「ザイフリート! リミットⅠ・リリース!」

『Balmung form』

 試験が開始されるや否や、ヴィヴィオは即座にザイフリートの形態を変化させた。

 ザイフリート第二形態、バルムングフォルム。

 片刃の長剣となったザイフリートを上段に振りかぶり、ヴィヴィオは一気になのはとの距離を詰めた。その加速を殺さず、ほとんど突進の勢いでザイフリートを振り下ろす。

 その一撃を、なのはは回避せずにレイジングハートで受け止めた。デバイスとデバイスがぶつかり合い、軋む音を立てる。さすがに切断は叶わなかったが、ザイフリートの刃は僅かにレイジングハートに食い込み、ヴィヴィオが力を加え続けることで少しずつその傷を広げている。

 その状態で、ヴィヴィオはザイフリートの柄から左手を離し、そのままなのはに向かって掌を突きだした。

『セイクリッドクラスター!』

 瞬間、虹色の閃光と共に、空気を震わす炸裂音。爆煙が二人の姿を覆い隠す。

 魔力散弾、セイクリッドクラスター。一発でも高い威力を持つ高密度魔力弾を、指向性を持たせて対象の至近距離で爆散させることで散弾銃のような高威力の面攻撃を行うベルカ式の攻撃魔法。

 ヴィヴィオの魔力でそれを放てば、並の魔法使いであればシールドごと吹き飛ばす大威力魔法となる。

 だが、他でもないヴィヴィオ自身が、そんなことでなのはを墜とせるとは考えていない。

 一撃必殺の威力を持つ砲撃魔法だけでなく、異様に高い防御力もまた、なのはの武器なのだ。

 即座に反撃が返ってくると考え、爆煙が漂う中、ヴィヴィオは警戒を解かない。

 そして、その予想は的中する。

 煙が晴れてきた途端、煙に覆われたヴィヴィオの視界に映ったのは、戦場においてその美しさに感動すら覚える、力強い桜色の光点。咄嗟に身体を捻った直後、桜色の閃光がヴィヴィオの眼前を、周囲の爆煙を吹き飛ばしながら通過した。

 ショートバスター。

 なのはの持つ数々の砲撃魔法の中で最速を誇る一撃。

 その一撃と共に煙が晴れ、再びヴィヴィオの前に晒されたなのはの身体は、無傷。その白と空色のジャケットに欠損は一切無し。

 分かってはいても、その反則級の防御力には戦慄を覚えざるを得ない。

 その上で、ヴィヴィオは再びなのはとの距離を詰めるために、足元に魔力を溜めて加速した。なにも考えずただ突っ込むだけではない。同時に10の魔力弾殻を形成、上下左右背後と異なる軌道を描かせながら、全方位からの強襲をかける。

 だが。

 ヴィヴィオが接敵する直前、ヴィヴィオより僅かに早くなのはを射程距離に収めた10の虹色の魔力弾殻は、同じく10の桜色の魔力弾殻によって、まったく同時に撃ち落とされていた。

「!?」

 その事実に、ヴィヴィオの顔が驚愕に歪む。

 高速で飛翔する誘導魔力弾を同じ誘導魔力弾で撃ち落とすだけなら、ヴィヴィオにだってできる。それだけであれば、さほど驚くべきことではない。問題は、10の魔力弾を一瞥もせず、ヴィヴィオに視線を向けたまま同時に撃ち落としたということだ。

 信じられないほどの、空間認識能力。

 完全に死角を狙った数発ですら、見向きもせずに撃ち落としたのだ。

 元より囮、撃ち落とされることを前提で放った魔法とはいえ、こうも卒の無い対応をされるとは思ってもみなかった。

 それでも、ヴィヴィオはプランを変更しない。

 二人の間合い一メートル以下、すでにシールドを展開したなのはに、ザイフリートの刃を再び振り下ろす。

『Schwarze Wirkung』

 刃とシールドが触れた瞬間、付与していた魔法が展開される。

 古代ベルカ式のバリアブレイク。

 その一撃により、まるで薄いガラスのように、なのはのシールドが音を立てて砕け散る。

「っ」

 先ほど見せた防御力が信じられないほどに呆気なく破壊されたシールド。

 初めて、なのはの表情が僅かに歪む。

 その状態のなのはに、なにかをさせる隙を与えない。

 間髪を入れず、ヴィヴィオは次の魔法を発動させた。

『インパクトキャノン!』

 拳に上乗せして発動する、高速大威力砲撃。

 虹色の奔流がなのはの身体を呑みこみ、吹き飛ばした。

 間違いなく、直撃している。

 だが、まだだ。

 高町なのはは、この程度では墜ちやしない。

『Plasma Smasher』

 ザイフリートを介した魔法の並列処理により、追撃の詠唱が完了する。

 フェイトのそれとは異なり、早撃ちを前提として魔導式を書き換えた帯電砲撃魔法。それを、虹色の奔流から解放されたばかりのなのはに向かって発射する。

『ファイア!』

 空気を焼く、高電圧の砲撃。

 紫電を纏う雷砲撃がなのはの身体を包み覆い隠す。

 直後、なのはがいる位置を中心に爆発が起こる。空気が震え、爆音が轟く。

『氷結の国の主よ、氷雪の泉と白き風によりて、万物を包みこめ』

 その状況でさらに、ヴィヴィオは詠唱を重ねる。

 砲撃魔法と詠唱魔法を組み合わせた三連撃。

 最後の詠唱魔法で、なのはのいる周囲の空間ごと薙ぎ払う。

『ニブルヘイム!』

 古代ベルカ式の空間系氷結魔法。

 空気すらも凍結させる冷気の檻が、なのはの近くにあった廃ビルごと世界を絶対零度に限りなく近しい氷の世界に創り変える。廃ビルは氷の中に封印され、余波によって周囲の海面が氷河になり変わり、空気中の水蒸気が一瞬で凝結し、霧となって周囲を覆い尽くす。

 目を凝らすが、なのはの姿は確認できない。

 撃墜されて氷河の下に沈んだが、氷漬けとなった廃ビルの中に隠れているのか、それとも……。

「…………」

 少なくてもその姿を確認するまでは、警戒を解くことはできない。

 ザイフリートを構え直し、並列思考によってもしなのはが撃墜されていなかった場合、のシミュレーションを開始する。

 ヴィヴィオとなのはは、魔法の資質としてはかなり近いものがある。

 魔法の方式の違いがあるとはいえ、両者ともに純魔力の直射・集束の適正が最も高い。つまり、親子揃って砲撃魔導師としての高い適性を持つということだ。

 だが、こと砲撃魔法に関しては、ヴィヴィオはなのはには絶対に敵わない。魔力の直射・集束技術といった純粋な実力から魔法の最大出力、それらの長所を活かすための機動・戦術・経験などあらゆる点において、なのはは一日の長どころか10年以上もの経験や知識の蓄積があるのだ。

 純粋な砲撃魔法戦においては、なのはへの勝ち目はない。

 それ以前に前提として、魔導師としての経歴が違い過ぎる。

 自分よりもはるかに格上の相手……自分よりも強い相手に勝つためにはどうすれば良いのか。

 それに対する答えはいくつかあるだろうが、この戦いにおいて、ヴィヴィオが出した答えは『相手よりも優れた点で勝負する』ことだった。

 なのはの長所は、極めて優れた砲撃魔法関連の技術の他にも、豊富な魔力や高い防御力、戦いに対する並外れたセンスと空間把握能力だ。

 だが、欠点として、純粋なスピードや詠唱魔法技術といった、射砲撃魔法以外の適正をほとんど持たない、砲撃特化の魔導師だということが挙げられる。教導官という職務上、他の魔法や近代ベルカ式の技術も有しているとはいえ、適性の低いそれらの魔法技術を実戦で使うことはほとんどないのだ。

 対して、ヴィヴィオがなのはに優っている点は純粋な近接格闘技術と並列処理能力、詠唱魔法技術、そして聖王の魔法だ。また、ベルカ・ミッドのハイブリッド魔導師であるため、魔法形式に縛られることもない。なのはほどの高い魔法出力を持たず、また砲撃魔法ほどの適正はないとはいえ、それらの長所は欠点を補ってあまりあるのだ。

 最大出力で劣るため、悪く言えばそれらは器用貧乏と評することもできるだろう。

 だが、少なくてもそれらの点に関しては、間違いなくヴィヴィオの方が勝っているのだ。

 それに、一番肝心な心、想いでも、負けているつもりはない。

 想いを通すために……それが、ヴィヴィオの選んだ道なのだ。

「…………」

 なのはが絶対零度の世界に呑み込まれてから、およそ30秒。

 未だなのはの姿はなく、魔力の反応も感じられない。

 それ故に、緊張が解けない。

 物音ひとつない静けさが、何故だか怖ろしい。

 やがて、塩気を含んだ冷たい海風によって、霧が晴れ始めた。

 ヴィヴィオの髪が風に揺れ、眼下に白く氷結した海面が見える。

 ――そして、桜色の光点も。

『Straight Buster』

 聞きなれた、女性の声を模した機械音声。

 同時に、ヴィヴィオの四肢を桜色のリングが拘束した。

「バインド!?」

 予備動作にすら気付けなかった拘束魔法。

 反射的に脳裏に浮かぶのは、一対一の戦闘での、砲撃魔導師の必勝法。

 不味い。拙い。マズイ。

 焦りの言葉は浮かぶが、強固なバインドを即座に解除することはできない。

 必死で解除の魔導式を構築し続け――やがて桜色の砲撃が、ヴィヴィオの身体を呑み込んだ。

 直後、爆発。

 反応炸裂砲撃、ストレイトバスター。

 なのはの反撃によって、今度はヴィヴィオが煙に包まれる。

 それとは対照的に、なのはの周囲を覆っていた霧が完全に晴れる。

 ようやく姿を現したなのはのジャケットは、上着が欠損し、腰の飾り布も三分の一ほどが消失していた。

 決して無傷ではない。

 だが、戦闘に支障があるほどのダメージではない。

 詠唱魔法を含む三連撃を以てしても、ヴィヴィオがなのはに与えたダメージはそれだけだった。

 それなのに、なのはは煙に包まれたヴィヴィオを見て、動こうとしない。

 ただ、ヴィヴィオの動向を確認するように見守り続け……やがて、煙が晴れる。

 その中から姿を現したのは、ヴィヴィオを覆い隠すほどの大きさの虹色の盾だった。

「聖王の盾、か」

 ポツリと、なのはが呟く。

「話には聞いていたけど……Sランク砲撃まで(・・)なら、完全に防げそうだね」

 その言葉には、どこか関心したような声色が含まれていて。

 拘束を解いたヴィヴィオは、聖王の盾もまた解除し、改めてなのはと向かい合った。

「私自身の能力は反映されないから、Sランク以上になると防げないけどね」

「そんな重要な情報、〝敵〟に教えていいのかな?」

「だって、なのはママが本気になったら、聖王の盾どころか聖王の鎧があっても防ぎきれないよ。それに……」

「……それに?」

「なのはママは、敵じゃない。私の大好きな、優しくてちょっと厳しいママで……そして私が、本気の想いを伝えないといけない相手です」

 だから大丈夫だよ、とヴィヴィオは笑ってみせる。

 その笑顔にあるのは、なのはに対する全幅の信頼。

 そこだけを切り取れば、微笑ましい親子のやり取りに過ぎない。

「……甘いよ。ヴィヴィオ」

 抑揚のない、どこか怒気を含んでいるようにすら感じられる声。

 なのはが努めて感情を殺しているのだと、ヴィヴィオにも理解できた。

「ヴィヴィオがこれから関わろうとしているのは、そんな甘い世界じゃない。確かに聖王の固有スキルは有用な魔法だけど……それだけでは対抗できない相手は、必ず存在する。それだけじゃない。僅かな油断や隙が、命取りになる」

 言われずとも、理解している。

 なのはは敢えて、追撃をしなかった。

 その意味と、それが示しているものを。

「まして私達の相手は、メアリ・フローラ・リーゲン。おそらく……ううん、間違いなく管理局史に残るほどの、最凶最悪の次元犯罪者。もしかしたら死ぬかもしれないし……死ぬよりもひどい目にあわされるかもしれない」

 それもまた、理解している。

 なにか目的のために人々を害するのではなく、人を害するために害する、最悪の悪意を持った人間。命を奪うことに、冒涜することに、後悔どころか歓喜を覚えるような悪鬼羅刹。

 それにヴィヴィオは、個人的にメアリに目を付けられている。

 負ければ、間違いなく、死ぬよりもひどい目に合わされるだろう。

 そんなことは、とうの昔に理解しているのだ。

「……ヴィヴィオ。ママ達のことは、信じられないかな」

 それまで抑揚のなかったなのはの声色に、僅かに感情の色が混ざる。

「確かに大変な相手だよ。だけど、私達は必ずメアリを倒して、ヴィヴィオの友達も救ってみせる。私だけじゃなく、フェイトちゃんも、はやてちゃんも……機動六課のみんながいる。みんなの強さは私が保障するし、ヴィヴィオも知ってると思う。……ヴィヴィオが無理をして危険な目に合う必要はないんだよ?」

 ヴィヴィオに訴えかけるなのはの声は、僅かに震えていた。

 その、今にも泣き出しそうな声に、ヴィヴィオは答えた。

「……私だって、みんなのことを信じているよ。はやてちゃんに、フェイトママに、なのはママ……機動六課のみんなが揃えば解決できない事件はないし、泣いているみんなを救うことができると思う」
「なら――」

「だけど!」

 その声は何故だか、良く響いた。

「私は、決めたんだ。私が、アリカちゃんを救う(たすける)って。……私じゃないと、ダメなんだよ。私じゃないとアリカちゃんの妄執に、決着をつけられない!」

 感情的に、叫ぶ。

「私は、アリサちゃんに伝えたいんだ! 私とエリーゼさんがアリカちゃんを救い(たすけ)たいくらいにアリカちゃんのことを大切だと……本当の友達だと思っているって! アリカちゃんは一人じゃないって、伝えたいんだ!」

 それこそが、ヴィヴィオの嘘偽りのない想い。

 ただ、助けるだけではダメなのだ。

 保護して、カウンセリングを受けさせるのでは足りないのだ。

 伝えたい。

 大切な人を亡くした、その悲しみに囚われていた、大切な人に。

 あなたは一人ではない、と。

 私達はこんなにも、あなたのことを想っているのだと。

 私達は〝友達〟なのだと。

 だから。

「だから私は、絶対に引けません!」

 そう、宣言する。

 他でもない――友を想う、熱い心を教えてくれたその人に。

「…………分かった」

 ヴィヴィオから視線を逸らし、俯くなのは。

 表情こそ見えないが、その表情は一瞬だけ、今にも泣きそうなものに見えていた。

「ヴィヴィオがそれだけ、強く決心してるなら――」

 俯いたままなのはが紡いだ言葉に、ヴィヴィオは少しだけ期待する。

『強く決心しているのだから、その想いを認めよう』

 そう、なのはに認めてもらうことを。

 しかし。

「もう、手加減なんてしない。……ヴィヴィオが友達を助けたいと思っているのと同じくらい」

 淡々と語りながら、俯いていた顔を上げるなのは。

 その、強い力の籠った視線と、目があった、瞬間。

「私はヴィヴィオのことを、大切に想っている」

 背筋が、冷たく泡立った。

「っ!?」

 ほとんど反射的にザイフリートを構え直し、複数の防御魔法式を発動させる。

 その頃にはすでに、なのはの周囲には、30を超えるディバインスフィアが生成されていた。

「……嘘」

『ディバインシューター……シュート!』

 様々な軌跡を描き、同時に襲い来る30を超える誘導魔力弾。機関銃の一斉掃射、あるいはフェイトの放つフォトンランサー・ファランクスシフトにすら匹敵する弾幕密度。

 そのすべてを一度に撃ち落とすことは、今のヴィヴィオにはできない。

 一方向からの防御にしか対応できない聖王の盾や、発動の不安定な聖王の鎧では対応できない。

 できることといえば、狙いを付けられないように弾幕の中を不規則な軌道で飛行し、こまめに誘導魔力弾を破壊することだけ。

 そこに在るのは、勝つための戦術の差でも、想いの強さの違いでもない。

 ただ純粋で、残酷なまでの、実力差。

『Divine Buster』

 結論として、それだけでは、対策として不十分だった。

 軌跡を予測されないように、弾幕の中を縦横無尽に飛び回るヴィヴィオ。

 その上でなのははきっちりと、ヴィヴィオに狙いを付けていた。

 しかし、それ以上の一体何が、今のヴィヴィオにできていたのだろうか。

 今のヴィヴィオにできる、ヴィヴィオなりの全力。

 なのははそれを、実力でねじ伏せただけに過ぎない。

 全力を尽くした死闘でも。

 その幕切れとは、得てして呆気ないものなのである。

『ディバイン・バスター!』

 防御の上からでも相手を撃墜する、管理局でも最強クラスの純魔力砲撃。

 ディバインシューターの回避に集中していたヴィヴィオは、その砲撃を避けることができず。

 その小さな身体は、周囲を旋回していた誘導魔力弾ごと、桜色の砲撃を直撃を受け。

 白いジャケットの破片を散らせながら、砲撃の残渣で砕けた氷の海に、墜落した。





                ※




 氷の浮かぶ海水が、ひどく冷たい。

 力なく沈んだ海の中は暗く、音の無い世界。

 そんな中で、ザイフリートを握ったまま、ヴィヴィオは考える。

 こうなることは、ある程度は予想していた。

 今の自分が全力を出せば、なのはにダメージを与えることは可能だろう。だが、なのはへのダメージが戦闘不能レベルに達する前に、自分が競り負け撃墜される。

 まさかただの一撃で墜とされるとは、思っていなかったが。

 おそらく今の自分がなのはとの勝負を繰り返したとして、なのはに勝ち星を上げることができるのは、おおよそ一〇〇分の一といった具合だろう。まったく勝ち目がないわけではないが、その勝利の目はかなり薄い。それが、自分となのはとの間に存在する絶対的な差。

 その上で自分は、その一〇〇分の一の勝利を呼び込まなければならない。

 そこまで予想していて、偶発的な要因を含む一〇〇分の一を期待するほど、ヴィヴィオは愚かでも楽観主義者でもない。

 逆に言えば、今一回を勝てば、後の九十九は負け越しでも良いのだ。

 ただ一回。なのはに本気の想いを伝えられれば、それで良い。

 それが分かっているからこそ。

 ヴィヴィオには、この日のために用意していた〝切り札〟がある。

《お嬢様。戦闘区域内の魔力散布量、規定値に達しました。……今がチャンスです》

 直接頭の中に響く、ザイフリートの機械音声。

 その声を意識に浸透させながら、作戦を再び組み直す。

 切り札発動の条件となる、なのはの最強の一撃をなんとか耐えることはできた。

 だが、そのダメージは確実に蓄積されており、ジャケットもかなりの部分が破損している。

 魔力を消費して最低限のジャケット修復は行うが、間違いなく次の一撃は耐えきれない。

 自分が墜ちるのが先か、それともなのはを墜とすのが先か。

 二人の間にある圧倒的な差を埋めるための、一か八かの大勝負。

 ……上等だ。

 大仰なことになっているが、言葉にしてしまえばなんということはない。

 ただ、大切な人に、想いを伝えるだけだ。

 そのくらいのこと(・・・・・・・・)ができなければ、アリカを救う(たすける)ことなんて、到底できるハズもない。

 自分がしようとしていることは、そういうことなのだ。

 怯んでなんかいられない。

 負けてなんかいられない。

 躊躇う場合じゃ、もっとない。

『うん。分かった。……行こう、ザイフリート』

《仰せのままに》

 ジャケットを最低限修復し、浮上を開始する。

 不屈の心は、この胸に。

『ザイフリート! リミットⅢ・リリース!』

 さぁ。

 反撃を、始めよう。




                ※




 飛沫(しぶき)を上げて、勢いよく水中から飛び出したのは、白いジャケットに身を包んだ少女。その身に目立った怪我こそないものの、ジャケットの損傷具合から、ダメージが蓄積されていることは明らか。だが、その表情にも、虹彩異色(オッドアイ)の双眸にも、諦めという感情は少しも含まれていない。

 飛散した氷の粒が、魔力の光を受けて虹色に煌めく。その輝きの中を飛翔し、その少女――高町ヴィヴィオは、空中に待機していたなのはと再び相対する。

 交錯するのは、視線と想い。

 煌めく虹色の光の粒を背景に、ヴィヴィオはなのはに力強い視線を向ける。

 しかし、そのヴィヴィオの手には、ザイフリートは握られていなかった。

「……どういうつもりなの?」

 デバイスを起動していない、一見すると無防備な状態。

 だが、その状態でもなのはは警戒を緩めない。いや。むしろ、そんな状態で再び戦場に立ったヴィヴィオに対して、先ほどよりも警戒を強めていた。

『Yggdrasill Form』

 氷の浮かぶ海上に響く、ザイフリートの機械音声。

 その身をデバイス形態にすることなく、待機状態である、剣十字を簡略化したようなひし形十字のまま、ヴィヴィオの胸元に留まっていた。

「…………」

 なのはの問いかけに、しかしヴィヴィオは即座に答えない。

 無言のまま、ゆっくりと、右手を掲げる。

「なのはママ」

 その小さな右手を天に向けてから、ヴィヴィオはようやく口を開く。

「想いを伝えるのって、難しいよね」

「……そうだね。気持ちだけでは、想いは伝えられない。意味がない。だけど、力だけだと、想いは伴わない。それは、ただの押しつけになってしまう。だから、『お話』を聞いてもらうのは……本当に、難しいんだ」

「うん。……ちゃんと、分かってるんだよ。今の私じゃ、まだ〝足りない〟んだって。私の手はこんなにも小さくて、か弱いから。――――だけど!」

 それは。

 少女の想いが、本物の〝強さ〟に変わる瞬間。

「この手にあるのは、打ち抜く魔法! 涙も、痛みも、運命も!!」

 直後。

 周囲が、虹色の光の粒に包まれた。

「これは……」

 前方のヴィヴィオへの警戒を維持したまま、周囲の様子を確認するなのは。

 目算で、およそ直径一〇〇メートルの範囲内に、虹色の光の粒が漂っている。それは魔力集束の際に発生する現象。周囲に漂う魔力がヴィヴィオの影響化にあることを示している。

 だが、ヴィヴィオはそれを一点に集束させることなく、ただ漂うままにしているだけ。周辺魔力を支配下に置いたまま、なにをするでもなく放置している。

 通常の集束魔法のプロセスを踏まない集束魔法に、なのはは戸惑いの表情を浮かべていた。

「セイントライト・ブレイカー」

 しかし、どうやらすべての魔力の統制を放棄しているわけではないらしい。

 気付けば、ヴィヴィオが掲げたその掌に虹色の光の粒が集まり、一振りの刃を形作っていた。

 なのはがかつて考案したストライクフレームの半実体魔力刃と良く似た、しかし根本的にまったく異なる術式の魔法。

 ヴィヴィオが創った虹色の刃は半実体魔力刃ではなく、完全実体魔力刃。以降、ヴィヴィオが持つ虹色の魔力刃は、完全に質量を持つ物質と同等の挙動を取る。その、魔力というエネルギーに質量を持たせ、完全に物質化するということが、どれほど異質な能力なのか。

 それは、管理局の技術を以ってしても為し得ない、ほとんど実現不可能なレベルの技術。

 それを可能にするのは、聖王だけが持つ固有スキル『聖王の魔法』、その第三の魔法。

『聖王の刃』

 魔力の出自を問わず、自身の制御化にある魔力を物質化する特殊技能。

 そして、聖王だけが保有するその能力を前提として起動する、ザイフリートの最後の形態。

 フォルムⅣ・ユグドラシル。

 古代ベルカの神話に登場する、すべての世界を統べる世界樹の名を冠するその形態は、純粋に周辺の魔力を主の制御化に置きその制御を補助すること、ただそれだけに特化している。

 正に、すべての人間の頂点に立つ、聖王の名に相応しい最後の形態。

 これこそが、ヴィヴィオの〝切り札〟

 聖王である自分にのみ許された特化技能。

 だが、それも未だ完全ではない。

 ヴィヴィオは周辺魔力の制御、その状態を最大限に活かすために必要な、最後の『聖王の魔法』を未だ習得できていないのだ。そのため、今のヴィヴィオの実力では、周辺魔力を制御化におけるのは僅か三分だけ。集束効率も悪く、発動後には魔力が枯渇してしまう。

 現時点で未完成、不完全な魔法。

 それでも。

「なのはママ。これが今の私の、全力全開、最後の魔法。これを撃ったら、きっと私は、墜落すると思います」

 それ故に。

「三分間。私の魔力が尽きるまでに、防ぎきったらママの勝ち。撃ち抜けたら私の勝ち。もし私が勝ったら、私のお話を聞いてください。この勝負……受けてもらえますか?」

 周囲を漂っていた虹色の光の粒が、少しずつヴィヴィオの周囲に集まっている。

 その光景は、まるで輝く夢の世界のようで。

 その虹色の光の世界に、不意に、桜色の光が混じった。

『Blaster Mode』

「分かったよ、ヴィヴィオ。その勝負……受けて立つ!」

 なのはの周囲を、4つのブラスターピットが旋回する。

「ありがとう、なのはママ」

 その答えを受けて、ニッコリと微笑むヴィヴィオ。

 そして――どちらともなく、叫んだ。

『全力全開!』

 宣言し、力強く虹色の刃を掴む。その瞬間、その刃を中心として、周辺の魔力の集束が始まる。

 同時に4のブラスターピットがヴィヴィオに迫る。その先端に形成されるのは、半実体魔力刃によるストライクフレーム。

 その接近を正面から受け、ヴィヴィオは刃を振るう。その軌道に合わせて虹色の粒子が散らばり、光を受けて強く輝く。すれ違い様、ヴィヴィオはストライクフレームことブラスターピットを叩き切った。

「な!?」

 時間を追うごとに、完全実体魔力刃にさらに魔力が集束される。

 集束過程の魔力粒子がキラキラと、刃やヴィヴィオを包み込むように、まるで夜空の星のように煌めく。

 その刃の軌跡に描かれるのは、おとぎ話に出てくる光の剣を彷彿とさせる、虹色の粒子の帯。

 集束斬撃。

 周辺魔力を集め、高密度に圧縮した魔力を斬撃に乗せて放つ、集束系魔法の最上級(エクストラ)技術(スキル)
 ヴィヴィオが大切な人に教えてもらったことに、自分で編み出したもうひとつを加えた、今のヴィヴィオの集大成。

 自分がなにかを為すための、一撃必殺、全力全開!

 名付けて、セイントライトブレイカー!

「はぁあああ!」

 ブラスターピットの後部から延びるバインドケーブルを、ピットごと薙ぎ払う。制御を失った桜色の魔力が雲散霧消し、虹色の魔力として再構成される。

『ディバイン――』

 その隙になのはが、二発目の砲撃のチャージを行っている。ロードされたカートリッジの数は4発。推定でオーバーSSランク相当の威力を持つ、なのはの十八番。

 ザイフリートの能力でも、人の体内の魔力までは制御化に置くことはできない。

 よってその発動を妨害することはできず、聖王の盾で防御することもできない。避けようにも、残った二基のブラスターピットによって回避を妨害されることは明らか。排除している間に、先ほどのように撃墜されてしまう。

 それが分かっているから――ヴィヴィオは、敢えてなのはとの距離を一気に詰めた。

 ヴィヴィオの動きに合わせて舞い散る、虹色の光の粒。その間にもヴィヴィオの持つ刃に魔力が集束され、輝きが段々強くなっていく。

 光り輝く尾を伴って飛翔するその姿は、まるで流星のようで。

 そうして虹色の流星と桜色の砲撃が、正面から激突した。

 虹色の光の粒と火花を散らせ、歯を食いしばりながら、砲撃に耐えるヴィヴィオ。受け止めきれなかった砲撃の余波がジャケットを削り、風を生む。時間を追うごとに集束魔力の量は増えるものの、そうして集束した魔力を、集束した端から桜色の砲撃によって削られていく。少しでも気を抜けば押し切られ、撃墜されるだろう。

 だが、それでもヴィヴィオは、諦めない。

 胸に抱いた、本当の想いを伝えるために。

「……私は……」

 歯を食いしばりながら、本物の想いをカタチにするために。

「私は、アリカちゃんを、絶対に、助けるんだ!」

 声を大にして、叫び。

 そのままの勢いで――桜色の砲撃を、虹色の刃で薙ぎ払った。

「!!」

 その事実に、顔を驚愕に歪ませるなのは。

 制御を失った桜色の魔力が散らばり、本来霧消するハズのそれらの魔力が即座に虹色の魔力へと変換され、ヴィヴィオの刃へと集束される。

『Saint Light Breaker』

 なのはがなにかをする前に、最後の十数メートルの距離を一気に詰める。

 振りかぶるは、虹色の光の粒を散らせる、虹色の刃。

「セイントライト――――」

 その刃を振り下ろす、最後の瞬間。

「ブレイカー!!」

 なのはが一瞬だけ微笑んだような、そんな気がしたのだった。