は、あなたのことを忠義に値する人物だと思ったから、主になって欲しいと願い出ているだけのことです。あなたが聖王陛下だから、あなたの中の聖王陛下に忠誠を誓うのではありません。私は、高町ヴィヴィオに、私の騎士としての誇りと魔導の総てを預ける、と言っているのですよ?」
エリーゼさんの言いたいことを纏めると、エリーゼさんは私の中の聖王に忠誠を誓うのではなく、高町ヴィヴィオに、誇りと魔導を総て『預けて』くれる……ということ、なのかな?
「もっとも、先ほども言いましたが、これはただ一人の騎士が、主となって欲しい人物に自分をあなたの騎士にしてください、と願い出ているだけです。ですから、主の資格のあるヴィヴィオは、この願いを受け入れなくても構わないのですよ」
そう、言われても……
ますます、意味が分からなくなってくる。
聖王陛下ではなく、私に、高町ヴィヴィオに誇りと魔導を預ける意味が、私には分からない。
「……あの、どうして、私なんですか?」
「言いましたわよ。私は、あなたのことを主に値する人物だと認めたと。あなたが、高町ヴィヴィオだから友達のことを
頭の中がグルグルする。
考えが、まとまってこない。
いきなりそんなことを言われても。
「大体、あなたは一人で突っ走りすぎなのです。先日だって、友達を助けるために怪我を押して無茶をして出血多量で死にかけるなんて……そんなの、放っておけるわけがありません」
……あれ?
もしかして私、エリーゼさんに怒られてる?
「だけど、そんなあなただから、誰かのために傷付くことを恐れず戦い、誰かのために泣くことのできるあなただから、私は私の総てを預けたいのです。騎士として生まれ、騎士としての誇りと魔導を胸に育ってきた騎士にとって、仕えるべき主に仕えるということは、何事にも代え難い歓びなのです。固く考えることはありません。ヴィヴィオはただ、私のことを、あなたの騎士だと認めて下されば、それでいいんですよ」
『お嬢様。私からも、お願い致します。どうか、騎士エリーゼの願いを、叶えてやってはくれませんか?』
ヴィヴィオとエリーゼしかいない病室に、初老男性を模した機械音声が響く。
突然会話に割り込んできたザイフリートに、ヴィヴィオは再び驚かされる。
「ザイフリート?」
『古代ベルカの時代から、騎士とは誇り高い生き物です。騎士として生まれ、騎士としての誇りと魔導を胸に育ってきた騎士にとって、仕えるべき主に仕えるということは、何事にも代え難い歓びなのです。騎士エリーゼは今、仕えるべき主を見つけ、その主に仕えることを望んでいます。お嬢様。どうか、目の前の騎士の最初で最後の願いを、聞き入れてください。それが、古くより誇り高い者達に仕えてきた、私からの願いです』
「お願いです、ヴィヴィオ。私を、あなたと同じステージで、あなたのために戦わせてください」
騎士は、仕えるべき主を求めている。そういうこと、なんだよね、きっと。
正直、いきなりすぎて戸惑うし、私がエリーゼさんの主に値する人物だとは思えない。だけど、エリーゼさんは私のことを主に値する人物だと見てくれている。
ザイフリートの言葉と、エリーゼさんの視線が突き刺さる。
……私も、覚悟を決めないといけないのかな。
エリーゼさんの想いを受け止める、覚悟を。
「…………ひとつだけ、条件があります」
「なんなりと」
「私とエリーゼさんが『騎士と主』で在るのは、私がそう在るべきだと判断したときだけです。普段は……私が『友達』としてエリーゼさんに見て欲しいときには、友達として私に今までどおりに接してくれませんか?」
それが、私の願い。私が、まだエリーゼさんと友達でいたいから、友達としての関係が心地よくて、このままで在りたいから、私のわがままでそんなことを願ってしまう。
「分かりましたわ。だけど、忘れないでくださいね。私はヴィヴィオの友人であると同時に、ヴィヴィオの騎士でもあるのですから」
「はい」
「ひとたび私があなたの騎士となれば。誰かを助けるために傷付くあなたのことを私が盾となって守り通します。泣いている誰かを救うために主ヴィヴィオが泣かないといけないのなら、私が剣となって主を泣かせる相手を薙ぎ払います。あなたは一人で戦っているのではありません。そのことも、忘れないでください」
強いな、そう思う。
エリーゼさんは本当に強くて、気高い。
私のわがままを受け入れてくれたエリーゼさんの想いを胸に刻みつける。そのくらいしか、今の私にできることはないから。
「では、これからもよろしくお願いします。我が主、高町ヴィヴィオ」
「は、はい。よろしくお願いします……」
再び頭を下げるエリーゼさんに、私も頭を下げる。
「では、主ヴィヴィオ。早速、私に命令を下さいませんか」
「え?」
エリーゼさんが、とても強い瞳で、私のことを見つめる。その深い色をした瞳を見つめるだけで、私はどういうわけか、エリーゼさんが求めている命令を、理解することができた。
だから、なるべく騎士の主らしく、エリーゼさんに命令を告げる。
「……で、では騎士エリーゼ。主、高町ヴィヴィオが命じます。私の友達を……アリカ・フィアットを
「主が命、確かに承りました」
二人揃って畏まり合い……そして、どちらともなく笑い出した。
「ヴィヴィオ、主が騎士に告げる初の命令で、口上をかまないでくださいな」
「す、すいません。慣れてなくて……」
「これから、慣れていってくださいね。我が主」
少しだけ咎めるような口調でエリーゼさんがそう言ってからもしばらくの間、私もエリーゼさんも、クスクス笑いが止まらなかった。
私の心は決まった。
エリーゼさんという、心強い騎士も味方についてくれた。
だから後は、戦うだけ。
友達を助けるために。泣いている友達を救うために。
他でもない、高町ヴィヴィオだから、高町ヴィヴィオとして。
受け継いだのは、本当の想い。
手にしたのは、全力で護りたい大切な人。
私が私で在ることに、もう迷わない。私が私であることは揺るがない。
今日この日に、私はようやく、本当の意味で“高町ヴィヴィオ”になれたから。
私は、全力全開で、アリカちゃんを、
それが私だということで、友達ということ、だから。
憧れは胸に秘めて。
私は、アリカちゃんを
・あとがき
いつもお世話になっています
EXBreaker管理人で作者の天海澄です。
これでようやく、phaseⅠは終わりです。
全十三話一クールのヴィヴィオが本当の意味で、自分の意志で高町ヴィヴィオになる物語、いかがでしたか。
少しでも、楽しんでいただけたならば、作者冥利に尽きるものはありません。
思えばこのお話を書いている半年は長いようであっという間でした。本当に。
大学の前期試験の前に始めたこのお話が、後期試験の前に終わるとは。
書くのが遅いですね。もっとはやく書きたいんですけどね。
二つの部活に所属(一応二つとも幹部)+アルバイト(らんらんるーの手先)+同人活動。
さて、作者の低いキャパでいつまでやっていけることやら。
phaseⅠの終わりは中途半端でなんだか打ち切りみたいだと、おそらく呼んだ方々全員が思うことでしょう。
ですが、打ち切りではありません。phaseⅠの物語、ヴィヴィオの想いは、phase Finalに続いていきます。
ちなみに、phaseはⅠ~ⅥとFinalがあるので、Finalが始まるのは早くても一年後……。
なるべく、早く始められるように頑張ります。
天海澄のsymphonyシリーズは、すべてのphaseが独立したお話です。
ですので、例えばⅡ~Ⅵまでを読まずにFinalを読んでも問題はありませんし、もちろんすべて読んでくださったら嬉しいです。
他の作品に例えると、某ひぐらしなんかは、問題編をひとつでも読んでいれば解のストーリーに問題なく進めますよね。
あんな感じです。
symphonyシリーズはまだ始まったばかりなのですよ。
最後に。
このような未熟な天海澄のSSにつきあってくださって、ありがとうございます。
身内で言うならば、いつも文章の校閲をしてくださっているEさんと、いつもイラストを描いてくれている東国四季にはとてもお世話になっています。
もちろん、このようなSSを読んでくださった皆様方も。
もし気が向いて、こんな天海澄のSSを読んで少しでも楽しんでいただければ幸いです。
では、これからも、天海澄とEXBreakerをよろしくお願いします。
2009/1/8 天海澄